キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

精神的弱者にとっての2021年最大の発見、変態紳士クラブ“YOKAZE”の歌詞について

こんばんは、キタガワです。


「今年最も聴いた曲は?」と質問された時、決まって答えに窮する。日々様々な音楽を聴いている身としてはひとつに絞ること自体ナンセンスであるし、そもそも同じくらいの熱量を持って聴いた音楽だけで何十個もあるのだ。かと言って絶対に相手が知らないアーティストを上げて困惑させるのも申し訳ないので、その都度「“U.S.A.”ですかね」や「“香水”好きですよ」、今年であれば「“うっせぇわ”めちゃ聴きましたね」と一般的に広く知られているであろう『今年バズったアーティスト』を語ることで乗り切るようにしている。けれどもそうして切り抜けた時に限って、後日「キタガワくんってAdo『が』大好きらしいよ!」と高らかに吹聴されることもあったりして、いろいろと訂正したくなったりしながらも腑に落ちない場面も多々経験してきた。


ただ『今年最も聴いた曲』から少し見方を変えて『一番印象的だった曲』に言い換えた場合、はっきりと宣言することは出来る。今年一番印象的だった曲、それはタイトルにも冠した、変態紳士クラブの“YOKAZE”である。

 

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https://www.toysfactory.co.jp/sp/artist/hentai

変態紳士クラブ - YOKAZE (Official Music Video) - YouTube


“YOKAZE”の何に心震えたのかと言えば、第一はその歌詞にある。これは若者というよりはある程度の年齢を重ねた人々に刺さるものだろうとも思うのだが、根拠のない全能感を抱いていた若かりし頃を超え、人間は100%歳を重ねてしまう。もちろんどれだけオジサンに近付いても「今が一番最高!」と声高に叫ぶことの出来る成功者もいる。ただ何となく仕事に時間を費やしている人や、やりたいことに全力投球した結果歳だけを重ねてしまったと嘆く人の方が圧倒的に多い訳で、そうした人々に対して世間は何も与えない。言わば絶対的な空虚さがポツンとあるだけだ。そうすると当然「どこで人生間違った?」とクソッタレなこれまでを回顧することも増えるのだが、そんな誰にも語れないネガティブに寄り添ってくれるのが“YOKAZE”だった。


《不安や不満を飛ばすため 窓を開けたHigh way/車は走ってく 理由はあのNightmare/ただ抗ったっていいだろこれは俺の人生さ なるようになるさ大抵 失敗すらいつかDigest》

《恥だらけのこの人生(まわる) 引けず未だに粋がってる/死にたくて生きたくてもう 頭がパンクして今に壊れそう》


“YOKAZE”が歌う内容は、酸いも甘いも噛み分けて未来を生きようとする力強さに満ちている。もちろん前向きな歌詞は多くのアーティストが歌っているものでもあるし、別段珍しくもない代物だ。しかしながら彼らが歌詞に綴っているのは徹底した弱者への寄り添いで、思わず現在進行系で辛い自分の代弁者のような感覚すら覚えるし、結果としてこの楽曲が2021年最大のバズのひとつに加わり、多くの人々に伝わったことはサブスク時代の良い点だったようにも思う。と同時に、やはり「前向きに生きようぜ」という精神が是とされる時代においても鬱屈した感情を抱え続けている人も多いのだなと再認識したりもした。


辛いことがあった時、決まって人間はSNSを筆頭とした手近にある何かに逃げがちだ。少なくとも本当に辛い時にわざわざ音楽を再生して、ネガティブな感情を奮い立たせようとする人はかなり少数派だと思う。だが彼らの音楽はどうだろう。特に最大の飛躍作となった“YOKAZE”を見ても、暗がりの自室で意図的に依存したくなるメッセージ性に関しては、これ以上ないものがある。冒頭に記した『最も印象的な曲』というのがまさにそれで、そもそもネガティブな時に自ら選んでこの楽曲を聴いていることは、何よりも楽曲に『ネガティブな気持ちになった時はこれ』と、強い印象深さを自分から付与していることにならないだろうか。総じてこの楽曲は、人間誰しもが孤独を抱えながら前向きに生きなければいけない今の時代において、確かに鳴らされるべき1曲である。そしてこの楽曲がとてつもない勢いで広がったことには感動しているし、また音楽も捨てたもんじゃないなあと思ったりもする。どれほど辛くても、生きる。そんな当たり前のメッセージを今一度伝えてくれる、そんな名曲がこの“YOKAZE”なのだ。