キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】底知れぬ闇に光見据えて 〜サカナクション『SAKANAQUARIUM 光 ONLINE』ライブレポート〜

去る8月中旬、サカナクションによるオンラインライブ『SAKANAQUARIUM 光 ONLINE』が開催された。総額1億円以上の予算を注ぎ込み、2日間での総視聴数6万人を記録した今回のライブは紛れもなく、サカナクションの真骨頂とも言えるライブの興奮を画面越しにパッケージングするような代物でもあり、また誰しものサカナクション像を体現する、極めて非日常的な空間でもあった。
 
定刻を少し過ぎると、画面上には今回の『SAKANAQUARIUM 光 ONLINE』における見所を紹介するアナウンスが差し込まれ、今回の生配信の総合演出を“新宝島”や“多分、風。”等サカナクションのMVを多く手掛けた映像ディレクター・田中裕介氏が務めること、ドイツに本社を置くKLANG社による3Dサウンドを採用し、このシステムを日本で初めて導入したオンラインライブを行うことが示される。これらの映像はサカナクションの公式ツイッターで事前に何度も投下されており、ライブを鑑賞するにあたって誰もが事前に熟知している情報であろう。けれどもやはりそうした情報群を一聴するだけではライブの全貌を伺い知ることは不可能であるため、ライブ直前ながら良い意味での疑問と期待を生み出し、興奮を底上げされる感覚に陥る。
 
画面はいつしか、街灯が柔らかに照らす歩道に遷移。そこには白のオーバースーツに身を包み、手元のスマートフォンに視線を落とす山口一郎(Vo.G)の姿が映し出されていた。そして彼が見詰める先のスマートフォンには我々が今現在観ている画面と全く同じ……つまりはスマートフォンを見る山口の姿が映し出されており、今現在我々が観ているこの光景が完全なるリアルタイムの映像であることを直感的に察する。しばらくして山口はもう片方の手に握っていた缶コーヒーをダストボックスに捨てると、ポケットに手を突っ込みながらおもむろに画面右部へと移動。物憂げに歩みを進める山口の姿こそある種“アルクアラウンド”のMV的でもあるが、その間も彼の周囲を回り込むカメラワークやローマ字で記されたスタッフの名前が現れては消えていく光景はさながら、ライブというよりは映画における叙情的なワンシーンを彷彿とさせる。
 
しばらくの時間が経過した後にはどこからともなく音が聴こえ始め、その音量は山口が目的地への距離を縮めるにつれ増していく。そしてようやく辿り着いた建物の扉を山口が開けた瞬間、今まで微かに聴こえていた音は山口が十数年の時を共に過ごしてきた信頼のおける楽器隊による確かな『音楽』となった。臨場感溢れるサウンドの中、まるで讃美歌の如き壮大さでもって響き渡るのは「世界……世界……」との一節である。ゆるりとステージに進み出る山口。立て掛けてあった自身のアコースティックギターを構えてメンバーと拍を合わせること数秒、開口一番「オウ!」と叫ぶと、1曲目“グッドバイ”が高らかに鳴らされた。
 
淡いオレンジ色に照らされた照明の中、メンバー5人の織り成す渾然一体とした楽器の音色が3Dサウンドで増幅され、穏やかな中にも確かな温度を感じさせる“グッドバイ”。《だけど僕は敢えて歌うんだ/わかるだろう?》と歌うメロ部分や《グッドバイ 世界から知ることもできない/不確かな未来へ舵を切る》とのサビ部分に顕著だが、“グッドバイ”はとりわけBPMの早い楽曲が世間的に評判を呼んだことの弊害で、多方面から「更にアッパーな楽曲を」と求められていた当時の山口が、精神的疲弊の末にそうしたイメージ像に意図的に背き「自分が今本当に書きたい曲を」と制作に着手した楽曲であることは広く知られている。あれから数年の時が経過し、今や“グッドバイ”はサカナクションの愛される楽曲として確立。そしてこの日サカナクション初のオンラインライブの記念すべきオープナーを飾っていることには、ある種の感慨さえ覚えてしまう。中でも注目を集めていたのはやはりステージの中心に立つフロントマン・山口であり、メロ部分では幾分と軽やか、対してサビ部分では声を張り上げる自信に満ち溢れた歌唱で、ボーカリスト然とした魅力を一時も逸することはない。ラストはマイクを介して草刈愛美(B)と岡崎英美(Key)の「世界……世界……」と歌われるアウトロが余韻を形作る中、次第に音がフェードアウト。全ての音が鳴り止むと、そこには暗闇だけが残った。

