僕はオンラインゲームが嫌いだった。
そもそもリアルで人付き合いが苦手な人間がオンラインゲームをやる、ということ自体が可笑しな話ではあるが、とにかく。僕はオンラインゲームに極端な拒否反応を示していた。
PlayStation4を購入したはいいものの、そこから数年間、一切オンラインには繋がなかった。誘ってくる友人もいたが、全て適当な理由を付けて一蹴した。
なもんで、僕は孤独だった。ゲームの成果を報告する存在もいなければ、喜びあう相手もいない。気付けば、トロフィーだけが埋まっていった。僕はそれを唯一の自尊心にしながら、称えられるわけでも、金が貰えるわけでもない作業を黙々とこなした。気付けば、トロフィーの数はかなりの数になった。
そんな僕はあるとき、アンチャーテッド4というゲームをプレイした。アンチャーテッドシリーズ最後の作品として送り出された今作は、とんでもなく面白かった。間違いなく、歴代最高傑作と呼ぶべき代物だと思う。
だがひとつ、心にひっかかるものがあった。それは、トロフィーが取れないこと。
アンチャーテッドのストーリーのテーマは、全シリーズ通して『宝探し』である。そのため、銃撃戦の最中や断崖絶壁を移動している際には、至るところに宝が散らばっているのだが、それらがトロフィーの根幹なのだ。僕は話が気になるあまり、宝をそっちのけにしてプレイに没頭していたのだった。
僕は悩んだ。ストーリーはあらかた進めてしまったし、今からクリアして2週目を始めるとして、宝探しのためだけにプレイするのは気が引ける。
悩んだ挙げ句に選んだ答えが、オンラインだった。
アンチャーテッドには宝探しのトロフィーとは別に、オンライン専用のトロフィーがあった。これなら息抜きにもなるし、トロフィーの入手数も増やせる。
思い立った僕はすぐさまPlayStation Plusに入会し、オンラインへの一歩を踏み出した。今思い返せば不思議なものだが、あれほど強かった拒否反応は、全く無かった気がする。恐らく、脱出不可能なまでに沈んでいたのだろう。アンチャーテッドという名の底無し沼に。
かくしてオンライン・ヴァージンを捧げた僕だったが、不安はあった。集まるのは、世界各国でプレイする歴戦の猛者ばかりである。かつてのCPUとの闘いと生の人間との闘いとでは、全く違う緊張感があった。加えて、アンチャーテッドオンラインの肝はチーム戦だ。罵倒されるのではないか。僕がいない方が勝てるのではないか。えもいわれぬ不安に押し潰されそうになりながら、プレイした。
……結論から書くと、それらは杞憂だった。建物に隠れての狙撃。空中からの強襲。太古のアイテムを使用した足止め……。初心者からベテランまで、幅広いニーズをカバーしたゲームバランスは余りにも秀逸で、開始から数十分もすれば、僕の考えは完全に吹き飛んでしまっていた。
その日から、僕はオンラインに籠るようになった。調べれば簡単に理解できたことだが、チャットのボイスはオフに出来るし、最初は右往左往していた僕も、次第にチームに貢献出来るようになった。気付けばチーム内で1位になることも増え、見知らぬ外国人からフレンド申請も来るほどに成長した。なんだ。楽しいじゃないか。
……そんな日々に暗雲が立ち込めたのは、ある日の深夜だった。
いつものようにプレイしていた僕だったが、このときばかりは結果が振るわなかった。渾身のグレネード弾は不発に終わり、背後から何度も殴られて殺された。チーム内ではほぼ最下位。一度思い込んだら駄目な性格の僕は、次第に辛くなっていった。
心なしかエイムが安定しない。キャラクターの動きが遅く感じる。十数体の死体を積み上げた僕はこの日、所謂『死体撃ち』というのを初めてされた。……死んでいると分かっている相手プレイヤーを撃ち続けて嘲笑う行為だが、なかなか精神に来るものがあった。
「そろそろ辞めようかな」
そう思った。逆によくやったものだ。オンラインに不安しかなかった僕が、ここまで続けてこれたのだから。
決断した僕は、最後の1戦に赴くことにした。これが正真正銘、最後。全力でやろう。僕は使い慣れたショットガンを構えながら、敵を薙ぎ倒していった。
しかし今回、敵陣は手練れ揃いだったようだ。追い付けばまた追い越される。実力は完全に拮抗していた。いつしか、プレイヤー同士が固まって相手の出方を伺って動かない『待ち』の状態になっていた。
現状の得点は僅かながら、劣勢だった。「このまま時間が経てば、間違いなく敗北する。だが迂闊に動くと格好の的となり、集中砲火は免れないだろう」。皆考えることは同じのようで、依然として膠着状態が続いていた。
