12月24日、世間はクリスマスムード一色。ただ唯一この場所だけは、全く違う喜びに満ち溢れていたように思う。羊文学による恒例イベント『まほうがつかえる』。その最終日となった大阪公演には、世間一般の人とは別に「このライブでクリスマスを締めよう!」という同志が集結。現在の羊文学人気もあってか、チケットは発売日当日にソールドアウト。結果パンパンの客入りとなった。
会場に選ばれたのは音響の良い会場として知られる、フェスティバルホール。中に入って驚いたのが、ステージにはクリスマスを意識してか各所に電飾が取り付けられており、地面にはキャンドルが複数配置されていること。これまでフェスで何度か羊文学のライブを観たことがあるけれど、今回は『ロックバンドのライブ!』というよりは遥かにアットホーム感を醸し出しているのが印象的だった。
ライブはほぼ定刻に始まり、暗転後に穏やかなSEに包まれる会場である。しばらくするとステージ袖から塩塚モエカ(Vo.G)、河西ゆりか(B.Cho)、療養中の福田ヒロアに代わるサポートとして元CHAIのユナ(Dr)が登場し、拍手喝采を浴びる。するとステージ上のキャンドルが一斉に暖かな光を放ち始め、運命の1曲目“くだらない”がスタート。開始直後に「メリークリスマース!」と叫んだ塩塚が爪弾くギターの音色と、朗らかな歌。そこに次第にドンドン鳴るキックとベース音が追従する、助走としてはこれ以上ない楽曲である。また心地よい浮遊感を抱いたままいつの間にか楽曲が終わっている感覚は、やはり羊文学ならではだなと再認識した次第だ。
この日のライブは、言わば『2024年・羊文学』の総決算。今年の羊文学は夏フェス、単独共に過去最大の稼働量だった訳だが、その中で常にセットリストに入っていた楽曲を基盤としつつも、単独ライブならではのレア楽曲も組み込まれた、集まったファン誰しもに刺さる珠玉の2時間で構成された。また今回のライブで最も驚いたのは、音がとてつもなく良かったこと。個人的に羊文学のライブには何度か赴いているが、それらは全て野外のため音量が抑えられていた。では今回のホール公演はと言うと、羊文学の武器であるアンサンブル含め、“FOOL”や“Burning”といったノイズが駆け巡る楽曲も、その全てがくっきりと『音の形が分かる』ように出音されていたのが素晴らしかった。
続く楽曲は、まさかの選曲の“砂漠のきみへ”。個人的には羊文学の中でも1.2を争うレベルで好きな楽曲なのだが『この大好きな曲が今回のライブで久々に演奏された』という事実を考えるれば、やはりサブスク上位に固定されている楽曲の他にも、多くの人の心を震わせる楽曲が多く存在することの証左でもある。そして早くも涙腺が緩んだのは、“パーティーはすぐそこ”での一幕。ここでは塩塚が《ミラーボールが揺れてる》と発した直後、いつの間にか頭上に展開されたミラーボールが点灯!客席を幻想的なオレンジの光が照らす中、河西の美しいコーラスを伴った塩塚のボーカルでもって、まさしく至福の空間に変貌する会場である。全体としてこの日のライブは照明効果に目を見張るものがあったが、思わず「おお!」となったのは個人的にはこの瞬間だった。
ソリッドな演奏で駆け抜ける一方で、MCになると一気に脱力するのも羊文学らしさ。開口一番に塩塚が「まほうがつかえる2025……」と開催年を間違えて爆笑を誘うと、「あの……2024年の羊文学、凄かったよね。海外でもライブして、推しの子の主題歌もやって……。いろんな経験が出来ました」と回顧。言葉のひとつひとつはスローかつ間隔が空いており、その場で感じたことを口にしている感覚があり、思わず彼女の穏やかな人間性さえ感じてしまうのが面白い。かと思えばMCの着地点を見失って「じゃあ曲、やりますか……」と急ハンドルを切るのも彼女らしさか。
