キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】第二章への道標 〜美波『TURQUOISE2019⇆2020 ONEMAN TOUR』ライブレポート〜

去る2019年の某日、美波のライブツアー『TURQUOISE2019⇆2020 ONEMAN TOUR』の3公演目にあたる、広島公演に参加した。
 
今回のツアーは春に行われた『カワキヲアメク ONEMAN TOUR』から約半年ぶりとなる全13都市、15公演を回る大規模なもの。2019年は“カワキヲアメク”がアニメのOPテーマに抜擢されたことを契機に、一躍ネットシーンの中心へと躍り出た美波。そんな彼女にとって北は北海道、南は沖縄と全国各地に足跡を残す今回のツアーは、画面越しでは決して伝わらない、言わば美波の真髄を見せ付ける絶好の機会であると言っても過言ではないだろう。
 
しかしながら今回のライブは、セットリストの全容が掴めない稀有なライブでもあった。何故なら過去に発売されたミニアルバム『Emotional Water』とファーストシングル『main actor』は全て完売しているため、現状聴くことが出来る正規の音源はシングルカットされた“カワキヲアメク”に収録されている4曲のみ。加えて彼女の公式ツイッター上では新曲を予感させる歌詞もいくつか発信していたりと、ニューモードの美波も顔を覗かせているためである。
 
そう。今回のライブは所謂『定期的に開催される美波のツアー』という単純なものではない。この日行われた約2時間にも及ぶ存在証明は、今に至るまでの美波の楽曲群を総ざらいする意味合いは元より、美波の新章を先んじて体験することの出来る、貴重な一夜でもあったのだ。
 
会場に足を踏み入れると『勘弁してくれ時代の波』との言葉をキーワードとして活動している美波らしく、波の音が緩やかに流れ、心地良いムードを形作っていた。しかしながら背後から時折聞こえる「一歩ずつ前に詰めてください!」というスタッフの声にふと我に返ると、周囲は大勢のファンですし詰め状態と化している。言うまでもなく今回のツアーは全公演がソールドアウト。必然スピーカーから流れるBGMとは対照的に、心の内では静かに熱が高まってくる感覚にも陥る。
 
開演時間を5分ほど過ぎ、暗転。淡い照明が照らす無音空間の中、まずは今回のライブのサポートメンバーである角本雄亮(Dr)とcoba84(key)がステージに降り立ち、リラクゼーションミュージックを彷彿とさせる音楽を奏で始める。
 
cobaのピアノのみの演奏でしっとりと聴かせていた序盤こそ穏やかな雰囲気に包まれていたものの、次第に角本による力強いドラムが合わさってのジャムセッションに変貌し、徐々に会場を温めていく。そして熱を帯びる音楽に呼応するように大塚巧(Gt)となんぶし(Ba)、そしてフロントウーマンである美波(Vo.Gt)が配置に着き、各々の準備を始める。なおこの段階では照明は点いてはいるものの未だ暗く、メンバーの一挙手一投足こそ視認出来るものの、メンバーの表情に関してはほとんど伺い知れない。
 
しばらくしてギターを構え、メンバーと目配せした美波。瞬間美波のブリッジミュートと共に、目映い光が会場を包み込む。かくしてライブは最新シングル『カワキヲアメク』収録の“Prologue”でもって、華々しく幕を開けたのだった。

《今日も歯を食いしばって 何のために生きればいいの?》

《次までは 次まではって 追い込むことで成り立ってきたの》

《ああいいよなあ お前はいいよなあって》

《君って 僕って 迷って 未完成品 プロローグ》
 
“Prologue”は開幕に相応しい、ロックテイストを前面に押し出したファストチューン。その性急なサウンドもさることながら、美波の感情を乗せた喉が枯れんばかりの絶唱が、壮絶な説得力を携えて会場に降り注いでいく。
 
メディアでは一切素顔を見せることのない美波の風貌は、金髪に白シャツ、黒ズボンという極めてボーイッシュな装い。更には「かかってこいや広島!」、「後ろの方が(声が)デカいぞ!」と焚き付けるように叫ぶ場面も多々あり、全体の熱量を底上げ。会場は早くも蒸し風呂状態と化した。
 
その後も“ホロネス”、“Monologue”と比較的ロック色の強い楽曲で魅了すると、ここで角本を除いたサポートメンバーは楽器を持ってステージを降り、ステージ上には美波と角本のみに。ギターやベースのみならず、スタンドマイクさえも撤去された殺風景なステージの中心に設置された椅子に、美波がゆっくりと腰掛けて始まったのは“水中リフレクション”と“先生、あのね”だ。
 
