元々地理的にアクセスが悪い関係からか、アーティストのツアースケジュールから外されることが多かった島根県だが、コロナ禍から更にそれは顕著になった。故に求めるライブに行くには最低でも広島なり岡山なりへの遠征が必要になるのだけれど、そこに近県の緊急事態宣言やら感染者数の増加やらが加わりライブ遠征自体がかなり周囲からの風当たりが悪くなってしまった結果、今や島根県はこと『ロックバンド』のカテゴリーで考えると訪れるアーティストは非常に少なくなってしまった。故に、緑と湖に囲まれた土地に生きる隠れたライブキッズたちは今まで以上に切実に願うのだ。……欲を言えば、そう。鬱屈した心を爆音で吹き飛ばしてくれるような、泥臭いロックを鳴らす奴らが島根県に来てくれはしないか、と。
そんな淡い思いはこの日、最高の形となって結実した。セックスマシーン!!、ロマンス&バカンス、ガガガSP、Su凸ko D凹koiという4バンドが日本の西側へと進行する『LIVE TO WEST NEO SUMMER 2021』、その最終日に選ばれたのはよもやの島根県松江市、宍道湖が眼前に広がる市内屈指のライブハウス・松江AZTiC canovaだ。そして「東京から遠く離れた島根県をよくぞツアーファイナルに選んでくれた!」との感謝の気持ちを表すように、チケットは前売りの早い段階からソールドアウト(なお今回のツアーでは唯一の完売御礼)。本来約250人のキャパシティをコロナ対策で大きく削減させたスタンディング・計32席に、早くから一般発売を制したロックファンが爆音を浴びに訪れた。
開演は一般的なライブ開始時刻と比べて少し早めの17時で、今回のメンバーの中では島根県でのライブ自体が初のバンドが2組。更には島根県……というよりここ松江AZTiC canovaで最もライブを行っているのはセックスマシーン!!(以下セクマシ)であるためてっきり彼らがトリを飾るものと思っていたのだが、1番手でステージに現れたのはよもやのセクマシ。お馴染みのSEであるスターウォーズのメインテーマが鳴り響くと、メンバーが笑顔でステージへと姿を表す。もちろん森田剛史(Vo.Key)はバックプリントに『圧倒的な存在感!!』と記されたセクマシTシャツであり、ズボンは太ももから膝あたりまでバックリ裂けたダメージジーンズ。もう何度も見てきた光景ではあるが、やはり彼特有の戦闘服を視界に収めるとやはり「セクマシが帰ってきた!」と思ってしまうのは自分だけではなかったはず。
そして同じく、ライブ中における森田のカロリー過多な熱いMCもセクマシの醍醐味として位置している。まずはこの日がソールドアウトとなったことについて感謝の思いを絶叫しながら届けると、コロナ対策により発声や動きが制限された観客のボルテージを強制的に上げるように「手拍子は出来るだけ上で頼む!」「みんなその場で、狂ったように踊ってくれ!」と焚き付け焚き付け。無論まだ1アーティスト目のために会場は温まっておらず、本来ならば緩やかな拍手が送られる程度であろう。けれども森田による「分かった人拍手!」や「拍手の他にもこういったもの(物販で売られているタンバリン)があるといいぜ!」といった発言から周囲が応じれば、自ずと興奮も高まるというもの。確かに最初こそセクマシが1番手であることについて思いを巡らせる自分もいたのだけれど、確かにこうして見ると、一気に盛り上げるにはセクマシが適役であったようにも思う。
この日が日曜日であることも作用してか、オープナーとして投下されたのは“明日月曜”。その爆音に心の底から嬉しくなると共に《明日月曜だわ ここらで上げなきゃヤバい/このままじゃ今日だって ひとつも残らない》との歌詞からは、休日に行われることの多いライブという娯楽がすっかり消失した故に無為に過ごすことも多かった1年半の記憶と、月曜の労働に備える最高のストレス発散法としてライブがあったのだというかつての経験が再度フラッシュバックするようで、至極感動的に映る。
この日のセクマシのセットリストは、終盤で森田自身が「今日は知らない曲もたくさんやったと思うけど、それはあなたがCDとかサブスクとか、また新しく知ってくれればいいことだから。全然問題ない」と語っていたように“サルでもわかるラブソング”や“君を失ってWow”といったかねてよりのキラーチューンを外し、代わりにメッセージ性の強い楽曲群を後半に敷き詰める一風変わった代物となっていた。おそらくこの試みに関してはコール&レスポンスが出来ない状況下であることも関係していることだろうが、それ以上に彼らが最も伝えたいことが後半の楽曲群……具体的には“夜の向こうへ”、“夕暮れの歌”、“胡蝶の夢”には込められていたためであると推察する。
