キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

いよわ“きゅうくらりん”に見る、『ドキドキ文芸部!』のヒロイン・サヨリとの関連性

こんばんは、キタガワです。

 

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きゅうくらりん / いよわ feat.可不(Kyu-kurarin / Iyowa feat.Kafu) - YouTube

 

可愛らしいキャラクターと独特の浮遊感が柔らかに合わさったこの曲が、まさか死をテーマにした楽曲であるとは誰も思うまい。……新進気鋭のボカロP・いよわによる話題の楽曲“きゅうくらりん”。それは一見掴みどころのないポップソングのようでいて、深く踏み込む程新たな気付きを与えてくれる不思議な代物として、今も多くのリスナーを虜にしている。


この楽曲が跳ねた理由については、主にふたつの要素が段階的に話題になったためと推察する。そのうちバズの最初の火付け役となったのは言うまでもなく、そのサウンドメイキングとMVの求心性によるところが大きいことだろう。キャッチーなサウンドにリズミカルなキャラクター映像を合わせる流れは今やボカロ系MVの必修科目と言っても良く、実際Chinozoの“グッバイ宣言”、稲葉曇の“ラグトレイン”といったMV群はそうした流れに素直に沿っているし、当然“きゅうくらりん”も当初はそうしたハートウォーミングな諸々が受け、ある程度の広がりを見せてはいた。


その空気が大きく変化したのは、作者のとある告白から。それは“きゅうくらりん”がホラーゲーム『Doki Doki Literature Club!』(ドキドキ文芸部・通称DDLC)にインスピレーションを受け、ヒロインのひとりである『サヨリ』というヒロインをベースに制作されたという事実にスポットが当てられた頃合いからだった。この告白こそが、結果として“きゅうくらりん”に決定的なメッセージ性を与えるに至ったのである。

 

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以降の話を展開させる前に、まず絶対的にDDLCというホラーゲームの内容とサヨリのシナリオ部分を知る必要があるだろう。DDLCはざっくりとした紹介をするならば同じホラー作品で言えば『ひぐらしのなく頃に』や『School Days』などの流れを組んでいて、可愛らしいキャラクターとは裏腹にそのあまりに衝撃的な展開を指して『ショッキング過ぎる鬱ゲーム』の筆頭として、現在も語り継がれている。なお“きゅうくらりん”のベースとなっているサヨリは基本的に人に明るく振る舞う性格で、直前に自殺を仄めかす発言もほとんどないまま突然死(突然自室で首を吊っているところを発見される)してしまうのみならず、何故かサヨリの自殺だけはプレイヤーの選択如何に関わらず、絶対に避けることが出来ない。そのためサヨリの自殺シーンは結果としてDDLC屈指の鬱描写として、プレイヤーに多くのトラウマを植え付けたとされる。


そうしたサヨリのキャラクター性を踏まえて“きゅうくらりん”である。特に女の子のMV上の精神状態はサヨリとどこか似ていて、ムードメーカー的な明るさを携えつつ、実は鬱病を患っていたとされるサヨリを表してのことかは定かではないが後半部分では不穏なサウンドの中弱みを見せ、最後はおそらくはサヨリと同じく《わたし ちゅうぶらりん》で終わる。……元々第一次のバズの時点でも「この曲は何を意味しているのだろう」との疑問もいくらかはあったはずだが、そうした事柄は然程話題にならず、純粋に音楽的な部分での評価が高かった。ただいよわ側の「DDLCのサヨリを題材にしている」という絶対的な言質を引き出したことが契機となり、これまで圧倒的に浸透していた『“きゅうくらりん”=女の子の日常を描いたほんわかソング』との認識は完全に瓦解。その直後からMVのコメント欄には死に焦点を当てての歌詞考察や、MVの内容を今一度再確認しようという動きが加速。結果本人も予想だにしなかった2度目の爆発の発生に至ったのだ。


けれどもサヨリと“きゅうくらりん”は、その死を直接的に描いているDDLC側と比較すると、女の子の死を明確にしていないという点で大きな相違点がある。実際、何故はっきりと女の子の死のワンシーンを描かなかったのかについていよわは何も発していないし、今後も発することはないはずだが、個人的にはある種“きゅうくらりん”を曖昧な結末に見立てたことには、いよわなりのある種のDDLCのトゥルーエンドなのではないか、という説を提唱したい。


そもそも論、衝撃的な展開を迎える作品にはファンからの「こうあって欲しかった」との思いが発生するのが常である。ただ我々ファンがいくら希望的なエンディングを望んだとして真実は原作者がもたらした結末が全てであり、サヨリが死ななかった世界線を想像する動きは二次創作でいくつか存在していた。ではイラストや漫画の構成技術を持たない人はその考えをどうすれば発信出来るのか……。そう考えた末、いよわが『DDLCでサヨリがああならなかったシナリオを音楽にする』と考えても不思議ではない。総じて、ゲームを当時プレイしていたいよわにとって、サヨリは決して死んでほしくない愛着のあるキャラクターだったのではなかろうか。
 

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“きゅうくらりん”は裏事情を知らない人にとっては純粋なミュージックとして、またDDLCとサヨリについて知ってしまった人にとっては一気にダークポップに変貌する稀有な1曲として今なお広がりを見せている。その図式は期せずして、可愛らしいキャラクターが突然死亡し絶望に落とされるDDLCの広がりと似ているというのは、果たしていよわが狙っていたのかどうか。……そして実に面白いのが、去る10月7日にプレイステーション4とプレイステーション5で『ドキドキ文芸部プラス!』がリマスター発売され、あのファミ通でも表紙巻頭(!)で紹介、これから誰もがまた絶望に落ちるという絶妙なタイミングである点だ。ということは近いうちに第3の爆発が“きゅうくらりん”にもたらされるのは、ほぼ間違いないだろう。


『DDLC きゅうくらりん』でも『サヨリ ドキドキ文芸部』でも良い。ツイッターのエゴサーチを駆使しながら家の窓から花火を見るような感覚で、これからその一部始終を外野からニタニタと眺めるのが楽しみでならない。