キーボードの柔らかな調べに乗せ、真っ白なマイクを介して歌う美波。感情を楽曲に憑依させ、まるで号泣するかのように声を絞り出して歌うその姿は演劇における悲痛なワンシーンのようでもあり、思わず息を飲む。中でもアカペラで歌われた“水中リフレクション”での《なぜ笑うのです?泣けばよいでしょう》のサビ部分は叙情的な感動を呼び起こし、呼吸をすることすら躊躇われたほど。終了後にはっと思い出したように送られた疎らな拍手は、彼女の発するメッセージが集まった観客の心の奥底まで届いた事実を、何よりも雄弁に証明していたように思う。
 
新曲“アメヲマツ、”後は大塚によるMCへ突入。今回は新メンバーを加えての初の広島公演ということもあり、まずは各自が『今まで広島に何回行ったのか』をテーマに、他愛のないトークを展開。更には同年3月に広島で行われた『カワキヲアメク ONEMAN TOUR』にも触れ、今回のライブと総合して改めて広島に住むファンの熱量が凄まじいことや、この日のライブがいかに楽しいものなのかを、ファンと共有しながら熱弁していく。
 
前述の通り、2019年は間違いなく美波史上最も知名度を獲得した年であったと言えよう。その爆発的な勢いは日本国内のみならず海外にも広がり、公式動画は僅か4本しか公開されていないにもかかわらず、動画の総再生数は今記事執筆時点で9600万回以上と、驚異的な広がりを見せている。

MCにて「このライブハウスでやるのは3回目」と美波は語っていたが、現在の美波の人気を鑑みるに今回会場に選ばれたライブハウスは明らかに狭く、一見今の人気とは釣り合っていないようにも思える。しかし美波の行動理念は数年前から一貫して『良い歌を作り、美波の音楽を必要とする人の元に届ける』というものであり、それは会場の大小や集客には一切左右されない。
 
事実“水中リフレクション”や“先生、あのね”といったピアノと歌のみで進行する、ライブならではのアレンジが施された楽曲群は小さなライブハウスに相応しい世界観を構築していたし、アッパーな楽曲ではひしめき合うファンによる「オイ!オイ!」のコールが鳴り止まなかったりと、結果的には美波とファンとの絶対的かつ双方向的な関係性を密に感じるには最適な環境下と言えた。
 
そして「ここから後半戦です。盛り上がって行けますか!」と大塚が観客に問い掛けて始まったのは、美波最大のキラーチューンとして話題を集める“カワキヲアメク”だ。
 
《もういい ああしてこうして言ってたって 愛して どうして? 言われたって》

《遊びだけなら簡単で 真剣交渉無茶苦茶で》

《思いもしない軽(おも)い言葉 何度使い古すのか?》
 
イントロの時点で大歓声に湧いたフロアの中心を、孤独を孕んだ言葉の数々が切り裂くように響き渡っていく。“カワキヲアメク”は全体の言葉数が多く、声を張り上げる箇所も多数存在するため歌唱の難易度は極めて高い。しかしながら美波は息が続かなくなりそうな場面は精神力でカバーし、髪を振り乱しながら鬼気迫る演奏を繰り広げるなど、CD音源とは大きくイメージを変えた肉体的なサウンドに昇華。ひとつのハイライトとも言える盛り上がりを見せた。
 
その後は《代わって、化わって、変わってよ》との歌詞が印象深く響いた新曲“ヘナ”、美波が「跳べー!」と絶叫し、突き上げられる拳とタオルが入り乱れたライブアンセム“ライラック”と続き、この日何度目かのMCへ。
 
「ライラック凄かったね。あんなに盛り上がってくれたの初めてかも。3公演目だけど、トップかな」と美波がクールな笑顔を浮かべながら語る。気付けばサポートメンバーは全員ステージを降りており、ステージには美波ひとりになっていた。

発する言葉を選んでいたためかしばらく無言の時間が続き、美波が再びゆっくりと語り始める。……それは美波が今まで表沙汰にはしてこなかった、注目度の上昇と共に膨らみ続けた内に秘めたる思いであった。
 