今回のライブは、本来ニューアルバム『834.194』を携えて行う予定であった、全公演が瞬く間にソールドアウトしたプレミア的全国ツアー『SAKANAQUARIUM2020 “834.194 光”』がコロナウイルスの影響で中止を余儀なくされたことを受け、急遽決定したオンラインライブである。故に前半は5曲目に2009年にリリースされた“ネイティブダンサー”を挟んだ以外は、基本的に『834.194』の楽曲を連続でプレイするモードを貫いており、逆に後半ではフェスセトリとも言うべき興奮を底上げする楽曲を連発。結果として今のサカナクションと、ライブマスターとしてのサカナクションとのふたつの強みを見せ付けるが如くのコンセプチュアルなライブとなった。
 
加えて、ライブの臨場感に一役買っていたサウンド面についても記述しておきたい。思えばこの数ヶ月の間に様々なアーティストがオンライン上での生配信ライブに乗り出し本来の対面型公演の代替を図り始めたが、今回サカナクションが行った生配信ライブは、他のオンラインライブと比べてもこと音響という点のみに関して言えば、あまりに別格だった。公式ツイッターにて山口自らが実践して見せたように、スマートフォンやPCのスピーカーで視聴するならさておき、確かにイヤホン及びヘッドホンを装着しながらライブを視聴すると、四方八方から耳に楽器の音がダイレクトに鳴り響くサラウンド空間に酔いしれることが出来る。今回のライブに没入させる一因となった理由のひとつは間違いなくサウンド面の技術にあったと言えよう。
 
全編通して歌と演出、音響効果で多幸感を覚える今回のライブの中でもとりわけ大きな衝撃をもたらしたのは、報道番組『NEWS23』のオープニングテーマとしても知られる“ワンダーランド。開幕と同時にピンスポが山口に当たり、白を基調とした映像で彩られつつの焦らしに焦らした長尺の前奏から、爆発力を内包したサビに向けての助走を形作っていく光景こそあまりに幻想的なものであったが、最も盛り上がるはずのサビに突入した直後には一転、今現在のアナログテレビのチャンネル放送を彷彿とさせる砂嵐の映像がステージを覆い尽くすよもやの展開に。照明についても赤や緑、青といった明らかなネガティブイメージを感じさせる色合いに変貌しており、メンバーの表情はシルエットとなり、顔の輪郭程度しか分からなくなる。結果幻想的なメロと、目に痛いほどの色彩と砂嵐が覆い尽くすサビとの対比は楽曲が終わるまで続き、その光景はコロナウイルスの影響により『ワンダーランド(お伽の国)』の意味合いとは完全に対極に位置する世界となったことへの彼らなりのアンチテーゼさえ思わせるものだった。
 
その後はいつまでも終わらない余韻のような、BPMを落とした緩やかな楽曲が続く。メンバーそれぞれの影をバックにしっとりと聴かせた“流線”、温かな燈籠の明かりに包まれる中、山口のロングトーンが鼓膜を震わせた“茶柱”、かつての『君』との記憶を糸を手繰り寄せるように回想する“ナイロンの糸”、メンバーの姿すら視認できない暗闇に支配される中、突如白い光が浄化して広がり、神秘的な空間を演出した“ボイル”……。ツアーが中止になったことで、『834.194』の楽曲は初めてライブ演奏という形で鑑賞する人も少なくなかったはずだが、類い稀なる求心力でもって観るものを圧倒していく。
 
