キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】ひとりの男の生き様が生み出した、一夜限りの祭典 〜涙と汗と絶叫で形作られた『ティッシュタイム・フェスティバル~大感謝祭~』当日レポ〜

10月22日に行われたオナニーマシーン企画のライブイベント『ティッシュタイム・フェスティバル~大感謝祭~』。若干の肌寒さを感じる気候と対照的に半袖シャツを着たファンに囲まれつつ、僕は会場である豊洲PITへと足を運んだ。
 
『ティッシュタイム』とは20年の長きに渡って活動を続けるオナニーマシーンが、定期的に開催しているライブイベントだ。67回目を迎える今年は会場を豊洲PITに移し、過去最大規模の長時間のフェスとして進化を遂げた。
 
しかしながら今回のティッシュタイムは、かつてのオナニーマシーン企画のイベントとは一線を画すものでもあった。
 
2018年の7月、オナニーマシーンのフロントマンであるイノマー(Vo.Ba)は口腔底がんを発症し、余命3年であることを宣告された。その後は舌を全て切除し内臓までも失っただけでなく、その1年後……つまり今年の7月には癌が転移、再発したことを公表。癌の進行は現在ステージ4。彼のツイッターには、壮絶な闘病生活の模様が日々更新されている状態だ。
 
ステージ4の口腔底がんは、発症してから5年間までの平均生存率が45%とも言われている。現在のイノマーは喋ることがほぼ不可能な状況であると同時に、全身にはしる痛みや体力の低下と闘っている。ライブを行うこと自体彼に良い影響を与えるはずがないということは、オナニーマシーンも、そしてイノマー自身も重々分かっているはずである。
 
そんな状況下で行われたのが今回の『ティッシュタイム・フェスティバル』だ。オナニーマシーンと共にステージに立つことを快諾したのは銀杏BOYZ、ガガガSP、サンボマスター、氣志團。共にパンクシーンを盛り上げた盟友たちだ。
 
涙と汗と絶叫とぐちゃぐちゃの愛で形作られた今回のライブは、日本のいちパンクロックの祭典としても歴史に残る奇跡的な日であったことは元より、きっと今後イノマーが癌と戦う上でも、強い励みとなる出来事であったと思う。
 
……時刻は14時。この日の宮中三殿では天皇即位の儀が行われている真っ只中だが、ライブ会場である豊洲PITだけは話が別。前説の時点で「オナニー!」のコール&レスポンスが繰り広げられ、厳かな雰囲気は一切感じられない。
 
前説も終わらない中、上半身裸にアコースティックギターを装着した峯田(Vo.Gt)とサポートメンバーがステージに降り立つと、会場は怒号のような歓声で埋め尽くされた。かくして爆音とノイズにまみれた一夜の幕は上がったのだった。
 
瞬間、耳をつんざく爆音が轟いた。極めて高い音量に加えて多種多様なノイズが過激さを天井知らずに増大させていくそれは、まるで音の暴力とも言うべき代物。僕自身様々なライブに参加してきた自負はあるが、間違いなく人生で一番の爆音であった。
 
そんな爆音の中歌う峯田は『歌う』というよりはがなるように歌い上げ、早くも声はガラガラだ。彼のこうした姿と音は馴染み深い光景ではあるものの、やはり直接対峙する銀杏BOYZの音楽は別格。街中で流れる流行歌に耳馴染みの良いサウンドや歌唱スキルといったテクニックは完全に度外視した、一種のモンスターの如き熱量で襲いかかってくる。
 
今回の銀杏BOYZのライブで最も驚いたのは、そのセットリスト。何と純粋な銀杏BOYZの楽曲としてリリースされた楽曲は『ぽあだむ』とラストに演奏された新曲のみで、それ以外は2003年に解散した銀杏BOYZの前身バンドであるGOING STEADYのナンバーからという、銀杏BOYZの長い歴史の中でも初となる試みが成されていたのだ。
 
こうした特殊なセットリストとなった背景には、やはり長年行動を共にしてきたイノマーの存在が大きいのだろうと推察する。しかしながらそうしたセンチメンタルな一面は一切見せることなく、変わらない鬼気迫るパフォーマンスで会場を温めていく峯田。

