BUMP OF CHICKENの過去最大規模となる全国ツアー『TOUR 2019 aurora ark』。その中盤に位置する9月11日、京セラドーム大阪公演に参加した。
今回のツアーは、BUMP OF CHICKENにとっては約1年ぶりとなる大規模なツアーだ。もはや言うまでもないが、彼らは日本の音楽シーンの第一線で、長きに渡って活動を続ける稀有なバンドである。当然の如くチケットは早い段階で全会場がソールドアウトとなり、彼らの人気の高さを改めて証明した形となった。
大阪の会場に選ばれた京セラドームは5万5000人が収用可能な大型施設としても知られており、極めて大きいキャパシティを誇る。普段は野球場として使われることが多い会場であることは事前に理解していたつもりではあったが、やはり直接対峙するとその迫力に圧倒される。日本のロックバンドとしては間違いなく異例の規模の会場であることに加え、ド平日にも関わらず即日完売する事例というのは、正直ほとんど聞いたことがない。
午前中から始まった先行物販では、早い段階で多くのグッズが飛ぶように売れていた。しかしながら、BUMP OF CHICKENの勢いはそれだけに留まらない。会場周辺も多くのファンで埋め尽くされており大層驚いたものだが、会場から数メートル先にあるショッピングセンター内には会場周辺で見たファンの数を遥かに凌駕するほどの、青を基調としたBUMP OF CHICKENグッズを身に付けた人々でごった返していたのだ。その光景に触発されたのか、自身の心の中にも次第に「とんでもないライブになる」という確信にも似た興奮が膨らんでいくのを自覚する。
場内に入ると、そこには予想を遥かに越えた人々が密集していた。案内に従いながらやっとこさ自席に着くと、隣の人と肩が触れてしまうほどに席ごとの間隔が狭いことが分かった。今この会場には『BUMP OF CHICKENを観るためだけ』に集まったファンが5万5000人もいる……。そんな非現実的な光景を目で楽しみながら、今か今かとその時を待つ。
開演が近付くとライブ時の注意事項と共に、事前に配布されたLEDリストバンドであるPIXMOBの装着を促すアナウンスが流れる。もっとも一見普通のリストバンドに見えるこのアイテムの存在が今回のライブの大きな目玉となることを、この時は知る由もなかったのだが……。
定時を15分ほど過ぎ、暗転。直後にSEとして流れたのは、ニューアルバムのタイトルにも冠されていた『aurora arc』だ。
ギターを爪弾く調べの中、左右と中央に設置された大型モニターには、メンバーがステージに向かうまでの映像がモノクロ加工を施されながらリアルタイムで映し出される。更にはメンバーが雪原地帯を歩く様子やオーロラ、アーティスト写真といった今ツアーにちなんだ映像も次々と表示され、楽曲が終了するのと同時にニューアルバムのジャケットが大写しになった。最高の時間の幕開けである。
記念すべきオープナーとして演奏されたのは『Aurora』。イントロが流れた時点で、実際のオーロラを模した照明がゆらゆらと会場全体に広がっていく。そして突如事前に配布され、着用がアナウンスされていたPIXMOBが青色に発光。頭上にはゆらめく緑の照明が、まるで本物のオーロラのように輝いている。頭上にはオーロラ。客席には紺碧の海……。この世のものとは思えない幻想的な光景が、観客の熱量を底上げしていく。
『Aurora』の中盤では早くも銀テープが発射され、「こんばんは、BUMP OF CHICKENです!大阪、会いたかったぞ!」と叫んだ藤原基央(Vo.Gt)に、観客は大歓声で答える。フロントマンである藤原のCD音源よりも遥かに透き通った歌声は、観客ひとりひとりを包み込むように響き渡り、無意識的に涙腺を緩ませる。心の底からこの場に居ることが出来て良かったとも、BUMP OF CHICKENのファンで良かったとも思えた感動的な瞬間がそこにあった。
今回のライブはリリースツアーと言うこともあり、ニューアルバム『aurora arc』を軸にしたセットリストで進行していく。しかしながら完全なる『aurora arc』のモードというわけでもなく、『プラネタリウム』や『ダイヤモンド』といった過去の名曲も随所に入れ込みながら、総合的にファン垂涎のセットリストとして完成させている印象を受けた。
