キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【音楽文アーカイブ】ジャパニーズ・サムライ 〜ZAZEN BOYSライブツアー『MATSURI SESSION』ライブレポート〜

先日行われたZAZEN BOYSの全国ツアー『ZAZEN BOYS TOUR MATSURI SESSION』。そのうちの広島公演に参加した。

 

ZAZEN BOYSにおいては久方ぶりの大規模なツアーである。今回ライブ会場に選ばれた広島クラブクアトロは700人以上が収容可能な広島県のライブハウスの中でも一二を争う大バコとして知られているが、蓋を開けてみれば平日にも関わらず後ろまでパンパンの客入り。一切のBGMが流れない無音空間の中、静かな緊張感に包まれていた。

 

しかしその裏では、今までの彼らのライブとは異なる雰囲気も漂っていたように思う。

 

そう感じた理由は主にふたつ。まずひとつ目にZAZEN BOYSは、今年中にニューアルバムの発売を控えているということだ。前作『すとーりーず』から数えると約7年もの月日が経過したが、その間新曲は1曲たりともライブで披露されることはなく、ファンにとってはやきもきする期間が続いていた。

 

そんな中発表されたニューアルバムの一報である。そのため新曲が披露される可能性が高いことは集まった観客も理解しているはずで、いわば今回のツアーは『ニューアルバムの雰囲気を最も早く知ることができるツアー』とも言えるのだ。

 

そしてもうひとつは言わずもがな、NUMBER GIRLの再始動が発表されたことだ。フェス参加やツアー開催も決定し、今夏から少なくとも向井秀徳(Vo.Gt)はそちらに重点を置くこととなるだろう。

 

事実、公式ホームページを確認してみると夏はNUMBER GIRLのスケジュールでビッシリとなっており、現在判明しているザゼンの次の予定は11月末から。よって次にザゼンのライブを観るには、最短でも4ヶ月は待たなければならない。

 

……つまり総合すると、今回のライブは『予想がつかない』ということだ。セットリストも構成も、その全てが霧に包まれている。さて、今宵のマツリセッションの行方は如何に。

 

無音のフロアで待機すること数十分、定時を5分ほど過ぎて暗転。向井、MIYA(Ba)、カシオマン(Gt)、松下(Dr)の4名がゆっくりと配置に着く。

 

一曲目は『Fender Telecaster』。中でも開幕を告げる冒頭の数十秒間は壮絶だった。全員が向かい合わせになり「ワン・ツー・スリー・フォー!」の合図で同じタイミングで音が鳴った瞬間、会場の温度が一段階引き上げられるのが分かる。

 

誰かがワンテンポでもズレれば瞬時に破綻する状況下において、すさまじい集中力で進行していく。中でも向井とカシオマンが解放弦を駆使してギターをギャリギャリと鳴らし合うその姿は、さながら侍の斬り合いだ。ふと周囲に目をこらすと、観客は皆一様に一挙手一投足を見逃すまいと目を釘付けにしており「何かヤバいものを目撃している」という実感が会場中を支配していた。

 

曲終わり「マツリスタジオからやって参りましたザゼンボーイズ」と向井が発すると、大きな拍手が送られた。

 

その後は『破裂音の朝』、『MABOROSHI IN MY BLOOD』、『Honnoji』といったキャリア全体を網羅するセットリストで進行。

 

特筆すべきは演奏面。カシオマンは虚空を見つめて高難度のフレーズを弾きまくり、MIYAは首がもげそうになるほどのヘッドバンギングを行いながらスラップを連発。松下は鬼のような形相でバンドメンバーに目を配り、全体重を乗せた重いドラミングを披露していた。

 

向井はと言えば時折傍らに置かれたハイボールをチビチビ飲みつつ曲間に「ハッ!」、「シャッ!」とアドリブを入れまくる力の抜きっぷり。かと思えばバンドメンバーに拍のタイミングを指示するバンマスらしさも垣間見え、絶対的な存在感を放っていた。

 

アドリブと言えば『COLD BEAT』にて突然向井が「ずぼっとハマったポテサラ」と『泥沼』、『ポテトサラダ』の一説を引用したかと思えば「とりあえず生中」、「あと……おしんこ」、「金宮1合」、「そのあとにまたポテサラ」と気の向くままに居酒屋のメニューを列挙する一幕も。

 