中でも圧巻だったのは3曲目に披露された『若者たち』。峯田は絶唱しながらステージを駆けずり回り、果ては客席に突入。聴力的に間違いなく悪影響を及ぼすほどの爆音と日常生活ではまず耳にしない洪水のようなノイズが渾然一体となり、ぐちゃぐちゃのカオス空間を形成していた。この時の時刻は未だ14時過ぎだったが、1曲1曲の凄まじいカロリーに翻弄されながら濃厚な時が過ぎていく。
 
『ぽあだむ』後はバンドメンバーが去り、ステージには峯田一人に。今まで長尺のMCは一切行ってこなかった峯田だが、ここに来てアコースティックギターを爪弾きながらおもむろに語り始める。
 
「本当のこと言うと、僕は今日オナマシの出演がなくなるんじゃないかって思ってました。イノマーさんが事切れて、僕らだけっていう。それでもいいかなって思ってました。でも何とかもってくれたようでございます」
 
「癌がステージ4で、内蔵も舌も全部なくなって。それでも全裸でライブするっていう、そういう一人の男の生き様みたいなものを、これから観れるんじゃないかと思います」
 
そうして披露されたのは『アーメン ザーメン メリーチェイン』と題された新曲。アコースティックギターの力強いストロークで恋愛模様を描く様は、かつての『光』や『人間』を彷彿とさせる。しかしこの場所で歌われた『アーメン ザーメン メリーチェイン』はそのタイトルに顕著なように、今回の『ティッシュタイム・フェスティバル』で演奏することに大きな意義があるようにも思え、感動的に響いた。
 
今回の銀杏BOYZのライブは普段通りの熱量と喧騒にまみれていながらも破壊的なパフォーマンスは少な目で、集中力を常に研ぎ澄ませていたのが印象的だった。峯田自身、今この場で演奏する意味合いを汲んで今回のステージに立っていたのは明白で、GOING STEADY時代の楽曲のオンパレードとなったセットリストからも、オナニーマシーンとの強い絆を感じさせる濃密なステージングであった。
 
最後に一言「ありがとうございました。銀杏BOYZでした」と語ってステージを降りた峯田は満足そうでもあり、込み上げる感情を圧し殺しているようでもあった。
 
2番手は神戸のゴキブリ、日本最古の青春パンクバンドの異名でも知られるガガガSP。
 
「ある人が言っておりました。パンクとは青春であると。青春には楽しいことや辛いこと、全部詰まってると。そう書いてくれたのがイノマーさんです。その思いを持ちながら、僕らは22年間やってきました」

おもむろにステージに現れ、マイクを握り締めたコザック前田(Vo)が最初に語ったのは、かつて雑誌の編集者としてガガガSPと深い繋がりを形成していたイノマーとの出来事。青春パンクの全盛期であった当時から現在にかけて、彼らは今も変わらず青春パンクを鳴らし続けている。今でこそパンクロックシーンで確固たる地位を確立しているガガガSPだが、そこに至るまでの道程は決して平坦ではなかったはずだ。真摯にかつてのイノマーとの思い出を語る前田の目は、古くからの友人を思う友情に溢れていた。

後に「銀杏BOYZとサンボマスターに挟まれてて休憩時間かと思っていた」とMCで語っていた前田だが、気付けばダイバーが続出し、大合唱に次ぐ大合唱という大盛りあがり。そんな盛り上がりに火をくべるべく、セットリストはまるでキャリアを総括するベスト盤の如き流れで進行。1曲目の『線香花火』からラストの『明日からではなく』まで、トップギアで走り続けた40分間だった。
 
『青春時代』では口に含んだ水を霧状に吹き出したりペットボトルを投げ込んだり、果ては客席に飛び込みもみくちゃにされながら歌うという、エンターテインメント性抜群のパフォーマンスで魅了。楽曲と楽曲の合間には歌詞のフレーズを繰り返し、次曲を予感させつつ移行するそれはまさにライブバンドそのものであり、パンクロックシーンの第一線で今なお活動を続けるガガガSPの、泥臭さと心意気を感じさせてくれた。
 
中盤以降もバラードチックな展開は一切なし。猪突猛進型の男臭いパンクロックで完全燃焼を図る。「イノマーさんも頑張ってる。皆さんも何かから始めましょう。明日からではなく、今日から!」と前田が叫んで雪崩れ込んだラストナンバーは『明日からではなく』。終了間際、アカペラで熱唱した「もったいないとか、無駄な事だとか、僕は思わない決して思わない」の一幕は、年相応の重さを孕んだ一言として響き渡った。
 
