キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】異常空間Z from 冷凍都市 〜NUMBER GIRL『THE MATSURI SESSION』@日比谷野外大音楽堂 ライブレポート〜

互いのバンドのファンにとって、若しくは両バンドのファンにとって無関係ではいられない向井秀徳(Vo.Gt)率いるNUMBER GIRLとZAZEN BOYSの奇跡のツーマンが、去る4月某日に行われた。新型コロナウイルスの感染急拡大により残念ながら無観客とはなってしまったが、誰もが一度は夢物語として想像しながらも、決して実現には至らないと思考を奥底に眠らせたであろうツーマン。必然多くのファンがアクセスし、同時刻には双方のバンド名がツイッターのトレンドに挙げられる事態にも発展。場所は遮蔽物のほぼない日比谷野外大音楽堂で、爆音が鳴り響くこの日のライブの象徴としてはこれ以上ない環境だ。


開演時間の少し前にライブホームにアクセスすると、そこにはサウンドチェックの一部始終が、客席後方に設置された定点カメラに実に30分以上に渡って映し出されていた。一般発売日に僅か数分でソールドアウトとなった今回のライブチケット。必然本来ならばソーシャルディスタンスを保ちつつも大入りとなっていた筈だが、冒頭に記した通り急遽の無観客配信となった関係上見渡す限りオレンジ色の長椅子オンリー……。すなわち誰ひとりとして着席していない閑散とした日比谷である。


かなりの時間が経過すると、その伝説的一夜をレンズに収めんと次第にカメラクルーが集まり始める。「まもなくライブが始まる」という高揚感が心を支配する最中、暫くしてSEなしで向井、田渕ひさ子(Gt)、中尾憲太郎 46才(Ba)、アヒト・イナザワ(Dr)らメンバーが袖から現れ、各自チューニングを行い地ならし。唐突に向井が「異常空間、Z!」と宣言してギターを助走的に爪弾けば、「ワン・ツー・スリー・フォー!」との掛け声を契機に楽器隊が渾然一体となった爆音を掻き鳴らす。そこからはもはや疾風怒濤と称して然るべしな狂演で“日常に生きる少女”を展開。


興奮の中、おそらく大多数の視聴者の視線はまず自然に画面に映るメンバーへと向けられたことだろう。中尾は頻りに左足でリズムを取り、音に身を任せて荒々しい低音を鳴らす。その姿はもはや楽曲全体のリズムキーパーと言うよりはソロベーシストのスタンドアローンな熱演と言ったところで、背後で音の爆弾を打ち鳴らすイナザワも表情こそ涼しげだが、その両腕は忙しなく多動を続けている。田渕は取り分けギターの3弦~1弦をボディに近いフレットで弾き、金属的な高音をこれでもかと響かせる。少し見ないうちに髪に白色が混じった向井もまだ序盤ながら、ドラム台に立ってポーズを取りながら弾くなど絶好調。


前述の通り再結成後のライブは全て即日ソールドアウトの連続で、故に今なおナンバーガールのライブの現在地を目撃していない人は多いものと推察するが、この日のライブはそうしたファンをまとめて大満足の域に誘うベスト的なセットリストで、後半部でよもやの一幕(詳しくは後述)が訪れたことも含めて忘れられないライブとなり、更には「ツモ!1万6000!8000!」「あんたは自分の力ではエサも取れん、家畜だ!」など荒唐無稽な向井節も大量に炸裂し、数年前と良い意味で何も変わっていないような、はたまた何かが変わっているような浮遊感を抱かせるライブでもあった。当時高校生であったり、サラリーマンであったりとナンバーガールに出会った背景はリスナーそれぞれ異なるに違いないが、その時にはもう既にナンバーガールは解散していて音源しか聴いたことがなかった、という人も多いはず。あれから幾数年、結論として今回のライブはかつて我々が心酔したナンバーガールをほぼ熱量そのまま日比谷に降臨させたと断言して良い程の代物。満足度の高いライブを観終わると人はその詳細を上手く語れないものだけれど、総じてこの日のライブはまさに一瞬で過ぎ去るある種の夢物語のようだった。

中尾によるベースリフが轟いた“鉄風 鋭くなって“、向井の絶唱が鼓膜を揺らした”タッチ”、“ZEGEN VS UNDERCOVER”と、猛然とした勢いでライブは続く。まるで侍の斬り合いのような刹那さもありつつ、曖昧模糊な向井の一言との対比で緩急を付けながらの進行だ。途中でスタッフにビールを要求する一幕も彼らしく、その自由奔放な向井のスタイルとは対照的に、口を真一文字に結んで演奏のみを繰り広げるメンバーの関係性も面白い。


キラーチューン“透明少女”は、紛れもなく今回のライブにおけるひとつのハイライト。毎度異なる展開の果てに「例えばあの娘は透明少女」と語られることがほとんどの前口上だが、今回は「もし透明少女に会ったら伝えてくれ。必ず迎えに行くって」に切り替わり、向井が言葉を述べ終わった後に田渕がギターを跳び跳ねながら弾き倒し、タイミングを合わせて向井も参加。そこにイナザワがこれまたお馴染みのカウントを繰り出せば、以降は手のつけられない暴れ馬状態に。表情を歪めながらの向井の絶唱、CD音源と同様に不明瞭に聞こえてしまう歌詞、野外に響き渡る爆音……。今まで披露された楽曲はもちろんのこと、“透明少女”は特に披露されれば前口上の時点で絶叫と歓声が辺りを支配すること間違いなしなのだが、そうした事実を知っている身としてはやはり、歓声も拍手も送られない環境はあまりに異様ではある。しかしながらそうした冷たい『冷凍都市』で聴く“透明少女”は何故か今までで最もクリアな形にも聴こえ、楽曲そのものの魅力を明白に映し出していた。


