キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

炎上した『野外フェスに1万人 住民困惑』のYahooニュースに思うことを、ライブキッズ視点で書き殴りたい

こんばんは、キタガワです。

 

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とある記事を偶然見掛けたこの日、久方ぶりに何かを書き殴りたいという衝動が膨らんだので筆を取る。故に今記事は些か冷静でない部分や、読み手を無視して展開する箇所もいくつか存在することだろうか。是非ともそうした挑発的な部分は各個人で読み飛ばす形で閲覧して頂ければ幸いである。


今回SNSで槍玉に上げられたのは、Yahoo!ニュースに取り上げられた【野外フェスに1万人 住民困惑】と題された以下の記事である。その衝撃的なタイトルもさることながら、記事内には実際の参加者に話を聞いて仕入れた実態と地元住民の赤裸々な思いの数々が記されていて、確かに挑発的ではあるが冷静に記事を分析すると、明らかなネガキャンと言うよりは「実際にはこうしたルールを弁えない人たちもフェスに参加しているんだよ」という春フェスのリアルを提唱する記事にも見える。

 


ただそこには、たったふたつの配慮が明らかに足りなかった。今記事を(意図してかそうでないかは定かではないが)風向きの悪い方面へ導いた背景には、このふたつの絶望的な欠如があった。


まずひとつは、記事のあらすじ。現代は情報が数分単位で更新され続ける情報社会であるゆえ、人間誰しもSNSを無意識的にスクロールする中では冷静な判断は失われる。そこでよく初心者ブロガーらにレクチャーされるのが『タイトルで釣る』行動だ。中身が完璧でも、そもそも読まれなければ話にならない。ならば印象的なタイトルで興味を引き付けて誘導しよう、というのが本来の目的で、例えば昨今の我々が頻繁に目にしたもので言えば『過去最多』や『緊急事態』『まん坊』などがそうで、そこに更に印象的な言葉を加えるだけで簡単にはアクセスが稼げるのだ。以下に例を挙げる。

・【過去最多】東京で1000超人感染。
・【緊急事態】「緊急事態宣言よりも緊急事態だ……」バー店主の悲鳴。
・【まん坊】苦渋の選択も効果なし。今日も出歩く若者たち


こうした事実から、該当の記事のあらすじ欄を見ていこう。

【野外フェスに1万人 住民困惑】2日、日曜日の午前9時にもかかわらず、千葉県千葉市の蘇我駅周辺は、人で埋め尽くされた。目的は4日連続1万人規模で開催される野外音楽フェスティバル。地元住民からは困惑の声。


あらすじに記されているのは、あるネガティブな一部分のみに焦点を当てた端的なもの。確かに閲覧数を増やす目的としてはこれ以上ない最適解ではある。ただこれでは、音楽ファンの思いには全く寄り添うことが出来ていないのだ。これだと記事だけを見た大多数が「こんな時期に春フェスやってんのかよ!」と批判的な声を上げるのは当然というもの。作成者がこのタイトルを故意に制作したのかは現時点で不明だが、僕はこの時点で作成者は音楽をまともに聞かず、ある種フェスという場に嫌悪感すら抱いている人間であると確信した次第だ。


もうひとつはやはり、音楽ファンに対する配慮が圧倒的に足りないこと。もしもフェスに否定的な記事を書くのであればそこには最低限、主催者側に聞く「何故今フェスを開催するのか」、そして参加者に聞く「音楽ファンはこの1年間ライブのない生活をどのようにして生き抜いてきたのか」といったリアルな声を把握して然るべしであろう。ただここに記されているのは「“コロナ期間は行ってない”けど、久しぶりに来ました」や「ここは屋外だし、オフィシャルサイトにもコロナ対策が結構書いてあって、ちゃんと皆、読んで参加していると思うので、“割と安心かな”と思っています」といった明らかなウィークポイント(“”で囲った部分)が強調的に残されているものばかりで、結果「今もコロナ期間なのにどういうつもりだ」とか「フェスが安心だと思ってるなんて馬鹿か」といった罵詈雑言の嵐が吹き荒れる事態となった。僕はかつて引退するとある有名人について記した記事で「活動は楽しかったです。昔は凄く辛いこともありましたけど……」と本来語っていたところを「『活動は凄く辛かった』と回顧する○○氏」と湾曲した表現で記したメディアを見たことがあるのだけれど、それと同様の嫌悪感を抱いた。これは何にでも言えることだが、賛成派と反対派を『0:100』ではなく『50:50』で表して初めて、公正な視点が得られるはずなのだ。


総じて今回の炎上騒動は、書き手と読み手のリテラシーというよりは『書き手』の配慮が欠けているために引き起こされた出来事で、ある種の印象操作の感覚すらあるように思う。無論、最終判断を下すのは読み手ではあるけれども、それにしたってやりすぎだ。これでは大っぴらに悪者扱いをしておいて「そんなことしてませんよ。僕らは事実を書いたまでです」とシラを切るような態度に近い。だーかーらー、その『事実』が色々と歪められておるのですよ。