そして何度も「ポテサラ」を連呼した後に再び曲に戻るという、CD音源では3分にも満たない『COLD BEAT』がエンターテインメント性抜群かつ長尺な楽曲に変貌していた。その一連の流れは完全なる向井のアドリブであり、他のメンバーはどの段階で曲に戻るのか一切知らない様子。そのため向井以外の3人は呼吸を止めながら、常に向井の動向に目を光らせていたのが印象的だった。

 

全国各地を巡るツアーではあるが、彼らのライブパフォーマンスは絶対に『その日のライブ』でしか観ることの出来ない、唯一無二の作品なのだと実感した次第だ。

 

『RIFF MAN』終了後、向井の「我々ザゼンボーイズは新曲を作っております」という一言から始まったのは、『公園には誰もいない』と名付けられた新曲。

 

今回のライブでは後述する楽曲を含めると計3曲が新曲として披露されたのだが、この『公園には誰もいない』は彼ららしい変拍子とギターの主張に圧倒されるミドルテンポなナンバー。大半の観客が初見でありながらゆらゆらと体を動かす人が多数見受けられ、早くも彼らのライブに馴染んでいた印象を受けた。

 

『This is NORANEKO』、『TANUKI』という動物ナンバーが連続する場面においては「塀と塀の間からこっちを見ている野良猫の歌」、「狩人に散弾銃で土手っ腹を撃ち抜かれてぶっ殺された、タヌキ!」とユーモア溢れる入りで大いに笑わせてくれた。

 

「ぴろしまシティーにお集まりの皆様。ピロシキでも食べながらスウィートな週末をお過ごしください」と始まった『Weekend』では圧倒的なグルーヴと意味不明な歌詞、そしてライブならではのアドリブ感に、次第に意識が朦朧とするような感覚に陥る。演奏終了時に向井のハイボールが空になり、急遽スタッフを呼んで作らせる光景もライブならでは。

 

ちなみに今回のライブでは、向井はキーボードを一切弾かなかった。というよりそもそもの配置自体がされておらず、本来キーボードサウンドを主体に展開するはずの『Weekend』や後述する『Asobi』といった楽曲においてはエレキギターで代用。そのため必然的に、とてつもなくロックなナンバーに変貌していたのが新鮮だった。

 

その後はファーストアルバム収録の『IKASAMA LOVE』や「秘密、こっそり教えちゃもらえんかね?」と語ってスタートした『HIMITSU GIRL'S TOP SECRET』、「暗黒屋台の親父が売っているのは、毒入りのもみじまんじゅう」と笑いを誘った「暗黒屋」と間髪入れずに進行していく。

 

更には再び「ザゼンボーイズは新曲を作っております」と語って鳴らされた『杉並の少年』と『黄泉の国』の2曲の新曲は、それぞれ毛色の異なる魅力が秘められていた。『杉並の少年』はかつてないほど口ずさみやすいキャッチーな楽曲。対して『黄泉の国』はサイケデリックなダークナンバー。先に演奏された『公園には誰もいない』と同様に完成度の高い楽曲の数々に、来たるニューアルバムの完成形を期待してしまう自分がいた。

 

向井の独特の語りは続く。『天狗』前には連想ゲームのように「そんなこんなで黒猫やらぶっ殺されたタヌキやらがおったわけですけれども、ふと空を見上げてみればあれは……夕焼け空に飛んでいった、天狗……。まあ本当は鷺(さぎ)だったんだけれども……」と語っていたのだが、あまりにも謎過ぎるシナリオとシリアスな空気感が相まって、客席からは笑いが起こる。

 

それに対して「うーん……分からんだろうなあ……いや、分からんだろうなあ……」と向井が首を捻りながら奏でられた童謡『赤とんぼ』のカバーは「夕やけ小やけの赤とんぼ~♪」といった本来の歌い方を大きく逸脱し、爆音のギターをバックに一種の朗読劇のように進行。

 

もうここまで来ると観客の理解の範疇を完全に超えてしまっているのだが、このサイケ感がザゼンらしくもあり、笑いが込み上げてくる。おそらく数十年の長きに渡って様々な形態でカバーされていたであろう『赤とんぼ』だが、ここまでクレイジーかつエンターテインメント性抜群の楽曲に仕上げた『赤とんぼ』は前代未聞だろう。

 

ライブは終盤へと差し掛かる。『WHISKY & UNUBORE』、『SUGAR MAN』、『はあとぶれいく』といった新旧のナンバーを織り交ぜつつ、最後に演奏されたのは『Asobi』。

