キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

【コラム寄稿のお知らせ】2022年を振り返るuzurea.netライター/編集者が夢中になった作品&コンテンツ紹介

uzurea.net様に年末企画・編集者が夢中になった作品&コンテンツ紹介記事を寄稿しました。

2022年は本当にいろいろなことがありました。一番大きな出来事としては僕が新しい職場に就職したことなんですけど、とにかく2022年の3月以降は「目の前の仕事を全力でやろう!」というのに必死だった気がします。ただそのためには全部の仕事を二つ返事で受けて、ニコニコしながらコミュニケーションをとって……といった行動を毎日する必要もあって。そうしたストレスに追い込まれたりもしつつ。あと、前の職場より年間休日が誇張なしで半分近く減ったので、ライブに行くことも難しくなりましたし。あまりブログでは書かないようにはしてましたが、割とここ数年で一番メンタルは落ちてた年でした。

ただこれは本文にも書いたんですが、そんな中でもちょっと前向きにさせてくれるのはマンガや映画といったエンタメで。この記事では『生徒会にも穴はある!』『すずめの戸締まり』『PLAN75』『スプラトゥーン3』『リコリス・リコイル』といった個人的にハマった作品5つを取り上げてます。面白いのでぜひ。

また、uzurea.netさんには本当にお世話になりました。2023年も本業と折り合いを付けながら、無理しない範囲で活動していく所存です。そして新しい試みも、いろいろやっていきたいです。ちょっと他の媒体さんに音楽記事を寄稿したりとか、音楽について喋るラジオみたいな活動もしてみたいなーとか考えてます。とにかく音楽系のものを増やしたいですね。

というわけで、大分日にちが空いてしまいましたが。明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。そう言えばもう少しでこのブログも100万アクセス達成だそうですよ。この数字を目指し続けて、気付けば6年近く経ってしまいました。長かったですねえ。

2022年を振り返るuzurea.netライター/編集者が夢中になった作品&コンテンツ紹介 - uzurea.net

【記事寄稿のお知らせ】SOUNDPEATS『Capsule3 Pro』イヤホンレビュー

uzurea.net様 & SOUNDPEATS社様からご依頼いただき、新作ワイヤレスイヤホン『Capsule3 Pro』のレビュー記事を寄稿しました。

イヤホンって、選ぶの本当に難しいですよね。ネットで見ようとすると使用感がわからないし、値段の相場もまちまちだし……。自分の話になるんですが、僕はずっと無くしやすいし断線するしという理由で、1000円のイヤホンを何個もストックして使ってまして。で、今年の頭に1万円クラスのイヤホンを試しに買ったりして「音すげー!」ってなってたんですけど、またそれもすぐ断線してしまって。「もちろん良い音で聴きたいけど、もう有線しんどいなー」と思ったり。

そんなタイミングでお送りいただいたのが今回の商品で。これ、めちゃくちゃ良いです。記事内でもネガティブな点がほとんどなかったのでベタ褒めしてるんですが、これまで使ったイヤホンの中でも抜群でした。詳しくは寄稿記事にて。

SOUNDPEATS『Capsule3 Pro』ノイズキャンセル搭載 Hi-Res Audio認証ワイヤレスイヤホンレビュー 【製品提供記事】 - uzurea.net

【ライブレポート】『COUNTDOWN JAPAN 22/23 3日目』@幕張メッセ

こんばんは、キタガワです。

遂に来た運命の冬フェス『COUNTDOWN JAPAN 22/23(以下CDJ)』!中止や規模縮小を経て、今年は3ステージ4日間の開催となったこの日。出演者の多くが開催に際して感動的なMCを語ってくれていたように、音楽好きの我々にとってもアーティスト側にとっても、もはやCDJというイベントは一年を締め括る必須イベントなのだ。それが最高の形で行われることを、幸福と言わずに何と言おうか。