中でもラストナンバー“胡蝶の夢”には、まるでライブハウスの存在意義を問うようでもあり、つい胸が詰まる感覚に陥った。“胡蝶の夢”が収録されたアルバム『はじまっている。』は森田が7年付き合っていた彼女にフラれたことが契機となって制作に着手したとされていて、“胡蝶の夢”も同じく森田なりの離別の模様を描いていることは間違いない。ただ未曾有の混乱で過ごす今、長らく島根にライブをしに来てくれたセクマシが放つ《ひとときの短い夢だった とても気持ちのいい夢》にはライブハウスの興奮を、そして《寂しいけれどもまたどこか それまでお元気で》には言わば「また島根に帰ってくるぞ!」との思いであるようにも感じられ、総じて様々な解釈にも取れるメッセージが詰まっていたという点でとても素晴らしかった。ラスト、すっかり汗だくになった顔面でにかっと笑いながら「圧倒的な存在感!ウォー!つづく!」と叫んで終了したセクマシ。彼が最後に指差したその未来を知る日は、そう遠くない未来のはずだ。
続いては強いメッセージ性で感動を生み出したセクマシとは真逆に位置するハイカラ系ロックバンド・ロマンス&バカンスの登場だ。メンバー全員サングラス着用、ボーカルのチョメP(Vo)に至ってはアロハシャツと首飾りというまるでバカンス帰りのような風貌で視線を集めると、「さっきのセクマシのライブ観てたんだけど、感動してちょっとウルっときちゃった」と語るチョメP。しかしながら発言のオチとして決まってメンバー全員がシンクロする「アーイ?」や「オツカー!」のフレーズが挟まれた結果どこか溢れ出る陽キャっぽさが炸裂するMCで観客の表情緩和を担いつつ「宍道湖の前で、みんなでバーベキューしたいぜ!」とのチョメPの一言から“BBQでABC”を投下。
“BBQでABC”。そのタイトルだけを見ればBBQをテーマにしたアッパーソング……なのかと思いきや、その真相は「BBQ場で元カノとやっちゃった曲」(YouTube概要欄より)であり、歌詞には某国民的アーティストの楽曲を引用したものや、メンバー全員で踊るダンスも豊富というアゲアゲな展開。おそらくこの日彼らを初めて観た人が大半だったとは思うが、それでも1番のサビまで終わった時点で誰もがサビの合いの手と踊りを完璧に覚えてしまうそのキャッチーさは最大の武器であり、1曲目にして会場を掌握。
最初から最後まで圧倒的な印象を植え付けたロマバカ。そのハイライトは間違いなく“OH!NO!煩悩〜勉強中エロいことばっか浮かぶ〜”で、まずは『エロく聞こえる言葉(エロ聞こ)』としてチョメPが島根と鳥取を指す『山陰』をエロティックに発語すると、突如「次の楽曲では毎回各会場で照明さんにアタックしている」という旨のその後の展開を理解させる言葉が挟まれると、楽曲に雪崩れ込み。元々は楽曲中に観客と共に照明さんに愛の言葉を叫ぶそうだが、今回は発声制限のため行われず、その代わりとしてくるっと背後を向いた観客全員とロマバカメンバー全員で照明さんを凝視するという羞恥プレイが挟まれ、最後は照明さんと何故かPAさんも巻き込んで全身を使った『H』ポーズが決まる。
全国区のテレビで取り上げられ大反響となったロマバカ屈指の下ネタソング“おちんちんYEAH”の果て、最後に披露されたのは“ライフイズワンダフル”。この楽曲はライブハウスの素晴らしさをつまびらかにする内容で、実際この楽曲の演奏前にはこうした状況下でもライブハウスに集まってくれた観客にチョメPが感謝を表す一幕があったけれど、池袋Admの副店長としての顔も持つチョメPとしてはやはり、いろいろと思うところがあったのだろう。振り付けも主だったものはなくシンプルなロックンロールに徹しており、真剣に今一度ライブハウスへの思いをストレートに届け、アウトロでは爆音に包まれて感謝を叫びながら「また来るぜ!」と叫んだチョメP。僅か30分の持ち時間ではあったが、今回彼らのライブを観た観客はきっとハートを盗まれたことだろう。ということは再び彼らが島根に訪れてくれたとき、その果てにあるのは間違いなく、パンパンの会場で行われる汗にまみれた最高の夜だ……。
ロマバカのライブが終わるとしばしの転換時間に。ロマバカのセットがみるみるうちに片付けられ、次なるバンドの機材がセッティングされていく。残るバンドはガガガSPとSu凸ko D凹koiの2組であり、この時点でキャリア的な観点から見ても「次のライブはSu凸ko D凹koiで、トリが多分ガガガSPだろうなあ」と漠然と考えていたのだけれど、垂直に高立つマイクがステージの先頭に据えられた瞬間ハッとする。つまり次なるライブは来年結成25年目を迎えるガガガSPが先行。今回のトリは今回のバンドの中で最も若いSu凸ko D凹koiが担うことが確定した。