中盤のMCで「今、我々はこれほどの人の前で演奏することはほとんどありません。だから本当は新しい曲をやったりすると思うんです。でも今日はそういう日じゃないですよね」と前田が語っていたが、確かに彼らには珍しく、新曲を一切披露しないフェス向けのセットリストだった。
 
そこには確かに新鮮さはなかったかもしれない。だが多少は結成当初から一貫して青春パンクを訴えてきたガガガSPにとっては、これこそが最も盛り上がるというのもまた事実で、汗だくの観客を観てもそれは明らかだった。この日ひたすらに愚直に泥臭く観客の心を掴んだのは、間違いなくガガガSPだったように思う。
 
続いてはサンボマスター。サンボマスターのライブでは始めに山口(Vo.Gt)が叫ぶ突発的な一言がその日のキーワードとして進行していくことが多いのだが、この日は「童貞!童貞!」とティッシュタイムならではのコールで会場を掌握。
 
まずはオナニーマシーンのカバーである『オナニーマシーンのテーマ』で会場を温めると、そこからはフルスロットル。ガガガSPのコザック前田を呼び込んだ『さよならベイビー』や「イノマーとあなたの、そのぬくもりだけに用がありました」と語って雪崩れ込んだ『そのぬくもりに用がある』、イノマーの名前を叫んで涙腺を緩ませた『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』など、今回はとりわけイノマーに対して強いメッセージを送っていたのが印象的だった。
 
後のMCで山口が語っていたが、サンボマスターは数十年前、当時雑誌編集者であったイノマーに才能を見出だされた稀有なバンドだ。今でこそお茶の間に広く名前が知れ渡った彼らにとって長く苦しい下積み時代を生き抜く糧となった人物こそが、イノマーその人だったのだ。
 
「どこに出しても恥ずかしくないライブじゃねえ!どこに出しても恥ずかしいライブをするんだよ!どこに出しても恥ずかしいライブ、出来る人ー!」と焚き付けたり、「さっきから泣いてる人がいるんだよ。こんな43歳のオッサン観て泣いてんじゃねえぞ!」と絶叫した後、笑顔になったファンを観ながら「笑った!笑った!笑ったー!」と屈託のない笑顔を浮かべる山口。彼らのライブを観るたびに思うことだが、彼らのライブではCD音源だけでは絶対に伝わらないリアルさがある。


全国ツアーも全ソールドアウト。各地のフェスでも入場規制を連発し、ライブシーンで近年何度目かのブレイクを果たしているサンボマスター。彼らを長年追い続けているファンは、きっとそうしたライブに心震わされた人たちなのだろう。よくよく考えると、何度もライブを観ていながら、それでも泣けるバンドというのは稀有な存在なのではなかろうか。
 
4組目にステージに降り立ったのは氣志團。この日集まったバンドの中では唯一パンクという媒体を介さずに大衆に受け入れられた氣志團は、ある種異質なブッキングとも言える。そのため初めはどうなることかとワクワクしながら観ていたのだが、まさか彼らのライブがここまで笑いに満ち溢れたものとなるとは、全く思っていなかった。
 
彼らのハイライトは間違いなく、十分以上に及んだかの名曲『One Night Carnival』における一連の流れだろう。
 
綾小路翔(Vo)が「One Night Carnivalが時代遅れだと?んなこと分かってんだよ!みんな『この後の歌詞何だっけ……』ってなってたこと。歌ってたのがサンボマスターの半分以下だったこと……」と自虐トークを展開すると「皆さん、氣志團は生まれ変わりました!」と語り、今まで黒い幕で覆い隠されていた背後のスクリーンがゆっくりと開く。
 
そうして演奏されたのは『O.N.C. 2019』と題された新曲……もとい、DA PUMPの代表曲『U.S.A.』をオマージュした抱腹絶倒のナンバーであった。
 
背後のスクリーンには本家『U.S.A.』のMVと似た映像が流れ(文字の出し方や明るさもそっくりそのまま)、『U.S.A.!』は『ワン・ナイト・カーニバル!』「C'mon,baby アメリカ」は「C'mon One Night Carnival」や「俺んとこ こないか?」に変化させ、ダンスもほぼ完コピで全く別物のOne Night Carnivalを繰り広げる。
 