今回参加したのはフェス3日目の30日。そして鑑賞したのは以下の8組である。思った以上に予定変更してしまった感はあれど、結果的には大満足の立ち回りであった。そんな年越しフェスの3日に参戦したのでそちらをレポート。当日のMCやセトリを含めて、ゆるりとご覧いただければ幸いである。

今年のCDJについて

少しずつ良くなっているとは言え、やはりコロナ禍での大型フェスの開催はネックな部分もある。そのため今年は例年よりもキャパを抑えつつ、ステージは大きい順からEARTH STAGE(キャパ25,000人)、GALAXY STAGE(キャパ12,000人)、COSMO STAGE(キャパ6,000人)の3つのみ。また足元の仕切りはないにしろ、観客側には飛沫感染を防ぐために過度な声援・発声を禁じる措置が取られていた。

その他、セキュリティ(転売対策)の面でもフェス界隈唯一と言ってもいい盤石の体制が取られた。具体的には従来のチケットもぎりではなく、今年は顔認証&電子チケット認証制。参加者は事前に自分の顔写真を登録、電子チケットには住所氏名電話番号を必須として申し込むので、転売が一切できない仕組みである。故に実際「入るとき本人確認が面倒かもな」とも考えていたけれど、そちらも杞憂。QRコードと自分の顔をかざすだけで入場準備が全て終了というスムーズさは、最新鋭のシステムを感じさせてくれて素晴らしかった(リストバンド着用やパンフレット配布もなし)。

そして肝心のライブ鑑賞系のあれこれに関しては、完全にストレスフリー。「あれもダメこれもダメ!」といったこともなく、普通にアルコールも販売されているし、常識の範囲内ならもうコロナ前のCDJの印象だった。誘導も本当に様々な部分まで行き届いているので、改めて「これ最強のフェスだなあ」と思ったり。全部ホール内なので温かく、音の聴こえやすさもバッチリなのも嬉しい。総じてCDJは間違いなく、この日をもって復活したと見るべきだろう。


フレデリック EARTH STAGE 11:10〜11:50

さて、ここからは本編のライブレポ。本来であればyamaを観る予定だったのだけれど、ギリギリに到着したのでyamaは既にライブスタート中だった。「それなら一番最初から観ることが出来るバンドにしよう!」ということで予定変更し、まずは最もキャパの大きいEARTH STAGE……フレデリックのライブに殴り込みだ。

通路をグーっと右に進んでいくと、だんだん音が大きくなってくる。どうやら既にライブは始まっているようである。見るからに超巨大なフロアは初っ端にも関わらずかなり人が入っていて、その中心ではちょうど曲が鳴らされていた。そんな気になるオープナーはまさかの新曲“MYSTERY JOURNEY”。誰もがほぼ初見の楽曲ながら、そのキャッチーなサウンドで一瞬にして踊らせるのはフレデリックの強み。そこからは「遊び切ってから帰れよ!(以下動画参照)」のアレンジでお馴染みの“KITAKU BEATS”、キラーチューンの“オンリーワンダー”を出し惜しみなしで投下。かと思えば初期曲の“人魚のはなし”をゆったり聴かせるなど、自信の強い様はまるでワンマンライブのよう。

フレデリック「KITAKU BEATS」Live at 神戸 ワールド記念ホール2018 / frederic“KITAKU BEATS” - YouTube

「人っていうのは変な生き物で。どれだけ楽しいライブを過ごしてもフェスから帰ったとき一番最後に『良かったー!』と思うのは、決まってトリのアーティストなんです。……でも僕らは今日トップバッターですけど、みんながCDJが終わって海浜幕張駅とか東京駅とか、そういう場所で思い返したときに『フレデリック良かったなあ』って、絶対に思ってもらえるライブをやります。40分一本勝負、僕らに付いてきてください」

三原健司(Vo.G)がそう語ったのは、“ジャンキー”前のこと。一見ビッグマウスのようにも思えるけれど、この『ひっくり返す』姿勢は活動当初から不変。更にはこの場に集まってくれたファンへの、感謝の裏返しでもあるのだ。そこからの“ジャンキー”はMVにも出演したウサギキャラ2匹がVJに映し出され、一緒にダンス。歌詞を《踊ってない夜を知らない幕張》に変えて盛り上げた“オドループ”もあまりに至高だ。

