キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

TikTokミーム曲、AJR“World's Smallest Violin”を歌詞・曲調の観点から完全解剖!

こんばんは、キタガワです。

 

広告で、関連動画で、はたまた友人と行ったカラオケで。日々を生きていると、思いがけない方向から好みの楽曲に出会うことが時たまある。そして動画媒体が発達した現在、その中心部はTikTokやYouTubeであることもまた、疑いようのない事実として位置している。そんな中で、日本と比較しても洋楽のミームは広がりを見せる一方。イエスの“Roundabout”もマネスキンの“Beggin‘”も、もっと言えばこの国でも知らぬ者はいないビリー・アイリッシュもそうだった。今や新旧関わらず多くの音楽がエンタメ的に消費され、アーティスト側に時間差で還元される良い循環が生まれているのである。しかも上に挙げたマネスキン“Beggin‘”などは元は1960年代に活動していたフォー・シーズンズのカバーであり、結果的には『時代を超えて予期せぬ形でバズることもある』という、Z世代代ならではの素晴らしい好例を作ってくれてもいるのだ。

 

AJR - World's Smallest Violin (Official Video) - YouTube

今回紹介するアメリカのロックバンド・AJRも、SNSが人気の火付け役を果たしたアーティストのひとりだ。結成は2006年となかなか長い中堅だが、彼らが他のアーティストと一線を画していたのは、オーストラリア約80人にも及ぶセレブたちへ自分たちの楽曲をリプライで送り続けるなど、彼ら自身がSNSを有効的に利用する形でセオリーとは真逆の注目を集めようと努力していた点だろう。そしてAJRの目論見どおりそうした行動は音楽会社の目に留まり、以降はあれよあれよとフェス出演。そこで彼らは改めて思ったのだ。「もっと売れる方法はないか」と。


翻って、ここからは大バズを記録した“World's Smallest Violin”の話。AJRは楽曲がリリースされた瞬間からツイッターやTikTokで様々な動画を投稿し、半ば公式的に楽曲利用を許可した。気になる動画の内容はズバリ、これまで撮り溜めてきた幼少期からの動画の数々を現代まで繋ぎ合わせて一種のヒストリームービーにする、というもの。……ただAJRにとって嬉しい誤算だったのは、この動画&楽曲の利用方法が、奇跡的にTikTok投稿者が心から求めていたバズへの道筋でもあったことである。

 

結果彼らが動画を公開してから間もなく、TikTokでは大いなるバズが起きた。投稿者の幼少期の画像を現在まで繋ぎ合わせ、今の姿に結論する動画は大物TikTokerを中心に瞬く間に広がり、気付けば“World's Smallest Violin”は多くの人が知る人気曲にランクインしたのだ。これに関しては本当に僥倖というか、楽曲の約20秒に及ぶクライマックス部分がTikTokの時間的にもベストだったり、盛り上がりが最高潮に至るサウンドだったり、《So let me play my violin for you(だから頼む、僕のこのバイオリンを聴いてくれよ)》とする最後の歌詞が人生の振り返りを暗喩していたり……。といろいろな部分がプラスに作用したためだろうと推察するが、それにしても素晴らしい。


当然、TikTokでこの楽曲の一部分を聴いて興味を抱いた人々は”World's Smallest Violin”の正式な音源に行き着く訳だが、よく聴いてみると全体としての完成度があまりに高いことにも気付くはずだ。まるで友人間の遊びのようにユニゾンで歌う開幕から、いわゆるギター・ベース・ドラムというロックバンド然とした構成とは違う音像に続き、果てはトランペットやバイオリン、木琴といったサウンドをサンプリングパッドで入れ込む流れは基本的なバンドではまず行われない。言わずもがな、ラストに掛けての大爆走やボーカル陣の掛け合いなども興奮を高める重要な点であり、故に陳腐な表現をしてしまえば「何か自分だけが知ってる曲見つけちゃった!」な感動さえも押し寄せてくる。

 

音楽にとっては大切な歌詞に関しても、この楽曲は実に叙情的でグッとくる。まずAメロでは、祖父が第二次世界大戦を生き抜いたり、ひいおじいさんが消防士でたくさんの命を救ってきた事実を述べながらも、対する自分は学校を中退してしまった弱者だと卑下。以降の「オーマイガー」と歌われる印象的なコーラスは、そんな自分に対してのものだ。サビに差し掛かった頃にはそうしたネガティブな心は更に肥大化してしまい「誰も話を聞かないのならこの場で騒いでしまいそう」、「だから僕の愚痴を聞いてほしいんだ」と自暴自棄の感情に捕らわれてしまう。おそらく、この時点での主人公は精神的に何らかの疾患を患ってしまっている状態なのだろう。


2番では、比較対象が友人へと切り替わる。その友人は他の人たちと悪いことをしながら毎日楽しそうに暮らしているのだが、そんな友人を見ながら自分は「悪いことして何が楽しいんだろう?」と疑問に思う。ただ楽しそうなのは圧倒的に友人の方で、そのため自分は「みんな僕の方を見てかわいそうに思ってるんじゃないか」と思考を悪い方へ悪い方へと向かわせてしまう。中でも「でもこんな人もいるんだよ」とするサビ前の歌詞は自己肯定のようでも、ある種の諦めにも取れる悲しい部分だ。


そして、物語はアップテンポになるクライマックスへ。世の中には自分より辛い人もいると感じているが今が辛すぎる。だから暴れて走って叫んで、心を落ち着かせようとするけども、もしかしたらその行動が自分が死ぬ前の最期の姿なのかもしれないと、考え得る最悪の末路を思い描く主人公。でもそうした狂った自分の果てにもし前向きになれたら、ヘネシー(ウイスキーの一種)お酒を飲んでハッピーになって前向きに生きられるんじゃないか。何より、あなたなら救ってくれるかもしれない。だから頼む、僕のこのバイオリンを聴いてくれ。……長々と記してしまったが、以上が”World's Smallest Violin”の簡単な和訳である。一見明るい楽曲のようでいて、その実リアルの悲しみが現れている表裏一体感。是非ともこの歌詞を踏まえつつ、何度も繰り返し聴いてみてほしいところだ。

 

TikTokを経ての思わぬ躍進。唯一無二のサウンドメイク。深堀りすればするほど心を掴まれる歌詞。突如として日の目を浴びたAJRの”World's Smallest Violin”には、あまりに必然的なヒットに繋がる要因が込められていた。海外においてロックバンドとしては最良の立ち位置に駆け上がる中でも、SNS上で今日も新たなバズを生み出そうと画策するAJR。つい先日も新曲の一部がYouTubeショートで公開されたが、こちらも爆笑する声が入っていたりキャッチーだったりと、またも注目を集めそうな予感。……今後近いうちに日本でも台風の目となること請け合いなAJR。触れるのは彼らが新たなバズを生み出す前の今しかない!