キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

音楽文アーカイブ記事移行のご報告と、この4年間のキタガワという人間の歩みについて

こんばんは、キタガワです。

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先日から少しずつ、これまで4年間書き溜めてきた音楽文の記事の移行を始めた。……が、上から下までビーッとコピーし、下書きファイルにペースト、日付と体裁を整えて投下する作業が合計76個ともなると、全く終わる気配がないので心底辟易している。気付けば1.2時間が吹っ飛ぶ日々を続けているうち「誰だこんなに書いた奴は」と怒りをぶつけたくもなるが、その戦犯は他でもない自分自身。……ただ、これまで読み返すことのなかった作品の数々が目に入ると、思わず感慨深い気持ちに陥ってしまう。何故ならこの音楽文の投稿を続けた4年間は、僕は宝物のように思っているから。


まず今回の計76記事のアーカイブについて、日時は2017年の1月11日に固定している。これは自分が音楽文の前身企画である『ONGAKU-BUN大賞』に初めて投稿した日で、まだその頃は音楽ライターになりたいという夢は然程抱いていなかった。もちろん漠然と頭の片隅にはあったが、当時は新卒採用で4月から働き始めることも決まっていたし、何より「そんなのは自分には無理だろうな」と、考えること自体を放棄した感が強かった。

 

そして『ONGAKU-BUN大賞』が『音楽文』へと変わった2018年4月から、僕は本気で音楽ライターを志すことを決めた。その理由はこのブログでも何度か語っているように、会社を精神的不調で退職(2017年11月末)し正社員職を探すも20連敗し、鬱病の果てに自殺未遂を試みて生還してしまった(2018年4月1日)末に至った唯一の希望だったためで、その後は今でも勤務している時給15万のバイト先に属しながら、音楽ライターへの足掛かりとして音楽文に投稿し始めたのだ。


ともあれ、最初の投稿記事はとてつもなく粗さが目立つ代物だった。改行もめちゃくちゃだし、主語も多い。中でもamazarashiの記事では自分自身の境遇を書いたり、アークティックの記事ではアーティスト自体を否定したりといろいろと稚拙な作品ばかりだったが、そうしたことも含めてほとんど執筆経験もない自分が何とか這い上がろうと、全力疾走する様が当時の記事には表れている。ちなみに元々自分は約10年間お笑い系の活動をしていたのだけれど、なかなか真面目な記事というのが書けないと気付いたのもこの頃からで、総じて『自分のやり方がわからないまま取り敢えずやっていた』印象がある。


結果が出ないまま半年が過ぎ、2019年からは本格的に文章表現を改めることを考えるようになった。そのために選んだのは洋楽紙のrockinon。邦楽誌によくあるインタビュー形式ではなく、CD音源をしっかりとライターさんの表現でレビューしているこの雑誌の過去1年分を買い漁り、聞いたことのない言葉や印象的な文章にマーカーを引いて読み漁った。他にも伊藤計劃、貴志祐介といった小難しい表現を使う小説家の本を読みまくり、無理矢理お笑い脳だった文章を矯正していくようにした。そして忘れもしない2019年3月、サカナクションのライブレポートでもって初めて音楽文で受賞して、この時は本当に人生で一番号泣したと記憶している。……というのも、本当にこの半年間は辛いものがあり、僕はこの音楽文での活動を大好きな番組に例えて『毎月M-1の決勝進出者発表をされる感覚』と思っているのだけれど、毎月毎月落選を喰らって、他の人はどんどん先に行ってしまうあの絶望は例えようがなかった。だからこそ「俺は良いもん書いてる」とずっと思い続けながら投稿を続けていたので、ようやく認められた感動もひとしおだった。


そこからは何故だか、連続での受賞が続くようになる。2019年5月にwowaka、7月にアヴィーチー、10月にThe 1975。しかも7月のアヴィーチーに関しては洋楽誌のrockinonに掲載されることも電話で伝えていただき、再度号泣すると共に、これら3つは正直受賞を確信して書いたものでもなかったので、だんだんと「俺行けるんじゃないか?」とも感じるようになった。その時の生活は今でも続けているバイト月収7万に日雇いバイト1万、月末になるとゲームを売ってしのぐような状態だったが、それでも夢に近付いている感覚が嬉しかった。