これだけでは終わらない。続いては次世代型のOne Night Carnivalとも言える『One Night Carnival 2020』へ移行。こちらは一見One Night Carnivalのエッセンスを残してはいたものの、曲が進むにつれ完全なる星野源の『恋』のオマージュであることがわかる。特にあの一世を風靡したダンスに関しては、ゴリゴリのギターロックと共に繰り出されるそのミスマッチっぷりが面白くてしょうがない。
 
その後のMCでは「ゴールデンボンバーに『俺たちの影響受けてる?』って聞いたら全然違った。GACKTさんだった」と自虐トークを展開。かつてライブ中に全裸になり書類送検された銀杏BOYZの峯田を槍玉に挙げながら「俺ら(DJ OZMA)はボディースーツ着てただけだから……」と自虐トークを繰り広げたり、果ては天皇即位の儀に合わせて「天皇即位。テンション即死。みたいな」とギャグを突っ込んでおきながら「あっ、みんなこういうのでは笑わないのね」と流石のトークスキルを見せ付け、会場は爆笑の渦に包まれる。
 
それでいてラストはしっかりと率直なメッセージソング『今日から俺たちは!!』と『鉄のハート』でバッチリ締め括り、エンターテインメントと格好良さを織り混ぜた完璧な形で幕を閉じた。

良くも悪くも、氣志團は『One Night Carnival』の大ブレイクによって注目を集めたバンドだ。しかしその後は精力的な活動を行ってはいたものの爆発的なブレイクには恵まれておらず、MCで綾小路が言っていたように、日常生活で然程音楽に触れない人間にとっては、所謂『一発屋』のレッテルを貼られることもあった。
 
それを踏まえての今回のライブ。過去の出来事を見事にネタに昇華し、大爆笑をかっさらった彼らにしかできない最高のライブがそこにあった。彼らが一瞬のブレイクだけで消えることなく、現在も音楽シーンで第一線を走り続けていることには、確固とした理由があったのだと改めて実感した40分間だった。
 
さて、長かったフェスもいよいよ大詰め。盟友たちのバトンを受け取りラストを飾るのは、オナニーマシーンだ。
 
オノチン(Vo.Gt)が異様なスピードでステージを走り回り、ガンガン(Dr)がリズミカルなドラムを叩き始める。そんな中登場したイノマーの風貌は、かつての彼を知っている身としてはあまりにも衝撃的なものだった。
 
車椅子に乗せられて所定の位置に着いたイノマーは骸骨のように痩せ細り、胸にはぼっこりと転移した癌が浮き出ている。右目には眼帯、傍には酸素呼吸器が置かれ、イノマーはゆっくり、本当にゆっくりとライブに向けての準備を整えていた。自身の担当楽器であるベースを肩にかけるのも辛そうで、次第に「これは本当に歌えるのだろうか」という緊張感が会場を支配し、沈黙の時間が訪れる。
 
しかしそんな状況を払拭するかのように、オノチンはイノマーに向けて「絞ってきたねえー!」と笑いを誘い、会場に乾いた笑いが広がっていく。おそらくはオノチンも、ライブ前にこうした反応になるのは大方理解していたのだろう。「ハハハ……」と自嘲気味に笑ったオノチンだったが、そこからはギターのチューニングに集中。ふとステージの端に目を向けるとスタッフや今回出演したバンドメンバーが固唾を飲んで見守っており、改めて今回のライブがどれだけ無理を押して行われているのかが分かる。
 
言葉を発する上で無くてはならない舌が無くなってしまっているため当然ではあるが、イノマーの言葉はほとんど聞き取れない。性格には舌を動かさなくても発音できるような断片的な言葉だけは聞き取れるため、大方のニュアンスは理解できるのだが、話の全貌を知ろうとするのはどうしても難しい。しかしながら真剣に耳を傾け、必死にイノマーの言葉を読み取ろうとするファンの姿には、グッときてしまった。
 
ガンガンのカウントからスタートした1曲目は、女性の秘部を高らかに歌い上げる『チンチンマンマン』。
 
モニターには卑猥な言葉の数々で織り成された歌詞が流され、その盛り上がりは全盛期そのままと言っていいほど。イノマーは文字の全てを発音することは出来ないものの、モニターに投影された歌詞を観ながら聴けばしっかりと理解できるものだった。時折体力の低下により歌えなくなったり、休憩時間を設けて楽曲自体が長尺になったりしながらも、1曲1曲を着実に消化していくその姿には、バンドマン然とした格好良さすら感じるほどだった。