フレデリック「ジャンキー」Music Video / frederic "Junkie" - YouTube

「圧倒的に盛り上げたしこの辺りで終わりかな」と考えを巡らせていると、再度健司からアナウンスが。「普通のバンドなら、これでありがとうサヨナラです。でも僕たちフレデリックは違います。まだ世に出ていない、未発表の新曲を披露して終わりたいと思います」との一言。……そう。最後の楽曲は本日2つ目の新曲“スパークルダンサー”である。曲調的には先述の“ジャンキー”が最も類似している感覚で、ピコピコサウンドと口ずさみやすいメロが特徴。いずれ定番曲になるのは間違いないまでも、これを一番大きいステージのトップバッター、しかも最後の局面で選択するのは流石フレデリックと言うべきか。ステージ袖にハケる寸前に「フレデリック、来年ワンマンライブをします。……来るよな?」と笑顔を見せた健司、その顔はやはり自身に満ちていた。

【フレデリック@CDJ セットリスト】
MYSTERY JOURNEY(新曲)
KITAKU BEATS
オンリーワンダー
人魚のはなし
ジャンキー
オドループ
スパークルダンサー(新曲)

 

CHiCO with HoneyWorks COSMO STAGE 12:00〜12:30

続いてはステージ間を移動しCOSMO STAGEへ。そのフロアは基本的には飲食店が立ち並ぶレストスペースになっているのだが、その一角にCOSMO STAGEが鎮座している、という感覚。……そこでプレイするのはチコハニことCHiCO with HoneyWorks!ボーカロイドや恋愛シナリオ中心の楽曲を制作していた音楽ユニット・HoneyWorks(ハニワ)に、ボーカルのCHiCOが加わったバンドである。ライブのMCでCHiCOは「この4分の1くらいかと思ってた」と集客について語っていた中で、何と結果は入場規制。僕はギリギリに滑り込むことに成功したが、その瞬間に入口の幕が降ろされ、そこから一度も開くことはなかった。今思えばチコハニを観ることができたのはとても幸運だった。

……と、余談はさておいてチコハニである。最新アルバム『iは自由で、縛れない。』リリース直後のためてっきりセットリストはこちらをフューチャーするものになるかと思いきや、これまでリリースしたアルバムからプレイする流れ。ひとつ驚いたのは初のロックフェス出演だからだろうか、“醜い生き物”や“我武者羅”など楽曲のほとんどがギターが激しく鳴るロックであり、およそ恋愛ソングのイメージの強いチコハニ的にも非常に稀有なものだった。

リベンジゲーム/CHiCO with HoneyWorks - YouTube

バンドメンバーはボーカルのCHiCOの他、ギター・キーボード・ベース・ドラムの計5名編成。その中心で歌うCHiCOの姿はモニターに映し出されてはいるのだけれど、公式には素顔を公表していないため、上手い具合に顔をボカしたり目の部分だけは絶対に映らないようにしていたりと、様々な配慮が成されていたのも印象的だった。そして特筆すべきはやはりCHiCOの歌声で、あの爆音の中を突き抜けて聴こえる声とでも言おうか。とにかく明瞭で、シンガーとしての実力を見せ付けたライブでもあった。

途中のMCでは「フェス飯って言うのかな、みんな知ってる?メロン!あれめっちゃ美味しそう!ライブが終わればちょうどお昼どきなので、お肉食べたりして最後まで楽しんで行きましょう!」とキュートな言葉で楽しませたチコハニ。しかし曲になると熱量が爆発するのも格好良く、“決戦スピリット”以降は全力で歌うあまりCHiCOの衣装が肩からはだけ、何度もそれを直す仕草も見られた。それほどまでにこの環境が熱を帯びていたのが分かるというものだ。