 

CD音源ではキーボードサウンドを軸として進行する楽曲ではあるが、今回は前述したようにキーボードが存在しないため、終始カシオマンがキーボードパートをギターで代用。更に向井はギターをスタンドに立て掛け手ぶらの状態で挑み、昨今のライブで散見されたようなカシオマンによる大五郎の容器を用いたシェイカー演奏も皆無で、全く新しい『Asobi』として確立していた。

 

ポケットに両手を突っ込んで仁王立ちで歌う向井は「遊び足りなーい!」と繰り返し絶唱。後半に至っては完全なるジャム・セッションと化し、ある種のトランス状態が果てしなく続く至福の時間となった。向井は2杯目の残されたハイボールをチビチビ飲みつつ、小声で「ワン・ツー・スリー」と拍を取ったり、指を立てながらあと何小節で次の場面に移るかを逐一指示していた。3人がミラーボールに照らされながら演奏し、それを向井が指揮する様は神々しくも見え、「この時間がずっと続けばいいのに」と感じたほど。

 

向井が「マツリスタジオからやって参りましたザゼンボーイズ。ぴろしまシティー、乾杯!」とハイボールを掲げた瞬間演奏が終了。惜しみ無い拍手が送られて本編は終 

鳴り止まないアンコールの声に再びステージに舞い戻ったメンバー。鬼気迫るステージングの後だからなのか、メンバーの顔は一様に朗らかだ。ちなみに向井の手には既にプルトップを開けた350mlのビールが握られていた。向井、まだ飲むのか……。

 

「貴様に伝えたい」と語って始まったアンコール1曲目は『KIMOCHI』。時折「俺のこのキモチを」の歌詞を「キモティ」や「キモピ」にしながら余裕綽々で歌い上げる向井に、その都度客席からは笑いと歓声が上がる。聞けばこの楽曲はその時点までの他の公演のアンコールでは演奏されなかった楽曲らしく、ここ広島で聴けたのは運命的なものを感じた。

 

正真正銘ラストの楽曲として鳴らされたのは『CRAZY DAYS CRAZY FEELING』である。CD音源では椎名林檎がコーラスを務めていたが、この場では向井が椎名林檎パートも兼任する形で進んでいく。

 

今まで以上にどしゃめしゃな演奏を繰り広げるバンドメンバー。そして向井は伝家の宝刀「くりかえされる諸行無常、よみがえる性的衝動」のフレーズをバッチリ決め、大団円で終了した。

 

……とてつもないライブだった。客電が点いた後も鳴り止まないアンコールと、治まる気配のない耳鳴りが、その日の壮絶さを何よりも雄弁に物語っていたと思う。

 

正直音源や公式動画を聴いただけで彼らのことを理解した気でいたのだが、とんでもない。この日目の前で繰り広げられていた2時間のステージングはあまりにもクレイジーで、極めて肉体的な極上体験だった。

 

ライブハウスの外に出ると「Tシャツ販売しておりまーす!」というスタッフの声が聞こえてくる。ふと物販に目をやるとそこにはTシャツしか販売されておらず、缶バッジやタオルといったグッズは一切置かれていなかった。学校の授業机を彷彿とさせる小さな物販コーナー。その前にはそんな僅かな種類のTシャツのみを求めて、長蛇の列が出来ていた。そんなカオスな光景を見て「何だかザゼンらしいな」と思ってしまった。


僕は列の最後尾に並ぶ。まだ耳鳴りは酷いが、今は何故か心地良い。ウォークマンを取り出し、今しがた演奏されたばかりの『CRAZY DAYS CRAZY FEELING』を聴きながら列が進むのを待つ。

 

……改めて聴いても意味が分からない。何だこの歌詞は。何だこの不協和音にも似たサイケ感は。頭がおかしくなりそうだ。

 

しかし実際数分前まで、こんなクレイジーな楽曲群を2時間以上も聴いていたのだ。まだ夢心地で現実味がない。彼らのライブは合法ドラッグにも似た成分が含まれているのではなかろうか。

 

未だふわふわとした気持ちの中、ビールを掲げて悠然と立ち去る向井の姿を思い出す。すると無性にビールが飲みたい気分になり、今日は久しぶりにビールを飲もうと心に決めた。

 

肴はもちろん、ザゼンボーイズの音楽である。



※この記事は2019年7月18日に音楽文に掲載されたものです。