キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

Slipknotのファン焚き火事件から見る、ライブ参加者のモラルの行方

こんばんは、キタガワです。


SNSの発達に伴ってか、昨今は何か悪い出来事が発生した際には大々的に取り上げられ、インターネット上で相当数の批判と共に晒される場面を見ることが増えてきた。それこそライブシーンの観点で見ればライブルール遵守の欠片も見当たらない対応が非難を浴びた『NAMIMONOGATARI 2021』が記憶に新しいが、それ以外にも緊急事態宣言下でロックバンドがモッシュ・ライブ許可をファンに呼び掛けて密になったり、ライブスタジオを傍若無人な行動で若手バンドが破壊したりと、おそらくは数十年前であればある程度穏便に済んだであろう話題も凄まじい勢いで燃え上がる……。そう。現代は演者のみならずライブ参加者であっても対岸の火事的な考えは禁物で、各々のモラルが重要になる時代に我々は生きている。

 

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https://slipknot1.com/

 

本日ツイッターのトレンド1位に食い込んでしまったスリップノットの今回の件も同様に、ファンの配慮不足が最悪な形で発現してしまった結果と言えよう。事件の舞台となってしまったのはアリゾナ州で開催された有名フェス『Knotfest』で、スリップノットが“All Out Life”を演奏中、熱狂したファンがフロア後方で引火物に火を付けた上パイプ椅子を大量に投げ込み、数メートルに及ぶ火柱が出現。これによりライブ続行は危険と判断した主催者側がライブを約30分中断を余儀なくされ、“Duality”や“Spit It Out’”を含む楽曲がセットリストから外さざるを得なくなったというもの。なお奇しくもこの日はニューアルバムがほぼ完成し、最初のシングル“The Chapeltown Rag”が間もなくリリースされることを発表した直後のことだったというのだから、居た堪れない。

 

Slipknot concert in Arizona paused after fans start fire in mosh pit


今回の事件については一酸化炭素中毒事を筆頭とした危険性が明らかにある行為なので、中断は妥当だと思う。ただ間違いなく当人たちはとても短絡的ではあるけれども「スリップノットのライブ最高!」の気持ちが高まった故に取った行動だろうと推察するので、確かにいけない行為であるというのは大前提として、正直そうした点も考慮すると一概にヘイトを向けるのは些か厳しい感も否めないのだ。例えば、実際海外では様々な野外フェスで色付きの発煙筒を炊いたりフラッグを掲げたりといった行為は半ば黙認されているし、スマホでの写真撮影に関してもほぼ恒例行事となっていて、当然それらを不快に思う声も一定数あれど、それらは全てオーディエンスが感動を表した興奮による代物として現在に至るまで何十年間も言及なしで終わっている。……これらを踏まえて今回の焚き火行為を見てみると同様に無理矢理黙認することは出来ただろうが、やはり『何かを燃やして生じた火』は危険であること、またフロア備品である椅子を用いて器物損壊じみた形であることは到底看過出来なかったのだろうなと。

 

Greatest crowd moments at Glastonbury 2019 - YouTube

 

そして個人的に、何よりも今回の件で気になったのは、あくまでツイッターの呟きのみの話で恐縮だが「海外の観客ってヤバいな……!」と嘲笑する意見ばかりで、日本とは別物として区別していたことだ。先述の通り、こうした一部の参加者が発端となって行われた出来事はSNSを経由して大々的に広がるのが今の世の中だし、我々自身もそれらを様々なニュースで理解しているにも関わらず、である。日本としてはあまりない事例のようにも感じる今回の『Knotfest』での出来事だが、実は『Knotfest』は毎年日本でも開催されていて、何事もなければ今年も開催が決定している。だからこそ「どうひとりひとりがモラルを持って行動するのか」を考えるひとつの重要事項として今回の事件を捉えなければ、更なるモラル向上もない。特に今後は感染防止対策を徹底しつつのライブ参加が義務付けられるので、今一度ライブについての心構えをしておくことが何より望ましい。

 

コロナ感染者が減少傾向となり、2022年から改めての再燃が期待されるライブシーン。当然そこには新たなルールとコロナ禍ならではの規制、加えてSNS時代ならではのモラルという三本柱の遵守が我々参加者には必須となる。中には良かれと思ってやったことが火種になってバッシングを喰らってしまう、なんて事態もあるかもしれない。なので今回の一件を是非とも参加者側の意識変化に繋がる出来事としてポジティブに捉えつつ、これからの素晴らしいライブに備えていければと強く思う。それこそが音楽に救われた我々だからこそ出来る、最大限の感謝の形だろうから。