キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】『これまで』と『これから』 〜amazarashi10周年記念オンラインライブ『APOLOGIES 雨天決行』を観て〜

「幾つもの長い夜を越えて流れ着いた今日は、十年前思い描いたものとは程遠いですが、仲間たちと悩んで選択して辿り着いたこのamazarashiは僕の宝物です」……。終演後、雨の降り頻る映像にコラージュのように映し出されたamazarashiのフロントマン・秋田ひろむ(Vo.G)の言葉を見詰めながら、感慨に耽る。去る4月7日に行われたファンクラブ限定オンラインライブ『amazarashi 10th anniversary live「APOLOGIES 雨天決行」』。新型コロナウイルスの影響で開催形式こそ異なってしまったが、秋田自身が文字通り身を削り、多くの弱者に寄り添い続けた彼らの10年間にも及ぶ軌跡はこの日、紛れもなく結実したのだ。


定刻になると画面が徐々に移り変わり、突如不穏な音像が鼓膜を揺さぶった。そう。1曲目に披露されたのは昨年リリースのフルアルバム『ボイコット』のオープナーに冠されていた“拒否オロジー”である。淡々と紡がれる秋田のポエトリーを聴きながら、自然と視線は今までのamazarashiのライブとはある意味では大きく異なる、そのステージに注がれる。まずamazarashiのライブでもはやお馴染みとなった紗幕は前面のみならず四方を囲む形で配置されていて、同様に本来であれば紗幕映像をより印象深く魅せるため横並びに展開する楽器隊はこの日、フロントマンたる秋田を中心としてその周囲をサポートメンバーとして井手上誠(Gt)、中村武文(B)、橋谷田真(Dr)、当日は残念ながら不参加となってしまった豊川真奈美(Key)の代打として鮎京春輝(Key)が円状に囲む形に変化。そうした新鮮な光景に目を光らせるうち楽曲は次第に熱を帯びていき、秋田が曇天の目下聳え立つビル群を映し出す新規映像をバックに高らかな歌声を響かせると「APOLOGIES、雨天決行!東京ガーデンシアター!青森から来ました、amazarashiです!」と宣言。運命的一夜の幕が切って落とされた。


今回のライブはファンクラブ限定の代物であることから、開始前は漠然と「10年間にリリースされた楽曲から満遍なくプレイされるのでは?」と予想していたのだが、実際は当日披露された全13曲のうち約半分以上に及ぶ7曲を最新EP『令和二年、雨天決行』と昨年リリースされたフルアルバム『ボイコット』に収録された楽曲が占めており、新型コロナウイルスの影響によって延期となった来たるライブツアー『amazarashi Live Tour 2020 「ボイコット」』におけるセットリストを強く意識させる作りに。ただ過去曲のVJは基本的に過去にライブで用いられた映像をそのまま投影していたり、事前にファンクラブ『APOLOGIES』の会員限定でリクエストを募り、結果上位3曲に選ばれた“雨男”、“爆弾の作り方”、“ポルノ映画の看板の下で”という昨今のライブでは披露されることの極めて少ない3曲が当日のセットリストに組み込まれるなど10周年を記念するライブならではの試みも多々存在し、総じてamazarashiが長い年月を経てこの場に立っているという事実を感じさせるものでもあった。


“雨男”、“爆弾の作り方”、“ポルノ映画の看板の下で”の3曲が今回のライブのキーポイントとして位置していたのは言うまでもないが、この3曲を除いて多くの驚きの声がコメント欄に溢れたのはamazarashi初のフルアルバム『千年幸福論』から投下された“14歳”だろう。演奏前のMCにて秋田が「自分の歌う意味、理由について書いた曲」と語っていた通り、“14歳”では東京に身を置くひとりの少年の様が描かれている。そしてその姿はイコール、同じく14歳でバンドを結成し上京、数年間の東京の下積み生活の後に希死念慮を抱きながら青森へと帰郷し、心新たに音楽活動に邁進した秋田とも重なる。秋田は高音と低音を自在に使い分けて思いを届けながら、《好きな歌を歌う》と繰り返し放つラスサビでは体を大きく揺らし、熱を込めた歌唱で魅了した。

ガスマスクを着用した男が街中を闊歩する新映像でもって“令和二年”が憂いを携えて響き渡ると、その後は現在・過去のamazarashiを回想するが如くの楽曲を一対ずつ展開。「当時は……メジャーデビュー決まったぐらいかな。何とか最悪な日々を抜け出そうと凄い必死でした」とのMCを経ての、当時の秋田の精神状態が顕在化した“爆弾の作り方”と“ポルノ映画の看板の下で”。一転して希望的フレーズを廃し、コロナ禍のストレスを静かに論じた“馬鹿騒ぎはもう終わり”と“曇天”……。そのどれもが深みを感じさせる代物であったが、中でもクライマックスへの起爆剤としての役割を果たしていたのは、秋田が「素晴らしい出会いもたくさんありました。それで気付いたのは、そういう出会いっていうのは自分の中にない発想に出会うことだって知りました」と語って鳴らされた“命にふさわしい”と“空に歌えば”の2曲であったように思う。


