キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】志村がいないフジファブリックをはじめて聴いた日 〜新体制のフジファブとtwentiesの僕〜

僕には今までの人生において、酷くショックを受けた出来事があった。それこそがフジファブリックのフロントマン、志村正彦逝去の一報だ。
 
今でも覚えている。まだ中学生だった頃だ。その頃の僕はロックの沼にどっぷり浸かっていたこともあり、友人と会うたびにおすすめのCDを紹介し、その魅力を早口で捲し立てるような面倒臭い子どもだった。その中で最も鼻息荒く説明していたのが、フジファブリック3枚目となるアルバム『TEENAGER』であったと記憶している。
 
『TEENAGER』は、次に何が来るかわからないびっくり箱的なワクワク感があった。おちゃらけた曲も真面目な曲も、キーボードを前面に押し出したサウンドも、いろいろな要素をごちゃ混ぜにしたその全てが好みだった。
 
そして特に、ボーカルである志村正彦の気だるげな歌声に魅了されていた。独特のヘニャっとした雰囲気というか、感情を入れ込みすぎない無機質な感じというか。……上手く言い表せないのがもどかしいのだが、とにかく。もし志村の歌声がなかったら、僕はこれほどフジファブリックにハマってはいなかっただろう。それほどまでに志村の存在は絶対的だったのだ。
 
『TEENAGER』を聴かない日は1日たりともなかった。全曲そらで歌えるほどに聴きこんだ自負はあるし、今後これ以上にハマるアルバムは出ないだろうなとも思ったほどだ。
 
しかしそれから数ヵ月後、事件は起きた。
 
2009年の12月24日。雪降りしきり街賑わうクリスマスの日に、志村は亡くなった。
 
知っている人が亡くなるということ自体、当時の僕には無縁の出来事だった。あの日のことは今でも忘れることができない。心にはポッカリと穴が空いたような気がした。
 
作詞作曲を務めていたフロントマンの訃報。それはフジファブリックにとって何よりも辛い出来事だったはずだ。それでも彼らは止まらなかった。残されたメンバーは一丸となって作曲活動を行い、志村の穴を補おうと努力した。ギターのみを担当していた山内はボーカル兼ギターとなり、バンドの新たなフロントマンになった。
 
その後は2011年に『STAR』、2013年に『VOYAGER』、2014年に『LIFE』、2016年に『STAND!!』と精力的にアルバムを発売。アニメやドラマ主題歌などのタイアップも手掛けるようになり、フジファブリックの存在は今まで以上に広く知られるようになった。
 
……しかし僕は、そんな前に進み続ける新体制のフジファブリックの曲を、まともに聴けずにいた。正確には聴こうとしたことは何度かあるものの、その都度「やっぱり志村がいないと……」という凝り固まった考えが頭の中を駆け巡り、結局それっきりの状態が続いた。
 
気付けば志村が亡くなってから、8年の月日が経っていた。
 
そんなある日、FM802が主催する大阪のロックフェス『RADIO CRAZY 2018』に参加する機会があった。そしてその日の出演者の中に、フジファブリックがいた。
 
観るかどうか、ギリギリまで迷った。いつかは観たいと思っていたフジファブリックのライブ。しかしそこには志村はいない。いるのはあれから8年間、前を向いて活動している新体制のフジファブリックだ。それを未だ過去を引きずっている自分が観てもいいものなのだろうか。
 
……迷った挙げ句、僕はライブを観ることを決めた。
 
ステージに上がったメンバーは、とても朗らかに見えた。しかしながら中心には新たなフロントマンとなった山内がいるわけで、否が応にも現実を突きつけられた気分になった。

おもむろに、ドラムがカチッカチッカチッとカウントを始める。そこから演奏された楽曲に、耳を疑った。それは8年前、僕が友人宅へ持参した『TEENAGER』に収録されていた『若者のすべて』であった。
 
〈最後の花火に今年もなったな 何年経っても思い出してしまうな〉

〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉

〈会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ〉
 
サビの歌詞を聴いた瞬間、僕の中で志村の幻想が消え去るのを感じた。なんだ、新体制のフジファブリックもいいじゃないか。素直にそう思えた。
 
気付けば目が潤んでいた。もちろんアレンジは変わっているし、ボーカルも違う。しかしそれでも『若者のすべて』は力強く鳴り響いていた。
 
この日のセットリストは、奇しくも前半は志村が亡くなる前の楽曲で固められ、片や後半は新体制後の楽曲の中でも突出して最新のモードを見せるという、まるで志村のイメージに囚われていた僕を説き伏せるかのような構成だった。
 
初めて聴く曲も多かったのだが、違うのはボーカルだけで、そこにいたのは紛れもなくフジファブリックだった。印象的なキーボードの音色や叙情的なフレーズも、かつての彼らを彷彿とさせるものがあった。更には新曲として披露された『東京』に関しても、耳馴染みよく、スッと入ってくる魅力に溢れていた。
 
ライブ中ふと思った。なぜ僕は8年間も距離を置いていたのだろうかと。もっと早く聴けばよかった。彼らは紛れもなく、僕が大好きだったフジファブリックそのものだったのだから。
 
「2019年も電光石火の如く、駆け抜けていきたいと思います」と、山内は語っていた。1月23日にはニューアルバムもリリースされる予定だという。彼らは歩みを止めるつもりはない。むしろより力強く、音楽を鳴らしたい欲求に溢れていた。
 
〈最後の最後の花火が終わったら〉

〈僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉
 
彼らは前を向いていた。僕もそろそろ前を向かなければならないな、と思った。とりあえずライブから帰ったら新たなフジファブリックのCDを聴いて、次のツアーに備えよう。話はそれからだ。


※この記事は2019年1月17日に音楽文に掲載されたものです。