キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

突如公開されたオアシス幻のデモ音源“Don't Stop…”から見る、コロナとギャラガー兄弟

こんばんは、キタガワです。

 

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ウイルスの蔓延により未曾有の危機に陥る今、世界的に著名なミュージシャンによる希望に満ちたアクションが、日々希望の光の如く広がっている。


新型コロナウイルスの救命活動を現在進行形で行っている医療従事者を称え、支援することを目的としたチャリティーライブ『One World: Together At Home』ではレディー・ガガをはじめポール・マッカートニーやチャーリー・プースなど新旧の音楽シーンを代表するアーティストがエールを送り、若者から絶大な支持を得る新世代のニューヒーロー、ビリー・アイリッシュは自身のインスタグラムにて数分間に渡ってウイルスの脅威と、人々が今取るべき行動を真剣にレクチャーした。他にも名だたるアーティストが人々の不安を和らげるべく様々な趣向を凝らし、この見通しの立たない現状を乗り越えるために奮起している。


そんな中注目を集めたのが、惜しまれつつも突如解散し今なお再結成が待ち望まれるロックバンド、オアシスの動向だった。

 


Oasis - Don't Look Back In Anger (Official Video)


この話を始める前に、まずはオアシス解散の経緯から説明する必要があるだろう。ファンには周知の事実だが、世界中で人気を博した伝説的ロックバンド・オアシスの解散の直接的原因となったのは、メインソングライティングを務める兄ノエルと空前絶後のロックンロールスターである弟リアムによる修復不能なほどに深まった確執にあった。当時から彼ら兄弟間の仲の悪さは有名で、プライベートでは蔑み合い、個人のインタビューではほぼ必ず互いの不満点を口にし、果ては突発的な喧嘩でライブが強制終了となるなど、幾度も衝突を繰り返してきた。そしてリアムがノエルのギターを破壊したとか、ノエルの妻がリアムを毛嫌いしているとか、当時からノエルがソロ活動の準備を始めていたとか理由は諸説あるがとにかく、バンド(リアム)に対して著しいフラストレーションを抱えた末ノエルはバンド脱退の選択肢に突き進み、バンドは空中分解。2009年に解散するに至ったのだ。


そして自己の思考を第一義とし、傍若無人な言動でも話題を振り撒いたふたりの兄弟は奇しくも水と油の関係性のまま、対極の音楽道へと歩を進めるに至った。ノエルは解散後ほどなくして自身のソロプロジェクト『ノエル・ギャガーズ・ハイ・フライング・バーズ』を結成して活動を全振り。対するリアムは新たなバンド『ビーディ・アイ』を結成し、紆余曲折を経てビーディ・アイ解散後は完全なるソロシンガー『リアム・ギャラガー』として不動の地位を確立した。


しかしながらその両者におけるオアシスの捉え方も同様に対極に位置するもので、オアシスを過去の栄光として決別したノエルと、今でも強く再結成を望み、自身のライブではオアシス曲を惜しみ無く披露するリアム……。どちらかが近付こうとすれば同じ分離れてしまう、まるで磁石のように反発し合うふたりの関係性は、年を追うごとに顕著になり、2018年に行われたイギリス音楽誌で敢行されたノエルに対してのインタビューでは『もし俺の所持金が50ポンドしか無かったとしても、リアムと再結成するなら路上ライブした方がマシ』とまで語る始末。よってオアシスの再結成は天文学的に遠退いたかに見えた。


けれどもある時、そんな両者の均衡を根底から覆す出来事が起こった。それこそが、コロナウイルスの流行である。


実際オアシス再結成の可能性はウイルスが蔓延する前から毎年のように噂されていたし、再結成に関してリアム自身はやぶさかではないようだった。けれどもノエル側は一貫して再結成を望む素振りは一切なかったし、それどころか、リアムがオアシスへの渇望を口にするその都度ノエルが雑誌のインタビュー等を介して放送禁止用語込みで一蹴することがおよそ恒例行事となっており、オアシス再結成を願っていたファンも今ではそうした兄弟間の応酬を言わば、ほぼ実現しない低い可能性に一喜一憂するエンターテインメントとして傍観している感すらあったように思う。

  

 
けれどもコロナウイルスの混乱の真っ只中であった3月下旬。そこに書かれていたのは「仲直りはもう頼まない。これは要求だ。コロナウイルスが収束したらオアシスを再結成する。全ての収益は病院関係に寄付する。お前はどうだ」とする決意表明であった。更に数日後には「お前が来ても来なくてもオアシスのライブをやる」とする呟きを投下した。ライブを筆頭として音楽シーンが徐々に困窮し、医療従事者の労働環境が問題視され、更に来たるコロナウイルス終息後の復興を鑑みると、今までとは異なり、かつてリアムが繰り返し訴えてきたオアシスの再結成。それが高い現実味を帯びた瞬間だった。

