【元カノ、元カレみたいな言葉を考える】
麦チョコ
「お兄さん、もっとオシャレに気ぃ使った方がいいっすよ。彼女いないんすよね?」……。的確に神経を逆撫でするマスターの言葉にハイ、ハイと適当に相槌を打ちながら、40度のウイスキーをグイと飲み干した。
僕は、自分がわからない。失語症に苦しみ、自傷行為を繰り返していたかつての僕は、もういないはずだ。大学に入学し、慕ってくれる友人や後輩も出来た。全財産を握り締めて渡米し、異国の文化にも触れた。
だが、今尚、満たされていない。行き場を失ったどす黒い感情は、背中にピッタリくっついて離れない。
普段は普通に暮らしてはいるが、時たまこうして『それ』が、僕の肩をポンポンと叩くのだ。そして僕は、決まって酒に逃げる。
要は、満たされていないのだろう。僕自身が。今の生活に。
そして、同時に理解している。就職、裕福な暮らし、結婚……。一般的に言われるような『幸せ』を手にしたとしても、僕が満たされることは生涯ないのだということも。
ふとマスターを見る。「成る程、貴方は克服した側の人間なのですね」と思う。社会に出て分かったが、自分からガンガン絡む人、装飾品や服に多額の金をかける人、髪のセットをトイレでチェックする人、風俗に行く人……。端から見たらウェイ系に思われる彼らは総じてポジティブだ。そして、僕らの生まれついての友人である『どす黒い悪魔くん』を、殺した人だ。
もちろんこれは完全なる偏見だし、全員に当てはまるとは限らない。だが間違いなく、人生が成功に転ずる思考は存在する。僕はと言えば、それに憧れているだけの人間なのだ。そりゃあ人生がうまくいくはずもないってもんだ。
……どうやら飲み過ぎたようだ。
強い酒は体内に吸収されるまで30分程かかるらしい。死ぬ思いで帰宅した頃には、アルコールによる急激な酔いと疲れからか、気付けば眠りについていた。
朦朧とする意識の中で僕は思った。悪魔くんを倒すには、まだまだレベルが足りないようだと。