穏やかな空気が一変したのは、“陽炎”での一幕から。今まで一切のMCを挟まなかった山口はおもむろにステージの縁に腰掛け、ピーンと鳴るピアノの旋律で今しがたその存在に気付いたようにカメラに向き合うと、画面越しの観客ににこやかに語りかける。

「SAKANAQUARIUM 光 ONLINE。皆さん楽しんでますでしょうか。家族で観てる方、友達と観てる方、恋人と観てる方、ひとりで観てる方……。いろんな方がいらっしゃると思いますが、今日は、一緒に踊りましょう。夏フェスも……まあ……なくなっちゃったし。今日ぐらいね。いろいろ忘れて、一緒に楽しみましょう。ね。踊ろう!僕も今日はもう、思いっきり踊れますよ。踊り倒して、一緒に夜を乗りこなしましょう!準備はいいか!」
 
ステージを降り、元の定位置から徐々に下手へと移動する山口。すると山口は自身の進む先に立てられた『スナックひかり』なるきらびやかな看板をふいに発見。看板を指差しながら「行く?」とのボディーランゲージ的口パクでカメラに視線を促すと瞬間、一足飛びに左方向へと移動した。するとそこには本物さながらのスナックが作り上げられており、山口の「皆さん!サカナクションですー!楽しみましょう!それではいってみよー!」の合図と共にママも従業員の女の子も、俳優・古舘佑太郎扮するお客さんも巻き込んでのキラーチューン“陽炎”に雪崩れ込みだ。
 
時に跳び跳ね時に身ぶり手振りを繰り出して歌う山口の姿は、バンドメンバーの姿も見えないため、ともすればオケを流して歌っているだけにも見えるが、スナックに設置されたテレビにはリアルタイムで演奏を繰り広げるメンバーの姿がありありと映し出されており、これが編集ではなく紛れもなく現実の出来事であることが分かる作りに。ふとカメラが切り替われば『スナックひかりさんへ』と宛てられた橋本環奈、川谷絵音、水川あさみ……他にも朝の情報番組『スッキリ』のメンバーのサインが壁に並べられていたり、当の山口に関しては席に座ってママがこしらえたドリンクが入ったグラスを傾けたかと思えば「古舘!踊れるか!」と突然古舘に問い掛けるなどやりたい放題。噴飯ものの光景に笑みが溢れると共に、この日のライブが如何に作り込まれた上で臨まれているのかを視覚的に表すものでもあった。
 
そして山口がステージに戻ると、以降はフェスさながらのライブアンセムの連続だ。まずは爆発的なサビが鼓膜を揺らした“モス”で熱量を底上げし、2名の踊り子が山口の両脇を固めて妖艶な踊りを繰り広げた“夜の踊り子”に驚き、山口の「みんなアイデンティティ歌える?」というもはや分かりきった問いで幕を開けた“アイデンティティ”で例のサビの絶唱を誰しもの心中に呼び起こし、緑のライトが艶やかに広がる“ルーキー”に心酔する。更にはMacの前でクラフトワーク的演奏から生バンドにスイッチする“ミュージック”あり、YouTube上の総再生回数1億回超の待ってましたとばかりに鳴らされたキラーチューン“新宝島”ありと、楽曲が鳴らされるごとに天井知らずの興奮へと視聴者を誘っていく。
 
一息ついた頃、岡崎によるピアノの音色をバックに、山口が口を開く。
 
「SAKANAQUARIUM 光 ONLINE、皆さん楽しんでいただけたでしょうか。まだまだライブが普通に行われる状況ではないんですが、こうやって楽しいことをこれからもたくさんやっていきたいと思います。やっぱワクワクすることがないと、面白くないんですよね。チャレンジしてチャレンジして、頑張ります」
 