そして同年10月、僕はrockin.on社から正式にライター契約を貰った(詳しくは下部のプロフィール欄『このブログについて』より)。そこからの日々はこれまでになかった経験をたくさんさせていただいたので目まぐるしく過ぎていったが、健康的な疲労とも言える状態がどんどん重なり、生まれて始めて生きている実感を得た。……記事が書けず泣きそうになったり、自分の出来なさに嘆いたりすることもあったが、アーティスト本人から反応を貰ったり、大量のリツイートがあったりと、それでも頑張ろうと強く思えた。そして同月10月にはStarcrawlerの記事で更に受賞。これからもこの日々が続いていくものなのだと、本気でそう思っていた。


そんなときだ。2020年の2月に新型コロナウイルスが直撃し、依頼が一切なくなったのは……。依頼は全て『待ち』の姿勢なので、相手方が依頼をしたくなくなれば当然、仕事はゼロになる。もちろんその間もブログや音楽文への投稿は続けていたが、あれほど人生を賭けていた媒体から戦力外通告をされたのだと気付いたとき、言いようのない絶望が襲った。かつては夢を追い続けていた分、辛いことでも耐えられた。しかしながら夢が現実になり、もっと頑張ろうと思っていた矢先に何もない状況が続いて1ヶ月経ち、2ヶ月経ち、3ヶ月経ったあたりで、僕の精神はおかしくなってしまったのだ。いつ依頼が来ても良いようにといろいろと書いたが、いくら経っても来る気配もない。音楽文も受賞しない。ブログもアクセス数が伸びない……、そんな生活を続けた結果僕はストレスから酒を飲み続け、軽度のアルコール依存症になった。1日2リットルのストロングゼロを飲み、酒が残っている状態で仕事をし、酒をかっ喰らいながら文章を書いた。だから今思い返しても、2020年の記憶はほとんど毎日死にたかったことくらいしか思い出せない。唯一有り難かったのはバイトで昇進し、1日4時間勤務がフルタイムに変わったことくらいか。


そしてそのまま何の結果も残せないまま2021年。音楽文はコロナ禍による金銭的事情により、2021年8月でその幕を降ろした。一応は2022年の3月までは閲覧が可能だが、その後は完全にサイトごと消滅する。最終的に最多受賞・最多投稿者となり、人生の全てを注いできた文章も、来年には全て消えてしまう。僕はと言えばライター仕事も相変わらずあれ以降どこからも無いから、正直今は何となくブログを書き、時たまライター募集に応募、それ以外はずっとバイトに消費する日々を続けている。もはやあの幸福はどこか遠くの出来事のようにも感じるが、どうこう出来る訳もなし。


……今でも思う。音楽文に捧げてきたあの日々は、無意味なものだったのだろうかと。僕が音楽文に全てをベットした4年間で他の友人たちは皆結婚したし、正社員になったし、「まだ若いし頑張ってね!」と言われる年齢でも何もなくなってしまった。でもあの頃書き続けて、研磨した文章だけは未だに残っている。だから今も夢の途中なのだ。もはや負い続けなければいけないレベルに達してしまった、というのが正しいかもしれないが。


今回音楽文のサイト閉鎖にあたり、当ブログに音楽文の投稿記事を貼り付ける作業を続けているのは冒頭に記したとおりだ。その文章は一切の変更なく年内には全てサルベージするつもりだし、それでアクセス数が稼げるとは露程も思わない。だがそれでも、ここまでがむしゃらに駆け抜けてきた思いだけは、無くしてしまう訳にはいかない。こっ恥ずかしくもあるけれど少しでも気になってくれた方には、2022年3月までではあるが以下のリンクから音楽文が閲覧出来るので是非とも。それ以降は、当ブログの下部にある検索バーに『音楽文アーカイブ』と入力していただければサルベージしたものを閲覧出来るように試みておく。この底辺人間の4年間の歩みを消さないためにも、どうか。

 

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