「これまで2公演終わってさ。正直ボロボロだったんだよ。何か私、だっせーなって思って……。最近悩むことも多くなって。誰かと比べられたりとか、周りの人たちから『美波は○○っぽい』って言われたりとか……。それを見たり聞いたりして、『美波は美波なんだけどなあ』とか『私は私なんだけどなあ』とか、いろんなことを考えてました」
 
「(次に歌う曲は)私がまだ高校生の頃、お客さんが0人のフロアで歌っていたりして。終わった後はずっと楽屋で泣いてました」
 
ミュージシャンには大きく分けて、ふたつの人間が存在する。音楽は音楽、自分は自分と割り切って活動を行う人間と、音楽=自分自身であり、音楽を作り続けなければ自己が保てない人間だ。その中で美波は間違いなく後者の人間であり、彼女の生み出す音楽は《こんな3次元なんて逃げたくなるに 決まってんだろ》と現実を憂う“ホロネス”然り《決められたつまらない固定概念なんて捨てろ》と絶唱する“ライラック”然り、幾度も彼女自身に寄り添い、また奮い立たせる役割を担ってきた。
 
しかし彼女は同時に、音楽への思いが強すぎるが故の葛藤と悩みも、人一倍経験してきた。2018年には自身初となるメジャーデビューに伴う悩みから最後まで歌えない状態になってしまったり、体調不良によりライブ自体が中止となったり、過去には弾き語りの生放送中に涙を流したこともあった。詳しい理由については明言されていないものの、過去と現在の痛みを赤裸々に叫ぶ彼女の楽曲を聴いていると、それらは彼女にとって音楽という存在があまりにも大きすぎるゆえ、重みに耐えきれず潰れてしまった一幕であったとも思うのだ。
 
……このMC中、美波の瞳は濡れていた。それでも彼女は過去と現在の自分を照らし合わせながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ、思いの丈を集まったファンに届けていた。もちろん今回語られたMCと演奏だけでは、美波の音楽生活の全てを理解できたとは言い難い。だがこの数年間の彼女がどれだけの思いで音楽と向き合い、また苦難の日々を送っていたのかに関しては、痛いほど感じ入った次第だ。
 
そして「今日は前を向くためにこの歌を歌います」と語って始まったのは、主人公になれない日陰者に焦点を当てた“main actor”である。
 
〈ひとつだけ ひとつだけ ひとつだけ ひとつだけ〉

〈僕がここにいる証明を〉

〈僕にしか 僕にしか 僕にしか 僕にしか〉

〈出来ないことの証明を〉
 
美波は時折声を震わせながら、アコースティックギターの弦が切れそうなほどの力強いストロークで、自身の全てを出し尽くそうと言わんばかりの気迫で魅了していく。後半にかけては歌詞の一部分を絶叫したりフラつきながらも、限界突破のパフォーマンスで圧倒。周囲には涙を流す観客も多数見受けられた。もはや“main actor”は美波だけの歌ではない。同じように辛い悩みを抱える若者たちに徹底的に寄り添った、一種の応援歌とも言うべき壮大さで鳴り響いていた。

“main actor”後はサポートメンバーが三たび配置に付き、美波が「次が最後の曲です」と呟く。そうして本編最後に披露された楽曲は“フライハイト”と名付けられた新曲だった。
 
“フライハイト”は今回演奏した楽曲で例えるならば“ライラック”に似た、BPM速めのロックナンバー。美波は「おい!そんなんで良いのか!最後だぞ!」と観客を焚き付け、出し惜しみなしの完全燃焼を図る。前半こそ矢継ぎ早にサウンドを展開させていた“フライハイト”だが後半にかけては一転、落ち着いたサウンドに変化。中でもサビ部分における《しょうもなーいぜー》、《タラッタラー》から成るコール&レスポンスの一体感は筆舌に尽くしがたいものがあり、今後美波のライブを語る上での新たな定番曲ともなる印象を受けた。
 
4人がステージを去った後、自然発生的に巻き起こされた「みーなーみ!」コールで舞い戻った美波とメンバーたち。美波は大歓声に沸く観客を眺めつつ「ヤバいね。バイブス高めで良いですね」とご満悦。
 
そう語る美波は広島カープのユニフォームを身に纏っており、「せっかくのアンコールなんで、カープ女子になりたかった」と思いを吐露するも、直後に自身が構えたギターとユニフォームが全く同じ赤色であることに気付き「服もギターも赤……」と笑いを誘う。
 
