時計の針が一周し、再び『新たな12時間』の幕が切って落とされるその瞬間から、僕のゴールデンタイムは始まる。長時間に及ぶ立ち仕事を終え体はクタクタ。缶ビールを既に数本消費し、頭はグラグラのこの状態こそゲームに興じるには丁度良いコンディションであると気付いたのは僅か数週間前からだが、ひとりの夜行性のアル中の現実逃避としては、この上なく最適なものに思える。……そういえば明日も朝から仕事を入れていたような気もするが、けたたましいゲームの起動音ですんでのところで我に返った。そうだ。僕はこれをしなければ。
ニンテンドースイッチから発売された『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』。最近はもっぱらこの対戦ゲームにお熱である。元々学生時代よりゲームキューブの『大乱闘スマッシュブラザーズDX』とWiiの『大乱闘スマッシュブラザーズX』のコアプレイヤーではあったものの、年齢を重ねるにつれ次第にスマブラからは離れていき、いつしかあの輝かしい記憶は頭の奥底へと仕舞い込まれていた。ただ仕事だ何だと『何かに熱中する』という事自体が希薄となり、やはり「あの時の興奮をもう一度味わいたい」と感じることが多くなった某日、気付けば僕は手にニュー・スマブラを持ってレジに並んでいたのだ。
そんなこんなでスマブラである。プレイ当初こそ「懐かしいなあ」とのしみじみとした思いが先行していたが、そこはスマブラ。もう1戦、もう1戦と繰り返すうちにぐんぐんハマり、今ではプレイしない日はまずない。僕は学生時代から様々なキャラクターをスイッチして扱うタイプの人間だったため「これだ!」と声高に叫ぶほどの所謂『使い手』は存在しないが、最近右腕として順調にオンラインを勝ち進んでいるのはスーパーマリオの悪役としてお馴染みのクッパだ。クッパを積極的に使う理由はいくつかあるけれども、僕のプレイ時間が基本的に半泥酔状態である、という事実によるところが大きい。そう。正常な判断が出来ないのである。故に小回りの効くプリンやら手軽なコンボでダメージ数を稼ぐマリオなどと比較しても、一発一発が大振りでシンプルなクッパが『俺ツエー感』を満たすには適しているのだ。……特に個人的にお気に入りなのが横Bで繰り出すことが出来る投身自殺ダイビング(正式名称不明)で、崖際で当てれば相手のパーセンテージお構いなしに両者共倒れに持ち込むことが可。そもそも全国規模のプレイヤーと比較すると僕のテクニックは圧倒的に劣っているので、こうした嫌がらせ行動は逆に歴戦練磨のプレイヤーには効くのだ。
……この日も例に漏れず、チマチマとスマブラのオンラインに潜っていた。なおこの時の勝率はおよそ五分五分といったところで、ハイボールで引き起こされた酔いも合わさって気持ち良くプレイが進んでいた。ただそんな中で、同じくクッパを扱う謎のプレイヤー『K』の存在が僕の心を掻き乱したのだった。
このKという人間とは思えば何故かこの日オンラインで出会う確率が非常に高く、マッチングするたびにKはその類い稀なるプレイングで勝利をもぎ取っていた。Kと僕は同じクッパ使いだが、それでも実力は圧倒的に上で、馬鹿の一つ覚えとばかりにスマッシュ攻撃を頻発する僕とは違い空中技や通常攻撃、果てはシールドのタイミングなど完全に隙がなく、かなりの大差で敗北することも珍しくなかった。Kとマッチングした当初こそ菩薩のような寛大な心で赦していた僕も流石にここまで負けが続くと心中穏やかでなくなるのは必然で、次第にイライラが募るようになった。
その一方的な関係性に変化が訪れたのは、Kと異様なペースのマッチングを繰り返し気付けば8戦目が終了した頃。ランダム選択で決定された次なる対戦方式はチーム戦。しかも同じレッドチームとなったのは、僕とKだったのである。対してお相手は最近ダウンロードコンテンツとして追加されたホムラ/ヒカリと、一撃必殺の魔神拳を武器にするガノンドロフだ。ただ相手に不足なしとは思いつつも、当然有利不利の概念は存在する。相手のホムラ/ヒカリは中距離戦に長けたキャラクターで対となるガノンドロフは近距離専門、およそチーム戦に合ったコンビだが、こちらはどちらも近距離専門のクッパ。明らかに不利が予想される組み合わせだ。
数秒のロードの果てに雪崩れ込んだ対戦はやはりと言うべきか、ほぼほぼ事前予想通りだった。ルールはストック3機制というシンプル極まりないものではあったが、みるみるうちにストックが減っていく。それは僕ら重量級には軽量級は分が悪いとの部分も当然あるけれども、それ以上に対戦相手の地力が圧倒的に我々とは異なっていて、純粋にその立ち回り全てに無駄がない。今戦はチーム戦であるため『連係プレー』は無論必須になってはくるのだが、相手は「長年バディを組んでいたのか?」と思うほどには熟練されていて、仲間が掴んだらすかさず高威力攻撃、仲間が倒されかけたら助太刀とそもそも勝負にはならない代物だった。
そして最後の1ストックになった時、今戦最大のピンチが訪れた。僕のシールドが破壊されてしまったのである。スマブラはシールドが破壊された瞬間、数秒間行動不能な混乱状態に陥る。「こうなってはどう足掻いても成す術がない」と某ゲーム実況者も語っていたのをよく覚えている。……格好の餌食となった僕を見て、これ見よがしに猛ダッシュで近付いてくるガノンドロフ。放つ攻撃は勿論、一撃必殺の魔神拳だ。もう終わりか。そんな思いが頭をもたげた次の瞬間、僅かな隙間から誰かがザッと僕の前に立ち塞がった。それは間違いなく、あのKであった。
Kは驚きの表情を浮かべる僕に背中で語りながら、場外に吹っ飛ばされ、あえなく今戦最初の脱落者となった。言うまでもなく実質的に1対1となった戦いに勝てる筈もなく、僕も直ぐ様その後を追うように奈落の底に落とされた。ただ僕の心には信頼……いや、ある種の愛情が芽生えていた。颯爽と現れ身を呈して助けてくれたK。あのイカつい表情のクッパが、今だけは曇天を切り裂く天使に見えた。
「ありがとうございました」……。対戦終了後、僕は無意識に普段一切使わないメッセージ機能を押していた。あれほどストレスの権現だったKに対しての、間接的ではあるが最大限の感謝の念がそこには込められていた。きっと次の戦いでは怒りとは程遠い、フェアな戦いが出来ることだろう。その時は当然手加減などはしないまでも、心中では友情(愛情)を携えた素晴らしい戦いになるのは明白である。そんな僕の思いに呼応するように、画面にはいつしかKからの「ありがとうございました」との言葉が映し出された。「もしかすると我々が相思相愛なのかもしれないな」と、僕は思った。
感動的な余韻を感じる間もなく、次第に画面は遷移し、対戦待機画面へと移行した。そこでふと思う。Kの名前がないのだ。先程永遠の愛を約束した(勘違いです)Kの姿はどこにもなかった。困惑する僕を尻目に、時間経過と共に無情にも他のプレイヤーが次々とマッチングし、数秒後には試合が始まってしまった。無論Kはいない。何故か僕に対して4人が殴り込む集団リンチ的な展開でボコボコにぶちのめされながら、僕はひとつの解に達した。
「いや『ありがとうございました』ってそういう意味かーい!」
……スマブラ辞めます。