『天体観測』終了時には、CHAMA(Ba)による初のMCへ移行。
まずは「バンプのライブに初めて来た人ー!」と挙手を促し、「いち、にい、さん……」とおもむろに人数を数え始める。以降も長尺で他愛のないMCを繰り広げていくCHAMAだが、「みんなMC長いって思ってるでしょ?でもやめねえから!」と笑いを誘う場面も。
この日はツアーの折り返し地点であることから、天井知らずのテンションでトークを繰り広げるCHAMA。「こんなに格好いいオーディエンスの前で折り返せるのは本当に嬉しいです。ありがとう」と感謝の弁を述べた後にマイクで拾われた「楽しすぎる。ヤバい。一瞬で終わる」との言葉は、彼の本心だったに違いない。
その後はフレームマシンが炸裂した『月虹』、メロウに聴かせた『プラネタリウム』、サビで会場内がひとつになった『Butterfly』と間髪入れずに進行。そのままの勢いで雪崩れ込んだ自己紹介タイムでは、「升秀夫(Dr)はメンバーの中で一番真面目」、「スタジオに遅刻したことがないのはCHAMAだけ」、「CHAMAは大阪の親戚によっちと呼ばれている」といった新情報が明かされ、アットホームな空間を作り出していた。
さて、今回のライブではライブハウスでは絶対に体験し得ない驚きの演出がいくつか存在した。それこそ前述したフレームマシンやPIXMOBの興奮も筆舌に尽くし難いものではあったが、最も驚かされたのは『話がしたいよ』後に行われたとある試みだった。
突然ステージから客席に降りたメンバーは、花道を進むかの如く客席後方へと移動していく。客席後方はライブ開始前はぽっかり空いていたスペースだったのだが、いつの間にかそこには小さな特設ステージが組み上げられており、何とその場で『ダイヤモンド』と『リボン』を披露するサプライズが。その粋な計らいに観客は大喜び。世間一般的に後方は『ハズレ席』と呼ばれることも多いのだが、この時ばかりは話は別。後方でライブを鑑賞していた観客にとっては、喜びもひとしおだったことだろう。
曲間に挟まれたMCでは、トークを促された藤原が「久しぶりに大阪に来れて嬉しいです。最高に楽しくやらせてもらってます。マジで」と語り、CHAMAが「Tシャツの色は黒と白をたくさん持ってきたけど、青ばっかり売れるんだよ」と物販の裏事情を語る場面も。その後はグッズのひとつであるドッジビーを客席に投げ入れる一幕がありつつ、メンバーは客席を移動して再び元のステージに帰還した。
暗転後は2度目の『aurora arc』が流れてのブレイクの後、ここからは怒濤の後半戦に突入していく。
後半戦一発目はCMソングとしてお茶の間に広く響き渡った『望遠のマーチ』からスタート。ここまでハイカロリーな楽曲が続いていたため一種の懸念事項だった藤原の歌声についても衰え知らずで、いつになく絶好調だ。それどころか「聴こえるか大阪!お前らに歌ってるんだぞ!」と藤原がこの日ならではの声を張り上げる場面もあり、観客はモニターに映し出された歌詞に沿って大合唱で答えていた。
その後はアッパーな『アリア』、メロウに響いた『Spica』と、ニューアルバムからの楽曲群を惜しみ無く投下。そして祝祭の如く鳴り響いた屈指のキラーチューン『ray』でもって、観客の意識を覚醒へと導いていく。
全編通して多幸感に包まれた今回のライブ。過去曲も『aurora arc』の楽曲も、BPMが比較的速い楽曲もバラードも。BUMP OF CHICKENの長いキャリアでリリースされた全ての楽曲が集まった観客の心の奥深くに刷り込まれている印象を受けたのだが、『最も盛り上がった楽曲』という点でひとつのハイライトとして映ったのは、『ray』後に披露された『新世界』だった。
〈ベイビーアイラブユーだぜ ベイビーアイラブユーだ〉
〈ちゃんと今日も目が覚めたのは 君と笑うためなんだよ〉
『aurora arc』収録曲のみならず、過去のアルバム全体を見ても特にポップロック色の強い『新世界』。この楽曲の特徴は、あまりにも直接的な歌詞にある。中でも「丸ごと抱きしめるよ」や「ベイビーアイラブユーだぜ」といった部分に顕著だが、ここまで飾らずに思いを伝えるラブソングというのは、BUMP OF CHICKENの長い活動の中でも初と言っていい。
