キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【ライブレポート】安部勇磨・中納良恵・原田郁子・向井秀徳アコースティック&エレクトリック『HIROSHIMA CLUB "Q"UATTRO 20th Anniversary "New Now" BABY Q 広島場所』@広島クラブクアトロ

こんばんは、キタガワです。


ここ数ヶ月間、広島クラブクアトロでは設立20周年を記念したライブイベントがいくつも企画された。The Birthdayやストレイテナー、四星球、10-FEET……。主に同会場への関わりが深いアーティストを中心としてブッキングされたこれらのライブは多くの音楽好きの心を震わせ、こと広島のライブハウス全体を考えてもクアトロはかなりの盛況ぶりとなっている。

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そんな中満を持して開催されたのが『BABY Q』と名付けられたライブイベント。『BABY Q』とは都市部で不定期で開催されてきた弾き語りライブのことで「Q」=“CUE”『素晴らしい音楽に触れる「きっかけ」に』、“休”『最高の休日に』との意味が込められており、今回は初の広島公演となる。そんな素晴らしきツーデイズの後編となったこの日はnever young beachの安部勇磨、EGO-WRAPPIN'の中納良恵、クラムボンの中納良恵、そしてNUMBER GIRLとZAZEN BOYSのフロントマンである向井秀徳がアコースティック&エレクトリック名義で出演。超豪華メンバーで送る全組持ち時間35分、全席指定260名限定の弾き語りライブの模様を以下にレポートする。

 

 

安部勇磨(18:00〜18:35)

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never young beach オフィシャルサイト

 

今回のライブの先陣を切ったのは、never young beachのフロントマン・安部勇磨(Vo.G)。『BABY Q』が全編弾き語りのライブであるという事前情報から、てっきり全出演者がひとりきりでステージに立つのかと思っていたが、暗転と共に袖から現れたのは安部と、D.A.Nとしても活動している市川仁也(B)と香田悠真(Key)。安部の初のソロアルバム『Fantasia』を共に手掛けた盟友たちが、よもやのサポートとして参加する極上のスリーピースだ。


開口一番「安部勇磨です、よろしくお願いします……」と聞こえるか聞こえないかの絶妙なトーンで安部が言葉を発し、オフマイクのカウントから鳴らされた1曲目はソロアルバムから“ありがとさん”。当たり障りのない日常の風景と緩やかなサウンドがゆるりとライブハウスに溶けていく様は、明らかにネバヤンよりも良い意味で浮遊的。安部のギターのピッキング音さえ聴こえてしまうしんとしたライブハウスに絶妙にマッチしていて良い意味でくすぐったいのもまた楽しく、まるで自然の中にいるようなフワフワとした感覚にも陥っていく。

 

Yuma Abe - Omaemo (Official music video) - YouTube


今回のセットリストの軸を担っていたのは、コロナ禍に制作されたソロアルバム『Fantasia』。“さよなら”や“おまえも”といったバンドよりもトーンを落としたソロならではの雰囲気の楽曲で見せ、更にはリズムマシーンを使ったり、“いつも雨”などのネバヤン楽曲も複数披露する大盤振る舞いの構成だ。「コロナでライブが全然やれてなかったから緊張したりもするけど、広島に到着したときに『行ける感覚』があった(意訳)」とは安部の弁だが、その言葉通り安部はしっかりと楽曲を届ける最高のコンディション。ただひとたびMCに差し掛かると一気に口下手になってしまう落差も面白く、「言いたいことが渋滞してる」と話が飛び飛びになったり、楽曲演奏後に無意識に何度も呟いていた感謝の言葉に「毎回ありがとうって何か……」と疑問を抱いたりと、すっかりアットホームな空気感だ。

