キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

映画『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』は、平手友梨奈とメンバーの何をつまびらかにしたのか?

こんばんは、キタガワです。

 

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欅坂46初のドキュメンタリー映画を、先日映画館で観てきた。欅坂46の歴史で初、そして先日の無観客生配信ライブにて改名を宣言している欅坂46にとっては間違いなく、最初で最後のドキュメンタリー映画となる。タイトルは『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』。何とも彼女たちらしい決意表明ではないか。


2時間という長い上映時間に描かれるのは、端的に言えば欅坂46の全てである。ファンの誰もが知るところである既知の欅坂46と、我々ファンが確かな違和感として長年感じつつも、どこかで目を背け続けていた悲壮的な真実がつまびらかにされていく。確かにこの映画はドキュメンタリーの体を成した映画作品だ。しかしながらこの映画はただのドキュメンタリーではない。言わば欅坂46のメンバーとして5年間を必死に駆け抜けてきた総勢数十名にも及ぶ彼女たちの生きざまを、痛いほどに証明する備忘録でもあるのだ。

 


欅坂46 『ガラスを割れ!』


映画は真っ白な空間の中、キャプテンである菅井友香がゆっくりと中心部に置かれた椅子に歩を進める映像から『夏の全国アリーナツアー2018』幕張メッセ公演における、“ガラスを割れ!”のパフォーマンスで幕を開ける。背後には鮮烈なVJ、前面にはバイロが吹き上がり熱狂的な盛り上がりを見せる中、ラスサビに突入した瞬間にセンターポジションを務める平手友梨奈が完全なるアドリブで花道を疾走。がむしゃらなダンスとヘッドバンギングを幾度も繰り出したためか、いつの間にやらイヤモニは耳から外れ、首元から垂れ下がっている。


そして楽曲終了後、フラつきながら呼吸を整える平手。肩で息をする声が会場全体に響く中、突如会場全体に何かが地面に叩き付けられたような鈍い音が響いた。誰もがステージに目を凝らすがそこには誰もいない。それもそのはず。何故ならそのとき平手は、ステージから落下していたのだから……。


以降は欅坂46の長い活動を遡り、膨大なビデオテープの中から厳選された『真実』が克明に映し出される。ファーストシングル“サイレントマジョリティー”リリースに際してのレコードショップ行脚、MVとアーティスト写真の撮影風景、ライブ映像……。そのどれもがまだ中学生、ないしは高校生ながらアイドル界に足を踏み入れた彼女たちにとってはその全てが衝撃的だったはずだが、その都度メンバー同士で茶化し合ったり「欅坂46ファーストシングル 予約受付中」とのポップが貼られたCDショップでは「すごーい!」と口々に喜びを見せるなど、メンバーの表情は朗らかだ。無論ライブのバックステージでは緊張の面持ちを見せるシーンも多々あったけれども、そうした場面でさえも「何としてでも成功させなければ」「ちゃんと上手く出来るだろうか」という人前に立つ『職業』としての決意によるものが大きく、終了後は緊張からの緩和からか、メンバー同士で抱き合って涙を流す場面も垣間見ることが出来た。後のインタビューで菅井が「アイドルって入る前はギスギスしてるんじゃないかとか、ハブられるんじゃないかとか、足踏まれたりするんじゃないかみたいなこととか思ってたんですけど、欅は全然そんなことなくて」と語っていた通り、これもライブのバックステージに顕著だが、喜びは常に共有し、逆にメンバーのひとりが不安に駆られた際は誰かが空気を察知して気付くという無意識的な思いが漂っていて、実に良好な関係がメンバー同士で築かれている印象を受けた。

 


欅坂46 『不協和音』


しかしながら奇しくも欅坂46の名前を広く知らしめる契機となった“不協和音”から、長らく欅坂46は混迷の時期を過ごすこととなる。激しいダンスや矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々、《僕は嫌だ》との絶叫でもって世間の同調圧力と既成概念にNOを唱える“不協和音”は、ファーストシングル“サイレントマジョリティー”で組み上げられた反逆のアイドル的立ち位置を完全に確立した。そして以降にリリースされた“ガラスを割れ!”や“アンビバレント”、“黒い羊”といったシングルカットされた楽曲に顕著に表れているように、そのダークなイメージはいつしか欅坂46における最大の『売り』のひとつとなり、音楽番組やインターネットサイト、他外部媒体で欅坂46が紹介される際にはほぼひとつの例外なく歌詞、もしくはライブパフォーマンスに言及される程だった。


ここでどうしても触れざるを得ないのが、欅坂46絶対的センターと謳われた平手の存在である。“サイレントマジョリティー”リリース当時、最年少の14歳でセンターに抜擢された事実からも分かる通り、彼女の所謂『憑依型』とも呼ばれるその表現力と求心力はずば抜けて高く、楽曲の持つメッセージ性を伝える上で、彼女は推されるべくして推された人間だった。


