キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

お笑い芸人ともYouTuberとも違う境地。霜降り明星・粗品による神曲『乱数調整のリバースシンデレラ feat.彩宮すう』に震えろ

こんばんは、キタガワです。

 

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「おい!人殺したんか!」「日付変更線で遊ぶな!」「ボラギノールのCMか!」……せいやのアグレッシブな動きに粗品がドンピシャなツッコミを放つ新時代型漫才により、僅か26歳そこそこという若さでM-1グランプリ2018を制したお笑い芸人・霜降り明星。現在ではレギュラー番組を多数持ち、度重なるテレビCMやバラエティー番組出演のみならず公式YouTubeチャンネル『しもふりチューブ』では執筆時点でチャンネル登録者数135万人、しかも忙しい合間を縫って何と毎日、更新総視聴回数にして4億回(!)に迫る勢いという快進撃を見せていることは、もはや記述するまでもない。彼らのような若き芸人が『お笑い第七世代』と括られるようになって久しいが、この一端を作ったのは間違いなく霜降り明星であると断言できる人間は、おそらく我々が思っているよりもずっと多いものと推察する。


霜降り明星のネタ作りの大半を担っている人物は、ツッコミ担当の粗品。そんな粗品が学生時代よりお笑いと平行して趣味の一貫として行っていたものこそボーカロイドを用いた楽曲制作で、無論芸人として様々な努力を行ってきた中ではあれど、持ち前の絶対音感を生かしたコード進行や旋律等を具現化させる最適解として、コンスタントな楽曲制作をゆるりと行っていたという。


そして粗品はある時人気絶頂の渦中、ユニバーサルミュージックより自主レーベル『soshina』を突然立ち上げて音楽活動を本格化。お笑い芸人の傍らかねてよりの夢であった楽曲制作を実行に移し“ビームが撃てたらいいのに”、“ぷっすんきゅう”等雰囲気も展開も異なる多種多様な楽曲を発表。なお粗品がこれまで発表したボーカロイド楽曲についてはマスタリングや制作過程も全て粗品の独学で行っていて、そこには貪欲な好奇心はもちろん、何より「名前の売れたお笑い芸人が趣味で音楽をやっている」と思われないようにするための、言わばこれまでシーンを作ってきた先駆者に筋を通す意味合いであるのは特筆すべき同義であろう。

 


そんな中更なる音楽活動への重要な起爆剤として投下されたのが“乱数調整のリバースシンデレラ feat.彩宮すう”。ボーカルにはボーカロイド・初音ミクではなく声優の竹達彩奈を起用し、ギターにはシンガー・ソングライターのRei、 ドラムスには石若駿という名だたるプロミュージシャンたちがドドンと顔を揃え、 シンセサイザーやベース、 ピアノに関しては粗品本人が手掛ける意欲的なポップロックチューン。過去作では自身ひとりで制作した関係上、良くも悪くもある種のDIY精神が見え隠れしていたのに対し、今作は完全に『プロっぽい』形に昇華している印象だ。


何よりも注目すべきは、粗品が実質的な監督・監修を務めたそのMVであろう。物語の主人公は彩宮すうと名付けられた一国の姫で、ありとあらゆるものを手ににきってしまった反動で退屈な日々を過ごしていた彼女は、来たる舞踏会に向けてひとつの余興を計画する。それは町中の男衆からひとりだけ選出し、姫の舞踏会に参加する権利が与えられるというもので、姫は次第にその計画に熱中するあまり、執事とメイドに命じて『万が一』のために備えて寝室を掃除したり、姿見の前で大観衆に御披露目する用の一張羅を着てみたりと単独で期待値爆上がり。ただメルヘンチックなストーリーと共に気になるのは、常に画面右下に配置され続けている数取機らしきカウンター。楽曲内の歌詞における《“八百万”の愛》や《“百万ドル”の夜景》といった数字を抜き出し次々加算されていく様は、純粋に「面白い魅せ方だなあ」とも、それ以上の何かをも感じさせる。


そうして迎えた余興当日。当然余興の報は反響を呼び、容姿端麗な若衆やダンディズムな紳士など大勢の参加者が姫にアプローチ。ただ残念ながら姫が渇望する王子様と称すべき人物はなかなか出現せず、姫はいつしか楽曲ジャケットでも描かれている退屈な表情となる中、姫の視線はひとりの男を捉える。長身でハンサムな顔立ちの青年……。それは姫が考え得る最高の『運命の人』で、直ぐ様一目惚れ。姫は全ての余興が終わると青年を呼び出し、ふたりきりで幸福な時間を過ごすが、時刻が0時を僅かに過ぎた瞬間、青年の姿は消失。地面にはガラスの靴のみがポツンと残されていた。


姫は翌日から町中をくまなく奔走し、ガラスの靴の持ち主を探し回るも童話のシンデレラのような単純な展開が待ち受けているはずはなく、無情にもなかなか持ち主は現れない。そうした果てに迎えるクライマックス。先の見えない日々が続き、自室のベッドですっかり意気消沈する姫の元に現れたのはよもやの人物だった。何故この楽曲のタイトルが“乱数調整のリバースシンデレラ”なのか。謎のカウントの意味とは。姫の淡い恋の結末とは……。様々に張り巡らされた伏線を回収するその衝撃的な展開には、誰もが驚くこと請け合いだ。

 


このMVを観て改めて感じたのは、粗品という人間の高いクリエイティブ気質である。紛れもなく粗品は最も世間的に認知されているお笑い芸人のひとりだが、彼の目線はある意味では意識的に、またある意味では無意識的に徹底して大衆を向いている。Adoの“うっせぇわ”が認知されていると踏めば自身のギャンブル狂ぶりを替え歌でカバーして本人にリツイートされ、そこから次第に『粗品=ギャンブル』の図式が露呈したと見るや更にネタにし、違法アップロードで粗品の奇声が注目されれば『しもふりチューブ』で取り上げる。粗品は未だ28歳でここまで知られているタレントの中ではかなり若い部類に入るけれど、インターネットとSNSの発達を上手く活用したこれらの活動は、おそらく現在に生きる若者ならではの柔軟さがあって、結果認知が認知を呼んでここまでの追い風になっている。


今回の“乱数調整のリバースシンデレラ”は、そんな彼の柔軟な発想と「やるからには良いものを作るぞ」という元来のプロ気質が合致した作品であると言わざるを得ない。『しもふりチューブ』の毎日更新、CM出演、バラエティー番組出演、お笑いの舞台……。過労死寸前の多忙ぶりだろうが、そんな中で楽曲も歌詞も、MV作りに至るまでを徹底して作り上げた今作を彼は、総じて「楽しかった」と形容している。何よりも自分自身が楽しみながら制作し、それが一般大衆に間接的にどんどん波及する稀代のヒットメイカー・粗品。去る6月4日には何とファーストサマーウイカに書き下ろした新曲“帰り花のオリオン”が、全国ネットのドラマ主題歌に抜擢。お笑い芸人のみならず楽曲制作者としても、今後の彼の活動に目が離せない。