おそらくこの楽曲がデビュー当時に生まれていれば、年相応の初期衝動に溢れた歌詞としてすんなり受け入れられていただろう。しかし今の彼らはバンド結成から20年を超え、今や日本の音楽シーンを背負って立つベテランバンドだ。そんな彼らが今、あえて率直に「ベイビーアイラブユーだぜ」と歌う意味と理由について、僕はずっと答えを見出だせないでいた。しかし今回嬉々として演奏された『新世界』を聴いて、ひとつの答えが見えた気がする。
その答えとは、『新世界』における直接的な歌詞はすなわち、ファンへの全幅の信頼の表れなのだということ。
おそらく今のBUMP OF CHICKENには確信があるのだろう。「どれだけ赤裸々に言葉を吐き出しても、絶対にファンは答えてくれる」という確信が。だからこそ飾らない言葉でストレートに愛を表現する『新世界』は、BUMP OF CHICKENの新機軸とも言える1曲となり、同時に今回のライブにおいて絶大な多幸感をもたらす楽曲に成り得たのではなかろうか。
結果としてこの日鳴らされた『新世界』は、過去何年間にも渡って鳴らされてきたBUMP OF CHICKENの歴代の楽曲の中で、最も求められている代表曲のようにも感じられた一幕だった。
ロッテとコラボしたアニメーションのロングバージョンとも言うべき映像が流れる中、映像の雑踏に溶け込む形で歌詞が投影された『新世界』。藤原は時折観客にサビを託したり、客席ギリギリまで近付いたりとサービス精神旺盛なパフォーマンスを魅せる。演奏終了間際、バンド演奏がピタリと鳴り止んだ瞬間の「ベイビーアイラブユーだぜ!」の一言は、観客の脳裏に深く刻み込まれたことだろう。
大合唱に包まれた『supernova』が終了すると、「次が最後の曲です。寂しいなあ……」と呟いた藤原。2時間に渡って続いた本編のラストは『流れ星の正体』でもって、しっとりとした幕切れだ。
〈今日は何もない一日と言えば そこまでの毎日〉
〈増え続けて溢れそうな唄の欠片たちが〉
〈早く会いたがって騒ぐんだ〉
アコースティックギターの調べに乗せ、藤原の透き通った歌声が会場を包み込んでいく。宙には三たびオーロラを模した照明がたゆたい、腕に着用したPIXMOBは白色に発光。その光景は一面に敷き詰められた星星のベッドで寝転びながらオーロラを鑑賞しているようにも感じられ、感動的に映った。
メンバーがステージを去ると、BUMP OF CHICKENのアンコールとして定番となった『supernova』の自然発生的に広がったサビ部分の大合唱を経て、再びBUMP OF CHICKENが登場。
ここからすぐさま楽曲へ移行するかと思いきや、開口一番「お前らにひとつ伝えたいことがありまーす!それは物販についてだー!」とCHAMAが叫び、そこからは本日から新発売となる商品を含む物販紹介プラス、PIXMOBを活用した神秘的な写真撮影へと移行。
BUMP OF CHICKENのアンコールはその都度演奏曲を変える臨機応変ぶりで知られているが、この日披露された楽曲はインディーズ時代のアルバム『FLAME VEIN』から『リトルブレイバー』、そして2007年にシングルカットされてリリースされた『メーデー』という驚きの選曲で魅了していく。
終始多幸感に包まれながら進行した今回のライブ。その中で印象深い出来事は多々あったが、『メーデー』終了後にステージにひとり残った藤原の言葉が今でも忘れられない。彼は一般人である僕らには知る由もないであろう、壮絶な葛藤と寂寥の果てにこのステージに立っていたのだ。彼の語った言葉の一部を抜粋、かつ重要部分以外の箇所においては意訳的に解釈し、以下に記述する。
「3年半かけて作ったアルバムが世に出て、ちゃんとみんなの元に届いたんだなあと思えて嬉しかったです。ありがとう。最初は俺ひとりでスタジオにこもってそこからメンバーと一緒になって作るんだけど、やっぱりその中では、本当に好きになってくれるのかなあっていう不安みたいなものもあって」
「今日大阪に来れたのは、僕らの音楽を受け止めてくれる人がいたからです。そして今日はそれを確かめに来ました。本当に嬉しかったです。ありがとうございました!」