 

never young beach - 明るい未来(official video) - YouTube


ラストナンバーはネバヤンの“明るい未来”。ところどころの発声を変えたりとバンドよりもかなり自由な展開で魅せた“明るい未来”は、当然盛り上がりを重視した上で最後に持ってきた部分もあると思う。けれどもこれまで暗い話が蔓延していたコロナ禍もようやく希望的な未来が見えてきた中でのこの選曲には同時に、きっと観客も様々な思いを重ねて聴いていたことだろうし、ふと周囲を見渡すと観客は皆一様に着席しながらも体をゆらゆら揺らし、サウンドに身を任せている。ラスサビでは安部が「歌詞忘れちゃったからもう1回サビ回して良いですか?」とメンバーに笑顔で問い掛ける一幕もありつつ、ライブは大盛りあがりで終了。おそらくネバヤンはともかくとして大多数が安部のソロライブは初見であったと推察するが、ここまで期待値を大きく超えてきたライブもない。今回のイベント全体を考えても、トップバッターとしてこれ以上ない役どころだったのではなかろうか。

 

中納良恵(18:50〜19:25)

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中納良恵オフィシャルサイト | Yoshie Nakano Official Website

 

続いての出演者は、EGO-WRAPPIN'より中納良恵。思えば長らく活動しているEGO-WRAPPIN'としても、広島でのツアー会場の多くで選ばれてきたのがここ広島クラブクアトロ。更にはバンドとしての活動が今年ほぼなかったこともあり、どのようなライブになるのか期待が高まる。……暗転後、グランドピアノが中心に聳えるのみというシンプルかつ印象的なステージに、黒を貴重としたコーディネート&つば広ハットいうどこか大人の女性を感じさせる中納が登場。ただピアノの前に進むなり腕を上下させて喜びを表す姿は、まるで自由奔放に音楽を楽しもうとする子どものようでもあった。

 

中納良恵『Dear My Dear』 - YouTube


「中納良恵でーす。ひとりで来ましたー」と言葉を発してのオープナーは“Dear My Dear”。しっとりとしたピアノの調べに乗せられる中納の歌声は、端的に言い表すとすれば『浄化』。ありとあらゆる思考を彼方まで吹き飛ばして耳を集中させ、ただただ音楽のみに没入させるその求心性に誰もが酔いしれている。これまでソウルフルな一面が強いEGO-WRAPPIN'のライブは何度か観たことがあるけれど、明らかに対極に位置する中納のソロは演奏と歌声が赤裸々に包み込んでいて、その違いにも改めて驚かされる。


今回のセットリストは大半が今年リリースされたソロアルバム『あまい』から。“SA SO U”や“あなたを”、“同じ穴のムジナ”の他、過去作からは“しずく”などこれまでソロとして披露されてきた楽曲のオンパレードで魅せ、会場全体を異次元の空間に誘っていく。ただ決してバラードのみを演奏していた訳ではなく、中でも“同じ穴のムジナ”を筆頭にパーカッション的な役割を担ったり、時折中納のフィンガースナップも織り交ぜられて、特に後半からはピアノ1本ながらロックテイスト全開の楽曲が続いていたのも印象深い。

 

Kemunimaite - YouTube


最終曲は中納良恵名義の“ケムニマイテ”。動物の鳴き声とおぼしき歌声を複数回披露した後、楽曲は怒涛の勢いで突き進んでいく。後半ではループステーションを使用して中納の歌声がぐるぐる回る中、観客の手拍子もプラスに作用して興奮を底上げし、いつまでも続いてほしいと願ってしまう程の圧巻のライブは幕を下ろした。彼女のライブが終わった直後、忘れかけていた呼吸を取り戻してふうと息をする観客を多く目撃したけれど、それほど今回の中納のライブが文字通り息を呑む代物であったことを証明していた。

 

原田郁子(19:35〜20:10)

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clammbon official website : ikuko

 

ピアノをそっくりそのまま置きっぱなしにした状態で、続いてはクラムボンのボーカルも務める原田郁子にバトンタッチ。満面の笑みでステージに現れたのと同じタイミングで、観客のひとりが開けた缶の音に反応した原田は「飲んでるの?お酒」と一言。その言葉で観客も緊張が解け、笑いで包まれる会場。最高の環境である。

 

海からの風 - YouTube


ライブはファーストアルバム『ピアノ』から“海からの風”でスタート。アレンジも多く加えたピアノ演奏もさることながら、仲の良い友人である先行の中納良恵とはまた違った軽やかな歌声が会場に広がって、徐々に観客の心を掌握していくのが分かる。クラムボンではポップなテイストを含んだ楽曲が多くバラードは少な目なイメージがあったところを、ソロではその折衷案とも言うべき良いとこ取りのサウンドで、結果とてつもなくポップな独奏に仕上がっていた。


