こんばんは、キタガワです。
先日、第61回グラミー賞の授賞式が開催された。その結果、アメリカ出身のラッパー兼俳優であるChildish Gambino(チャイルディッシュ・ガンビーノ)の楽曲『This Is America』が、最優秀レコード賞と楽曲賞のダブル受賞を果たした。
だがグラミー賞の歴史を紐解いてみると、今回の受賞がいかに衝撃的な事件であったのかが分かる。
まずここ数年のグラミー賞は、ふたつの問題で燃え上がっていた。そのうちのひとつが、ヒップホップは不利であるという噂である。
グラミー賞は長年、ヒップホップを主要部門に選ばない傾向が強かった。いかに販売実績を積んだ楽曲であっても、その大半は受賞できないという結果に終わっていた。中でも最優秀レコード賞と楽曲賞においては、今までラッパーが受賞したことは一度もなかったという。
そう。ヒップホップはとりわけ、他の音楽ジャンルと比べて日の当たらない存在だったのである。
そしてもうひとつの問題が、人種差別だ。中でも黒人ラッパーであるケンドリック・ラマーがグラミー賞にて不遇な扱いを受けた事件は、記憶に新しいだろう。
アメリカの社会問題を全面に押し出し、国民に対して強いメッセージ性を孕んだアルバム『To Pimp A Butterfly』と『D.N.A.』は、世界各国で大ブレイクを果たしたにも関わらず、主要部門の受賞は叶わなかった。この結果を受け、巷では「主要部門は黒人ラッパーは意図的に受賞させないようにしているのでは?」という疑念が噴出し、大荒れとなった。
……そんなふたつの点において、火の手が収まらない中開催された今回のグラミー賞授賞式。もちろん当初は受賞を有力視されていたチャイルディッシュ・ガンビーノに対して「主要部門の受賞は難しいだろう」というネガティブな意見が多く、期待値はさほど高くなかった。
しかし結論から言えば、ガンビーノは見事最優秀レコード賞と、楽曲賞のふたつの賞を受賞したのである。これは一体なぜなのか考えてみる。
有力視されている理由のひとつに、ラマー以上に過激かつ直接的な社会風刺がある。
〈This is America Don't catch you slippin' up〉
(これがアメリカだ 過ちを犯しても捕まらない)〈Yeah, this is America 〉
(これがアメリカだ)〈Guns in my area〉
(俺の住む地区では銃が横行している)〈Get your money, Black man (Get your Black man) Black man〉
(自分の金を守るのさ。買われてしまうんだ、黒人だから)
この楽曲で歌われるのは、ニュース番組では決して報じない、圧倒的なリアルである。
拳銃、理不尽な事件、人種差別……。現在アメリカで蔓延っている様々な問題を、ガンビーノは矢継ぎ早に放たれるリリックでもって、白日の下に晒していった。
加えて、この楽曲の知名度を爆発的に高めたPVについても記しておきたい。
Childish Gambino - This Is America (Official Music Video)
PV内では、目を逸らしたくなるほどの直接的表現が多く見受けられる。
冒頭、椅子に縛り付けられた無抵抗の人間に対し、背後から躊躇なく頭を撃ち抜くシーンがある。これはおそらく、2016年にミネソタ州で発生した、とある射殺事件が元になっているのではと推測する。この事件の被害者は黒人。
合唱団が虐殺されるこのシーンについても触れておきたい。こちらは2015年、サウスカロライナ州で発生し9人が殺害された教会銃乱射事件をモチーフにしている。なお、このふたつの事件は『相手が黒人だから』という理不尽な動機でもって行われたという。
このどちらのシーンも痛ましい事件だ。にも関わらず犯人であるガンビーノは、今しがた人を殺めたことなど意に返さずに明るく振る舞う。
そしてガンビーノは声高らかに歌うのだ。「これがアメリカだ」と。拳銃、理不尽な事件、黒人かくあるべし……。このPVには今のアメリカの情勢が、ありありと映し出されている。アメリカ社会はこんなにも狂っているのだという、力強い社会風刺。
YouTube上ではPVが公開されるや否や、瞬く間に再生数が伸び、現在の総再生数は4億回を突破している。ここまで強いメッセージを見せ付けられ、世論も支持しているとなれば、審査員たちも黙ってはいられまい。
以上ふたつの理由でもって、今回の受賞と相成ったのではなかろうか。
結果としてチャイルディッシュ・ガンビーノは、最優秀レコード賞と楽曲賞のダブル受賞という偉業を成し遂げた。前述したように昨今のグラミー賞は、何かと槍玉に上げられる存在だったのだが、今回の彼の受賞は、今後のグラミー賞の在り方を問う試金石となったのではなかろうか。
個人的な推測だが、今年の海外音楽シーンはヒップホップが代表的なトレンドになると思っている。おそらく来年度のグラミー賞は、今年と全く違う顔ぶれになることだろう。今後の海外音楽シーンにも、目が離せない。