ここからライブは折り返し地点に突入し、“YOUNG GIRL SEVENTEEN SEXUALLY KNOWING“や”水色革命”といった比較的レアな楽曲を織り混ぜながらクライマックスへの道程を突き進んでいく。その中でもファン誰しもが驚きで目をしばたかせたであろう一幕は、初披露の新曲としてドロップされた“排水管”であろう。ナンバーガールは2002年の解散からおよそ17年の時を経て再結成。故にこの間に音楽に触れた若きナンバガフォロワーと長年のファンの声に答えるべく再結成後のライブスタンスとしては一貫して「ファンが聴きたい楽曲を中心に鳴らす」というもので、今回のセットリストも同様にベストアルバム『OMOIDE IN MY HEAD』収録曲を軸としていて、また再結成後幾度となく音楽誌等で行われてきた向井の単独インタビューでも「新曲は作る気はない」という意味合いの発言も繰り返されてきた。そんな中で投下されたのが今回の新曲“排水管”。加えて特段「新曲をやります」といった宣言もなかったことから、コメント欄には「こんな曲あったっけ?……もしかしてこれは新曲か!?」との時間をかけて点と点が線になる様子が驚きと共に記されていたのが印象的。“排水管”は緩やかな助走から徐々に轟音で展開される、ZAZEN BOYSのそれとも大きく異なるドープなロックチューン。おそらくこの日演奏されたどのナンバーガールの楽曲よりBPMこそ遅いまでも、繰り返し何度も聴きたくなってしまう魅力に溢れた、言わば令和版の新たなナンバーガールたる代物。未だリリースされること自体が不明ではあるけれど、いずれ来たるその時を座して待ちたいところだ。


そして“TATTOOあり”が演奏された後、遂にその時は訪れた。「福岡市、博多区からやって参りましたナンバーガールです。ドラムス、アヒト・イナザワ」……。向井がそう呟いた瞬間、全身の血が騒ぐのが分かった。そう。ナンバーガール史上最大のライブアンセムたる“OMOIDE IN MY HEAD”である。イナザワが全体重を乗せてスティックを叩き下ろした瞬間、無意識的にスマートフォンのボリュームを上げている自分に気付く。田渕ひさ子が金属的なギターで空間を切り裂けば、メンバーが渾然一体と楽器を掻き鳴らしたその直後、僕は画面越しにライブを見詰めながら思わず「オイ!!」と叫んでいた……。ナンバーガールの中でも極めてハイカロリーな“OMOIDE IN MY HEAD”。もちろんこの熱量こそかつてと同様……ではあるものの、力一杯弦を弾く奏法も向井の絶唱も、過去我々が幾度となく見続けてきたライブ映像と比較すると僅かながら年月を経過を感じてしまうことはやはり否めない。けれども今回のライブは言わばナンバーガールのそうしたリアルをこの17年間にも及ぶ長い年月、CD音源ないしはライブ映像で興奮を溜め込んできた我々の思い出がサポートしつつ響き渡るような、感動的なものだった。タイトルに偽りなし。正に“OMOIDE IN MY HEAD”である。

ラストナンバーは“I don't know”。メロは緩やか、対照的にサビ部分では全ての力を出し尽くさんと激烈な演奏を繰り広げるメンバーたちを先導するように、向井は仁王立ちのような格好で、空虚な客席に向かって声を渇らさんばかりの勢いで何度も絶唱。ナンバーガールはこの日先行の手順であったため、このすぐ後にはZAZEN BOYSの向井秀徳としてステージングをこなさねばならないけれど、そうしたことは意識の埒外にあるようだ。ラスサビでは顔を歪めながら《I don't know》のフレーズを畳み掛けるように放ち、全員が残響を切り裂くように楽器を振り抜いて終了。「ベース中尾憲太郎。ギター田渕ひさ子。ドラムス、アピート・イナザワンテ(アヒト・イナザワのことです)。私This is 向井秀徳。福岡市、博多区からやって参りましたナンバーガール」と語り、深々とお辞儀。これにてあまりに疾走感に溢れたライブは、大団円で幕を閉じたのだった。


もはや言うまでもないが、ナンバーガールが遺した数枚のアルバムは日本ロックシーンにおいてのひとつの伝説として語り継がれている。現在では考えられないほどひび割れた、悪い言い方をするならば音質の良くない楽曲群、ボリュームをいくら上げても聞き取れない歌詞……。そうした異様性の中に潜む絶対的なロックがナンバーガールの強い特長として確立し、今や全国的に知られる存在となった。今回のライブは確かにオンラインではあったが、彼らの音楽に心酔する誰しもを置き去りにせずに満足させ、またここ十数年にも及ぶナンバーガールの記憶をも回顧させた。そして“透明少女”も“鉄風 鋭くなって”も、“OMOIDE IN MY HEAD”も。これらの楽曲を初めて再結成後『ライブ』の形で聴いた人間は少なくないだろうし、新曲も披露した。値段、濃密さなど様々な意味で考えても、あまりに大盤振る舞いのライブであったとも言わざるを得ない。


今回のライブで思うところがあったとすれば、それは「もしも有観客ライブだったらどうなっていたのだろう」ということのみである。しかしながらそんなことは考えること自体野暮。何故なら彼らはいつか必ず、生身の爆音を届けてくれるはずだから。「福岡市、博多区からやって参りましたナンバーガールです」……。その言葉をライブで聞くことができるその日を願いつつ、それまではこのコロナ禍に取り残された『異常空間Z』たる冷凍都市にて、ナンバーガールを日々聴きながら粛々と生活を送っていきたい。

 

※この記事は2021年5月28日に音楽文に掲載されたものです。