“命にふさわしい”はかねてよりのコアゲーマーである秋田が心酔するNieRシリーズの『NieR:Automata』、対して“空に歌えば”はテレビアニメ『僕のヒーローアカデミア』のOP曲として、結果amazarashiの存在を知らなかった層まで認知を広める契機となった楽曲であるけれど、改めて10年の歩みを振り返ってみるとタイアップ先と密接に絡み合ったこれらの楽曲群は、特に秋田の人生回顧の色が強かった初期曲と比較しても極めて外向きな代物。昨今のライブでほぼ例外なくこの2曲のいずれかはセットリスト入りを果たしていることから考えても秋田、そしてamazarashiにとって重要な楽曲として位置しているのだろう。どこか荒々しささえ感じられる音の洪水を浴びながら、いつしか心中には「ライブが徐々にクライマックスへ突き進んでいる」という寂しさも徐々に膨らんでいく。そのいたずらな心中を感じ取り、改めて今までに参戦したamazarashiのライブの刹那性を思い起こす自宅の一室。スタンディング、指定席と今まで様々なamazarashiのライブに通ってはきたが、彼らのこうしたライブも悪くない。


「もう少しでおしまいです。10年間いろいろありました。皆さんにはどう見えてるか分かんないですけど、失敗したこととか、挫折したこととかいろいろあったし……未だにあります。でもそういう思いが曲になったりして、それが誰かの勇気になったり、誰かの思い出になったり。巡り巡ってわいの勇気になったり。そういう循環がamazarashiにとって良いのかなって思ってます。これは10年間一緒にやってくれたメンバーとスタッフと、関わってくれた人たちのおかげです。ありがとうございます」……。MCはもちろん、ファンクラブ『秋田日記』でも基本的に伝えたいメッセージは楽曲内で完結させるスタンスを貫く秋田がこの日最後に語ったのは、感謝の思い。


そこから満を持して鳴らされた、ファン投票で得票数堂々の1位に輝いた“雨男”は心底感動的に映った。本人の意図せずして重要な日に限って雨模様となってしまう人を指す、雨男という言葉。ただこの楽曲でメインテーマとして扱われる『雨男』は俗信としてのそれとは大きく異なり、日々希死念慮を抱え、自己否定に溺れる弱者を表している。ことamazarashiに関しては歌詞で綴られる内容を自分とリンクさせることで強固な寄り添いの役割を果たす……。言わば『リスナー>音楽』以上に『音楽>リスナー』の図式で心酔するファンが多いものと推察するが、制作者である秋田本人がそうだったように、絶望の縁で遮二無二に光を探すamazarashiの楽曲はやはり、精神的弱者にとって何よりの救済ともなり得る。2017年にリリースされたベストアルバム『メッセージボトル』に総曲数の関係で泣く泣く収録を断念した“雨男”がこうしてファンの選ぶ楽曲の1位に輝いたことに、感慨深い思いも浮かんでしまうのもファンならではか。

ラストソングは“未来になれなかったあの夜に”。人生を間接的に回顧しながら繰り出される秋田の歌声はダイレクトに耳元へ侵入し、楽器隊の面々も同様、鬼気迫る展開に全力で追随する。特筆すべきは後半の一幕で、その瞬間こそ画面に映し出されることはなかったが、ラスサビ前の秋田が《足りないままで幸福になって》と歌い上げた直後メンバー全体を映し出していたカメラは今回の会場である東京ガーデンシアター全体を捉えるものへと切り替わり、背後のタイポグラフィーのみを残して紗幕の3面を撤廃。無論今回のライブは完全無観客であるため、必然カメラには国内最大の収容人数を誇る東京ガーデンシアターの空席が映し出され、ある種のもの寂しさも感じてしまうが、これこそが彼らの選んだ10周年の形。酸いも甘いも様々な思いを内包した演奏はぐんぐん激しさを増し、秋田が《ざまあみろ》と絶唱する頃にはノイズを携えた轟音で響き渡った。幾重にも反響するフィードバックが広がる中、秋田が「APOLOGIES、雨天決行!10年間、ありがとうございました!」と感謝の思いを放つと、橋谷田のドラムが3回連続で振り下ろされ、切り裂くように暗転。かくして時間にして約1時間半、アンコールなし、amazarashiの10周年を記念したオンラインライブは圧倒的な余韻を残しつつ幕を下ろしたのだった。


此度の10周年記念ライブは、もしも新型コロナウイルスが蔓延していない状況下であれば超満員のオーディエンスの眼前で行われていたことだろう。ただ形は違えど、amazarashiは今回オンラインライブという特殊な場においてもファン誰しもの心に突き刺さる万感のパフォーマンスを果たしてみせた。今回のライブの最も稀有な点としては初のリクエスト企画であったが、中間発表では上位楽曲の大半を最新アルバム『ボイコット』が担っていたのに対し、一転最終結果ではデビュー間もない楽曲群が上位を独占していたことからも、この10年間の彼らの歩みは確かにリスナーに届いていて、人によっては生きる活力となり、憂鬱を分かち合う共感物として存在した楽曲も千差万別であるという事実も見逃せない部分として存在した。……新曲のリリース情報の一切が公になっていない現状、彼らの次なるアクションとしては新型コロナウイルスによる延期の果てに近く開催される全国ツアー『amazarashi Live Tour 2020「ボイコット」』であろうと目されるが、此度の10周年記念ライブを経て紡がれる楽曲の数々が、生身でより多くの人の心を動かす感動的な代物となることは必至。雨曝しの時代に、希望的未来を見据えるamazarashi。その視界はいつになく良好だ。


※この記事は2021年4月30日に音楽文に掲載されたものです。