ただ、彼女自身の憑依タイプの感情表現における弊害もあった。今回の映画が進むにつれ、前半部分では晴れやかな笑顔を見せていた平手の姿は一転、無表情か、前髪で顔が隠れているか、精神的に疲弊しているかのどれかの表情しか見せなくなる。中でも“不協和音”のMV撮影の際には誰とも関わらず、項垂れて椅子に座る平手の姿や、メンバーと一瞬たりとも視線を交わさない姿がリアルに映し出されているが、これはすなわち「孤独な楽曲を表現するのであれば自身が誰よりも孤独にならなければ」という平手独自の考えに基づくものであり、そうした楽曲のリリースが続いたことのひとつの結果として、欅坂46が世間的に広く受け入れられた一方、欅坂46全体の雰囲気を変化させる一因にもなってしまった。前述の映画の冒頭でとあるメンバーが放った「みんなで手繋いでずっと崖にいる感じでした。ひとりが落ちたらみんなが落ちちゃうみたいな」「ひとりが辛いこと思ってる横で、私たちが隣でワイワイしてちゃ絶対駄目だなっていう」との一言が僕は強く印象に残っているのだが、まさにそうしたギリギリの状況にいたのだろう。ファンに姿を見せていた一方で、崩壊の一途を辿っていた優しい嘘。これこそが今回の映画における『嘘』の部分である。


平手がライブ出演を直前でキャンセルしたことでフォーメーションを変えざるを得なくなったミーティングの場において「欅坂って平手がいないと成り立たないのか?俺はそうじゃないと信じたい」と叱責された映像も撮られているし、実際インターネットでは「平手坂46」や「平手しか知らない」などと揶揄されてもいた。しかしながらインタビューにおいても、そして5年間の活動の全てを追い結果的に膨大な数となった動画においても、平手について悪く言ったり、彼女に白い目を向けるメンバーはひとりもいなかった。誰もが平手の表現力を賞賛し、彼女のためならとフォーメーションを変え、平手がライブ終わりにくずおれた瞬間には駆け寄って、共に泣いていた。欅坂46はアイドルだ。故にメンバー選抜や握手会、知名度などある程度の競走は当然ある。けれども嫉妬とは無縁の、メンバー同士が尊重し合う……。本当に欅坂46は素晴らしいグループだったのだとそう強く思わされ、同時にグッと涙腺が緩む感覚に陥った瞬間でもあった。

 


欅坂46 『誰がその鐘を鳴らすのか?』 from KEYAKIZAKA46 Live Online,but with YOU!


終盤におけるハイライトのひとつとなったのは紛れもなく、先日のオンラインライブ『Live Online, but with You!』の映像だった。本来ならば4月3日に公開される予定であった今作が未曾有のコロナ・ヴァイラスによって延期となり、晴れて公開されたのは9月4日。そしてこのオンラインライブが配信されたのは本来の映画公開日より後の7月16日であるため、おそらくはこの間急ピッチで編集を進め、何とか公開に間に合わせたのだろうと推察する。“風に吹かれても”や“Student Dance”などそして誰もが固唾を飲んで見守ったそのとき……つまりは改名の発表が菅井の口から正式に発せられ、欅坂46最後の新曲“誰がその鐘を鳴らすのか?”でもって、映画はその幕を降ろす。


欅坂46は幸運にも、下積みらしい下積みこそ経験することなく陽の目を浴びたアイドルグループだ。だがそこには名前が大きくなるに従って生まれた様々な喜怒哀楽があって、今やそのアイドルイメージは強固なものとして広まった。最終的に欅坂46は改名による再出発という、考えうる限り辛い決断を迫られたけれども、「リスタートになるので相当な茨の道が待っていると思います。でも、まだ色のない真っ白なグループを、皆さんと一緒に染めていけたらと思っています。「欅坂46で培った経験がきっと私たちを鍛えてくれます。この経験を信じてまた、新たに強いグループになることを約束します。ですので、これからも私たちに期待していてください」との菅田の言葉を胸に、今はただ彼女たちの選んだ道を応援していきたい。


タイトルに偽りなく、嘘と真実を詰め込んだ2時間。ただひとつ語られていないことがあるとすれば、それは今は脱退し女優業をメインに活動するとしている、平手の心中のみである。ただTOKYO FMの『SCHOOL OF LOCK!』にて「その件については、今は話したいと思わないので、いつか自分が話したいと思ったときに、どこか機会があればお話させていただこうかなと思っております」と自らの口で語っていた通り、それが数年後かはたまた数十年後かは分からないが、我々はそのときを座して待つのみだ。


……欅坂46は駆け抜けた10月7日にリリースを予定しているベストアルバム『永遠より永い一瞬 ~あの頃、確かに存在した私たち~』と、10月12日と13日に国立代々木競技場第一体育館にて行われるラストワンマンライブをもって、その5年間の活動に終止符を打つ。繰り返すがこの5年間は一般大衆が決して経験不能な幸福なものであったと同時に、様々な事象に翻弄され続けた5年間でもある。これについて外野から口を出すのは野暮なものであるし、個人的に本音を綴ってしまえば……本人たちは否定するだろうが『他と違うアイドルグループ』としてパフォーマンスと楽曲群の存在そのものを巨大化し、そしてひとりの少女を象徴的に奉り挙げ、結果として神経衰弱に貶めたことはファンである我々にも責任の一端があるのかもしれないとも思う。


ただ彼女たちは、ラストのインタビューで口々に語られたように、今は強く前を向いている。新たなグループ名にはなるが、志は変わらない。ラストシングル“誰がその鐘を鳴らすのか?”の『その鐘を鳴らす者』の正体は最後まで明言されることはなかったけれど、未来の門出たる鐘を鳴らすのは他でもない、彼女たちの楽曲に心酔し、そして救われ続けてきたファン……すなわち我々でなければならないのだ。