キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

PEOPLE 1の新曲“フロップニク”における、決して打算的ではない衝撃

こんばんは、キタガワです。

 

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初めて表題に挙げた楽曲“フロップニク”を聴いた瞬間「新世代のロックンロールだ」とも、「これだから音楽探求は辞められないな」とも思った。今後彼らは売れる売れないといった所謂チャート上の成功事象に関わらず、間違いなく2020年の音楽シーンを引っ掻き回す存在となることだろう。


彼らは名をPEOPLE 1(ピープルワン)と言い、現状活動歴や人数、メンバーの名前に至るまでその一切が謎に包まれている。彼らが発信源の母体として用いているのはツイッターやインスタグラム等のSNSと自身のYouTubeチャンネルが主であり、未だCD音源としての正式なリリースはなし。なお全楽曲は各種サブスクリプション、及びYouTubeを通して聴くことが出来る。


そんな彼らと出会った契機となったのは、YouTubeで動画が始まる前、僅かな時間流れる“フロップニク”の広告だった。実際何気ない広告から彼らの音楽に辿り着いた人間は少なくないようで、YouTubeのコメント欄を見る限り同様の人間が大勢コメントを残していたのが印象的だった。後に調べて分かったことだが、彼らのYouTubeチャンネル及びSNSのアカウントが作成された時期は2019年の12月とまだ日が浅く、加えてメディア露出やライブ経歴すら現状追うことは不可能。そのため大多数の人間の目に留まった理由が『YouTube上の広告』であったことは現在の音楽シーンの風潮を体現しているようでもあり、良い意味で現代の地の利を生かしたと言えるだろう。


けれどもYouTube上の広告というのは、情報商材や美容、ゲームアプリといった内容がほとんどで、広告収益を得る人間以外には心底不必要だ。故にどのような形であっても広告は数秒流した瞬間にスキップされて然るべきであり、彼らに行き着いた大半の人間も、基本的に同様の考えを抱いていると推察する。しかしながら何故かそのとき僕は、PEOPLE 1による“フロップニク”なる楽曲に心の底から衝撃を受け、最後まで聞き入ってしまったのである。未だ『衝撃』の根元的な理由は分からないが、ただひとつ確かなことがあるとすれば、その一瞬の出会いこそが僕と同じように、多くの同種のリスナーの心を動かしたということだ。

 


PEOPLE 1 "フロップニク" (Official Video)


冒頭の打ち込みのサウンドの後に流れるのは、気だるく脱力感溢れるボーカル。ジャンルは言うなればオルタナティブロックに似た代物で、他のロックバンドと比較することが難しい独自の形を打ち出している。けれども全編通して打ち込みを多用して作られているばかりか、ドラムとベースの音色に関しては一切聞き取れないという点においてもロックバンド然とした肉体的な響きは皆無で、総じて名状し難い無機質さが楽曲を覆い尽くしている。


バンドをバンドたらしめる歌詞についても触れておきたい。そこには大半のアーティストが歌詞を書く上で最重要視するはずの心を揺さぶるメッセージ性も、自身の心情を吐露する思いも、その一切が存在ない。楽曲内で歌われるのは物事を徹底して俯瞰した、言葉の羅列である。


《みんな話題を選んでいる/誰もが結末を揶揄している/遠巻きに様子を伺っている/僕は黙っている アナウンスは待たない》

《みんな話題を選んでいる/誰もが隣人に固執している/気まぐれに昔を思い出している/僕は黙っている 君は笑わない》


上記はサビで歌われる歌詞の一節であるが、これらの一部分を切り取るだけではあまりに抽象的だ。しかしながら「それでは」と他方の歌詞に目を向けたところで、《思っていたより僕らは大人になれなかったんだ》とネガティブな心情を晒け出したかと思えば、次なる歌詞の《モーターサイクルダイアリーズ ねえスエリー 飲みきれんサイコソーダ》でもって瞬時に想像が霧散したりと、どことなく掴み所がない。