セットリストはこの日の出演者の中ではかなり異質。“なみだ と ほほえむ”など確かにソロ曲が多かった一方で、忌野清志郎との共作曲“銀河”、果ては彼女自身が大好きな曲として披露されたC&Kのカバー“嗚呼、麗しき人生”他、バラエティーに富んだラインナップで進行。そしてそれら全てがどこを切ってもポップという、原田郁子の人間性を体現するような楽曲に感服するばかりだ。

 

原田郁子 from クラムボン - 教会~銀河 @ 頂 -ITADAKI- 2016 - YouTube


この日のMCでは、原田が前日の『BABY Q』にもお客さんとして参加していたという衝撃の事実が明らかになった後、35分の持ち時間を出演者全員が気にしていたことに触れる。どうやら弾き語りのスタイルに広島ならではのMCで楽しんでいるうち、気付けば時間が過ぎていく感覚にアーティスト側はなるのだそうで、原田は「ゆったりさせたいのか急がせたいのかどっちなんだ……」とチクリ。ちなみにこの時点で約10分押しで、原田も当初の予定よりも早くステージ入りしたとのこと。


その後もQUEENの“WE WILL ROCK YOU”ばりの足踏みで会場全体でパーカッション的役割を担ったりと楽しい時間が続き、気付けば最後の曲に。ラストは何と先程出番を終えた中納良恵を招いてのコラボレーションで、原田がピアノ、中納はハンドマイクで高らかに音を響かせていく。後半では中納が原田の横に座って即興のツインピアノ演奏が繰り広げられ、時にお互いがお互いの鍵盤を触り合ったり、最終的にはピアノの代わりにお相手の髪の毛を打鍵したりと、原田いわく「(この即興演奏を)あと3時間は出来る」盛り上がりを記録。そして全ての力を出し尽くした原田が「続いてはついに、ヤツがやってくるー!」とラスボス・向井秀徳の存在を突き付ける形で大団円。ライブ後に原田の物販に向かう多数の人々を見て、如何に素晴らしいライブだったのかを改めて感じた。

 

向井秀徳アコースティック&エレクトリック(20:25〜21:00)

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https://mukaishutoku.com/

 

楽しい時間ほど過ぎるのは早いもので、残すところライブは向井秀徳のソロ名義・向井秀徳アコースティック&エレクトリックただひとりとなった。どうやらチューニングも自分自身で行うようで、グランドピアノが撤去されると、直ぐ様ステージに歩みを進める向井。背後にギターアンプ、前方には丸椅子とマイクスタンドのみという簡素なステージ上で、向井は黙々と準備中……なのだが、ギターをケースから出した瞬間にケースをぶん投げてスタッフが急いで回収したり、シールドコードも絡まった部分を無造作に投げ捨てたり、アンプの音量を感覚的に引き上げたりと一挙手一投足が面白くてたまらない。


そして向井のライブではもはやお馴染みとなったギターにスプレーを吹き掛ける一幕を挟むと、ライブスタート。「マツリスタジオからやって参りました。This is 向井秀徳」との第一声から鳴らされたのは、ナンバーガールの“SENTIMENTAL GIRL‘S VIOLENT JOKE”。最大限に研ぎ澄まされたギャリギャリの大音量ギターとボーカルのみの裸一貫の演奏は瞬時に会場を震えさせ、その衝撃からか何故か一周回って微動だにしない観客たちの対比が楽しい。

 

NUMBER GIRL - ZEGEN VS UNDERCOVER - YouTube


今回のライブはナンバーガール、ザゼンボーイズ、向井秀徳アコースティック&エレクトリック楽曲を満遍なくプレイするファン垂涎のセトリ。具体的にはナンバガからは以降“鉄風 鋭くなって”と“ZEGEN VS UNDERCOVER”、“YOUNG GIRL SEXUALLY KNOWING”、新曲の“排水管”、“OMOIDE IN MY HEAD”。ザゼンからは“はあとぶれいく”。ソロからは“KARASU”が披露され、バンド形態とはまた違った魅力を伝える35分間となった。なおMCでは今回の会場が広島であるからか、「仁義なき戦いで『ささらもさら』って言葉があるんですけど、あれどういう意味ですかね」と問い掛けるという向井らしい謎の語りが飛び出していたのも合わせて記述しておきたい。

