キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

The Strongest Weapon

話の発端は喧騒の果てにふいに訪れた、僅か1分程の些細な時間だった。ここ数時間、無意識的に昼飯時を過ぎた頃に赴いたのか、はたまた混雑する頃合いを見計らってのことなのかは定かではないが、半無尽蔵に押し寄せる『お客様』とタグ付けされた群衆に揉まれながら機械的な時を過ごしていた僕だったが、とある時間帯を過ぎた瞬間、あれほど目を血走らせて一直線に整列していた人々は何故か波が引くように去ってしまい、思いがけず空白の時間が到来した。

これ幸いと多忙にかまけて着手出来ずにいた釣銭と梱包材の補充、個人的な水分摂取等を試みるも直ぐ様手持ち無沙汰の状態へと回帰し、再び半径3メートル以内が沈黙に支配された。ただ現状はあくまでも一時のピークを越えた状態でしかなく、先程の混雑を鑑みるに直ぐ様第二・第三のピークは訪れると推察する。故にそそくさと持ち場を離れる訳にもいかず、僕は取り敢えずお客様が来るであろう方向を見据え、虚無的な時間を過ごしていた。

こうなると新たな試練は、沈黙との戦いである。ふと隣を見ると先日入社したばかりの男性新人スタッフが周囲に目を凝らしていて、来たるフィーバータイムに備えてアンテナを張り巡らしていることは一目瞭然だった。僕は彼の緊張を解きほぐすための免罪符……もとい、自分自身が沈黙に耐えきれなくなった現状を打破するように、柔らかに声を掛けた。

「どうすか?最近」

主語も述語もぶん投げたこのトークこそ、普段ろくすっぽ会話が出来ない、けれども心の奥底ではあらぬ沈黙に間接的なダメージを負ってしまう僕にとっての何らかのコミュニケーションを成す契機となる、最大限のジョーカー・カードだった。相手はまず会話を振られた時点で無視を決め込むことは出来ない。となれば返答の分岐はふたつに絞られる。『適当に相槌を打つ』か、はたまた『その会話を経て更なるロングトークの糸口とする』か。ただ前者の回答であっても数分間の暇潰しにはなるし、後者であればより深くその人のストーリーに傾聴出来る訳で、僕としては結果がどう転ぼうとも良かった。我ながら悪どい手法であるが、これこそが苦手な人間関係をなるたけ円滑に進めるための苦肉の策であり、幾度も繰り返すうち、いつしか口癖のようになってしまった。そんな自己防衛と虚無で塗り固められた言葉に対し、不承不承といった様子で彼は言った。

「うーん、何もないですね……」

成る程そうきたか、と思った。事前に某かのトークテーマさえ放り込んでくれればそこから広く展開させるイメージでいた僕にとっては、その短絡的な思惑はひとつ瓦解した。ただひとたび上記の話題を投げ掛ければ僕は音楽だ私はスポーツだと捲し立てる人がいる一方『完全なる無趣味』と豪語する者も若者の中には一定数いて、休日はスマホを眺めて寝て過ごすという回答に関しては今まで幾度も聴いたものである。

しかしながら、例え課金課金で暇潰しの一環としてプレイするアプリでも、定期的にアクセスする2ちゃんねるでも、生粋のロングスリーパーで15時間睡眠の果てに1日が終わってしまったとしても、当人にとってどうであれ全くの無趣味という人は実質的にはほぼ存在しない。むしろそれが何ら生産性のない代物であったとしても、トークテーマ然り将来的な価値観然り、プラスに働くのではなかろうか。……思えば僕が大学を卒業してからもう何年も経つ。故に「こうしたことを考えるのは歳を取ったからだろうか」との思いが一瞬頭をもたげるが、おそらくこの考えはおよそ間違っていて、そしておそらくは正しいのだ。

そうしたある種の尋問にも似た詰問をするうち、彼はひとつの答えへと行き着いた。

「うーん、強いて言えば最近のアニメの○○ですかね……」

何だ、あるじゃないか。確固たる趣味。それも、自分にしか無い唯一無二の武器が。将来どのような人生を歩むのか、彼の未来については知る由もない。けれども最強武器は気付かないだけで、しっかりと手持ちに入っている。事実予期せぬ回答に鼻息荒くした僕が矢継ぎ早に質問すると、登場人物の豊かな個性や重厚なストーリー展開、更にはその作品がどれほど世間的に認知されているかというデータまで事細かに教えてくれた。そう語る彼は今までに見てきたどの表情より柔和であり、その光景だけで彼にとってアニメという媒体が如何に大切なものであるのかを感じ取ることは容易だった。

……一息に彼が答え終わった瞬間、偶然にも遠くからレジを目指して一直線に歩いてくるお客様の姿が見えた。僕は「後で休憩時間の時に調べときますね」とだけ答え、通常の業務へ舞い戻った。

後の休憩時間、有言実行とばかりに冷やかしもかねてYouTubeで聴いた。結論から述べると彼が語っていた某アニメにおけるストロングポイントは全て真実で、ストーリーもキャラクター性もドンピシャだった。無論「めちゃくちゃ面白そうだな」との思いが頭を駆け巡ったが、後にそのアニメが全4クール、話数にして48話もの一大巨編であることを知り、僕は心から「聞かなきゃ良かった」と後悔したのだった。

 


竹原ピストル /よー、そこの若いの (Short Ver.)