キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】魂の歌うたい、宮本浩次 〜『宮本浩次縦横無尽』@東京ガーデンシアター ライブレポート〜

『宮本浩次縦横無尽』……。濃密なライブ体験が終わった後、ふと今回の公演のタイトルを思い出しながら「言い得て妙だな」と感慨に浸った。単独ライブとしては約2年ぶり、東京ガーデンシアターにて行われた宮本浩次の記念すべきワンマンショー。それは『宮本浩次』という人間の圧倒的な存在感を見せ付けた極上の音楽空間だった。


定刻になり会場が暗転すると、ステージ前方に薄く張られた紗幕に宇宙とおぼしき映像が流れ始め、宮本が街中を闊歩するワンシーンと共に今までに公開されたMVがそれらの楽曲のリリース日を記しつつ、備忘録のように移り変わっていく。そして映像が途切れた瞬間を見計らうかのように、気付けば紗幕の背後でうっすらと動く複数の人影が。この時点では照明はかなり暗くメンバーの表情は一切視認出来なかったが、ただそんなミステリアスな中で絶大な印象を放っていたのは“夜明けのうた”のMVを彷彿とさせる、温かな光を放つカンテラを持った人物。無論この人物こそ宮本浩次その人であり、次第に脳内で点と点が線になった観客は突発的な拍手で歓迎する。


やがて拍手が鳴り止み誰もが固唾を飲んで見守る暗がりで、宮本が《夢見る人 わたしはそう dreamer》と歌い始める。そう。1曲目にドロップされたのは“夜明けのうた”だ。ゆるやかな助走から終盤へ向けて突き進むこの楽曲を、宮本は右手でマイクを持ち、左手の親指と人差し指を除いた3本の指でカンテラの持ち手を支えつつ、時に身ぶり手振りを繰り出しながらステージ上で渾身の歌声を届けていく。コロナ禍以後、思えば日比谷野外大音楽堂でのエレファントカシマシとしてのステージや宮本のフェス出演などライブ活動は行われてはきたものの、日々深刻さを増す状況を鑑みて参加を泣く泣く断念した、という経験をしたファンは少なくなかったはずで、それらのファンは必然、長らく宮本の活動を音楽番組やメディア等で応援することしか出来なかった。そんな集まった観客に向けて届けられた《会いに行こう わたしの好きな人に》とのフレーズには、思わず胸が熱くなる。


極め付きは一際熱量を増すラスサビで、《ああ 町よ 夜明けがくる場所よ》との宮本の歌唱と同時に紗幕が下部から徐々に引き上げられると、遂にその全貌が明らかとなった。夜明けの映像がステージ後方のVJに映し出されつつ、バックバンドには事前にアナウンスされていた小林武史(Key)、名越由貴夫(Gt)、キタダ マキ(Ba)、玉田豊夢(Dr)ら宮本が信頼するプロミュージシャンが顔を揃え、その中心で歌う今まで薄ぼんやりとしか見えていなかったこの日の主人公たる宮本はどこか自信たっぷりのようにも、久方ぶりの単独ライブを噛み締めているようにも見えた。ラストのアウトロ部分で手を振りながら「エブリバディ!」と叫んだ宮本。同じように手を振って答える観客。……この瞬間紛れもなく、ライブの成功は確約された。


この日のライブはエレファントカシマシの単独ライブでもほぼ例外なく行われる通り、第1部と第2部に分けた構成で進行。取り分け第1部に関してはソロデビューアルバム『宮本、独歩。』と女性アーティストのカバーアルバムにして宮本にとって初のオリコン1位獲得作となった『ROMANCE』の楽曲から多く披露され、ソロになったことでより広がりを増した音楽性と変わらない求心力を存分に体現した代物となった。注目はカバーアルバム『ROMANCE』の楽曲群で、『宮本浩次名義のライブ=ROMANCEの楽曲もやる(だろう)』との認識さえあれど、やはりカバー曲が単独ライブにどのように組み込まれるのか予測不能な感覚はあったが、結論から書くと第1部で演奏された全16曲のうち『ROMANCE』からは6曲が披露された。中でも彼の音楽に対する真摯な姿勢を表していた真髄的シーンのひとつが、よもやの2曲目という超序盤の出順で投下された“異邦人”だろう。