以降はギアを替えて「隠れクリスマスソングです」と語っての“キャロル”、ミドルテンポでしっとりと聴かせた新曲“tears”と“Flower”、《今ここに あなたを信じる場所がある》と人生の在り方を逆説的に説く“マヨイガ”を続けてドロップ。その曲間には「ありがとう」の一言さえ発せられることなく、ひたすら淡々と『演奏→チューニング→演奏』を繰り返していくスタイルなのだが、その曲間の余白さえも演出のよう。話は少し変わるが、僕はライブ中に眠くなることが良くあるのだけれど、まるで子守唄のようなこのフェーズでそれが来たとき、非常に心地良い気持ちになったのは発見だった。……もしかすると、我々の心情さえもコントロールするのが羊文学の音楽なのかもしれない。
「私、最近まで凄く体調が悪くて。9月くらいから謎の頭痛とか気管支炎とかが立て続けに起こってたんですけど、それが全部終わったら、逆に強くなった気がします」と有り余るパワーをアピールすると、ここからは比較的アッパーな楽曲で攻めていく。まず“FOOL”では眩い照明が縦横無尽に客席を照らしていき、驚くべきは彼女たちの楽曲中で最もカオスが極まる“Burning”。塩塚が足元のファズエフェクターを踏んで弦を鳴らした瞬間、まるでどこかから爆弾が投下されたかの如き激重のノイズが会場を支配。ともすれば声が掻き消されそうな爆音の中、なぜか塩塚の歌は明瞭に聴こえるという稀有なシューゲイザー体験がそこに。
彼女たちにとって、現在サブスクでトップに入っている曲は基本がタイアップである。しかしながらファーストアルバム『POWER』のリリース時点でもソールドアウトが続出していたように、ブレイク以前にもファンそれぞれに刺さる楽曲を量産してきたのが羊文学だ。ゆえに今回のライブでグッときた曲はひとりずつ異なるけれども、個人的には今年何度も披露されてきたはずの“OOPARTS”に、その真価を観た。アルバムにおいて羊文学にとって初めての挑戦だったはずの打ち込みサウンドは全て消滅し、ロックサウンドのみで展開された開幕にまず驚き、メンバーの周囲には《沢山の円盤に囲まれて 最高の瞬間を記録した》との歌詞を捉えたのか、円盤型の照明がとてつもない速さで展開。ラストにはBPMが上昇し、ズドンと鳴るギターでもって暗転する作りには心底脱帽。歌とサウンドと演出、全てが噛み合って初めて成せる技がそこにはあった。
以降は「待ってました!」と思わず叫んでしまいそうになるキラーチューン“more than words”を経て、この日ならではの“1999”へ。《それは世紀末のクリスマスイブ》と歌われるこの楽曲はクリスマスソングとしての側面もありつつ、一見、幸福な日を祝うもののようにも見える。しかしその実ノストラダムスの大予言をイメージさせる歌詞でもって、前向きなだけでは終わらせない読後感も携えている。そんな楽曲を高らかに歌い上げる塩塚を観ていると、改めてこの日がクリスマスイブであることの幸福と、喪失のテーマと羊文学の親和性も感じた次第だ。
インディーズ時代からのまさかの選曲の”マフラー“を終えると、この日何度目かのMCへ。まずは何やら袖からガラガラとキャスター付きの長机を持ち出しつつ、新たなラインナップで占められたグッズ紹介を。今回のグッズは一般的なワンポイントのもの以上に、オレンジや白などがふんだんに散りばめられたクリスマス仕様が多め。河西はそのひとつひとつを手に取りながらゆったりゆるゆると紹介しつつ、中でも象徴的なオレンジの色合いについて「ユナさんの髪色に合わせました!」と一言。そしてそんなにこやかに話す河西を見ながら「受注生産でブランケットもあって、今ここには無いんですけど。こちら今日までの予約なのでお早めに……」と塩塚が語ると、ユナが河西に気付かれないよう、袖にサササーっとハケていく。
