こんばんは、キタガワです。
「世界的に有名なバンドって誰?」と問われたとき、おそらく挙がる名前はグリーン・デイやレディオヘッドなど千差万別だろうが、この問いを「世界的に有名な『覆面』バンドって誰?」に言い換えたとき、答えはひとつに絞られるに違いない。……彼らの名前はゴリラズ。ロックを通してフィクションの海を回遊する、バーチャル覆面音楽プロジェクトだ。
ゴリラズについて語るとき、それが『2次元としてのゴリラズ』か『3次元としてのゴリラズ』かで話は大きく異なってくる。第一に、彼らの『実体』とされる2次元サイドに目を向けてみよう。メンバーは2D(Vo.Key。アー写右前)、マードック・ニカルス(B。アー写左後)、ヌードル(G。アー写左前)、ラッセル・ホブス(Dr。アー写右後)の4名。ちなみに2Dの目が真っ白なのは2度の交通事故により損傷→一時植物人間になったためで、マードックは楽器店に車で突っ込んだ果てに偽札使用容疑で現行犯逮捕、唯一の日本人であるヌードルは記憶喪失を料理店のお盆をひっくり返したことがきっかけで克服し、ラッセルはカルト団体に出入り→精神が崩壊して以降は、海賊に追われ北朝鮮に突入した。取り敢えず比較的新し目の彼らのバイオグラフィーはこんなところだが、おそらく読者の方々も意味が分からないように、長年のファンにとっても全て把握している人は少ない。……というのも、これらの設定はアルバムがリリースされるごとに大きく変化、場合によっては改造人間にされたり殺人を犯したりと、もはや完全なる長編SFフィクションの域に達しているためである。なおゴリラズのYouTube公式チャンネルの登録者が異様に多い理由も、こうした彼らの最新事情が突発的に更新されることがあるからだそう。
Gorillaz - Clint Eastwood (Official Video) - YouTube
それでは次に、ライブパフォーマンスとインタビューでのみ姿を現す、3次元のゴリラズについて見ていこう。ゴリラズの総指揮を執っているのはデーモン・アルバーン。元々はイギリスで1990年代最強のバンドと謳われていたBlur(ブラー)のフロントマンでもある。しかしながらブラーの活動は一気に“Song 2”でブレークを果たした後はヒットになかなか恵まれず、長きに渡って停滞。音楽メディアからはアルバムが出るたびに否定的な意見も多く書き込まれた。何故こうしたネガティブな意見が噴出したのかと言えば、その理由はどんどん楽曲がロックらしさを失ったことにあるのだが、当時のデーモンは実際のところ『ブラーらしいロックで速い楽曲』の制作に興味を無くしてしまっていたとされている。1日に1曲ペースで楽曲が降ってくる多作のデーモンにとって、もはやロック以外の音楽性を体現するにはブラーはイメージが確立され過ぎていた。だからこそ彼は全く新たな音楽活動を行う必要があったのである。
そのためゴリラズは一応『ロック』と定義されてはいるもののポップスもラップも、他者とのコラボレーションも何でもありで、音楽性としては雑多だ。彼らのデビューアルバム収録曲で最も知られている楽曲は“Clint Eastwood”と“19-2000”。上記のブラーの楽曲と比較しても、明らかにデーモンが自由に音楽を紡いでいることが見て取れる。他の特徴的な部分としてはデーモンがギターからキーボードに転向したことで、それに伴ってサウンドもどこかキーボードをメインに据えたものが多いこと、更にはMVがメンバーのストーリーをしっかり描いていることもゴリラズが評価された要素で、結果としてゴリラズは今やブラーの人気を完全に超えた存在として広がるに至った。
そんな彼らのライブ活動に関しても、初期と現在では大きく変遷を遂げているのも面白い。まず初期のゴリラズは『主人公は2Dたちで我々は脇役』との考えが強く、前面に張ったスクリーンにメンバーを登場させつつ、デーモン含めた本当のバンドメンバーはその背後で姿を隠して演奏するスタイルが取られていた。ただこのスタイルは「ライブっぽいアニメ動画をずっと観ているようだ」とする観客からの意見を反映させる形で、徐々に改善。現在ではかつての真逆とも言える、前にメンバーで背後に2Dたちの立ち位置で落ち着いた。故に現在ライブでは、架空のキャラクターで結成されたとするゴリラズの『本体』を目にすることの出来る唯一の機会としても、ファンの間では是非とも観るべき代物とされているのだ(以下の動画は2010年のライブと2018年のライブの同曲を比較したもの)。
Gorillaz - Feel Good Inc. (Live At The MTV EMA's) - YouTube
Gorillaz - 'Feel Good Inc' LIVE at Boomtown Fair Festival 2018 - YouTube
顔が好き。音楽が好き。YouTubeのトークが好き。奇抜な服装が好き。ダンスが好き……。アーティストの『好き』にも多様性が求められる昨今、ゴリラズの魅力は複数の方向に向かっている。3枚目のアルバム『Humans』では遂に楽曲の全てを他者との共作で固めたし、続く『The Now Now』は溢れ出るデーモンの創作欲求から、たったひとりでほとんどの曲をツアー中に完成させた。そして現在映画が絶賛公開中の『Song Machine』では再び共作に挑み、『Humans』以上のジャンルレスぶりでリスナーを翻弄している。そうした音楽の素晴らしさを第一義とするのはもちろん、キャラクター性の稀有さからゴリラズを好きになっても良いだろう。……先日デーモンのソロアルバムも発売され、未だかつてない絶好調の状態にある今だからこそ、このゴリラズという前代未聞のバンドにフォーカスは当てられるべきなのだ。彼らの物語が完結に向かうその日まで、どうか多くの旅路を目撃してほしいと切に願っている。