ガガガSPのライブでは、決まって冒頭にコザック前田(唄い手)が長尺のトークを展開する形で幕を開ける。片手を上げ、PAさんにSEを止めるよう促した前田がオフマイクで語ったのは、かつてのバンドを経て至った現在地だった。「今日宍道湖の前を歩いてたら、多分……今日僕らがライブすること知らへんかったんやろな。ファンらしい子らが僕ら見て『えっ!ガガガ!?』って。確かに神戸のゴキブリことガガガSP、25年もやってきたし、あのときと比べたら動員も減ってるし。ガガガまだ活動やってんのって思われとるかもわかりません。でも僕らは今こうしてライブハウスでライブやってるわけです(意訳)」
かくして先日発売されたばかりの新曲“ロックンロール”が、メンバー全員による《ドンチャンセイイェイ!》の絶叫から高らかに鳴らされた。アンプのボリュームを上げているためかサウンドの所々にノイズが走る轟音をバックに、前田はどん底の状態でも生きようともがく人々に宛てた鼓舞的な歌詞を届けていく。その魂の熱演は凄まじく、ピッチャーが振りかぶって投げるようなアクションの他、ステージの端から端まで移動し勢いあまって壁に激突する一幕も点在する全力のパフォーマンスで、聴くものの魂に訴えかける。
後のMCで前田は「ライブをやると“卒業”やらへんのか、“晩秋”やらへんのか、“線香花火”やらへんのかとかいろいろ言われますが、今日は今やりたい曲をやります」と語っていた。その言葉の体現するようにこの日のガガガSPは、今までライブであまり披露することのなかった“ホイホイ行進曲”や“夏の思ひ出”といった楽曲群に加え、この日初めて存在自体が明かされた完全新曲“これでいいのだ”など、セットリストを意図的に稀有なものにしていて、おそらくは長らくのライブアンセムの部分で言えば2曲目の“つなひき帝国”オンリーというある意味では大きく事前予想からは外れた形となった。
では「今回のライブが盛り上がりに欠けるものだったのか?」と問われれば決してそうではなく、どの楽曲もパンキッシュな勢いと、青春模様を前面に押し出した歌詞の数々で観客を魅了していたのが印象的。「こうして対バンで全国を回るのが久しぶりで、嬉しかったです。これからも、バンドマンを応援してください」と語った前田。ラストは2001年にリリースされたシングル“線香花火”のカップリングとして収録されていたミドルテンポな“東京”を力を込めて届け、次なる後輩へとバトンを繋いだ。ロックとは何か、ライブとは何か……。様々な思いが強く込められた、圧巻の30分間がそこにはあった。
さあ、全6公演に及ぶツアー『LIVE TO WEST NEO SUMMER 2021』も、遂に最終局面。最後のバンドは無骨なロックを掻き鳴らすガールズバンド・Su凸ko D凹koi(スットコドッコイ)である。着々とエフェクターや熊とおぼしきキーホルダーが揺れるどい(Vo.Ba)のマイクスタンドが設置される中、気になるのはステージ前方に視界を覆い隠すように張られたスクリーン。ちなみにこのスクリーン、てっきり「何かの映像を流すのか?」と思っていたがそういうことも一切なく、単に目隠しのような形で取り入れられていただけだったことが後に判明するのだけれど、こうした無骨さすらどこか彼女たちらしいと言うものだ。
どこかで聴いたことのある壮大な楽曲にSu凸ko D凹koiの説明が挟まれるSEに呼び込まれ、スクリーンが上がってメンバーが登場。彼女たちの手にはそれぞれ1メートルほど真横に伸びた紙が握られていて、そこには墨汁で殴り書いたような『LIVE TO WEST 2021』関連の言葉が。そしてそれらは観客に見えるようにドラムセットの前に立て掛けられるも、1曲目“セックスレスピストルズ”の爆音を全員がジャーンと鳴らした直後にその紙がパタッと倒れるがお構い無し。