 

はあとぶれいく - 向井秀徳アコースティック&エレクトリック - YouTube


ハイライトはやはり、ラストの“はあとぶれいく”。繋いだエフェクターにより増幅されたテレキャスターの切れ味鋭い音が、鼓膜にぐんぐん襲い掛かってくる様は形容し難い体験で、引き込まれるというよりどちらかと言えば、向井のワンマンショーにただただ取り込まれているような感覚にも陥る。総じて彼が抱く音楽への自信と、それを望んで聴く我々観客との双方向的な関係性を感じることが出来た。


持ち時間も過ぎていたのでこれで終わりかと思いきや、まだ客電は点かない。アンコールを求める手拍子に招かれて再びステージに姿を見せた向井は「それで、ささらもさらの意味分かりましたかね。次までに調べとってください」と本編で語った疑問を再び復活させると、何とザゼンボーイズの“KIMOCHI”を原田郁子と中納良恵を呼び込んで披露すると宣言。するとステージ袖からお土産が入っているとおぼしき手提げ袋を提げた原田と、完全私服姿の中納という明らかに『今から帰ります状態』のふたりが登場し、拍手喝采を浴びる。お察しの通りこのコラボは先程突然向井が提案したものらしく、どうやら全く何も知らされていない状態でステージに上がらされたらしい。そんな彼女たちの混乱ぶりを見ながら「ふたり適当にコーラスやっとってください」と無茶振りをする向井に対し、取り敢えず引き受けるふたり。……まさしく、どこを切っても向井である。

 

DAX × lute:ZAZEN BOYS「KIMOCHI」 - YouTube


そうして始まった“KIMOCHI”はある意味では壮観、またある意味では笑顔に満ち溢れた空間だった。《貴様に伝えたい》と向井が歌えば《貴様に〜》とコーラスを乗せ、サウンドのみが鳴る部分では「フゥー!」と全力盛り上げるふたりがとても楽しい。その中心で歌う向井はこれまで通り無表情だが、どこかタイミングを合わせてあげている感もあり、バンマス的な立場で楽曲を上手く組み立てていたのも素晴らしかった。……よくよく考えればEGO-WRAPPIN'とクラムボン、そしてナンバーガールの主要人物が揃って楽曲を展開している事実は絶対に他のライブではあり得ない光景で、思わず笑みが溢れてしまう。全ての演奏が終わると自身を中心としてふたりと肩を組み、両手に華状態で袖に消えていった向井。その姿に爆笑しているうちに客電が点き、これをもって最高のアコースティックライブは完全に終幕したのだった。

 

今回のライブはnever young beach、EGO-WRAPPIN'、クラムボン、ナンバーガールのボーカル陣が広島に集結する点から誰がどう見ても超豪華な一夜であったと同時に、おそらく今回集まった観客はそれぞれ誰かしらのバンドのファンで、数少ない彼らの弾き語りライブをこの目で観たいと感じた人々なのだろうと推察する。確かに普段ドラムもベースもありありな彼らを観ている身としてはとても新鮮なものだったけれど、そんな中で改めて感じたのは、アコースティックの素晴らしさだった。
 

敢えて角の立つ言い方をすると、ロックバンドというのはドンシャリのサウンドが常に鼓膜に伝わる関係上、ある程度の誤魔化しが効く。それこそライブやCD音源を聴いて手放しで興奮するのがロックの楽しみ方である一方、冷静に考えると歌詞の重要性だったり粒だったサウンドの深みを知るには至らなかったりすることもある。そんな中でアコースティックは全てがダイレクトに伝わるので、何の誤魔化しも効かない。そうした肌一貫さが逆に、これまでロックバンドの面を広く観てきたアーティストのことを考えると、とても新鮮で楽しかった。……広島に初上陸したアコースティックイベント『BABY Q』。それはこれまでロックバンドに親しんできた人も弾き語りを好む人も総じて大満足させる、運命的な一夜であったように思う。