プライド革命/CHiCO with HoneyWorks - YouTube

ラストはアニメ『銀魂』の主題歌としても広く浸透した“プライド革命”。「まだまだ行けますか!」との煽りを受け、ますます大きくなった声援と共に駆け抜ける圧巻の幕切れである。度重なる熱唱で疲れているかと思いきや、絶対にブレないCHiCOの歌声に感動しながらも、ロックフェスに参加する者として最大級のリスペクトを見せつけてくれたチコハニ。ライブ終了後に一気に人がハケたことでフロアにポッカリ空いた隙間が、その人気の何よりの証明だったのではなかろうか。

【CHiCO with HoneyWorks@CDJ セットリスト】
リベンジゲーム
醜い生き物
世界は恋に落ちている
決戦スピリット
我武者羅
プライド革命


石崎ひゅーい COSMO STAGE 13:00〜13:30

ここで少しフェス飯の小休憩を挟み、続いては同ステージで石崎ひゅーい(ちなみに石崎ひゅーいは本名です)。個人的に今年は10月の大阪公演以来2度目の参加となり、当時2時間の尺で魅せていたものを30分というコンパクトな形でどう構成するのか、とても興味があった次第である。フロアは先程のチコハニ終了後にかなり隙間が空いていて、鑑賞するには絶好の環境。「人が少ない方がアーティストの気持ちは燃えるもの!」なんていう言葉があるくらいだし。

緩やかなSEと共にゆるりとステージに立った石崎。「何を1曲目に持ってくるんだろう」と思っていたが、何と本来後半に演奏することが多いバラード曲の“花瓶の花”だったのでビックリ。石崎の歌声はじんわりと会場全体に浸透して早くも自分の色に染めているし、その歌声に誘われて少しずつ人も増えてきた。いちシンガーソングライターとしても、素晴らしい開幕である。

石崎ひゅーい - 花瓶の花 - YouTube

ところで今回のライブでは、ひとつのサプライズがあった。「今年はいろんなことがありました。その中でも菅田くん(菅田将暉)に提供した”さよならエレジー“っていう曲の入りが、千鳥のノブさんに似てるっていうことで話題になって……。で、番組で取り上げてもらったのがきっかけで飲みに連れて行ってもらって。その時に僕言ったんです。『ノブさん。12月30日、COSMO STAGEに“さよならエレジー”って言いにきてもらえませんか』と。するとノブさんはこう言ってくださいました。『ノーギャラでええで』と」。

予想外の展開にざわつく会場。そして言葉のひとつひとつを強調するように「僕はこう、言いました。ノブさん。12月30日、僕は、このCOSMO STAGEで。ノブさんを待ってますと!」と石崎が叫ぶと、袖から登場したのはまさかまさかの千鳥ノブ!物凄い歓声に包まれる中「どうも千鳥ノブですー。昨日ゴチクビになりました!」とゆるい挨拶。そこから遂に実現してしまった、ノブによる「さよならエレジー!」の口上で始まった楽曲、ハチャメチャな盛り上がりだった。あと、幕張メッセまで本当にそれだけを言いに来たノブはすぐに帰っていった。彼、この日誕生日なのに……。

石崎ひゅーい - ファンタジックレディオ - YouTube

以降はマイクスタンドを振り乱しながら“夜間飛行”を鳴らすと、お馴染みの“ファンタジックレディオ”へ。「幕張の君のことが好き!」と歌詞を変えて歌いつつ、ラスサビ前ではスマホのライトをONにするよう指示。一面に広がる光の海を見ながら、石崎は「出演が決まってから、これをずっとやりたいと思ってたんです」とご満悦。フェスとしては攻めたセトリで魅せた30分、「もう少し観たかった!」と思ってしまうのは、罪なところである。

