キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】ロックンロールに生きる若者たち、オンラインライブに急襲す。 〜錯乱前戦『ベースメント・ア・ゴーゴー Vol.2』ライブレポート〜

アンコール含め約30分。短い時間内に楽曲を隙間無く敷き詰め、猪突猛進的なエネルギーが吹き荒れた今回のライブは、ロックの真髄に限りなく迫る衝撃と興奮に満ち満ちた代物であった。
 
今回のライブのタイトルにもなっている『ベースメント・ア・ゴーゴー』は、去る4月1日に錯乱前戦が企画した自主制作音楽番組のこと。当時は防護服に身を包み、コロナウイルスの感染の可能性を注視しながらの配信となったが、今回満を持して行われた『ベースメント・ア・ゴーゴー Vol.2』と名付けられたそれは、現在ある程度はオンラインライブが広がりを見せる状況下での開催となることも作用してか、かねてよりライブシーンで凌ぎを削ってきたハシリコミーズとマイティマウンテンズを招いてのスリーマンライブが晴れて実現した形となる。会場は第1回の開催と同様、下北沢に居を構えるライブハウス・BASEMENTBAR。残念ながら新型コロナウイルスの影響で中止となってしまったが、本来ならばニューアルバム『おれは錯乱前戦だ!!』のリリースを記念しての東京における初ワンマンの会場として選ばれていたのもここBASEMENTBARであり、この会場に対する気持ちを今回彼らが最後まで言葉に表すことはなかったにしろ、並々ならぬ思いも存在していたはずだ。
 
会場全体に流れる緩やかな洋楽のBGMに誘われるように、ラストの出順でステージに降り立った錯乱前戦。そのあまりに凶暴なライブは、ブルースハープを吹き倒すヤマモトユウキ(Vo)のアクションを皮切りに鳴らされた疾走感溢れるパンクチューン“ロンドンブーツ”から始まった。
 
《ロンドンブーツを買いにいこう そいつでドカドカふみつぶそう/ロンドンブーツを買いにいこう そいつで命をもてあそぼう》
 
今回のレポートを記すにあたってまず大前提として説くべき事象……それは彼らの音楽性とステージングがあまりに粗暴な代物である、ということ。確かにブレーキが破壊された暴走列車の如き勢いで突き進む錯乱前戦のサウンドはいくらでも『今風』な形に仕上げることは可能であるし、歌詞についても同様だ。ただ同時に今持ち得る全身全霊でただただ爆音を鳴らす初期衝動に溢れたそれは、錯乱前戦の唯一無二の個性としても確立している。事実“ロンドンブーツ”ではヤマモトの口から上記の歌詞が発せられた直後、それぞれのメンバーによる言語化不能な絶叫とアンプを介して鳴らされる楽器という何よりシンプル……その実何よりも衝撃的な音の濁流が、鼓膜の内部に落とし込まれていく。
 
今回のライブでは数台のカメラがひとりひとりのリアルな姿を常に映し出していたのも印象深かったが、中でもカメラが重点的にそのアクションを追っていたのは、中心に据えられたセンターマイクを軸にがなり立てるような絶唱を繰り出すフロントマン・ヤマモト。峯田和伸チックな無骨さ、ジョー・ストラマーを彷彿とさせる不安定な立ち振舞い、ジョニー・ロットンさもありなんというマイクスタンドを利用した歌い方……。彼の一挙手一投足には先人へのリスペクトがふんだんに詰め込まれていて、常に何かを訝しむような鋭い眼光は真正面を見詰めており、ギラギラとした不穏なカリスマ性さえ携えていた。