ライブにおける宮本は曲ごとに一見何をしでかすか分からないゾクゾクする雰囲気を纏いながらも、しっかりと地に足着いたパフォーマンスを行うことは広く知られている。実際今回のライブでもソロ曲では正に『縦横無尽』かつ本能的にステージ上を動き回りつつも、ひとつひとつの歌詞を丁寧に歌い上げる場面が多かった印象を受けたけれども、『ROMANCE』収録曲の歌い方にはそこにアーティストへの最大限のリスペクトが加わっていたように感じた。鼓膜を盛大に震わせる宮本の咆哮から幕を開けた“異邦人”はそんな『冷静』と『爆発』という宮本の二面性を上手くハイブリッドしたステージングに終始していて、宮本は《子供たちが空に向い 両手をひろげ》では弧を描くように両手を広げ《祈りの声 ひずめの音》では祈るように、他にも“ちょっとふり向いて”みたり、ステージセットに“身体を預け”てみたりとまるで楽曲と一体化したような歌唱で魅せ、ラストは倒れこみそうになりながら幾度も絶唱。未だライブは2曲目だが、宮本は早くもフルスロットル。全身全霊で素晴らしき言霊を届けていく。


その後も勢いそのままに、ラップをベースに宮本の新境地を開拓した“解き放て、我らが新時代”、道路をモチーフにしたVJでもって我が道を行く信念を体現した“going my way”、ベストマッチな小林によるキーボードの演奏と宮本の歌で会場の空気を完全掌握した“きみに会いたい -Dance with you-”を続けざまにプレイ。おそらく今までの環境ならば「ミヤジー!」を筆頭とした喜びの声が会場の至るところで発せられること間違いなしの最高の瞬間が何度も訪れているはずだが、観客は発声制限のため声が出せない。そんな中宮本は発声の代替として強く拍手を鳴らす観客を見渡しながら「みんなの気迫が届いてますよエブリバディ!」とご満悦で、その言葉を聴いて更に勢いを増す拍手の音……。あまりにも最高の環境だ。


“きみに会いたい -Dance with you-”の演奏を終えしばらくすると「みんなにもとっておきの良い曲たくさん用意してきましたんで、最後までリラックスして心熱く燃え上がって、楽しんでくれエブリバディ!」と叫んんだ宮本。この日のために用意された『ROMANCE』のCDジャケットを模したテーブルセットに触れると、改めて今回のバンドメンバー4人をひとりひとり紹介していく。宮本いわく『ROMANCE』のレコーディングで大半を共に制作したのが宮本を含めたこの5人であったと振り返り、ここからは『ROMANCE』の楽曲を連続で届ける通称『ROMANCEコーナー』に雪崩れ込みだ。ここで披露されたのは“二人でお酒を”、“化粧”、“ジョニィへの伝言”、“あなた”という往年の名曲たちで、ここまでのアッパーな楽曲群とは対極を行くしっとりとしたナンバーで魅了。魂で歌うシンガー・宮本浩次のポテンシャルの高さを遺憾なく発揮する感動的な歌唱に観客は皆一様に手拍子をするでもなく、静かに聴き入っている。それは音楽に『耳を凝らす』というより言うなれば『耳を奪われる』類いの感覚に近く、極上の音楽体験ここにあり!な凄まじい一体感があった。