 


Oasis - Don't Stop... (Demo)


そして運命の4月29日。頑として首を縦には振らず沈黙を貫いてきたノエルの手で突如投下されたのが、オアシスの未発表デモ音源“Don't Stop…”だった。言わずもがな、今までオアシスに対して一定の距離を置いてきた彼としては異例の行動であり、その一報は当然の如く海外メディアで大々的に取り上げられた。なおノエルは今回リリースに至った経緯について、ロックダウン(都市封鎖)中に、自宅でCDを整理している時に同楽曲を発掘したとしつつ「俺が知る限りこの曲の音源は約15年前に行われたサウンドチェックでのバージョンしかないはず」と“Don't Stop…”の価値を裏付けた。あれほど渋っていたノエルがオアシス音源を発表したことはとどのつまり「オアシス再結成が実現か!?」との希望的観測にも思える今回のリリースだが、ノエルは否定も肯定もせず、あくまでもリリースに至ったのは偶然の産物であったことを強調した。


けれども“Don't Stop”には、それだけで納得するのが難しいほど、今鳴るべき必然が宿っているようにも感じるのも、また事実である。


一貫してミドルテンポで進行する“Don't Stop…”。ボーカルを務めるのはリアムではなくノエルで、曲調のみを捉えればオアシスというより、どちらかと言えば彼が発起人となって結成されたバンド、ノエル・ギャガーズ・ハイ・フライング・バーズに近い印象を呼び起こさせる代物。よって楽曲自体の完成度は極めて高いものの、全体を覆う穏やかな雰囲気もロックバンド・オアシスとして鳴らされるものとしては些か地味な印象もあり、かつてのオアシスがデモの段階で封印したというのも頷ける。


けれども歌詞に目を向けると、この楽曲が今と密接にリンクしていることが見て取れる。


《Don't stop being happy/Don't stop your clapping/Don't stop your laughing/Take a piece of life, it's alright/To hold back the night》

《幸せになることを止めるな/拍手を止めるな/笑うことを止めるな/人生の一部を切り取って/それを抱えて眠る日があってもいいんだ(和訳)》


サビで繰り返し歌われる止めてはならないもの(Don't Stop)とは幸せ、拍手、笑いといったポジティブな事柄で、幸せと笑いは自粛期間中に精神状態を内向きにするための行動であり、拍手は医療従事者への感謝とも取れる。そしてそれらを《人生の一部を切り取って/それを抱えて眠る日があってもいいんだ》と不自由な生活を余儀無くされている人間の肩を叩く。無論この解釈は随分と『今』の考えに寄せていて、実際“Don't Stop…”が約15年前に存在していたことを踏まえると当時のノエルがコロナウイルスを受けてこの楽曲が制作された可能性は万にひとつもない。しかしながらどうしてもこの楽曲は今の情勢と重ねざるを得ないほどの説得力を纏っているのも、紛れもない事実として垂直に立っている。

 


……ノエルが“Don't stop…”を投下した翌日には、リアムが「古いデモ音源をリリースするんだったら、俺が歌っててボーンヘッド(オアシスの元メンバー)がギターを弾いてるやつにしてくれ。そうじゃなかったらお前と同じで価値がない」とツイートし、更には「オアシスの名前でリリースするなら、俺にも許可をとるべきだ。でも何も聞いてない。まぁ、あいつのことだから期待してないけどな」とも綴った。


今回のリアムの発言を鑑みるに、おそらくノエルとの距離は平行線を辿ったままであり、現時点ではオアシス再結成の確たる可能性は極めて低いのではなかろうかと思う。おそらく彼の性格を鑑みるに、何故ノエルがこのタイミングでオアシスの楽曲リリースに至ったのか、それにどのような意味が込められていたのかについて公の場で語ることはこれからもないだろうし、それどころか今後ライブで披露することも、今回の話を契機としてリアムが差し出したオリーブの枝を素直に受けとることもまた、同様にないだろう。だがたとえ彼の深意が掴めずとも、彼の今回の行動には大いなる意味を感じずにはいられない。そうでなくとも、コロナウイルスで世界が憔悴する今、オアシスを愛する大多数の人間に希望の光を灯したことは間違いないのだ。