ライブで見せる自信に満ちた歌唱とは裏腹に、言葉をひとつひとつ吟味しながら発する藤原。その姿はファンへの心からの感謝を表していると共に、強い決意に満ち満ちていた。
ミュージシャンには、大小様々な『産みの苦しみ』が存在すると言われている。自身の脳内で曲がスパークしたことから端を発し、曲の全体像を練り上げ、歌詞に起こす。そこからは度重なるレコーディングの日々だ。外界との接触を極端に減らしながら、ああでもないこうでもないと毎日缶詰状態で作業に当たる……。それは一般的な生活を送っている我々からすれば想像も出来ないほどに、途方もない道程であったはずだ。
藤原はこのMCにて、「『aurora arc』は3年半かけて作ったアルバム」であると語っていた。3年半。3年半である。赤ん坊がこの世に産まれ落ちてから、辿々しくも会話が成り立ち始めるのが約3年。彼らはこの3年半という長い年月を、アルバム1枚を完成させるために費やした。この期間に彼らがどのような思いで、どのような『産みの苦しみ』と戦いながら制作に当たっていたのかは、想像に難くない。
……なぜBUMP OF CHICKENが今でも多くのファンに愛されるのか。その理由は、曲が良いからである。
……なぜBUMP OF CHICKENは良い曲を作り続けられるのか。その理由は、愛してくれるファンがいるからである。
BUMP OF CHICKENは『有名なバンド』だ。たとえ普段音楽をほとんど聴かない人であっても、彼らの名前は皆熟知していることだろう。しかし一見当たり前にも思えるその事柄は、決して必然などではない。全てはBUMP OF CHICKENとファンとの相互的かつ絶対的な信頼関係がなければ成し得ない、奇跡的なものなのだ。
この日セットリストの大半を担っていた『aurora arc』の楽曲の中で、最後に演奏されたのは『流れ星の正体』という楽曲だった。なぜこの楽曲が『aurora arc』のみならず、今回のライブを締め括る最後の楽曲として位置していたのか。その理由が今ならはっきりと分かる。この楽曲が表していたのは『aurora arc』が世に出るまでの3年半に渡る藤原の心境であり、曲中で最後まで明かされなかった『流れ星の正体』の“正体”は、ニューアルバムの『aurora arc』。だからこそ絶対的にこの楽曲で本編を終える必要があったし、アンコールも終わった全ての航海の果てに、藤原は自身の胸の内を語ったのだろうと思う。
彼らは『流れ星の正体』で「伝えたい誰かの空に向かう」、「せめて君に見えるくらいには輝いてほしい」と願い、結果的にその願いは驚異的な広がりでもって現実のものとなった。最終的に『aurora arc(弧状のオーロラ)』と名付けられたそれはこの日、京セラドーム大阪にて、BUMP OF CHICKENを心から愛し応援する5万5000人のファンの前で讃美歌の如き壮大さでもって鳴り響いていた。
退場のアナウンスを聞きながら、未だ光り続けるPIXMOBに目を落とす。BUMP OF CHICKENが何故今なお多くの人々の支持を集め、確固たる地位を築いているのか……。そのひとつの答えが、今回のライブにはあったように思う。
船体をBUMP OF CHICKENとするならば、ファンの存在はいわばエンジンだ。彼らが愛される最も大きな要因は、その双方向的な信頼関係にある。最後のMCで藤原が語っていたように、彼らが何十年にも渡り音楽シーンという名の大海原を航走し続けることが出来たのは、ファンの存在がなければ成し得なかったものだ。
そして共に歩んできたファンもまた同様に、BUMP OF CHICKENというバンドは日常生活を彩る掛けがえのない存在であり、BUMP OF CHICKENとファンは長い長い道程を二人三脚で歩んできたと言っても過言ではない。
この日京セラドームで行われた全21曲、約2時間半にも及ぶ長き船旅はあまりに濃密で、BUMP OF CHICKENとファンとの信頼関係を目の当たりにした、歴史的な一夜であった。
僕は「この光景は一生忘れまい」と心に誓った。おそらくは実際のオーロラを観た人が、そう感じるように。
※この記事は2019年11月18日に音楽文に掲載されたものです。