キタガワのブログ

島根県在住。文筆。rockinon.com外部ライター等。

日進月歩ワーカー

「あっ、初めまして!今年新入社員として配属された、○○と申します。いろいろ分からないことも多いと思うんですけど、これから宜しくお願いします!」

今年も新入社員がやってきた。大学卒業を機に当店に配属され事前評判も上々。すこぶるフレッシュな若手有望株である。僕は「この光景を見るのは何度目だろう」と、空虚な頭で思考を巡らせた。同時にこのバイト先で長い時を過ごしてきた事実を直視させられるようでもあり、心の奥がざわつくのを感じた。

第一印象で痛烈に予感した通り、彼は非常に有望だった。自分から率先して仕事を探し、社会における最重要項目とも言える報・連・相もそつなくこなし、配属から僅か数日後には同僚と打ち解けていた。それどころか、どうも周囲の人間は彼に対して完全に心を開いているようでもあり、初勤務から1週間が経つ頃には彼は同年代の社員と時折タメ口の応酬を繰り出せる程に成長した。

話は変わって、ある日の夕方。僕が休憩室に入るなり、例の新入社員と、僕がバイトを始めたのと同時に入社した女性社員Aが目に留まった。「あ、そういえばそろそろ○○さんの誕生日ですよね。彼氏さんからプレゼント貰ったりとかないんですか?」と新入社員である彼は語っていた。その休憩室で弁舌爽やかに日常会話を炸裂させる光景を横目で見ながら、僕はふとAと会話を交わしたことがほとんどないことに気付いた。その人の生まれも育ちも彼氏の有無も、趣味も年齢も。……僕は新入社員と和気藹々と接しているこのAの事を、何も知らなかった。

僕は元来、例えば「すみません、この部分分からないので教えていただきたいんですけど……」という同じ文脈であっても、通常トーンが1オクターブ上がり「いいよー!どこが分からんのー?」と返される筈の事柄であっても僕が同様の言葉を発した瞬間、目線も合わさず「適当にやっといて」と一蹴される人間だった。僕の一挙手一投足が相手に不快感を与えているのか、はたまた吃音症状で会話を上手く展開出来ないからなのか理由は定かではないが、とにかく。無論何度も「これでは駄目だ」と思いつつ幾度かの修正を試みはした。愛想笑いで波長を合わせようと気を遣った事もあったし、無理矢理に旬な話題を提供した事もあったけれどもその都度、努力いかんではどうしようもない現実が憮然とした態度で鎮座していた。

僕が暮らす島根県では、働き方が多様化したとは言え、未だ『正社員=普通・非正規=異端』との考えが根強く残っている。実際僕の今のバイト先にも偶然過去の同級生(いずれも会話をした事すらほぼない)から訪れる機会があるものの、交わされる言葉の第一声は決まって、現時点での勤務先の把握であった。僕が「今○○くん何しちょー?」と問えば、かつての同級生は例外なく「俺は○○って会社で働いちょーよ!」との結末に至る。正社員。正社員である。その光景を何度も目に焼き付ける僕は勝手に病んでしまうと共に「多分これが普通なんだろうな」とも「僕は普通ではないのだ」とも思ってしまう。

そうした長年の生活で分かったことは、僕は一時の関係性で終わる人間同士ならまだしも、長期的な関係を絶対的に余儀無くされる関係性(同僚・同級生・先生等)には酷く毛嫌いされるきらいがあるということだった。突如シフトを白紙にされた某コンビニ然り、正社員として入社した会社然り、特に理由もなく馬車馬の如く働かされた深夜勤務然り……。勤務初日には「よろしくー!」と気さくに話し掛けてくれた人もも1週間が経過する頃には見向きもされなくなる。そう。僕は『素で嫌われる』という類い稀なる才能の持ち主であり、対して上手く世の中を渡り歩ける人材は素で嫌われない。ただそれだけの事なのだ。おそらく前述した誰にでも好かれる新入社員くんも、全ては無意識下のうちの言動であり、それが同じ社員にも好意的に受け止められているのだろう。

僕は頻繁に「ダルいっすね」「今日キツくないすか」「いやー(忙しさが)ヤバいすね」との3Kじみた言葉を口にするが、そもそもそうした発言は言う事自体がタブーなのだ。自身の現状は極力口にせず、聞かれた時だけ語る、面倒な人間にも笑顔で対応。不満は呑み込んで自身で消滅させる……。それこそが世間一般的な『普通』の生き方であり、ほぼ間違いなくその渦中に置かれる当人もそれを特別な事とは意識していない。

とどのつまり、集団生活のフィルターを介した瞬間に、人は『普通』と『異端』に無意識的に区別されてしまうである。おそらく『普通』の人からすれば和気藹々と業務を遂行する最中、今こうしてひとりの社会不適合者が希死念慮を燻らせているとは夢にも思わないことだろう。

だからこそ僕は馬鹿にしてきた奴等に一泡吹かせるため、そして何より自分自身のためにも、何としてもこの『執筆』との武器でもって結果を出さなければならない。望んで進んだ蕀の道。ならば何年費やそうとも、やることをやりきるしかない。そのため今後とも、日進月歩の精神で邁進していく所存だ。

未来はきっと光輝いているとの期待を込めて、僕は今日も文を書く。たとえそれが、現状一時の気休めにしかならないとしても。

 


高橋優「同じ空の下」