こんばんは、キタガワです。
今回は小説『新言語秩序』第三章について、分かりやすくまとめたいと思う。
第一章、第二章に続いての第三章なわけだが、この章で折り返し地点に突入する。つまり、次回は最終章である。早いなあ。
今までの各あらすじはこちら。
第一章
・今の世界は「使っても良い」と認められた言葉(テンプレート言語)しか使えない決まりがある
・決まりを無理して、自由に言葉を使う集団『言葉ゾンビ』がいる
・『言葉ゾンビ』に対し、彼らを探し出して“教育”する集団『新言語秩序』がいる
・主人公の実多は『新言語秩序』の仲間。幼い頃父親に暴言を吐かれたりレイプされた経験から、『言葉ゾンビ』を全員殺したいと思っている
第二章
・言葉ゾンビと新言語秩序は、お互い大規模な組織となり、抗争を続けている
・ネット上の表現は新言語秩序に監視されており、閲覧に制限がかけられている
・対して言葉ゾンビは、その閲覧を解除するアプリを配布している
・主人公の実多と、言葉ゾンビのリーダー的存在である希明が直接対決。実多は言葉ゾンビに暴力を振るわれたものの、希明を確保することに成功
これを踏まえて、第三章を書き進めたいと思う。
それではどうぞ。
一ヶ月後、“再教育”中の希明に会いにC区の病院を訪れた。個室のベッドに座っていた希明の顔には大きなアザがあり、目は震えていた。
口元には唾液とゲロがこびりつき、嫌な臭いが部屋に溢れていた。
希明「この国は終わりだ。こんな拷問が許されるはずがない」
あの日ライブハウスで見た目の光はすっかり消え、弱々しく言った。
実多「更生はまだまだ先みたいですね」
私がそう言うと、彼は私を睨んだ。
希明「暴力で言葉を奪えると思うなよ」
私はため息をついた。
実多「何故、汚い言葉を使うのです?」
希明「何故、言葉を殺す?何故、言葉を憎む?」
私は椅子に座った。パイプ椅子がギシッと音を立てた。
実多「私は幼い頃からいじめられて育った。だからこういう人間になった。言葉を憎む人間を作ったのは言葉だ」
希明「言葉を憎む人間を作ったのが言葉だとしたら、人は言葉で変われる。人を殺す言葉もあれば、人を生かす言葉もある」
実多「あなたが人を救うというの?今巷で溢れるあの醜い、下品で卑猥で低俗な言葉たちが人を救うというの?馬鹿馬鹿しい」
希明「少なくとも、言葉でしか人は変われない。言葉を殺すということは、変わる機会を殺すということだ。言葉は自由でなければならない。君は言葉を殺すことで、君自身の未来を殺しているんだ」
実多「お前に何が分かる。やはりあのとき死ぬべきだった」
希明「今のは“テンプレート逸脱”じゃないか?君の頭の中は自由な言葉で満たされているじゃないか」
私は怒っていた。
希明「言葉で君という人間が出来上がったのなら、これからの君を変えるのも言葉のはずだ。その証明を君はすでに持っている」
私は怒りに耐えかねて立ち上がった。そして言った。
実多「更生にはまだ時間が必要ね。“再教育”の期間を長くする手続きをしておく」
そう言うと希明は急に黙りこみ、“再教育”についての恐怖を隠そうともしなかった。
希明「こんなことは間違ってる。絶対に間違ってる」
またひとつ呟いて、顔を両手で隠した。
私は病室を出た。
このイライラは何だろう。この憎しみは誰に対してだろう。希明に対してか、言葉ゾンビ共に対してか、父親に対してか、それとも言葉に対してか。行き先のない憎しみは常に私を取り囲み、進む道を迷わせる。そしてこういう考えこそが『言葉』であることにイライラし、私は考えるのをやめた。言葉を消した。
「言葉を消した」という言葉は消えなかった。
「『言葉を消した』」という言葉は消えなかった。という言葉も消えなかった。
[了]
この章のポイントは『“再教育”の苦痛』、『実多の心の揺らぎ』といったところか。
第二章の後、新言語秩序に捕らわれた希明。彼はそのあと、“再教育”にかけられたらしい。まだ“再教育の途中”とのことだが、ゲロにまみれた口元や“再教育”の名前を出すだけで怯えていることから、この時点で相当な拷問を受けていることがわかる。
要は新言語秩序は、言葉ゾンビの活動を力でねじ伏せようとしているわけだ。新言語秩序に説得や理解は無意味。悪しき者は罰せよとばかりに、考えを改めるまで拷問を繰り返す。
これはまさに検閲解除した『リビングデッド』のPVそのものであり、今後希明は『あのPVのラストのような状態』になるのだろうと推測する。
次に『実多の心の揺らぎ』について。
一貫して『言葉を殺す』と考えてきた実多だが、この章の希明との会話によって、気持ちに陰りが見えてきた。
そう。思い返せば実多は、第一章の時点から「言葉は殺さなければならない」という“テンプレート逸脱”した言葉を使っていた。強い言葉は、本来自分が憎むべきもののはずだ。しかし彼女は、それを無意識に使っていたのである。
そして今回の「お前は死ぬべきだった」との発言により、はっきりと実多は自身の中に『言葉ゾンビ側の思考』があることを自覚した。
それを認めたくない実多は、考えを消しさろうとする。しかし消せない。そんな終わり方だ。
実多はイジメられたり、父親にレイプされたりした経験から、言葉を嫌うようになった。だからこそ汚い言葉を使う人間を嫌い、今まで新言語秩序の活動に協力してきた。
そんな実多に、ついに陰りが見えた。思っている本心は言葉ゾンビと変わりない、真っ黒な感情だった……。
さて、次回はついに最終章。実多は自分自身にどんな決断を下すのか。そして希明はどうなってしまうのか。乞うご期待。
最終章はこちら
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