コロナウイルスの影響により全国ツアーの中止が決定し、夏フェスの機会も失われたサカナクション。僕はかつて行われた全国ツアーのMCにて、最前列の観客席をひとつ潰して低音を響かせるスピーカーを配置したためか、チケットが瞬時にソールドアウトしたにも関わらず「赤字なんですけどね」と笑顔で語った山口の姿を見たことがあるが、オンラインとしては例を見ないレベルで音響に拘り、更には様々な演出や多数のカメラ、映像を駆使した今回のライブもおそらく、全体的に見れば赤字であろうと思う。最後まで彼の発言の深意こそ分からなかったまでも、照明、PA、VJ等コロナウイルスによる弊害で多くの仕事が失われる現状を抱えるチームサカナクションのクルーをある種救済し、彼ら自身も約半年ぶりにファンに伝わる形で爆音を鳴らした今回のライブは、損得勘定では決して測れない、価値のあるものだったに違いない。

そして「こうやって音楽で遊ぶこと、ライブがないとどんどん忘れていっちゃうんですけど……。チームサカナクション一丸となって、これからもどんどんチャレンジしていきたいと思います。どうか今夜も皆さんにとって忘れられない夜になったことを、祈っております。今日はどうもありがとうございました!サカナクションでした!」と山口が語ると、最後はラストナンバー“忘れられないの”でもって万感の幕切れだ。
 
猛威を振るい続けているコロナウイルスが忘れられないネガティブな事象であるとするならば、状況が悪化の一途を辿ったその瞬間から『春は必ず来る』『夜を乗りこなす』とのハッシュタグでもって希望的未来を渇望してきた山口にとっても、サカナクションが数千人の前で圧巻のライブを繰り広げたあの空間もまた、忘れられない出来事なのだ。宙から銀テープが降り注ぐその下で、山口は正拳突きを繰り出したり、岩寺基晴(G)におもむろに近付いたりと視覚的なパフォーマンスを多く行うバンマスっぷりを発揮し、最後は出し惜しみなしの満面の笑顔で放たれた「今日はどうもありがとうございました!また必ずライブで会いましょう!」との一言でもって、文字通り忘れられない一夜は幕を閉じたのだった。
 
今回のライブは手放しで「最高だった」と他者に吹聴出来る代物であったし、1週間に渡って残されるアーカイブも、随所まで目を凝らしながら楽しむに値するものだった。……言うまでもなく、彼らの今回の試みはライブツアーの中止を決めたことからも分かる通り、様々な試行錯誤の末の「今までと同じようにライブは出来ないだろう」との結論から導き出されたひとつの代替案である。今やライブイベントにおける即日完売の報がほぼ恒例となっているサカナクションの歩みを鑑みるに、彼らが今かつてのような客が密集した大入りの空間でライブを行うのはどう考えても厳しい。今回のサカナクションが試みた初のオンラインライブは彼らにとってもファンにとっても喜ばしい出来事として終幕した事実は決して揺るがないが、やはりこの先……具体的には今冬から来年にかけてのライブシーンがどうなるのかについては、未だ不透明な状況が続いている。故にライブシーンの完全な復活は、もう少し先の話になるだろう。
 
耳元で流れるエンドロールでは、ライブのリハーサル風景と共に“さよならはエモーション”の《忘れたい自分に缶コーヒーを買った》との一節が耳に飛び込んでくる。そういえば冒頭のオープニングで、山口が缶コーヒーを買っていたことをふと思い出した。そう。多大な時間はかかるだろうが、多くの事象はいつしか必ず元に戻るのだ。……いつしかエンドロールは終わり、中央に『Thank you for all viewers(全ての視聴者に感謝します)』の文字が大映しになった画面をじっと見詰めながら、じんわりと余韻に浸る。僕は心の奥底で来たるサカナクションへのライブへの渇望が顔を出し始めていることに気付かないふりをして、そっと画面を閉じたのだった。


※この記事は2020年9月18日に音楽文に掲載されたものです。