そして“ロンドンブーツ”から一切のインターバルを挟まず、ヤマモトがマイクを握り締め「ロックンロー!」と叫んで鳴らされた次曲“ロッキンロール”は、早くも此度のライブにおけるハイライト的役割を担っていた。縦横無尽に荒れ狂う音の洪水を、ヤマモトの猛々しいボーカルが切り裂きながら歩みを進める錯乱前戦の楽曲の中でも、極めてパンキッシュな印象を抱くに相応しい“ロッキンロール”はCD音源の時点でも圧倒的な迫力に驚かされたものだが、ライブではまた一味違った様相。楽器隊は頭を振り乱しながら鬼気とした演奏を繰り広げ、ピンボーカルとして注目を一心に集めるヤマモトは腰に手を当てたり跳び跳ねたりと、狭い空間を最大限利用しての歌唱に終始。サビ直前の《ちくしょーババア覚えてろ》の一幕に関しては、ヤマモトが「ちくしょー!ババアー!ババババババババ!」と強引に絶叫するなど総じてフルスロットル。ふと全体に目を配ると、ヤマモトが装着していた赤ぶちのド派手なサングラスはいつの間にやら吹っ飛んでおり、彼のキーアイテムとも言えるマイクスタンドは弧を描くように振り回したためか固定部分が緩み、すっかり馬鹿になっている。加えて成田幸駿(G)の眼前に置かれたマイクも角度が急激に曲がり、森田祐樹(G)のマイクに至っては一瞬の隙を見てヤマモトに奪い取られていた。一見地に足付けた堅実な演奏に見受けられる佐野雄治(B)とサディスティック天野(Dr)も、よく見ると全身からは大量の汗が吹き出ており、演奏の全力投球っぷりを体現していた。
 
以降も焦燥に駆られるかの如く、矢継ぎ早に楽曲を展開した錯乱前戦。直情的なライブチューン“モンキー・オ・マンキー”、《僕はハンマーになって壊したいだけさ》のリフレインがぐるぐる回る“ハンマー”、未音源化の新曲“ミルクティー”、ボ・ディドリーの名曲を大胆にアレンジしたカバー曲“ピルズ”、未だ見ぬ未来に思いを馳せた“boy meets boys”……。前述の通り、彼らの持ち時間は30分。ともすれば若干の物足りなさを覚えて然るべしな短い時間であるが、感情の赴くままに楽器を掻き毟り、合間合間に各々が喉が張り裂けんばかりの絶叫を見せ付けた今回のライブは実際の時間以上の満足度を満たす濃密な時であり、同時に「もっと観たかった」というアンビバレントな感情を抱いてしまう罪なものでもあった。
 
一貫して長尺のMCらしいMCは行わなかったのも彼ららしい。彼らの曲間のアクションはひとつ目に“モンキー・オ・マンキー”演奏後にヤマモトが「ベースメント・ア・ゴーゴー……」と呟いたこと、ふたつ目にその後のヤマモトが赤いサングラスにスーツ姿の森田を指して「これは20年後に火星に営業に行くサラリーマンって感じがしますね」と弄ったこと、そして新曲“ミルクティー”後に足元に置いたセットリストをカメラに写しつつ「今日のセトリこれで行くはずなんで、最後までよろしくお願いします」と語った程度。それ以外の時間は基本的には水分補給はおろか、チューニングさえろくに行っていなかったのが印象的だった。そう。彼らにとってはロックンロールを鳴らすことこそが何よりの存在証明に他ならない。若くしてロックに目覚めたこの集団には、時間が足りないのだ。

本編ラストに演奏されたのは、彼らの数ある楽曲の中でも最たるファストチューン“カレーライス”。例に漏れずこの楽曲も気付けば始まり、気付けば終わっている名状し難い性急さを携えていて、結論としてはヤマモトによる「オーイエー!カレーライス!」との咆哮で口火を切った“カレーライス”は僅か1分少々で楽曲を終え、彼らはステージ裏へと消えていくに至った。心に刺さる歌詞もテクニックも、題材がカレーライスであることさえ、もはや大きな問題ではない。ただ頭をぶん殴られるような衝撃があればオールオッケー。それこそがロックンロール。それこそが錯乱前戦である。
 