【石崎ひゅーい@CDJ セットリスト】
花瓶の花
カカオ
さよならエレジー(ゲスト:千鳥ノブ)
夜間飛行
ファンタジックレディオ


amazarashi GALAXY STAGE 14:15〜14:50

石崎のライブが終わると、そのまま向かって最も左側にあるGALAXY STAGEへ。フロア写真を見る限りあまり分からなかったのだけれど、実はこのステージは距離的にも離れていて、意外と歩く。ステージに向かう扉を抜けるとアーティストグッズ売り場とクロークがあり、更にそこをずーっと抜けるとようやくステージ……という奥まった場所に。なお結果的にこの場所はamazarashiの爆音を他のステージに漏らさないために、うまく充てがわれたものだったのだというのは、後になって分かることだが……。

紗幕が降りる瞬間だったり、リハの時点で“フィロソフィー”(ギターリフのみ)と“夏を待っていました”(秋田ひろむは途中で「ギターの音少し上げてください」と言っていた)を鳴らしたりというレアな光景を見つつ、定刻に。1曲目に鳴らされたのは最新アルバム同様“感情道路七号線”で、実際の道路と歌詞が紗幕に投影され、ダウナーな雰囲気が会場を包んでいく。まるで映画を観ているようなamazarashiならではの感覚に揺られていると、秋田ひろむ『COUNTDOWN JAPAN、幕張メッセ!青森から来ました、amazarashiです!』とお馴染みの前口上が。

amazarashi 『アオモリオルタナティブ』Lyric Video - YouTube

この日のセットリストは最新アルバム『七号線ロストボーイズ』が基準。特に前半は完全にアルバムの曲順通りで、取り分けアルバムの中でもアッパーな楽曲を中心に展開されていく。そのうちひとつだけミドルテンポな楽曲として位置していた“アオモリオルタナティブ”は非常に印象深く、秋田ひろむの故郷である青森県むつ市の風景と共に、学生バンド時代のかつての秋田を記憶を回顧する歌詞が光る。あの力強い歌声で《あっち行ってこっち行っても 君はもうきっと大丈夫》と歌われれば、何よりも雄弁に肩を叩いてくれる感覚さえあった。

ライブではほとんどMCをしないことで知られる秋田は、“アオモリオルタナティブ”が終わると「amazarashiはこういうスタイルでやらせてもらってるので、なかなかフェスには出れないんですけど。一番手から始まって、COUNTDOWN JAPANは昔から出してくれて。……あと10年くらいしたら、トリも任せてもらえるのかなって思ってます」と自身の思いを語ってくれた。思えばamazarashiがこのGALAXY STAGEで演奏して何年も経つが、どんどん出順が良い方向に転がっている気もするし、どこか秋田の隠れた野心を感じることの出来る珍しい語り口に笑顔が溢れてしまう会場である。

NieR: Automata meets amazarashi 『命にふさわしい』Music Video - YouTube

以降は“命にふさわしい”→“空に歌えば”→“独白”という鉄板のキラーチューンを連続展開。長年のファンからすると何度もセットリスト入りを果たしている曲でもあるので若干食傷気味ではあるけれど、やはり盛り上げるには最適な選曲だなと。ラストソングは日本武道館公演以降、様々な場面で披露されている“独白”。ここまで来ると秋田の絶唱と音の爆弾が更に響いてくる感覚があり、次第に頭がトリップする感覚にも陥る。また元となっているストーリーは武道館での『新言語秩序』にしろ、この場における秋田の「言葉を取り戻せ!」の叫びは言いたいことも言えないまま生活を送ったり、逆にSNS等で文字として発散しすぎてしまう我々に対してのメッセージのようにも感じられた。約30分の持ち時間をフルに使ったステージ、今度は単独で観たい。

【amazarashi@CDJ セットリスト】
感情道路七号線
火種
境界線
アオモリオルタナティブ
命にふさわしい
空に歌えば
独白


スキマスイッチ EARTH STAGE 15:30〜14:10

通路をひた走り、ここで再びEARTH STAGEへ戻る。お目当てはもちろん、今年デビュー20周年を迎えるスキマスイッチだ。この日のEARTH STAGEは取り分けロック・パンク然としたバンドが多かっただけに集客を懸念していたりもしたのだが、全くの杞憂。ライブが始まれば後ろまでビッシリの、素晴らしい客入りである。やっぱりみんな、スキマスイッチが大好きなんだなあ。

