こんばんは、キタガワです。
あまり声高に叫ぶことでもないとは思うのだが、あれから何年も経った今でも、ふとした瞬間に志村の幻影を追い求めてしまうことがある。フジファブリックは志村亡き後も前を向いて活動し続けているので、前後の変化について考えるのは些か良くないことだと自覚してはいる。けれども仕方ないのだ。少なくとも志村がフロントマンだった頃にフジファブリックと出会った人には、彼のイメージが色濃く残り続けていて然るべしなのだから。
ただ、志村のことを頭の片隅に置きながら応援する我々ファンとは対照的にフジファブリックのメンバーはあのときから現在にかけて、志村のことをあまりメディアで語ることはなかった。もちろんこれは彼らに対してのネガティブな意味で記している訳では全くない。何故ならこの出来事はどう考えても形容出来ない難しい問題でもあるし、長らく沈黙することは気持ちの整理をつける上でも本当に必要な時間だったと思う。けれども日々の音楽や年に1〜2回のライブ参加が志村を感じる全てであった我々ファンとしては、やはり志村がいなくなったことを受け入れることはどうしても難しい部分もある。「志村はどこかで生きているんじゃないか?」「今志村が生きていたらどんな曲を作るんだろう」「この曲を志村が歌ったらきっと違う印象なんだろうな」……。考えないようにしても考えてしまう、ファンであるからこそのこうした思いを抱いていた人も、きっと少なくないだろう。
そんな折、フジファブリックの最高のギタリストであり、志村の後を継いでボーカルギターに転向した山内総一郎(Vo.G)によるソロ楽曲“白”が『フジファブリック HALL LIVE 2022』で初披露、後にMVと音源が公開された。この楽曲が担う意味は後に記そうと思うのだけれど、まずは是非とも以下のテキストを読み進める前に上記のMVと歌詞をじっくり鑑賞してみてほしい。その理由はただひとつ。この楽曲は山内が亡き志村に送る、感動必至のメッセージソングであるからだ。
繰り返すが、これまで山内……というよりはメンバー3人でまるで示し合わせたように、インタビューでも志村について深く語ることはなかった。そして我々ファンは対照的に、志村の不在を現在のフジファブリックにも無意識的に感じてもしまっていて、そこがある意味では絶対に埋められない『思い出』として形成されていた。そうした事実を踏まえて“白”をじっくり聴いていくと、言わば全ての枷が氷解するような、強く何かが満たされていくような、そんな感覚さえ抱いてしまう。これまでのフジファブリックとしての楽曲では絶対に描かれなかった、山内視点の志村への思い。それはじわりと胸を打つ、等身大の慟哭である。
《君と出会えた事が 僕のすべてと言い切る/他にはひとつも残らなくていいくらい》
《全速力のまま 空へ駆け出して行くから まだ追いつけないな》
楽曲を聴き進めるうち、誰に言うでもなく「ああ」と声が出た。誰よりも深く関わり続けてきた彼が、これまで志村の出来事に触れなかった理由。それは他でもない、我々ファンを一番に思ってのことだったのだと。自分が何かを言うことで感情を刺激させないように。フジファブリックの楽曲に関しても極力志村をイメージさせる歌詞を省いて、重荷にならないように……。最も人間の負担になるとされる感情の抑圧を、彼は何年も何年も続けてきたのだと。だからこそ山内はこの楽曲を志村がいなくなってから12年目の年に、フジファブリックではなくソロとして世に送り出したのだ。
《「ギターを弾いて欲しいんです」迎えてくれた言葉/今でも澄ましては胸を暖めています》
《天の定めとしても あまりにも聞き分けの悪い 心が叫ぶ声は》
中でも感動的に映るのは、2番から続くフレーズの数々。絶対に我々には知り得ない、友人関係から始まったバンド加入と突然の事態。またあれから幾年が経過した今の心境も飾らずに綴る歌詞は、思わず涙腺が緩んでしまう求心性に満ち満ちている。彼はこの楽曲をアンコールで披露した際に大粒の涙を流していた。きっとこれからも彼にとって……。いや、我々フジファブリックファンに取っても“白”は大切な楽曲になることだろう。
かつて記した『志村がいないフジファブリックを初めて聴いた日』の記事でも個人的に綴ったけれども(あまりこうしたことを言うべきではないが)、志村が存在した時代のフジファブリックに心酔するあまり現在のフジファブリックについてほとんど知らない、という人は一定数いる。実際自分の身の回りにも同じようなファンは何人か存在し、未だに『フジファブリック』『TEENAGER』『FAB FOX』といったアルバムを大名盤と指示する一方、新体制になった『STAR』以降は“徒然モノクローム”以外知らない人も少なからずいる。……だからこそそうした人々を振り向かせるためには、どこか志村を愛するファンの琴線に触れる『絶対的な何か』が必要であろうと考えてもいた。
“白”はきっと、そうしたファンも一瞬で虜にする『何か』を強く携えた、運命的な1曲になることだろう。志村のことを深く知る程大好きなファンならなおさら、この楽曲に触れなければならないと声を大にして伝えたい。……これ以上深くは言うまい。まずは何度も楽曲を聴いて、そこからの判断でも大丈夫だ。完璧に過去を吹っ切るのは確かに清々しいものだけど、過去を連れて歩む道も、なかなか素晴らしいものがあると思うから。