キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

海外音楽シーンを丸ごと変えた、My Bloody Valentine史上最大の怪作『ラヴレス』、その前日譚を今こそ

こんばんは、キタガワです。

 

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90年代におけるシューゲイザーの神との呼び声高いマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン。3月31日には遂にストリーミングサービスでの配信を開始し、よもやのSpotifyのバイラルチャートの1位に“Only Shallow”が君臨。そしてアルバム4枚は5月21日同時発売で再イリシューされキャリア何度目かの絶頂期である今だが、よくよく考えると最新アルバム『m b v』リリースからはもう既に8年の月日が流れていて、更には33年間もの歳月の中で『ep's 1988-1991』を除けば正式にリリースされたアルバムは何とたった3枚しかないのだ。


中でもその衝撃的な作風とインパクトで、『ラヴレス』と題された1991年発売のセカンドアルバムは歴史に名を残した。これは何も誇張した表現ではなく、海外では特段ロックに興味のない層でさえ「このアルバムなら知ってるよ」とする人は一定数いて、海外音楽シーンのみならずここ日本でも、シューゲイザー系問わず数あるアーティストに影響を及ぼした罪なアルバムと言える。


そこで今回は4枚のアルバムがリマスタリングされてリリースされるタイミングだからこそ映える『ラヴレス』の魅力と『ラヴレス』制作時の様子について、過去海外音楽ライター・MICHAEL BONNER氏が刊行したインタビューを元に紐解いていきたい。総じて今記事がホラーでカラフルで、何より衝撃的な『ラヴレス』一聴に至る契機となれば幸いである。

 


『ラヴレス』の背景を語る前に、まず「そもそもこの作品は何ぞや?」という疑問から解凍せねばなるまい。ただ問題なのは、どれほど核心を突いた表現をしたとしても確固たる解は得られない点だ。轟音シューゲイザー。バケモノアルバム。歴史的名盤……。今まで様々なメディアで綴られた『ラヴレス』代名詞をざっと挙げてもどこか霧を掴むようで、要領を得ない。ただ間違いなくどのメディアでも焦点を当てている今作の魅力を抜き出すとすれば、注目すべきは歌詞よりも何よりも、やはりサウンドになるのだろう。


個人的に『ラヴレス』に心酔する契機となったのは上記の“Sometimes”なのだけれど、これだけを聴いてもあまりの異質性に驚くこと請け合い。言うまでもなくこのサウンドの軸は音を歪ませる類の大量のエフェクター。以下の流れはおそらくバンドを組んだことのある人ならば誰でも理解してくれることだろうが、例えばオーバードライブを踏むとODになり、ディストーションを踏むとDSの音が鳴るのは当然として、もしもODとDSと連結させた場合はこのふたつを組み合わせたような音が鳴る。ギターやベースは取り分けそうした仕組みになっていて、ライブ等ではほぼ100%、楽器隊は曲ごとにエフェクターを踏み分けて音像を作り上げているのだ。


では『ラヴレス』はどうか。その答えは簡単で、ズバリ大量のノイズエフェクターを介しているのである。加えてマイブラはどれとどれを繋げればよりカオスな音が鳴るのか、どのようなアンプを使えば綺麗に聴こえるのか。その他スタジオの環境、楽器のポテンシャル、様々なエフェクターの吟味など、常識では理解不能なレベルでサウンドと向き合った。結果誰もが聴いたことのない名盤が生まれ、その弊害として制作期間は当初の予定を大幅に超過した2年半、金額にして前作『イズント・エニシング』の制作費が7万ポンド(当時の為替レート1ポンド=227円換算で約1589万円)であったのに対し『ラヴレス』は27万ポンド(約6129万円)を費やし、当時の副社長の自宅を抵当に入れなければならない程になった事実はあまりにも有名だ。

 


