人生で何度目かの挫折を味わった。
1件目のバーによるアルコールへの逃避は大した効果を生み出さなかったため、せめてもの憂さ晴らしをとの思いで起動したカードゲームアプリだったが、課金者が繰り出すチート級モンスターに盤面を支配され、あっさりと敗北を喫した。ゴールドからシルバーにランクが落ちたのを見つめながら、理不尽なゲーム展開で少しだけ怒りが沸いたことに、少し安堵する僕がいた。
「お前はまだ正常だよ」。そう語りかけられている気がした。脳内で語りかける無形の野郎の正体は、最後まで分からずじまいだったが、それも含めて自分らしいなとの思いに駆られた。
バーの外に出ると、まるで今の心境を体現するかのような小粒の雨が降っていた。誰も行き交わない島根の街。まるで僕だけが存在しているようにも思えた。財布の中には6000円しか入っていなかったが、今日だけはしこたま飲もうと決めた。
コンビニでビールを買い、大した味も感じられないそれをチビチビ飲みながら、2件目のバーへ向かう。傘も差さずに項垂れて歩く僕の横を、飲み会帰りのサラリーマンの集団が掠めた。新入社員であろう若いスーツ姿の男性の肩を、上司が小突く。「ちょっと先輩!酔ってますー?」新入社員が笑顔で語り、当の上司は「酔ってねえよ!」と返した。おそらく彼らには、ちっぽけな僕の存在など見えてもいないのだろう。
……結論から書くと、2件目に赴いたバーは当たりだった。1杯あたり1000円はくだらない強気の値段設定ではあったが、頼んだ酒全てが美味かった。そして何より、絶望した僕に必要以上に干渉しないマスターと店内の控え目なBGMの存在に、少しばかり生気が戻った気がした。今宵の悲壮的な舞踏会は、何とか完遂出来そうだ。
「僕あれなんすよ。何かあの……うるさいバーが苦手でですね。賑やかであの……ワー!みたいな。だからあの……いろいろあって。個人的に。だからその、あれです。良かったです。今日。来れて。また来ます」
人付き合いが苦手で拙い言葉しか語れない僕に、マスターは言った。
「いろんな方がいますよね。話したくなかったら、話さなくて大丈夫ですよ。私もあまり賑やかなのは嫌いなたちなので。あ、何か飲まれますか?」
酩酊した頭で時計を見た。時刻は20時50分。島根は終電が早く、僕の最寄り駅は21時ジャストが最後の綱だった。
当然の如く終電を逃しかけていることに気付いたが、取り敢えずもう一杯だけ飲むことにした。