話は少し変わって、今回の件で浮き彫りになったのは何も記事自体の特性だけではない。現状記事のリプライ欄には賛否両論と言うよりは、若干否定派の意見が多い印象を受けるが、そうした否定的な人々のモラルについても、個人的には気になってしまった。


「不要不急の外出は控えてください」。思えばこの言葉を我々は1年以上に渡って聞き、そして遵守し続けてきた。広辞苑によれば不要不急とは『どうしても必要というわけでもなく、急いでする必要もないこと』とあるが、その不要不急の線引きは未だ明確な区別はなく、個々人の判断に委ねられ続けているのが現状だ。そしてその不要不急という言葉には、多数派が少数派を蔑ろにする構図も少なからず存在すると思うのだ。


パチンコ。風俗。友人宅での遊び。USJ。バーベキュー。会食。ショッピング。ゲームセンター。映画館。スポーツ。カラオケ。散歩。ランニング。ドライブ。部活動。サークル。旅行……。ざっと思い付くまま列挙しても、この1年で不要不急の行動に該当するとされた行動はこれほどある。確かにいち個人から見ても、不要不急と感じるものもやはり多く存在することは確かだが、例えば風俗的な仕事や賭け事で何とか生活出来ている人も大勢存在するし、特に学生にとっては例え不要不急と言われようが、何かしらの思い出を作らなければ今後数十年間学生時代の思い出がほぼマスクを着用して家と学校を往復するだけになってしまう人もいる。極端な話、パチンコに依存していて数日間打たなければ、そのストレスで自殺する人だっているはずなのだ。我々が考える不要不急。それは誰かにとっては有要有急の代物である可能性も十分にある。


そして今回の春フェスに参加している人々にとっては間違いなく『音楽は不要不急ではない』人々、ただそれだけなのだ。そんなことを言い始めたら、では「否定的な意見を書き込んでいるあなたは本当に自粛をしてしますか?」と問われたら何と答えるのか。本当にあなたはこの1年、自粛していたのか?誰とも会っていないのか?外出するような娯楽は?店での飲食は?それらは全てあなたにとって必要だから、ひとつくらいは行っていたはず。ならば声高らかにフェスの否定をしていい理由にはならない。「こういう人たちもいるんだなあ」と思ってもらえばそれで良いのに。本当に否定される時があるとすれば、それはマスクを外して駅でくっちゃべっていたり、ルールを守らず迷惑をかけた時だけ。その時は徹底して叩いてくれても良いが、今回は「駅で集まっている」ことが主題。こればかりは仕方ないと思うのだ。予断だが、酒飲んでライブに向かっている参加者についても記されていたけれど、そいつらは永久追放で全然問題ない。


……ここまで感情の赴くままに長々と書いてしまったが、まず大前提として書いてしまうと、僕は緊急事態宣言下に行われる各地のフェスについては中立の立場でいるつもりだ。ただ元々人と関わる機会がほぼない性格上居酒屋やイベントに赴くことはないにしろ、デパート等の大型ショッピングセンターには頻繁に赴くし、一人カラオケも年イチで行く。なので世間一般的な見方をするなら、僕はどちらかと言えば『自粛していない側』になるのだろうと思う。


そして今回のフェスの開催に関しては、同じく「この時期に何やってんだ」とも思うし「頑張ってくれ」とも思ってしまうのが正直なところである。おそらくこれは僕自身が感染者が全国的に極めて少ない島根県に在住していることもあるが、今回のフェス、僕だったら絶対に行かない。ただそこには根っからのライブキッズ的な視点からの擁護の面もあるので一概にダメとは言えないし、行ける人に羨ましさすら感じる部分もある。要するに今回のフェスが正しいとか正しくないとか、確固たる正解などまずもってないのである。であれば「行く人は楽しんでね。僕は自粛するよ」で全部解決するはずなのに、何故わざわざリプライを送ってまで意見を述べるのか。それがまず分からない。


娯楽が奪われて早1年。ここまでは何とか踏ん張れてはきたが、流石に事態は深刻だ。これは誇張でも何でもなく、今年イベント業界が一歩踏み出さなければ、絶望的な状況に陥ってしまうのは必然なのだ。どの業界も本当に頑張っている。ならばその参加者もそうでない人も含めて、事の成り行きをしっかりと見届けてほしいと強く願っている。そして今回該当の記事を執筆した記者の方。もしも開催から2週間後、ひとりも感染者が確認されなければ、是非とも今年の春に行われた春フェス(VIVA LA ROCK、JAPAN JAM)への称賛の記事を書いてはいただけないだろうか。「集まった何万人もの観客の感染が誰ひとり確認されずに終わった希望のフェス」であると、今回の記事以上の熱量で発信してほしい。絶望的な状況を打破するのは、いつだって人間なのだから。

 

以下、昨年コロナ禍にて開催された野外フェスのダイジェスト。