キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

ありとあらゆるネガティブな感情を無に帰す、折坂悠太の不思議な魅力

こんばんは、キタガワです。


「何故自分は音楽を鳴らすのか」……アーティストにとって永遠の課題とも言えるその解なき自問自答は、言わば宿命のようなものだ。例えば遠く離れたアメリカでは、ブラック・ライブズ・マターやトランプ政権打倒主義のもと、世間に力強くNOを突き付ける動きが激化していたし、逆に中国では言論統制に近い当局への恐れから、前向きな出来事ばかりを歌う代物が増えた結果、音楽市場が冷え込むに至った。

 

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翻って日本はどうかと問われれば、その中立に近い。つまりは特に制限がある訳ではないけれども、声高に何かを叫ぶ必要性もないといったところで、これが良い悪いという考えは別にして、ヒットチャートの上位を占めているのは実際、世情をピックアップしたものは少なかったりもする。……そんな中鳥取県出身のシンガーソングライター・折坂悠太は、独自の表現を用いている。そう。彼は世の中の様々な出来事に怒り、苦しみ、悩みながらも敢えて抽象的に歌い続け、我々に間接的な『メッセージ』を与えているのだから。


折坂は常々、全方位に神経を張り巡らせながら物事を俯瞰している。与党の政治運営に。コロナに。世界情勢に。日常生活に。彼が受けた数少ないインタビューでは、あらゆる点で思いを濁しながらも一寸先は闇の暮らしについて思いを寄せていることが分かる。故にその彼の心中は違いなく、ストレスをごった煮した感情で埋め尽くされている。……にも関わらず、彼は鬱屈した思いを楽曲にストレートに表すことはない。そして、分かるような分からないような、否定するようで肯定するようなまるで禅問答のような複雑な歌詞に頭を蕩けさせているうち、次第に鬱屈した思いも氷解してしまう。彼の楽曲は一体何なのか、それはおそらくファンでも形容し難い類のものだ。

 

 

 

 

 

《確かじゃないけど 春かもしれない》(“春”)

《お前だけだ あの夜に/あんなに笑っていた奴は/私だけだ この街で/こんな思いをしてる奴は》(“トーチ”)

《この雨は続く この雨は続く/この雨は続く 白線の上を》(“炎”)

《もういいかい もういいかい/言葉つぐんだ悲しみよ》(“爆発”)


先述の通り、折坂の紡ぎ出す楽曲は極めて抽象的で掴みどころがない。それは聴く人にとってはある種BGM的にも清らかな風とも思える代物かもしれないけれど、上記のニューアルバム『心理』の楽曲を深く読み解けば、きっと霧に包まれた中に潜む一片の『感情』に気付くはずだ。無論、それがどのような意味をもってもたらされたのかに関しては折坂は無言を貫くことだろうが、それこそが彼の狙いなのだと、改めて『心理』を聴いていると感じてしまう。これほど自分自身の心を直視させる音楽は、今のところ僕は知らない。


どんな音楽にもメッセージはある。時代に即して、怒りや寂しさ、いろんなものを携えたものが。しかしながらそんな大切な『メッセージ』さえも無機質に溶かす折坂の楽曲はやはり稀有と言う他なく、逆にこうした自然的な魅力こそが緩やかにファンを獲得している理由なのだろうなとも思う。ありとあらゆる人々に一度は触れてほしいアーティスト・折坂悠太は、きっと今日も我々には想像もし得ない心を原動力に楽曲を生み出している。