今回のスキマスイッチは管楽器やパーカッションを含め、おそらくはこの日の出演バンドの中では最も大所帯と思われるサポートメンバー7名を加えた9名編成で登場。割れんばかりの拍手で呼び込まれた中心人物はもちろん大橋卓弥(Vo)と常田真太郎(Piano)で、しばらくのジャム・セッションから雪崩れ込んだのは“ゴールデンタイムラバー”。そして大橋が歌い始めた瞬間「おお……!」という声があちこちで聴こえてきた。それはテレビやCDなどを通して我々の耳に、既に大橋の歌声が完全に刷り込まれている証左でもあった。

スキマスイッチ - 「ゴールデンタイムラバー」Music Video : SUKIMASWITCH / GOLDEN TIME RUBBER Music Video - YouTube

そもそもフェスにおけるスキマスイッチは、セットリストの大部分は不変である。実際僕が参加した5年前のCDJと今回を比較しても、変更点は“Over Driver“とup!!!!!”のみでそれ以外は変わっていなかった。でも彼らの場合はそれで良いのだと、妙に納得させられる魅力がある。その中でも前半のハイライトはやはり珠玉のバラード曲“奏(かなで)”で、常田のピアノの旋律と大橋の歌声のコントラストが誰もの涙腺を刺激。学校生活で、はたまたカラオケで……。様々な局面で聴いてきた名曲が目の前で鳴らされる感動は、計り知れないものがあった。

ただそんな感動的なライブも、MCになると一気に脱力するのも彼らならでは。「今日はじめてスキマスイッチ観るよって人どれくらいいます?」と大橋が問いかけ、かなりの数の手が挙がると「僕ら今年20周年なんですけど……」と自虐し、最終的にはトークに困った大橋が「えっと……あっ!言わなきゃいけないことがあったんだ。僕らYouTubeチャンネルやってます!登録お願いします!」というアーティストっぽくない流れにシフトしたりと、つくづく面白いのがニクイ。

スキマスイッチ - 「全力少年」Music Video : SUKIMASWITCH / ZENRYOKU SHOUNEN Music Video - YouTube

そして大橋が手拍子をレクチャーし「まだ歌ったりできない状況ではありますが、知ってる人は一緒に手拍子で盛り上がりましょう!」と鳴らされた最後の楽曲はもちろん超超超ヒットナンバーの”全力少年“!大橋は左右のモニター付近まで足を運びながら盛り上がりに拍車をかけ、常田はニコニコ顔で演奏。もう断言してしまうが、この場に集まった全ての人はマスクの下で口ずさんでいたし、中には感動で泣いている人も随所に見られた。終盤では大橋がスマホのカメラで会場を撮影し(以下公式ツイッター参照)、大盛り上がりで終了。ネガティブな思いは一切見せずに、徹底して『陽』に振り切った40分。一気に会場を掌握したそのパワーは、フェス全体を考えても非常に価値のあるものだったのではなかろうか。

【スキマスイッチ@CDJ セットリスト】
ゴールデンタイムラバー
Over Driver
奏(かなで)
up!!!!!!
Ah Yeah!!
全力少年


マキシマム ザ ホルモン EARTH STAGE 17:40〜18:25

この日はロックフェスなので、必然多くのバンドTシャツを着用する人を見かけた。その中でも明らかに着用人数が多かったバンドがマキシマム ザ ホルモン。トイレに行ったりフェス飯を買ったり、その都度目に入るバンTがそれだったので、漠然と「ホルモンの動員ヤバいことになるだろうなあ」と想像はしていた。……ただ、実際のEARTH STAGEを目の当たりにすると物凄いファンの数にビックリ。「これってホルモンの単独ライブ?」と感じるレベルのそれである。