観客のサポートも涙腺を緩ませる。イノマーは気丈に振る舞ってはいるものの辛そうな表情を見せることも多々あり、中には言葉に詰まったり酸素を吸いに持ち場を離れることも何度かあったのだが、その都度観客が歌ってカバーしたり、イノマーの休憩中は「オイ!オイ!」のコールで熱量を下げないようサポートしたりと、何とか成功させようと尽力していたのが印象的だった。
 
今回のライブは、決してオナニーマシーンのものだけではない。彼らに救われてきたバンドマンたちの。フェスの運営に携わってきたスタッフの。応援するファンの。この場に集まった人々の全ての思いが詰まった感動的なライブだった。
 
その後は高額のライブDVDが絶賛発売中であることや、オナニーマシーンの楽曲の一番人気を決める初のファン投票で『あのコがチンポを食べてる』が1位になってしまったことなどを語りつつ、ラストはお馴染みの『オナニーマシーンのテーマ』で幕引きだ。
 
ガンガンによる延々続くタイトなドラムソロに乗せてオノチンは客席に突入し、隅々まで渡り歩きながらティッシュの束を投げていく(彼いわく全て“使用済み”とのこと)。気付けば頭上からも送風機を用いて大量のティッシュが降り注ぎ、それを観ながらイノマーは「癌、伝染してやる!」とご満悦。結果的にCD音源とは比べ物にならないほど長尺なものとなった『オナニーマシーンのテーマ』のラストはイノマーとオノチンがパンツ一丁になり、オノチンに至ってはパンツも脱いで風のように去っていった。
 
アンコールは出演者全員での『アイラブオナニー』と、この日2度目(サンボマスターのカバーを含めると3度目)となる『オナニーマシーンのテーマ』だ。峯田や前田、山口、綾小路といったロック界を代表するボーカリストたちがマイクを交代で回しながら「オナニー!」と絶叫する一幕はこのフェスでなければ起こらなかった奇跡であり、同時にこの場で音楽を楽しむことができて良かったとも思えた瞬間だった。始まる前はどうなることかと思っていたが、結果としてオナニーマシーンのライブは、まるで全盛期を彷彿とさせる盛り上がりに満ちた多幸感溢れる数十分として完結した。最後に出演者全員が横一列に並び腕を高く挙げ、満面の笑みを見せたイノマーの姿は、観客の心に深く刻み込まれたことだろう。
 
……初の大規模開催となったティッシュタイム・フェスティバル。開催前にはイノマーの癌の転移という大きな懸念事項はあったものの、最終的には爆音と笑顔に満ち溢れた最高のライブ空間となった。終演後、散り散りになったティッシュが地面にぶち撒けられた異様な光景は、このフェスの大成功を物語っているかのようでもあった。
 
会場から出ると、スタッフからでかでかと『オナニーマシーン』と書かれたティッシュペーパーと、とあるフライヤーが渡された。そのフライヤーには、ライブ2日前の10月20日にイノマーが記した赤裸々な思いが綴られていた。
 
「ぶっちゃけ立ってるのがやっと。ベースが重い。右目は見えないし、先日、喉にチューブを入れる手術をしたため、基本、声は出なくなってしまった……。それなのにステージに立つ。正解がどうなのかはわからない。でも、立つ。やりたくね……(笑)。でも、やるんだ。がんなのに」
 
そう。前述したように、イノマーはステージ4の癌に侵されている身である。にも関わらず全身全霊のパフォーマンスを魅せ、屈託のない笑顔で大勢の人々を笑わせていた。こんなバンドマン、世界広しと言えどもイノマーくらいではなかろうか。彼を慕って集った仲間たちと、長らく愛し続けたファンたちと。彼は最後までやりきったのだ。
 
今回のライブはイノマーにとって過酷な挑戦であったのは言うまでもないし、爆音にまみれながら、自身も重いベースを背負って絶唱を繰り返したこの一日が、果たして彼にどのような影響を及ぼすのかは分からない。

しかしひとつだけ確かなことがあるとするならば、あの場でオナニーマシーンとして過ごした数十分間、イノマーは幸せに包まれていたということだ。彼が最後に見せた屈託のない笑顔は本物であったし、今回のライブはイノマーを心から愛する人々で形作られた、奇跡的な祝祭だった。この日の一連の出来事がイノマーの精神的にも良いものとなり、今後癌と戦っていく上での大きな励みになることを願ってやまない。


※この記事は2019年11月14日に音楽文に掲載されたものです。