ドラマ主題歌。アダルティなミドルチューン。『ROMANCE』楽曲。パンクソング。コラボ曲……。奇しくも第1部における後半は、現時点での宮本のソロ活動を網羅するような幅広い楽曲が展開された。曲調も内容も全く異なる楽曲群を聴いて改めて思ったのは、宮本の紡ぎ出す言葉はいつも根底に『肯定』があるということだ。それは何も宮本が度を越してポジティブな人間であるとか、考え無しのイエスマンであるとか、そうした意味ではない。例えばの話だが、今しがた自販機で購入したお茶をスーツ姿の男性が一口飲み、去っていく。このシーンひとつ取っても自然と「頑張ってるなあ」あるいは「ファイトだぜ」と思うことの出来る、そんな人間性を指した肯定だ。“冬の花”で描かれる悲しみを背負った主人公も、“Do you remember?”でガードレールに踞る男も……。決して「前向きに生きようぜ!」ではなく、言わば当人の話を全て受け止めた後に肩を叩いて「何かあれば力になるよ」と言い残して去っていくような優しさがある。それは無論宮本が今までに様々な経験をしてきたからで、同時に様々な経験を積んだ宮本が発する言葉だからこそ我々は彼の言葉にいたく感動し、力をもらい、明日への活力とすることが出来るのだ。

そんな宮本の優しき精神性がこの日いち爆発したのが、第1部の最後に披露された“P.S. I love you”であったように思う。“P.S. I love you”はタイトルのみを見ればストレートなラブソング。ただその実、この楽曲で歌われるのは悩みながらも日々を生き抜いている『あなた』に送る人間讃歌である。宮本は「俺がついてる」と言わんばかりの頼もしさを携えて観客を包み込むように頻りに腕を広げ、時には脱ぎ捨てた白シャツをおもむろに肩に乗せたり、2曲前に披露された“冬の花”の演出として舞い散った赤い花びらを拾って撒いたりと無邪気な一面も。なおそうした中にも圧倒的な歌の力は確かに宿っていて、サビ部分では《立ち上がれ がんばろぜ バカらしくも愛しき ああこの世界》と聴く者を強く鼓舞していく。……これまで幾度も友人や家族から聞かされてきた「生きていれば良いことがある」などという軽々しい言葉とは違い、そんなリアルを全て見据えて「悲しいことは起こるよ。辛いよなあ。でももうちょっと歩いてみようぜ」と日々を間接的に肯定し生の価値をつまびらかにする宮本の言葉は、何よりも強く心の奥底に刺さる。


「ありがとうエブリバディ!1部終了です。遠くない時間にまた会おう!」と宮本が語り、これにて第1部は幕引き。しかしながら興奮冷めやらずといった具合の会場全体が一丸となった拍手が直ぐ様巻き起こり、本当に『遠くない時間』に再びメンバーが呼び込まれての第2部は『NHK みんなのうた』に書き下ろした新曲“passion”からスタート。第1部が『ROMANCE』とソロ曲を軸としていたのに対して、第2部はソロ曲にエレファントカシマシの楽曲を上手く織り混ぜたライブ後半に相応しいアッパーなライブアンセムを連続投下し、全曲がハイライトと言っても差し支えない盛り上がりを記録。


その中でも多くの驚きと共に迎え入れられたのは、エレファントカシマシのナンバー“あなたのやさしさをオレは何に例えよう”だったのではなかろうか。楽曲制作に常に全力で向き合う宮本。故に「彼の楽曲に捨て曲無し」とはファン誰しもが感じてはいながらも、(これは仕方ないことではあるが)活動歴が長くなればなるほど過去に演奏されてきた楽曲がセットリストから外されることもその多くが経験してきたはず。実際この日披露されたエレカシ曲もこれまで“悲しみの果て”や“ガストロンジャー”、“今宵の月のように”といったバンドの名を広く知らしめた楽曲が多かったけれど、ここにきてよもやよもやの“あなたのやさしさ~”である。レア曲を多数披露することでも知られる毎年恒例の日比谷野外大音楽堂公演の際もこれまで演奏されることはなかったこの楽曲のイントロが鳴らされると、フロアは歓喜に沸いた。