黒のフライングVを弾き倒しながらキュートな歌声を響かせるどい、エフェクターを介した爆音を真顔でぶつけるなお(Gt.Cho)、笑顔を振り撒きながら重いドラムでサウンドを下支えするおうむ(Dr.Cho)……。他にも1曲の間で幾度も挟まれるコーラスも相まって、Su凸ko D凹koiの織り成す楽曲は構成としては至ってシンプルなパンクロックだ。彼女たち自身も今回のライブで同じく某スリーピースのガールズバンドと比較しつつSu凸ko D凹koiの魅力を言い表していたけれど、実際この日本編で披露された楽曲は順にセックス、好きな相手の彼女、童貞、不細工、バイトの退職と大半のガールズバンドが題材にすることを意図的に避けているような事象に敢えて踏み込み、まるで「私はこう思う。……どうかな?」ではなく「私はこう思うんだけど違うのかよ!」と詰問するが如き熱量でひたすら突き進んでいた。言葉は悪いが、おそらくガールズバンドが鳴らすパンクロックが大衆に受けるかどうかと問われれば、答えはおそらくNOだろう。けれど少なくともこのライブハウスに集まった全ての観客はそうした無骨なパンクロックが大好物の人間ばかりで、もっと言えば取り繕って良いように見せようとする音楽より、よほどSu凸ko D凹koiが鳴らす等身大の音楽の方が心震わされるものがあるとも思うのだ。
その「正しいのは私たちだ!」との精神性は中盤で観客全員を座らせて行われた童貞川柳にも、おうむが突然孫悟空の喋り方を真似した「オッス!オラ、ブスウ!」から始まった“ブス”にも確かに表れていて、やはり約1年半の自粛期間が開けた久方ぶりのライブハウスで、彼女たちのある種力任せなパンクを聴くことが出来たのは大いなる収穫。「やっぱりバンドはこうじゃなきゃ!」と心から思った次第だ。
本編最後に披露されたのはキラーチューン“店長、私バイト辞めます。”。なおによるどしゃめしゃなギターサウンドが鳴り響く中、バイト先への不平不満をぶちまけるどいと、そのバックで明るく接客業的なフレーズをコーラスとして放つおうむの対照的な姿が会場の熱をどんどん高めていき、後半部では更に1段階音厚が上昇。ラストスパートを全力で駆け抜ける圧倒的な速度感を携えながら、捨て台詞としておうむが「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」と絶叫する形で本編は幕を閉じた。
彼女たちが去った後ほどなくして行われたのは当然、アンコールを求める拍手。少しして再びステージへと戻ったメンバーたちは一様に楽しげで、お立ち台に立って体を反らせて感謝を伝えたり、紙パックの乳酸菌飲料で水分補給をしたりと各々リラックスムードだ。そしてどいが自身の生まれ故郷について思いを馳せた後、披露されたアンコール楽曲は“ゆうと”。おそらく『ゆうと』とはその内容を見るに、どいがかつて交際していた男性の名前であろうと推察するが、交際当時の境遇とすっかり変わってしまった町並みを振り返りつつ、どいは「私のことは笑い飛ばしても良いから、今の彼女とずっと幸せに」という意味合いで締め括られる悲しきその歌詞を全力の歌唱でもって歌い上げ、最後はどいの手から滑り落ちたマイクが地面にぶつかる音を最後に“ゆうと”を終えると、各々の楽器を定位置まで戻した後、メンバー全員が全速力で物販コーナーへ走る最高の幕切れでもってこの日のライブは全て終了したのだった。
客電が点くと、集まった観客たちが一方向へと移動する。防音の重い扉を明け、通りを抜け。最後にドリンクを交換してライブハウスの外に出ると、眼前の宍道湖から吹く暖かさを伴った風が顔をぶん殴った。直後、あまりに幸福な軽い耳鳴りに気付いて、ふと笑顔になる。……そういえばライブハウスには耳鳴りが付き物だったことすら、すっかり忘れかけていた。
冒頭に記した通り、この町にロックバンドがほとんど訪れなくなってから1年半もの年月が経過した。ツアーが行われたとしても大半のバンドは都市部を回るのみで、地方が選ばれることは稀。そして今すぐにライブに行きたい気持ちにも駆られる中、遠征は今のご時世でとても難しい。正直な気持ちを綴ってしまえば、ロックバンドのライブをこの町で観ることに関して、心のどこかではどこか諦めていたところもある。
そんな折に行われた今回のライブ。それは一言で言い表すならば徹頭徹尾『ロック』と称して然るべしな正にライブキッズが待ち望んでいた最高の空間で、誇張でも何でもなく、今日のようなライブがまた見られるのならこれからも生きていく理由になるとさえ思うほど、運命的な代物だった。記念すべきツアーファイナルに選んでもらえたからには彼ら自身にも、何か島根を好きになってもらえるような思い出が訪れてくれていれば嬉しいし、この難しい時期に遠路はるばる島根に足を運んでくれた4バンドには感謝しかない。……ロックは続く。人生も続く。そしてライブハウスもきっと同じように、これからも続いていくのだ。
※この記事は2021年7月30日に音楽文に掲載されたものです。