キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

自叙伝『くすぶり中年の逆襲』から見る、錦鯉・長谷川と渡辺の貧乏生活とM-1優勝

こ〜んば〜んは〜!キタガワです。


紙吹雪が舞い散る中ひとり涙を流す長谷川を観て、思わずもらい泣きしてしまった。6017組という過去最多の出場者を集めて幕を開けた去る『M-1グランプリ2021』の頂点に立ったのは、長谷川雅紀と渡辺隆から成る結成9年目のお笑いコンビ・錦鯉。共に芸歴は20年を超え、長谷川は50歳とM-1史上最高齢での優勝。逆境でも決して夢を諦めなかった心が、遂に結実した瞬間だった。

 

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彼らの芸人人生はとにかく、世間一般的なイメージで囁かれる『下積み生活』を更に下回る過酷なものだったが、特にメディアで語られるのは長谷川のエピソード。
暫くの北海道での芸人生活後に別の相方とマッサジルを結成、30歳にして上京した長谷川は当時の生活を「極貧生活」と笑い飛ばす。今年発刊された錦鯉の自叙伝『くすぶり中年の逆襲』には「敷金・礼金なし、家賃3万、風呂なし、六畳一間のアパートに引っ越した。築60年、木造2階の角部屋(116ページ)」とあまりに酷い環境であることを語っているし、食生活についても「基本的に1日1食。100均で買う8枚切りの食パン。もちろんトースターなんてないから、そのまま(119ページ)」など極貧時代の出来事が綴られている。そしてその生活は長らくスライドし、ピンになった長谷川が40歳になるまで結果的に続くこととなる。以下の動画ではおそらく当時生活していた家とおぼしき場所でインタビューを受ける、長谷川の様子が映し出されているが、端から見ても如何に過酷な状況だったのかがよく分かる。

 

【錦鯉】M-1優勝!長谷川10年前の帰省に密着!がけっぷち芸人涙の帰省物語【帰省なう】 - YouTube


一方の渡辺も、暗中模索の日々を長らく過ごしてきた。いつまで経っても陽の目を見ない生活に憂い「当時の彼女に、1日500円もらって、タバコとワンカップのお酒を買って。家の近所の河川敷に寝転がって、中学の野球部の練習をずーっと見ていた(99ページ)」とのエピソードは以下の『しくじり先生』でも披露されたものだが、そのまま30歳を超えるまで同様の生活が続いていたという。渡辺はよくこの時の生活をメディアで『怠惰』や『ダラダラ』といった表現をするけれど、そうした中でも加齢と共に様々な体調なり精神状態なりの変化は必ずある訳で、どれほどの思いを抱えて芸人としての活動を行っていたのかは、想像に難くない。

 

錦鯉 20年売れずに極貧生活‥史上最年長M-1ファイナリストのしくじり生活|地上波・ABEMAで放送中! - YouTube

最年長M-1ファイナリスト 錦鯉がギリギリど貧乏生活時代を告白! - YouTube


それらを踏まえてM-1だ。彼らが今回1本目に選んだネタは『合コン』。これまで多くのライブで披露されてきた鉄板ネタであり、渡辺が長谷川の頭を叩く回数も圧倒的に多いため、後半につれて熱量がぐんぐん上昇する意味でもかなり決勝に適したネタだったと思う。……平均年齢30歳と少しという今年のM-1のフレッシュさに錦鯉が対抗するには、より大きな印象のボケで爆発させるしかない。そんな中で彼らが用意したのは、長谷川の50歳になった年齢を活かした設定。「みんな何歳?21歳?22歳?へえー!俺はね、50!」という斜め上のボケ。「みんなよりちょっと(年齢が)お兄さんか!」と可愛くキメる長谷川に「お父さんだよ」と鋭く叩くツッコミ。果ては紙芝居屋さんが来る、水飴の味、乾燥した踵などどこを切っても彼らにしか成し得ないネタで、ある意味反則級ではあれど最高のセレクト。かつてミルクボーイのネタを観たナイツ塙が「誰がやっても面白いプラス、この人たちがやったら一番面白いっていうネタが一番強い」と語っていたけれど、まさしく錦鯉のネタはそれを体現したものだった。


続く最終決戦の『猿を捕まえたい』もピカイチの出来だ。こちらでは決勝の長谷川の年齢的な笑いではなく、バカさを前面に押し出したネタ。最終的にはこのネタが爆発して錦鯉は優勝するに至ったのだが、思い返してみると昨年は言わば「錦鯉はこういうコンビだよ」との説明をしっかりして、今年の決勝では遂に50歳になってしまった事実を明るく笑いとして昇華し、最終決戦ではこれまで何度も観てきたバカな部分をドカンと見せるという最強の三段構えを構築していたように思う。故に全ての前情報を熟知した上で臨むので観客の反応も良く、笑いが次なる笑いへと飛び火する最良の環境が出来上がっていたのは感動した次第だ。

 

錦鯉【決勝ネタ】1st Round〈ネタ順8〉M-1グランプリ2021 - YouTube

錦鯉【決勝ネタ】最終決戦〈ネタ順2〉M-1グランプリ2021 - YouTube


そして訪れた運命の瞬間。長谷川は優勝が確定した瞬間に大粒の涙を流し、渡辺は力強く長谷川を抱き締めた。後の優勝者インタビューで、その瞬間に渡辺が長谷川に「ありがとう」と呟いていたことが明らかになったが、これまでの歩みと重みを知っているからこそ余計にグッとくる。昨年の大ブレイクから1年経ち、それを上回る追い風が吹く現在。優勝翌日のインタビューでは「2時間しか寝てない」と彼らは語っていた中で、その表情はまるで遅れてきた青春を楽しんでいるかのように笑顔だった。くすぶり中年ふたりの歩みは、これからも続いていく。