キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

音楽の灯

ふと目が覚める。時刻はまだ昼前。事前に設定した時計のアラームより少しばかり早く起床した僕は、ゲームで暇を潰そうと思い至る。けれどもプレイ中も思考は宙を彷徨うばかりで、一向に手に付かない。早々に諦めた僕は最寄りのCDショップに赴き、円盤を物色する。時間をもて余しているためにその目には迷いはなく、巨大なPOPで展開されているヒットチャート上位のアーティストやかねてより気になっていた新人アーティスト、果ては普段はほとんど聴かないはずのアイドルグループの作品をも手に取り、片っ端から傍らの視聴機にかける。そこで少しでも心が震えたアーティストはスマホにメモし、帰宅後のひとつの楽しみとする。

そうしたある種無意味的……けれども絶対的に意味のある数時間を繰り返した後、ようやっと待ち望んでいた時間が迫っていることを自覚する。慌てて店の扉を明けて外に出ると、目的地に向かって早足で移動する。僅かに息を切らし辿り着いた目的地では、既に係員が街中にはおよそ似つかわしくない大声で、番号を読み上げている。「整理番号10番から20番までの方ー!」……。

かつて何十となく繰り返した素晴らしきルーティーンは、今や遥か昔に訪れた蜃気楼じみた不鮮明さでしか思い出せない。思えば鬱屈したコロナ禍に見舞われた2020年、僕は「来年はライブに行ける」との吹けば飛ぶような淡い期待を胸に、日々を生きてきた。決して安くない金を財布に仕舞い、島根県から県外へ赴く。そうした金銭的にはまずもって最悪、けれども何よりも素晴らしき日々が消え去ってから、まもなく1年が経とうという時期に発令された緊急事態宣言。感染者が数十人規模で推移していた以前と比べ、御存じの通り感染者数の推移は現在、東京だけでも数千人規模に膨れ上がっている。故にライブシーンには再び暗雲が立ち込めたと、そう断言して然るべしだろう。

この1年で世界は空転し、外食産業や娯楽施設など所謂『不要不急』の事象は完全にとはいかないまでも、ほぼ日常生活から断裂された。そして今、仕事や飯の調達といった言うなれば『有要有急』の生活を長らく続けて感じたひとつの結論がある。それは僕個人に照らせば、おそらく自粛生活じみた日常は「人間らしい生き方ではない」ということ。

そう。カラオケもたまに赴く居酒屋も、その全てはクソッタレで無為な日常を彩る大切なスパイスであり、一言で『不要普及』と括られる代物ではなかったのだ。そして僕自身にフォーカスを当てれば、全てを忘れ、また生きる糧として捉えていたのは何より『ライブ』だった。金なし地位なし女なし。ないない尽くしの生活の中で、ライブ参戦は何よりの趣味でもあり、唯一の希望と称して差し支えない程、絶対的な生きる理由であったのだ。他者からすればさぞかし一生に付されて然るべしな日常であったろうが、あの日々は確かに幸福だった。

コロナウイルスは間違いなく数年後……例えば2年後には改善に向かうだろう。けれどもその地点に到達した瞬間、僕自身は2年の歳を重ねている訳で、何より当時アルバム、ないしはシングルをリリースしていたアーティストもそれから2年が経ち、新曲に着手し、コロナ禍に発売された楽曲はすっかり過去の作品となっているに違いないし、待ち望んだライブツアーが開催されたとしても、2020年に発売されたアルバムの楽曲がセットリストの大半を担うことはまずもってない。中にはライブが思うように出来ない現状に辟易し、音楽活動自体を停止してしまうアーティストもいるだろう。「失ったものがあれば今後の人生で取り返せば良い」とはよく聞くが、「失ったものは決して戻らない」という真理もまた、抗えない現実として垂直に立っている。

ただ皮肉なことに、そんな絶望の中でも希望的未来を感じさせてくれる存在はやはり音楽なのだ。無論『ライブに行けない』……。つまるところライブでの演奏を度外視した音楽が発達することは絶対的に避けられず、所謂ライブバンドやMCバトルラッパーにとっては非常に苦しい時代になるとは思う。ただ海外でコロナ禍を歌ったテイラー・スウィフトのアルバムが100万枚を超える売上を記録したことも、宅録アーティスト(全ての楽曲を自宅で制作しリリースするアーティスト)が新時代のニューカマーとして名を馳せていることも、歌詞中にコロナへの鬱憤をぶち撒けるラッパーがブレイクする等、辛い2020年が無ければ決して生まれなかった素晴らしい音楽も、絶対に存在するのだ。

悪夢の2020年を経て、早くも悲劇的な危機に瀕している2021年。ただ困難に直面しようとも、あらゆる音楽は貴方の一番近くで、優しく背中を叩いている。どうかこうした時代だからこそ、今以上に音楽が日常に彩りを与えてくれますように。……音楽の灯は、まだ消えるには早すぎる。そしてその灯を守る防護壁は何より、音楽を愛する我々が担わなければならない。

 


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