しばしの暗転の後、アンコールとして披露されたのは最新アルバム『おれは錯乱前戦だ!!』のリード曲に位置していた“タクシーマン”だ。同じコードを連弾きする力任せのギターリフから始まったこの楽曲を彼らは尻窄みすることなく、1曲目と何ら変わらないテンションで演り切った。激しく動きながら歌うためか、はたまた絶唱に次ぐ連続でブレスが入るためかヤマモトのボーカルパートは何度も途切れ、楽器隊のミスタッチも所々で見受けられたが、取り分けしっかりとした響きで訴えかけるのはやはり頻繁に5人のうちの誰かが発する、犬の遠吠えや激昂状態の舌戦にも似た動物的な絶叫だ。後半部分ではヤマモトと森田が交互に歌詞の一部である《そこでタクシーは燃える 東京は燃える》を連呼し、音量を著しく落としたアレンジで展開。ヤマモトは気だるげな歌唱とロボットダンスに加え「タタッタッタッタ……」「イェイイェイイェイ……」なるその時々における直感的な物言いを繰り出し、森田に関しても自身が歌う場面こそ真摯であるもののヤマモトのパートの場面では言葉にならない言葉を叫んでいる。そして音が次第に凶暴さを増してサビに突入する直前には、ヤマモトと森田が本来の歌詞を完全に度外視し「タクシー!」と何度も絶叫。そうして雪崩れ込んだサビは紛れもなくこの日一番のカオスを形成。壮絶な演奏を終えた彼らが脇目も振らずステージを降りた瞬間、この日のライブは嵐が過ぎ去った後の如き静寂に包まれたのだった。
 
結成当初から、時代に逆行する泥臭いロックンロールに身を任せる錯乱前戦。彼らの魅力の最たるもの、それはすなわち『衝動』だ。彼ら自身がレッド・ツェッペリン、ザ・ローリングストーンズ、ザ・クラッシュなど古き良きロックバンドに多大なる影響を受けている事実が証明しているように、彼らが今より更に若かった当時、意味不明な言語の羅列で形成された洋楽に心奪われたその根元的な理由は「只ならぬ衝撃を受けた」という一点に基づくものであろうし、また同年代とは趣を異にする音楽嗜好であろうロックンロールを人生レベルでベースに置いた彼らが後にバンドを組み、インターネットやSNSを中心に『バズる音楽』が生み出される今の音楽シーンに殴り込みをかけた……。そんな挑戦的な彼らを美しく思うと共に、羨望の眼差しさえ向けてしまうのは、単に自分自身が歳を取ったからだろうか。
 
こと海外音楽シーンでは「ロックは死んだ」と揶揄されて久しいが、若干21歳、メンバー全員1998年生まれの末恐ろしい若者たちが鳴らした此度のロックンロールは、悲しいかな幾年の年月を経て歳を取り、酸いも甘いも経験してしまった我々ロックを好む人間にとって、在りし日のロックへの興奮を痛烈に呼び起こさせるものでもあった。……公式ツイッターにて明言されている通り、錯乱前戦の今後の活動は主に生配信と小規模の有観客ライブをメインとするとしているが、彼らのライブ体験をこうした歪な形で消費せざるを得ない現状にやきもきしてしまう気持ちも当然ある。けれども今回のライブで彼らが証明した通り、それがかつて酸素の薄い空間の中で集まった全員が汗水垂らして叫び散らしていた地下世界のロックンロールであったとしても、オンラインライブ然りソーシャルディスタンスを保ったリアルライブ然り、観る者の心を揺さぶることは可能なのだ。
 
変わり行く世界で彼らが鳴らすロックンロールは、一般大衆にとって毒にも薬にもならない音楽なのかもしれない。だが彼らはいつまでも爆音を鳴らし続けるだろう。見知らぬ誰かのために。お世話になったライブハウスのために。そして何よりロックを愛し、ロックに生きる自分たちのために。

 

※この記事は2020年8月17日に音楽文に掲載されたものです。