SEとして定番となったSPACE COMBINEの”20000cc“と共にオンステージとなったホルモン。その瞬間に「うおおおお!」の声が会場を支配し、全員がグワッと前に進み出る絶好の環境だ。登場するなりカメラを威圧するマキシマムザ亮君(Vo.G)、レッチリのフリーよろしく動き回る上ちゃん(B)、満面の笑みで客席を見つめるナヲ(Vo.Cho)、そして「◎△$♪×¥●&%#?!」と何やら叫んでいるダイスケはん(Vo)である。楽器の爆音が勝って内容は聞き取れないけれども、めちゃくちゃに煽っていることだけは何となく理解できた。

マキシマム ザ ホルモン『ロック番狂わせ』Music Video - YouTube

そうして始まったのは“鬱くしきOP 〜月の爆撃機〜”からの“鬱くしき人々のうた”。亮君の鬱病症状をどしゃめしゃのロックに昇華した爆発曲である。すぐさまあたり一面はヘドバンの海に変貌し、体が千切れそうな程に熱狂するファンたちである。先程までのスキマスイッチのポップネスな雰囲気はどこへやら、気付けば灼熱。サウンドはまさしく音爆弾とも言うべき圧であり、鼓膜は早くもイカれている。初見さんほぼご勘弁の凶悪さ、これこそがホルモンのライブなのだ。

てっきり正攻法で行くかと思いきや、今回は大型モニターを上手く使った映像効果も多数。ドラゴンボールの某敵キャラを題材にした『「F」』ではフ●ーザが動き、『中2 ザ ビーム』ではメガネ男子が光線射出と盛り上げる。更にMCでもアントニオ猪木のモノマネ時に宣材写真が出たりなど、どこかに怒られそうなあれこれを大盤振る舞い。MCでも「どうも、いなくなった猫です」とDISH//のオマージュをしたり、「さっきも私アーティスト控室で探したもん。誰がAdoだー!?っつって」と素顔非公開のAdoを探しに動き回ったというナヲのトークは絶好調で、それに対して「はいはい分かった!うっせぇうっせぇうっせぇわ!」とぞんざいな態度を決め込むダイスケはんの掛け合いが最高すぎる。サウンドに関しては若干ダイスケはんの声が埋もれがちな印象はありつつ、そこは観客全員の歌詞把握でカバーする力技はとても良かった。

マキシマム ザ ホルモン 『恋のスペルマ』 Music Video 野外フェス映像ver. - YouTube

そして「アジカンさんすいません!時間押します!」とまさかの延長を宣言し、最後はこれを聴かなきゃ帰れない“恋のスペルマ”でシメ。開幕の時点で手拍子が凄まじく鳴ったこの曲、内容としては射精という端的に言えばド下ネタの代物なのだけれど、それに嬉々として盛り上がるファンの構図が面白く、これも亮君のキャッチーなメロディーメイクによるものなのだろうと改めて思った次第だ。後半ではコロナ前に行っていたサークルモッシュ(会場全体で輪になって回るアクション)が制限があって出来ないため、その場でクルクル回るものに変更。……耳から爆音。目からは涙。体中は汗だくで表情は笑顔という最高な環境を作り出して、ライブは終幕。「やべえー!」と無意識的な興奮を叫びながら会場を後にするファンはかなりの数いたが、これもどれだけホルモンが愛され続けているかを証明する、素晴らしい証拠だったのでは。

【マキシマム ザ ホルモン@CDJ セットリスト】
鬱くしきOP 〜月の爆撃機〜
鬱くしき人々のうた
「F」
中2 ザ ビーム
maximum the hormone Ⅱ 〜これからの麺カタコッテリの話をしよう〜
ロック番狂わせ
糞ブレイキン・脳ブレイキン・リリィー
メス豚のケツにビンタ(キックも)
恋のスペルマ