そんな最悪の状況の中、一条の光明が射し込んだ。果敢にも、敵陣に向かっていったプレイヤーがいたのだ。彼女の名は『Anna』といった。
しかし名は違えど、風貌は主人公の妻、エレナだ。主人公ネイトの初代パートナーであり、今作のラストではネイトとの子どもを授かる彼女。ストーリー上でも勝ち気な性格ではあるが、Annaが操作するエレナはそれ以上に猛々しく、格好良かった。
発泡される銃弾。本来なら蜂の巣のはずの弾幕を、左右に上手く動いて回避した。すかさず腰に提げたマシンガンを取り出し、正確にヘッドショットを狙う。「はあっ!」、「やあ!」と声を荒げながら、敵陣をみるみるうちに壊滅状態に追い込んでいく。気付けば、逆転していた。
僕は無意識にAnnaの後ろを着いていった。そして、血塗れになりながらも銃を構え、的確に脳天に銃弾を当てる彼女を、誰よりも間近で見た。今なら思う。僕は間違いなく、彼女に惹かれていたのだと。
試合は終了し、僕たちのチームは勝った。もちろんAnnaの功績が大きく戦局を左右したのは、言うまでもない。その時の僕は単純なもので、「もう少し続けてみようかな」という気になっていた。逆境をはね除ける、あんなドラマが見れたのだ。なら、もう少し続けたってバチは当たらないはずだ。
オンラインゲームは、対戦後は瞬時にパーティーが解散され、また新たな相手とマッチングするものだ。一瞬の出会いかと思われたAnnaだったが、それから偶然にもAnnaとは、何度も一緒のチームになった。おそらく、深夜の3時にログインする僕と、Annaのログイン時間が似ていたのだろうと思う。そして当たり前のように、1位をかっさらっていく。
僕はAnnaと出会うたびに嬉しくなり、毎回後ろを着いていった。言葉が交わされるわけでも、過度に干渉し合うわけでもない。血生臭い戦場の中、彼女と2人だけの空間が、そこにはあった。
垂れ流しにしていたWALKMANからは、フォールズの『スパニッシュ・サハラ』が流れていた。
I'm the fury in your head.
I'm the fury in your bed.
I'm the ghost in the back of your head.
(私はあなたの頭の中の激情)
(私はあなたのベッドの中の激情)
(私はあなたの心に潜むゴースト)
Cause I am……
(なぜなら私は……)
……戦いが終わると、チャットの音声が流れていた。普段は聞くこともないが、このときばかりは聞いてみようという気になった。もちろん会話は英語で、野太い声の男性がほとんどだ。断片的にしか聞き取れなかったが、どうも「Annaは凄い」という話をしているようだった。
「エクセレント!」、「Anna!」と叫ぶ仲間たち。だがその会話に、Annaは参加していなかった。僕としては「僕みたいに根暗なのかな」と思えて、逆に嬉しかったものだが。
しばらくすると、ザザザ……という何かが擦れる音が聞こえた。オンラインゲームではよくある現象だ。チャット音声用のマイクは感度が良く、些細な音でも拾ってしまう。本来ならば気にしない現象だが、先程までチャットをしていた男たちが、瞬時に黙った。何故か。雑音の主が、Annaだったからだ。
しばしの沈黙の後、男の一人が声をかけた。「Anna?」
何も聞こえない。雑音はさらに酷くなり、Annaが声を発しているのか否かも判別できない。
酒かドラッグでもやっているのか、男は言った。「I like you!」と。それを聞いて、黙っていた皆は吹き出した。そこからの空間は、「俺も好きだ!」、「最高だったぞ!」といった会話で埋め尽くされた。指笛を鳴らす人もいて、さながら真夜中の宴会のようだった。だが皆、楽しく騒ぐ中でも、Annaの出方を伺っていた。
すると、雑音が次第に弱まっていった。声が聞こえた。「a……a……」と。何か喋ろうとしているようだ。憧れたAnnaの声が、初めて聞ける。僕は耳を澄ませた。……待機時間は実際は5秒くらいだっただろうが、僕には永久の5秒にも思えた。
すると、明瞭な声で聞こえた。
「I'm a man.」
(私は男です)
僕はPlayStation4の電源を、そっと消した。
Cause I am……
(なぜなら私は……)
[引用・参考]
フォールズ/トータル・ライフ・フォーエヴァー(2010年5月7日発売)内
スパニッシュ・サハラ日本語訳