今年で20周年を迎えたSUMMER SONICの最終日である、8月18日。海沿いに設置されたオーシャンステージには時折暖かさを携えた風が吹き抜ける。時刻はまもなく18時を回ろうかというところで、今フェス最大規模のオーシャンステージで演奏するアーティストは早くも残り2組を残すのみとなった。
集まった観客のお目当てはもちろん、イギリス・マンチェスター出身の4人組ロックバンド、The 1975である。リリースしたアルバムは3作品全てがUKチャート初登場1位を記録し、今最もチケットが取れないバンドとしても知られている彼ら。昨年にリリースされた『A Brief Inquiry Into Online Relationship』の興奮もさることながら、来たる2020年には『A Brief~』と地続きになったニューアルバム『Notes On A Conditional Form』の発売も決定しており、言うなれば最高に脂の乗り切った状態での出演となる。
そんな彼らを一目見ようと、メインステージであるオーシャンステージは見渡す限り人、人、人の大混雑。
The 1975の前に演奏したWeezerの時点でもパンパンの客入りだったオーシャンステージ。そのため当初は集まった観客に対して「きっとWeezerのライブが終わった後は波が引くように去っていくだろうな」と思っていた僕だったが、実際にステージを後にする人は微々たるもので、むしろどんどん人が多くなっていく感覚さえある。果ては人がひとり移動した瞬間にその空いた隙間を求めて皆が一斉に前へ詰め掛けるものだから、気付けば一切の身動きが取れない。完全なる鮨詰め状態だ。
定刻を少し過ぎたところでお馴染みのSEである『The 1975』が鳴り響き、メンバーがステージに降り立った。彼らにとっては実に3年ぶりとなるサマソニ。まずはThe 1975のライブのオープナーとしてもはやお馴染みとなった『Give Yourself A Try』で、軽快な幕開けだ。
薬物中毒や罹患の影響によりどん底の毎日を送っていた自身の経験を赤裸々に綴った『Give Yourself A Try』は、繰り返されるギターリフが印象的なロックナンバー。ジョージ・ダニエル(Dr)のリズミカルなドラムから端を発した盛り上がりは途切れることなく続き、サビ部分ではマシュー・ヒーリー(Vo)の歌声を上回るほどの大合唱が巻き起こる。
そしてやはりと言うべきか、最も注目を集めていたのは、フロントマンであるマシュー・ヒーリーその人だった。マイクを握り、残った指でタバコの火を燻らせながら歌う様も衝撃的ではあったものの、この日は強い焦燥感と名状し難い躁鬱が終始彼を襲っていた。突然笑い出したかと思えば真顔で虚空を見つめ、ヘッドバンギングを繰り出して舌を出し、マイクのコードを首に巻き付けて咳き込んだりと、どこか危ない雰囲気を漂わせながら縦横無尽に動き回るマシューの一挙手一投足に、目を釘付けにさせられる。
多数の『TOOTIME』の文字が下部から徐々に引き上がって始まった『TOOTIMETOOTIMETOOTIME』では、ミドルテンポなサウンドで盛り上げるのはもちろんのこと、黒人の女性ダンサーがマシューの脇を固め、息の合ったダンスを繰り広げる。中でも意中の相手への電話の回数を数えるサビ部分では、皆一様に自身の指を数字に合わせながらゆらゆらと踊っていたのが印象的だった。
今回のライブは完全なる『A Brief~』のモードで、最新アルバムである『A Brief~』の楽曲を軸としつつ、過去作である『The 1975』と『I Like It When You Sleep, For You Are So Beautiful Yet So Unaware Of It』に収録されている代表曲を随所に散りばめた、磐石のセットリストで進行していく。
その後はポップな世界観で魅了した『She's American』や耳の突出した帽子を被ったマシューが「僕はウサギだよ」とおどけて始まったアダルトな『Sincerity Is Scary』、ダンサブルなサウンドで会場の熱量を底上げした『It's Not Living(If It's Not With You)』と、そのひとつひとつがハイライトとも言うべき盛り上がりを記録。「日本人は海外の歌が歌えない」と揶揄されて久しいが、この日は大合唱に次ぐ大合唱だったのも印象深い。The 1975の楽曲がいかにキャッチーかつ唯一無二の存在なのかを、改めて実感した次第だ。
時に神秘的に、時にきらびやかに映し出された最新鋭のVJにも触れておきたい。カメラマンが撮影する映像をリアルタイムで加工して表示することから始まり、四方八方から飛び交う色彩に高揚し、美しい街並みに息を飲む……。まるでミュージカルの舞台のように著しく姿を変えていくそんなVJの数々も、The 1975のライブには必要不可欠。視覚的にも楽しめる、重要な役割を担っていた。
さて、これは僕個人の単なる憶測に過ぎないが、今回のThe 1975のライブは今まで画面を介して観たどのライブよりも、刹那的かつ衝動的だったように思う。特に前述したようにボーカルのマシューに至っては、何度も感情のコントロールを無くしている印象だった。
そうした行動はフロントマンとしての圧倒的な存在感を見せ付ける意味では良かったものの、自己破壊的なパフォーマンスを繰り広げるマシューを見ていると、彼は心の奥底に何か重く大きい悩みを抱えているのではないかと、そんな風にも思えて仕方なかった。
マシューのそんな精神状態に合点がいったのは、『I Like America & America Likes Me』前に語られた、長尺のMCでのことだった。
「普段は言語の壁があるからたくさんは話さないけど、今回は少しだけ話をさせてほしい」と前置きしたマシューは、次のように語った。
