こんばんは、キタガワです。
さて、不定期に更新してきた小説解説記事。第一章、第二章、第三章と続いてきたが、ついに今回で最終回となる。
今回の話をもって、小説『新言語秩序』は終演を迎える。そして、11月16日の武道館公演へと繋がるのだ。
今までの各あらすじはこちら。
第一章
・今の世界は「使っても良い」と認められた言葉(テンプレート言語)しか使えない決まりがある
・決まりを無理して、自由に言葉を使う集団『言葉ゾンビ』がいる
・『言葉ゾンビ』に対し、彼らを探し出して“教育”する集団『新言語秩序』がいる
・主人公の実多は『新言語秩序』の仲間。幼い頃父親に暴言を吐かれたりレイプされた経験から、『言葉ゾンビ』を全員殺したいと思っている
第二章
・言葉ゾンビと新言語秩序は、お互い大規模な組織となり、抗争を続けている
・ネット上の表現は新言語秩序に監視されており、閲覧に制限がかけられている
・対して言葉ゾンビは、その閲覧を解除するアプリを配布している
・主人公の実多と、言葉ゾンビのリーダー的存在である希明が直接対決。実多は言葉ゾンビに暴力を振るわれたものの、希明を確保することに成功
第三章
・捕まった希明は、拷問じみた“再教育”を受けていた
・実多は自身の心の中に“テンプレート逸脱”した感情があることを知る
……運命の最終回。新言語秩序の実多と言葉ゾンビの希明。ふたりの静かな戦いに終止符が打たれる重要な話となっている。
それではどうぞ。
その日、十九時。首相官邸前は騒がしかった。
警察の発表では二万人。プラカード、旗、看板……。それらに書かれた主張は様々だった。
「首相は辞めろ」「皇国日本建国の精神に還れ」「No nunes」「仇ナス敵ハ皆殺シ」「移民受け入れ反対」
あらゆる異なる主張が書かれていて、彼らの怒りはすさまじく、誰も手が付けられなかった。
それぞれ違う主張にも関わらず、発せられる声は皆同じだった。
「言葉を取り戻せ!」
私はその騒ぎにまぎれて、“テンプレート逸脱”者たちの顔を次々と動画におさめていった。“新言語秩序”のメンバー達の多くが同じようにこのデモの中にまぎれている。この騒ぎの中では、スマートフォンで写真や動画を撮っている人は珍しくない。
しかし言葉ゾンビたちの勢いがこれほどまでになるとは思っていなかった。言葉ゾンビの若き英雄である希明が捕まり“再教育”されたという事実は、仲間たちの怒りに火をつけた。
“テンプレート逸脱”活動は全国に広まり、結果、今日のデモへと結びついた。
拡声器やスピーカーから音が割れた叫び声。ハウリング。集まった人々の叫びがあちこちで聞こえる。ここで私が“新言語秩序”だとばれたら殺されるかもしれない。
簡単に作られたステージの上に希明を見つけた。マイクを握り、言葉の自由が必要だということを語っている。
“再教育”による顔の傷も治らないまま、“テンプレート逸脱”を繰り返した彼は、若者たちのカリスマとなった。暴力に負けない勇敢な戦士として、言葉ゾンビのリーダー的存在となった。彼に共感した若者がステージを取り囲み、彼の言葉に耳を傾けていた。
私が動画を撮りながらステージに近付いたとき、ステージ上にいる希明の仲間の一人が私に気付いて、私を指差して叫んだ。
「言葉殺しがいるぞ!」
辺りの人々の目が、一斉にこちらに向いた。まずい。殺されるかもしれない。
話を中断した希明が「待て」と言い私を見つめる。マイクを通して私に話す。
「言いたいことはあるか?」
私は首を横に振り叫んだ。
「言いたいことを全て言うのは正しいとは思えない」
途端に周囲から汚い言葉が私目掛けて飛んできた。私は学生の頃、いじめられていた教室を思い出していた。
私は助けを求めるように辺りを見渡す。“新言語秩序”のメンバーが数人スマートフォンを掲げて動画を撮りながら、事が収まるのを見守っていた。私は助けを求めるように彼らを見つめたが、彼らは何もしようとしなかった。
私は、教室で私がいじめられている間、見て見ぬふりをしていた教師を思い出していた。
ステージ上の仲間の男が私にどなる。
「カタワにしてまるどオメエ」
私は父親の姿を思い出し、ふいに涙が溢れた。
希明が制するように叫ぶ。
「ちょっとまて、言葉殺しだって自由に話す権利はある」
そういって彼は私にマイクを渡した。
私はその瞬間を見逃さなかった。彼の手首を掴み、反対の手でポケットからナイフを取り出した。ためらわず、希明の首にそれを突き刺した。
希明は目を見開いて、倒れて死んだ。
私は成功した。言葉を殺したのだ。
[了]
さて、いかがだっただろうか。今回の話で重要なポイントはひとつだけ。それは『希明の殺害』である。
今までの章の繰り返しになるが、実多は言葉に対しての恨みが強かった。それは幼少期にいじめられた経験や、父親にレイプされたことが原因だった。だからこそ、言葉ゾンビの抹消を願っていた。
そんな彼女の感情は、第三章で揺さぶられることとなる。希明への「お前は死ぬべきだった」との発言により、自身の中に『言葉ゾンビと同様の思考』が眠っていたことを自覚したからだ。
要は『言葉を殺す』ということは、自分を殺すことと同じなのだ。そして最終章で彼女はそんな思いを退け、言葉を殺した。
……少なくともこの小説内では、『言葉を殺す』側が勝利した結果となったわけだ。
さて、それでは現実世界の僕らはどうだろう。おそらく、その意義を問いかけるのが11月15日の武道館公演なのだろうと思う。
言葉は死んだ。『リビングデッド』も『独白』も、ざらついた砂嵐でまともに聴けず、歌詞もわからない世界。自己表現もままならず、自分の意思を伝えられずに飲み込んでしまう世界に僕らはいる。
そんな中、僕らには『言葉ゾンビ』派の武器である『検閲解除アプリ』が与えられた。ライブ中はこのアプリを使い、意思を発する権利を得たわけだ。
言葉が死んだ世界で、僕らは抗う。それがどんな結末を生むのかは、いよいよもって当日にならないと分からない。明白なのは、僕らには『言葉を発したい』という強い思いがあるということだけだ。
……以上で全ての小説解説は終了。あとは11月16日、日本武道館で事の顛末を見届けようではないか。
長い間付き合っていただき、ありがとうございました。皆さんと武道館で会えるのを、心待ちにしております。
それでは。
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