『話題』『結末』『隣人』を妙にリズミカルに発言するサビ部分に顕著だが、“フロップニク”は全体通してあくまでも言葉をメロディー(リズム)の一部と見なしている節がある。これがPEOPLE 1による策略なのか、はたまた無意識的に行っていることなのかは定かではないにしろ、とにかく“フロップニク”では『言葉』が言葉としての意味合い以上に、この言葉でなければ絶対的に生まれない独創性の高いリズムを生み出しているのだ。無論何十年にも渡るロックバンドの歴史の中で、こうした試みが成されたのはPEOPLE 1が初めてであるとは決して言わない。けれども通常どんな流れにおいても自身の悩みや葛藤、はたまた世論や風潮等を歌詞に潜り込ませることが暗黙の了解と化したバンドシーンにおいて、ここまで徹底的に『リスナーが思案に至るような主だった意味を宿さない』という結果どのバンドも行っていない特異な手法には脱帽であり、同時に発明なのではなかろうかと思う。


イラストレーター・coalowlが手掛けたMVも秀逸で、キュートな女の子と3匹の土竜たちの掛け合いを中心として、歌詞で記されている場面場面で切り替わるストーリーを完全再現。それだけに留まらず、映像の端々にリズム天国やアンダーテールといったリズム系ゲームのパロディを組み合わせたり、後半部では印象的なイラストをコラージュの如く画面内に散りばめるなど、総じてリズミカルな楽曲のテンポとの視覚的効果でもって没入感を高める工夫が成されている。


長く続いてきた音楽シーンも遂に2020年代に突入したが、今ではバンドの売れる楽曲というのはある程度固定化されている。ひとつはOfficial髭男dismやBUMP OF CHICKEN、米津玄師のような分かりやすくサビがあり、誰が口ずさめるポップ路線。もうひとつは普通とは違う特異な楽曲だ。そして後者の『普通とは違う特異な楽曲』は更に二分化することが可能で、具体的には『インターネット上のバズを狙った打算的な楽曲』と『素で異端な行為をやってのける楽曲』に分けられる。


言うまでもなく、今トレンドと化しているのは圧倒的に前者の『打算的な音楽』だ。SNSやYouTube、Tiktokがブームの最前線となった現在、一発当てて認知度を飛躍的に上昇させることに重点を置いた音楽は実際非常に多い。他者の楽曲を盛大にオマージュした楽曲を生み出す犬も食わねえよ。や音痴なボーカルを中心に据えたLOOP H★Rといったバンドであったり、バンド以外では岡崎体育やRADIO FISHが近年大きな注目を集めたことからも、それは明らかである(なお当然、その中でも本気の情熱を持って取り組んだ者だけが今なお生き残っている、という事実は特筆しておきたい)。


けれども自身の本心で楽曲を制作した結果、意図せず『異端なもの』としてカテゴライズされてしまうバンドも一定数おり、おそらくPEOPLE 1はこちらに属する。独特のリズム。バンドらしからぬ音像。意味不明な歌詞。翻弄するMV……。彼らの音楽には打算的な楽曲に共通する不快感の一切がなく、それ以上に「俺らはこうした曲を作るけど皆はどう?」とのある種達観したオリジナリティーを持ち合わせている。だからこそ広告として一般大衆の耳に触れたという経緯こそあれ、最終的には決して打算的ではない衝撃に繋がり、心をときめかせるに至ったのではないか。


売れているアーティストでもバズを狙ったバンドでもなく、無我夢中で猪突猛進的で、それでも目が離せない衝撃を携えた彼らのようなバンドを僕は追い続けていたい。前述の通り、今や音楽そのものの向き合い方も出会い方も、以前とは大きく変化している。それどころかコロナ禍の影響により、音楽市場は今後更に危機的状況になる可能性すらある。しかしながら、2020年にもなってPEOPLE 1のような実直なバンドが売れない世の中というのはきっと、どうかしているとも思うのだ。