「僕は8月14日に、ドバイでライブをした。その時に最前列にいた男性のファンに『キスしてくれ』と言われて、キスをしたんだ。でもドバイではLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)を厳しく制限していて、僕らは非難の嵐にさらされた。かなり大きなニュースにもなったし、もしかしたら今後はドバイへの入国を禁止されるかもしれない(意訳)」
「僕は普段あまり抗議はしない。でも人間と人間との間の関係でやったこの行為は凄く美しかったし、ピュアな行動だと思う。僕が最終的に言いたいのは、後悔はしてないってことなんだよ(意訳)」
ドバイ(アラブ首長国連邦)の法律において、同性愛は最大で10年間の禁固刑に処せられることもある重大な犯罪行為のひとつである。実際のシロとクロの境界線については定かではないにしろ、今回マシューが行った行為は、ドバイの法律中の何かしらの部分に抵触する可能性は無いとは言い切れない。
しかしながら「後悔はしてない」という彼の発言は間違いなく本心なのだろうし、後に彼のツイッターの個人アカウントでも「もう一度チャンスがあっても僕は同じ事をするだろう」と述べていたことからも、彼が自身の主張を曲げることは今後もないだろうと思う。
そう。彼はこの日、私見と他国の法律の狭間でがんじがらめになったグチャグチャの心境で、この場に立っていたのだ。ステージドリンクとして頻繁にアルコール(日本酒)を摂取していたことも、いつになくがむしゃらなパフォーマンスに終始していたのも、全てはこのドバイの一件が大きく絡んでいたのだ。
そして「怒るのは今だよ」と語って雪崩れ込んだ次曲『I Like America & America Likes Me』は、あまりにも衝撃的だった。
〈この街の若者として 強い信念を持って声を上げるんだ(和訳)〉
〈頼むから聞いてくれ 頼むから聞いてくれ(和訳)〉
MVと同様の映像が流れる中、マシューはオートチューンがひび割れて地声が表れてしまうほど感情を爆発させながら、何度も絶唱。時折よろけて足元がおぼつかない場面もあり、後半では大きな音を立てて地面に倒れてしまう。しかしそれでもマイクは離さずに歌い続けるマシューの姿には、強く心を揺さぶられた。
その後も怒濤の盛り上がりは収まることなく、あっという間にクライマックスへ。ラストはもちろんこれを聴かずには帰れない屈指のキラーチューン、『The Sound』で完全燃焼を図る。
〈君が近くにいると分かるんだ 君の音を知ってるから(和訳)〉
〈僕は君の心の音を知ってるよ(和訳)〉
歌われるのはThe 1975の十八番とも言えるラブソング。すっかり暗くなったオーシャンステージにピンクに彩られたVJが神秘的に輝く中、ポップなサウンドがオーシャンステージ一帯に広がっていく。その中心で注目を一点に集めながら歌い踊るマシューは、心の底から楽しんでいるように見えた。
打ち込みを多用した爽やかな楽曲である『The Sound』。しかし後半にかけては一転、ミステリアスな雰囲気に。正確には楽曲自体は相変わらずポップに鳴っているのだが、モニターには「まだこんな曲を作ってるのか?」、「説得力のない歌詞」、「甲高いボーカル」、「『チョコレート』は1回だけ聴いたけど嫌いだった」など、実際に彼らの目に飛び込んできた批評家の評論やアンチコメントが列挙されていく。
そんな中マシューはそうした罵詈雑言など何処吹く風とばかりに一層歌に力を込め、高らかな歌声を響かせていく。ラストはマシューの「イチ・ニ・ファッキンジャンプ!」の一言で会場が完全に一体化。午前中から動き回ったことで観客は皆疲労困憊であったと推察するが、溜まりに溜まった疲れすらも超越する感動的な光景がそこにはあった。
個人的にはこの18日のみならず、サマソニ3日間全体を通して最も印象深かったシーンこそ、今回のThe 1975のライブだった。それは押しつ押されつで全身汗だくになったオーディエンスからも、肩で息をしながら「君の大好きなバンドに拍手を」と言い残して去っていったマシューの姿からも明らかで、きっとこの先何十年にも渡って思い返すであろう歴史的な一夜であった。
The 1975の勢いは止まらない。7月には環境保護活動家であるグレタ・トゥーンベリのスピーチをフィーチャーした『The 1975』、更にサマソニのライブ終了から僅か5日後には、今までのThe 1975像を根本から覆す意欲作『People』を公開。更に前述の通り、来年にはこれらの楽曲を収録したニューアルバム『Notes On A Conditional Form』の発売が決定している。そのため確定事項ではないものの、近い将来日本での単独公演が実現する可能性も大いにあると考えて良いだろう。
間違いなく次にThe 1975が来日する際は、今とは想像もつかないほどの知名度と、完成度の高い楽曲群を引っ提げてやって来る。今回サマソニで彼らの勇姿を観ることができたオーディエンスは幸運だったとも言えるだろう。何故なら彼らが次回来日することが確定したとして、その時にもしもあなたが「The 1975のライブに行こう」と意気込んだところで、チケットを無事に取れる保証などどこにもないのだから……。
[講評]
SUMMER SONICでのThe 1975のライブについて、マシューのMCの内容にも触れながらそのパフォーマンスに込められたメッセージについて考察した作品。マシューの自己破壊的な振る舞いをリアルに描写することで臨場感が伝わると同時に、The 1975の楽曲の素晴らしさも的確にまとめられています。この過激なパフォーマンスの背景にはマシューの葛藤があったことがわかり、ライブを観た人でもThe 1975を再発見できる文章だと思います。
※この記事は2019年9月27日に音楽文に掲載され、10月度の月間賞に選ばれたものです。