続いて自身の着ているユニフォームがカープ選手の実際の背番号であることを語った美波は、おもむろにギターをストロークし「カープ、カープ、カープ広島……」と“それ行けカープ”を披露するこの日ならではのサプライズが。しかしながら美波はサビ以外はほぼうろ覚えの状態らしく、メロ部分は曖昧な発音と鼻歌で力技で進行。最終的には観客が残りの歌詞をサポートしつつ、角本のドラムも加わって大盛り上がりで終了。恥ずかしそうに笑う美波とメンバーに、大きな拍手が送られた。
 
その後は1年刻みで、この日集まった観客の年齢層を挙手制にて把握。結果15歳から20歳までのファンが最も多かったことや、最年少は中学校2年生のこどもであることを確認し、美波は「凄くない?こんなにいろんな年代の人たちに聴いてもらえて嬉しいね」と嬉しそう。
 
MCの盛り上がりが一段落した頃、美波が神妙な面持ちで語り始める。それはネクストステージに向かう思いを固めた美波の、明確な決意表明であった。
 
「美波は来年、第二章に行かなければなりません。アンコール、1曲だけやります。……って言ってもさっきもやったんだけどさ。この曲だけは絶対に覚えて帰ってほしいから。ありがとう広島、絶対忘れない。また絶対帰ってくる。お前ら忘れるなよ!」
 
そう叫んで始まったのは、この日2回目となる新曲“フライハイト”。美波は「来れんのか?来れんのかって!もっと来いよ!」と今まで以上に観客を煽り倒し、目をひんむきながらの渾身の絶唱でもって、フロア全体が揺れに揺れた。何よりも印象深く映ったのは、観客の絶大な盛り上がり。それは“フライハイト”が2回目の演奏となったことも理由のひとつではあるが、第二章へと歩を進めようと未来を見据えた美波に対する、ファンからの祝福のようにも感じられた。

事実コール&レスポンスも本編よりも数倍大きく感じられ、多数の「オイ!オイ!」コールでもって新曲であることを感じさせない、言うなればライブで何度も披露されているキラーチューンのような天井知らずの盛り上がりを記録。演奏終了後に「ありがとうございました!」とステージを去った美波とメンバーに、観客による割れんばかりの拍手が送られ、大団円で幕を閉じたのだった。
 
令和の新時代に突入し、新進気鋭の若手アーティストが台頭する昨今。サウンドに変化を加えたバンドやオリジナリティーを武器にした歌手などその形は様々ではあるが、何故美波はそんな群雄割拠の若手アーティストシーンにおいてここまでのブレイクを記録し、若者を中心に巨大なムーブメントをもたらしたのか。……その答えが、今回のライブには如実に現れていたように思う。
 
とりわけ今回のライブを通して最も強く抱いたのは『孤独感』だった。弾き語りの形で披露された“水中リフレクション”や“main actor”といった楽曲に顕著だが、美波の楽曲には上手く生きられない人間の悩みや葛藤、寂寥が等身大で描かれている。そしてそうした事柄は間違いなく美波自身が経験した、もしくは今も抱え続けているリアルである。
 
けれども美波の抱える『孤独』という鬱屈した感情は同時に、今を生きる若者の悩みにも置き換えることが出来る。スマートフォンの普及とSNSの発達に伴い、こと人間関係におけるストレスは年々肥大化している印象が強い。検索すれば上位に表示される『答え』を知ることができ、暇さえあれば友人らの心からの呟きをチェックしてしまう……。それらのインターネットを主とした技術の発達は、確かに便利にはなった。だがそのひとつの弊害として他者との関係性は幾分表面的なものとなり、無意識的に相手との距離を測ってしまうなど、『日常的な病み(闇)』を抱える一因がそこかしこに点在している感も否めない。
 
だからこそ血を吐かんばかりの熱量で心の叫びを代弁する美波の存在は、この新時代を生きる若者にとって、ある種の救いにもなり得る。悩みを具現化し、痛みを伴った熱量で放出する彼女の楽曲は、これからも同じように悩みを抱える人間に寄り添い、心を解きほぐしていくだろう。そして今回披露された“アメヲマツ、”や“ヘナ”、“フライハイト”に象徴される新曲群は、そんな美波の知名度を飛躍的に上昇させる契機となると共に、美波を更なる高みへと押し上げる力強い武器となって今年広く拡散されることと思う。
 
最後のMCにて美波は「第二章に行かなければなりません」と語っていた。断言しよう。近い将来に訪れる美波の次章は、間違いなく光輝いていると。


※この記事は2020年1月28日に音楽文に掲載されたものです。