海外で高い評価を受けた前作『イズント・エニシング』リリース後、マイブラは直ぐ様ニューアルバムの制作に着手した。ただそんな彼らの中にはあるふたつの思いが渦巻いていて、ひとつは「前作を超える名作を生み出さなければならない」というプレッシャー、もうひとつは「音楽シーンに今までになかったような実験的なアルバムにしたい」という実験的な欲求。


彼らが長い間行ったのは『音響実験』と称するに相応しい、ただ爆音とノイズを研究して連日流し続ける異様空間だった。弦はその都度全てチューニングし直して、低音から高音までを何度も行ったり来たり。今でこそ『ラヴレス』は歴史的名盤とされてはいるが、無論前述の通り当初の予定を上回る途方もない額をつぎ込み、加えてここまで順調に来ていたリリースサイクルを放棄してまで延長に延長を重ねた制作期間を筆頭として、当時そこまで売れていないバンドが取り憑かれたように発狂寸前の実験を繰り返すケヴィン・シールズ(Vo.Gt.Ba.Sampler)の姿はメンバーから見ても関係者から見ても異常極まりなく、度重なる衝突もあったという。「ケヴィンは常にあらゆる可能性に対してオープンだけど、考え方が凄く抽象的なのよ」「あまり直線的な人ではないというか、A地点からB地点まで真っ直ぐ行かない。A地点からK地点に行く途中でどこかに寄り道したり。ぶらぶらと歩き回りながらね」とはメンバーのデビー・グッギ(Ba)の談だが、制作期間の大半は結果ケヴィン以外の誰も本質を理解出来なかった。ただ長らくバンド活動を続けてきた彼への絶大な信頼と「何かが起こる」という確信めいた感覚が、メンバーと彼とをしっかり繋いでいた。


こうしてそれぞれの精神を犠牲にし、およそひとつのバンドが考えるには想像も出来ない音楽実験の末に生まれたのが『ラヴレス』だ。ノイズ渦巻くサウンドにふわりと浮かぶ、思わず口ずさんでしまうような耳馴染みの良いボーカル……。このおよそ不協和音ギリギリ、けれどもどこかポップという絶妙な線引きには無論上記の実験が結実した故であって、当人たちは然程メディアでは語らないまでも、とてつもない苦労があったことだろう。なお昨今のマイブラのライブでは音響設備が発展を遂げた故に『ラヴレス』の楽曲をほぼほぼライブで再現することが可能になったとして、セットリストの大半をこの『ラヴレス』が担っているが、これまたお馴染みの事柄として単独ライブ、フェス問わずライブ前には事前に耳栓が配布され、ほぼボーカルが聴こえず人によっては頭痛を引き起こす程の轟音となることでも有名(詳しくは『マイブラ ライブ』で検索)。

 


そしてマイブラは『ラヴレス』後、ニューアルバム『m b v』をリリース。しかしながらその制作は何と『ラヴレス』の22年後となる。という訳で、現在日本で手に入れる、ないしは聴くことの出来るアルバムは『イズント・エニシング』『ラヴレス』『m b v』、アルバムには収まりきらなかったレア曲を収録した『ep's 1988-1991』の合計4枚のみ。繰り返すがマイブラの活動歴は33年間であって、これがどれほどの異常事態であるかは容易に理解できるはず。そしてこれ程のスローペースな活動を貫く彼らが今でも伝説とされているのは『ラヴレス』あってのことであるということもやはり同様に、ここまで当記事を読んだ誰もが理解してくれることだろう。


5月21日。マイブラのアルバム4枚全てがリマスター化し、大いなる反響を呼んだのは冒頭に記した通り。はお今記事に貼り付けた動画は全てリマスター前の音源であって、リマスター版では音の粒がよりクリアになり、更に鼓膜の深部に突き刺さる形で再構築されたリマスター音源と、1/2インチ・アナログテープからマスタリングされた音源の2枚組でズドン。今なら日本版には完成文をケヴィン自らが推敲(!)した日本音楽雑誌のライター各位によるセルフライナーノーツも付属。理解不能。奇想天外。だけれどもありとあらゆる点で唯一無二の『ラヴレス』に触れるのは今しかない。