こんばんは、キタガワです。
その日は休日だった。
本来ならば起床の後、即座に着替えを済ませ、カフェや書店といった店に何の気なしに向かうのだが、その日はベッドの上から長い間動けないでいた。
そう。僕はこのとき、今日行うはずだった何らかの予定を全く思い出せないでいたのだ。
間違いなく、昨日の時点では覚えていたはずだ。「どうしてもやりたい」。そう強く思っていたのだけは覚えているのだが、いかんせん内容が思い出せない。こんなことなら、昨日の夜にノートにでも書いておけばよかった。
しかし、今頃後悔しても後の祭りである。僕はこの何をするでもない拷問の如き時間を、無為に過ごす以外なかった。
外でぶらつきながら思い出そうとも思った。しかしその内容次第では、外出すべきではないのかもしれない。何よりも一番怖いのは、向かった先と目的地が逆だった場合だ。もしそうなれば、自宅から向かうよりも面倒だ。
かくして僕は、貴重な休日をベッドの上で過ごすことを決めたのであった。
ウンウンうなっていても思い出せないのは明白なので、スマホをいじって“そのとき”を待った。2ちゃんねるにアクセスしてみたり、普段やらないアプリゲームをやったりしてみるが、一向に思い出せない。結局1時間もしないうちに飽きてしまい、手持ち無沙汰に陥った。
と、そのとき。突然僕の頭に稲妻のような勢いで、とある内容を思い出したのだ。そう。そうだ。これだ!これ……だ……けど……?
思い出したのは、「歯医者に電話する」というものだった。間違いなく記憶から消していた事柄ではあるのだが、これじゃない。
まさか『第2の失念事項』があったとは思ってもみなかった。開かない鍵をピッキングし続けた僕の頭は、どうやら別の鍵を開けてしまったらしい。それはそれで嬉しいが、ちょっと違う。
思い出したものは仕方ないので、歯医者に電話をかける。すると、あっさり次の治療の予約がされた。これでひとつ解決だ。
だが一番大事な部分は、全く思い出せないでいる。僕は次第に腹が立ってきた。何でこんな真っ昼間にベッドで突っ伏しているのだと。俺だっていろいろやりたいわと。
怒りで頭が支配されていると、考えも働かないものだ。とりあえず、YouTubeで適当な動画を漁ってみることにした。意味もなくユーチューバーの動画を見たり、すべらない話を聞きながら時間を潰す。その姿はさながらニートのようだ。そんな自分の姿を俯瞰しながら、また苛立ってきた。
数十分後、頭の中で何かが弾けた。
完全に思い出した。ああ、そうだった。
僕は急いで着替え、自転車に跨がった。目指すは赤い看板だ。
かなりの距離を走った。到着したときは、日が傾きかけていた。目の前には、マクドナルド。
そう。僕が今日やりたかったことは、『新商品のレビュー』であった。
マクドナルドには『三角チョコパイ』という商品がある。確か昨日、公式ツイッターか何かで『第2の三角チョコパイ』が出るという情報を見たのだ。
近頃ブログのネタ探しに飢えていた僕はこれ幸いと、『そのふたつのチョコパイの食べ比べをするブログ』を書くつもりでいたのだった。
かなり時間は遅くなってしまったが、これでひとつネタが生まれる。僕は早速注文しようとした。すると、店員から予想だにしない返答がされた。
「そちら、明日発売です」
一瞬耳を疑った。明日発売?いや、そんなはずはない。僕はスマホを開き、マクドナルドの公式ツイッターに飛んだ。スマホの充電はあと僅かだった。
すると、こんな画面が表示された。
「あれ……?」
よく見ると、微妙に違う。『明日発売』は間違っていなかった。そこにははっきりと『10/26(金)発売』の文字が踊っていたのだ。
そう。僕は完全に勘違いをしていたのだ。頭の日付感覚が麻痺していたのか、『明日』を『今日』だと認識していた。100%僕が悪かった。
かくして僕は『ただ1日ムダに時間を潰し、マクドナルドに来ただけの人間』となったのだった。
僕は意気消沈し、今日一日の出来事をせめてツイッターのネタにしようと試みた。椅子に座り、スマホを取り出そうとする。
が、スマホを取り出した僕は驚いた。充電はあと2%しかなかった。
急いで文字を打つ。かつてないスピードで。散々な一日だった。このままだと『残念デー』で終わってしまう。これだけは投稿しないと気が収まらない。
文章入力画面には、投稿できる範囲ギリギリの文字が踊った。あとは『投稿』ボタンを押すだけだ。
するとスマホは僕を馬鹿にするかのように、充電切れのサインを出した。無情にも『電源を切っています』の画面が表示される。
「くそっ!くそっ!」
いくらタッチパネルを押そうが、時すでに遅し。画面は全く動かない。
ついに僕を嘲笑うかのように、目の前で電源が落ちた。
……運に見放され、時間に見放され、最後にはスマホに見放された。散々な一日であった。
こうなったのも、全てマクドナルドのせいである。僕はチーズバーガーを注文した。
今日一日の鬱憤は、こいつで晴らすことにしよう。こいつを倒せ(食べれ)ば、盛大な復讐と成りうるだろう。
しばらくすると、チーズバーガーが出来上がった。ムンズと掴み、椅子に座り直す。
こいつのせいだ、こいつが悪い。呪詛のような言葉を口にしながら、僕はチーズバーガーに歯を突き立てた。
「あー、やっぱチーズバーガーうめえや」
[了]