すると突然照明が真っ暗になり、ハッピーバースデーの音楽(オルゴールver.)に合わせてユナがケーキをテーブルに乗せて登場!そう。河西の誕生日は12月24日なので、このライブは誕生日と丸かぶり。ライブ会場で、全員に《ハッピーバースデートゥーユー♪》を歌ってもらって祝われる最高のサプライズである。ちなみに塩塚とユナの中ではMCの中で塩塚が『ブランケット』と言った瞬間がケーキを運ぶ合図だったようで、思惑通りに事が進んで大満足のご様子。気になるケーキはというと、こちらは今回羊文学のマスコットキャラクターである『ひつじくん』がベースを持っている特別タイプ(詳しくは最下部の画像をご覧ください)。その場では食べることはなかったけれど、きっと終演後は素晴らしい誕生日パーティーが行われたことだろう。
「最近、アンコールなしっていうのにハマってて」と語った塩塚の言葉を噛み締めるように、ライブはいよいよラストスパート。河西が「一斉に?」と合図してのファンの「GO!」のコール&レスポンスがバッチリ決まった”GO!!!“、恋人同士のすれ違いを敢えて曖昧な表現の良さで包み込む”あいまいでいいよ“を経て、最後の楽曲は”ワンダー“。『まほうがつかえる』のタイトルから、同名の歌詞が含まれる”予感“が鳴らされるものとてっきり思っていたのだが、塩塚いわく”ワンダー“は「大好きな曲」なのだそうだ。
《屋根の上 あなたがいる場所に一番近いから/登って星を数えた》と歌われるこの楽曲は『パパ、お月さまとって!』のような、まるで絵本の物語を思わせる幻想的な雰囲気で包まれている……というのが原曲でのイメージだった。一方で音圧が極限まで増幅されたこの場所で聴く”ワンダー“は、とてつもない爆音であるにも関わらず開放的で、まさしく『Wonder(不思議)』な空気感。後半では上部にミラーボール、客席を広く照らす照明効果も合わさり更にクライマックス的な感動もあり、塩塚と河西が大ジャンプする勢いでライブは終幕。まだノイズの余韻が残る中、塩塚が「ありがとうございました、羊文学でしたー。メリークリスマース」と穏やかに去っていったのもまた、どこまでも羊文学らしかった。
私事ではあるが、今年一番ライブを見たバンドは羊文学だった。初のトリで緊張していたサマソニであったり、とにかくめちゃくちゃやってやる勢いで駆け抜けたレディクレだったり様々だったが、今回のライブはこれまで観た中で最もリラックスした自然体のモードだったように思う。
自分たちが今やりたい曲を、リラックスしたムードで行う年一の企画『まほうがつかえる』。数年前と比べるとより音楽ファンの熱視線を浴びる存在になった羊文学だが、完璧なまでに彼女たちの本質に向き合うことが出来るのはこの場所なのかもしれない。来年はフクダヒロアの復帰や新曲”声“など、様々な期待が目白押し。2024年最後の単独ライブとなったこの日は後で思い返せば、来たる2025年の跳躍に向けての加速装置になり得る代物なのかもしれない。とにかく至福の時間だった。
【羊文学@大阪フェスティバルホール セットリスト】
くだらない
砂漠のきみへ
光るとき
パーティーはすぐそこ
キャロル
tears
Flower
マヨイガ
FOOL
Burning
OOPARTS
more than words
1999
マフラー
GO!!!
あいまいでいいよ
ワンダー
[Thank you!]#羊文学「まほうがつかえる2024」
— 羊文学 (@hitsujibungaku) 2024年12月24日
🎄大阪 フェスティバルホール
お越しいただいた皆様 ありがとうございました!
Merry Xmas🎅🏻✨
▽新曲「Burning」を含むプレイリストはコチラhttps://t.co/QJQUWOIzoA
※セットリストではございません。#羊文学_まほうがつかえる2024… pic.twitter.com/s6o5nTxnnu