キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

『スーパーマリオサンシャイン』とあの頃

新型コロナウイルスの影響により、自粛生活が続きに続いて早1年半。『旅行』にカテゴライズされる娯楽から足がめっきり遠退いた某日、僕の姿は日本から遥か遠くに離れた南国にあった。照り付ける太陽。見渡す限り一面の海。実るヤシの実……。ビバ!常夏生活!

……というのは当然フィクションの話だが、どっこい。完全な作り話でもなかったりする。そう。コロナ禍にあっても、誰でもバカンスが出来る。この『スーパーマリオサンシャイン』があれば。

 

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『スーパーマリオサンシャイン』は元々2002年にGCで発売されたゲームで、お馴染みのマリオのアクションに新たなパートナーである喋る次世代型ポンプの放水アクションも加えたアグレッシブな仕様で直ぐ様GC時代を象徴するゲームに躍り出た。かく言う僕自身も当時このゲームのヘビーユーザーで、日夜問わずシャイン(ゲームクリア目標)の獲得に勤しんでいたクチ。しかしながら年月の経過と共にGCはいつしかWiiに切り替わり、そしてグロゲーへの傾倒と比例するようにPS4へ移行した頃には完全にGCは部屋の隅に追いやられ、埃を被る置物と化してしまった。

ただ僕の奥底に眠りし「あの時は良かったなあ」という懐古主義的な思いが顔を出したのか、この作品を含めた3作品が遊べるニンテンドースイッチ専用ソフト『スーパーマリオ 3Dコレクション』を家電量販店で見付けた時、とてつもなく心が沸き立つのを感じた。『スーパーマリオサンシャイン』のリリースから19年。僕も同じく19年の歳を重ねてきた。故に今回のゲーム購入はあの頃の童心に返って楽しむ意味合い以上に、純粋だったかつての僕と、すっかり大人になってしまった今の自分へのある種の答え合わせのような意味合いをも携えているのだ。

様々な思いに浸りながら、僕はパッケージのフィルムを剥がし、ソフトを取り出した。思えばあの頃のゲームソフトには決まって説明書が付いていて、プレイ前にしわくちゃになるまで説明書を熟読する時間がほぼ恒例だったが、ニンテンドースイッチにはそれがない。ゲームを起動すると「説明書を見たければ本体の『説明書』のボタンを押してね(意訳)」という淡白な説明が目に入ったので、取り敢えず押してみる。するとまるでPowerPointで制作したようなハウツーが画面にドドンと出現し、更に最後のページには御丁寧に「問題が解決しない場合はコチラ」と公式サイトへのアクセスページまで完備。

未だゲーム画面にさえ進んでいないが、僕はこの時、しみじみとかつての自分を回顧していた。説明書を何度も繰り返し読むあまり、手汗でページがグシャグシャになったこと。操作方法が分からず「これってどうやんの?」と友人に助けを求めたこと。いや、そうした説明書的な部分以外にも、全く読み込まないディスクにイライラしたり、突然コントローラーが動かなくなってパニックになったり……。技術の発達が今より遅れていた当時、ゲームにおける様々なトラブルはつきものだったが、そうしたことも含めて楽しかった。全く同じトラブルにしても今の子はインターネットで調べて直ぐ対応できるし、精々「Wi-Fiが切れた」云々の話に留まるのだろう。そう考えると今と昔では変わってしまった。ゲームも。そして自分も……。

などと回想しているうち、ゲームのロードが終了し、いざプレイ画面へと遷移。傍らにこさえたハイボールを一気飲みし、よっしゃやったるでとコントローラーを構えるとそこは滑走路で、ピーチやその側近・キノじいの話を整理するに、マリオ一行を乗せた飛行機はある危険を感じて緊急着陸。その危険というのが滑走路の真ん中に出現した極彩色の絵の具で、その絵の具に何やら得体の知れない空気を感じて飛行機を止めたとのことだった。確かにこんなストーリーだったように思うが、画質が異様に綺麗になったことでまるで別物のゲームをプレイしている感覚に陥ってしまうのは、ある程度の年月を経た故の弊害なのかもしれない。

暫く絵の具に体が沈んでしまった人々を観ながらあてもなく彷徨っていると「マリオサン!」とどこからともなく声が飛んで来る。声の聞こえる先は絵の具の遥か先で、無論この存在こそがこの状況を切り開く救世主たるポンプなのだが、かつての経験により「この地点に行けばストーリーが進んでしまう」と熟知している僕は、長々とストーリーとは全く関係のないキノじいの頭をホッピングよろしく連続で踏みつけたり、間違いなくこの数分後にはクッパに拐われるであろうピーチ姫にスライディングアタックを決めたりと傍若無人な振る舞いを繰り返した。これには僕自身が泥酔状態に陥っていたことも理由のひとつだが、数十年前のゲームを今プレイ出来ている懐かしさもあり、もう少しだけこの状況(実際にはこの街の異常事態だが)を楽しみたいと思う自分もいた。プレイ前こそ『ゲームも自分も変わってしまった』と考えてはいたが、実は本質的には何も変わっていないのかもなあと、ぼやけた頭で考える程に。

幾度も寄り道を繰り返してようやっとポンプと出会うと、絵の具の下から待ってましたとばかりにボスが出現。口を閉じたり開いたりして動き続けるだけの、言葉を選ばずに言えばチュートリアルに相応しい存在だ。けれども元々はSERO:Aの低年齢向けゲームだし、何度もプレイした経験則で撃退法は完璧に頭に入っている。ので、ボスの口へとチュチュチュッと水を吹き付けただけで撃退に成功。ボスは「ウェロウェロウェロ……」と不快な声を断末魔に、跡形もなく消滅した。

これで念願のバカンス……と思いきや、ふと目を凝らすとこちらに警察2人組がズンズンと歩み寄ってくる。ここから先のストーリーはまさに波乱万丈。その後マリオは逮捕されてしまうのだが、「何故マリオが逮捕されるのか」との理由は先程の絵の具。どうやら今回のような絵の具は街中に散らばっており、街の重大な問題のひとつとなっていると警察は語り、そんな中で『髭の生えたおっさん』が街中で絵の具をぶち撒けているという一部始終も複数の住人によって目撃されていて、実質的な指名手配状態だった。そこで騒ぎを聞き付けた警察が偶然ヘリポートでマリオを発見し、確保。投獄に至ったという流れである。

……翻って、当時の僕はこの一連の流れに得体の知れないワクワク感を覚えていた。突如相対する謎の絵の具。怖いボス。どうすれば放水出来るかもロクに知らないポンプの使い方。そして何より、開始数分で巻き起こる「あのマリオが逮捕!?」という結末は衝撃的で、今思えば「これから物語はどうなるんだろう……」というある種の怖いもの見たさのような感情が、このゲームを連日プレイさせる魅力になっていたのだろう。

 

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ただ19年もの時を経て、ハイボールを飲みながらプレイしている現在は違う。マリオが有罪になる判決を見て爆笑する自分。「きゃっか。ひこくはゆうざい!」のシーンで爆笑する自分。ピーチの異議申し立てを完全に無視する裁判長にまたも爆笑する自分……。当時の僕に見せたら、きっとこう思うだろう。「嗚呼、何も変わっていないようで、自分は変わるんだなあ」と。……そんなこんなで今日から街中のお掃除生活、スタートです。頑張れマリオ。

 

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