宮本はスポットライトに照らされながら、ステージを右へ左へと忙しなく動きながらも安定した歌唱で魅せ、果てはドラムセットの更に背後まで回り込んで高らかに歌声を響かせる。楽曲後半にはこの日のバンドメンバーが各自ソロを繰り出す一幕もあったが、宮本はその都度「ミュージシャンって格好良いー!」「(ドラムを指して)俺も子供の頃なりたかった!でもこんな凄いヤツがいた!」など思わず聞いているこちらの耳が赤くなってしまうほどの熱量で大絶賛。最後は宮本による「エブリバディ!レッツゴー!」の叫びと共に、信頼の証とも言える熱い紹介により結果的に原曲と比べてもかなりの長尺となった“あなたのやさしさ~”のラスサビをステージ上の全員が『五位一体』に奏でる圧巻の展開にビリビリ震えた。


宮本が裏声を多用して限界突破の歌唱となった“昇る太陽”を経て、ライブはいよいよクライマックスへ。「届いたと思う。俺たちの思い!そしてみんな、素敵な日がやってきますように!エブリバディ!」と叫んで雪崩れ込んだのはソロ・宮本随一のキラーチューンたる“ハレルヤ”。背後にはMVでも幾度となく出現した宮本直筆の歌詞の数々が観客の心の熱唱を誘うように踊り、ぐんぐんと熱を帯びていくサウンドをバックに宮本は、その暑さからかシャツを第4ボタン付近まで開けたある種妖艶なスタイルで熱唱に次ぐ熱唱。前屈みになるあまりつんのめりかけたり、その思いを観客に届けんとぐんと背伸びをしながら歌う彼の姿は泥臭く、そして何よりも格好良かった。

完全燃焼に近いステージングを経てこれで終わりかと思いきや、まだライブは終わらない。「大好きだぜー!エブリバディ!」と宮本が観客に感謝の思いを叫んでの正真正銘最後の楽曲はもうひとつの新曲“sha・la・la・la”。おそらく先日行われた春フェス『JAPAN JAM 2021』に参加していた観客以外はライブで初見の楽曲だったはずだが、サビ部分では観客の何人かが本能的に行った弧を描いて腕を振るアクションが次々に波及。バックには満点の星空の映像が流れ、あまりにも幻想的な空間に目を奪われる。意図してのことなのかは不明だが《大人になった俺たちゃあ夢なんて口にするも照れるけど/今だからこそめざすべき 明日があるんだぜ》と夢について綴られる“ハレルヤ”と対になるように、夢を追い続ける人間の美しさをより直接的に描いた“sha・la・la・la”が続けざまに鳴らされたのもまた素晴らしく、未来を見据えて奮闘する人間へのポジティブなメッセージとして、力強く響き渡っていた。演奏終了後、メンバー全員が横並びになって感謝を表した宮本バンド。ステージから完全に見えなくなるその時まで、宮本が最後まで掌をメンバーに向け、強い信頼を寄せていた光景はおそらく一生忘れないだろう。


……宮本について語るとき、開口一番に彼の音楽的一面を押し出す人はとても多い。SNSが発達し、アーティストの楽曲以外の側面がフィーチャーされることがほぼ当たり前となった今の時代でも、だ。その理由は明白で、彼の音楽に対する思いを我々は楽曲を、ライブを、インタビューを通してしみじみと理解していて、何より楽曲の持つ説得力に都度感服してしまうためであろう。昨年は自身の作業場でのオンライン配信であったが、今年はそのリベンジとばかりに見事有観客で行われたバースデーライブ。ひとりの人間として円熟味を増し、ソロとしても確かなキャリアを積んだ今年はカバー曲、コラボ曲など様々な角度から楽曲を放ちつつも、そのどれもが不思議と宮本色に染まるという、宮本浩次を宮本浩次たらしめる魅力をまざまざと見せ付けた一夜であった。


人生は楽しいこともあれば悲しいことも当然起こる。けれども宮本の音楽が側にさえあれば、おそらくこれからも大丈夫だ。……アンコールのラスト、ライブでお馴染みの「お尻出してプッ」のアクションを完全に忘れて満面の笑顔で去っていく宮本の姿を思い出しながら、僕はそう強く思ったのだった。


※この記事は2021年6月18日に音楽文に掲載されたものです。