ASIAN KUNG-FU GENERATION EARTH STAGE 18:45〜19:15

ホルモン終了後、空いたスペースに一気に押し寄せた人、人、人。続くバンドはフェス参加者にずっぱまりなアジカンである。Adoの入場規制を見越した場所取り的な意味もおそらくあっただろうけれど、それ以上に「アジカンを前の方で観たい!」という人が圧倒的に多かったように思う。個人的には先日のサマソニで“ソラニン”以外の代表曲を全カットした稀有なライブを観てしまったので、その違いを刮目したかったり……。更には最近バズったアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』の関係で“転がる岩、君に朝が降る”をやってくれないかな、というスケベ心もありつつ……。

今回のアジカンはMop of Headのジョージ、RopesのAchicoのサポートを加えた6人編成。いつも通りに絨毯風のラグの上に立った後藤正文(Vo.G)は、早くも余裕綽々な様子でメンバーとジャム・セッションに興じている。そこから始まったのはまさかの“Re:Re:”。これまで中盤に鳴らされることの多かった名曲が最初にドロップされる、驚きの展開である。新録盤『ソルファ』と同様にイントロは長尺化され、一体感も長く感じられたアレンジは流石の一言だし、愛されてきた回数も段違いなのでもちろん全員が大盛り上がり。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『リライト(2016ver.)』 - YouTube

こちらも待ってました!な“リライト”で印象深かったのは、ラスサビ前に恒例となったブレイクタイム。ここでは《芽生えてた感情切って泣いて》の部分でコール&レスポンスを行うことが恒例になっていたのだけれど、今は何かと声を出すのが難しい状況ということもあり、現行のコロナ禍のライブの声出しとして認められている『演奏される音の25%以下であれば声が出せる』ルールに後藤は着目。我々の声出しを「芽生えてた感情……いや、もっと小さく。芽生え……まだ大きい。ちょっとバンドの音今より下げて」と何度も微調整させる後藤の徹底ぶりは、ファンでさえ初めて見る表情で面白い。なおその理由について後藤は「俺もう炎上したくないから」と語っていて、それもまた爆笑してしまった。そこから始まる《消して リライトして》のサビが大盛り上がりを記録したのは、言うまでもないだろう。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『出町柳パラレルユニバース』Music Video - YouTube

「誰かのモノマネはしなくていいから、自分なりに楽しんで」という優しいMCの後には“You To You”、“出町柳パラレルユニバース”と比較的新しい楽曲を続け、“君という花”で再び爆発。やはり新しい楽曲を披露するのがフェスの攻め方とは言え、既存曲のドロップが最も気分が高揚するのだなと再認識。「ラッセーラッセー」の掛け合いこそなかったが、ここ数年あまり披露されてこなかった代表曲をこのタイミングで展開したことには、どこかCOUNTDOWN JAPANへの感謝というか、後藤たちにとっていろいろと思うところがあったのだろうと推察する。

最後の楽曲は『プラネットフォークス』から“Be Alright”。ハンドマイクに持ち替えた後藤がステージを練り歩きながら、「もう大丈夫」のメッセージを高らかに伝える、美しい幕切れだ。仲間はずれの日も、悪どいことを考える人たちに揉まれながらも……。それを最終的には《だけどここに集ったろう そうさWe gon be alright》と笑い飛ばすのは、この日アジカンがトリ前に配置された理由のひとつなのかもな、と思った。どこまでも涼しげな表情で、与えられた役割をしっかりこなして帰っていったアジカン。これこそが今でもロックシーンを牽引する、最強のバンドの姿だ。

【ASIAN KUNG-FU GENERATION@CDJ セットリスト】
Re:Re:
リライト
ソラニン
You To You
出町柳パラレルユニバース(新曲)
君という花
Be Alright


Ado EARTH STAGE 19:50〜20:50

さあ、ついに。ついにこの時間が来てしまった。特に今年は世界で最も聴かれたアーティストでありながら、正体は一切不明のシンガー・Ado……。彼女のライブを目の当たりにするときが。

恥を承知で綴ってしまうが、Adoのライブ前の僕の当初の予定ではアジカンではなくツユを観て、そこから猛ダッシュでEARTH STAGEに向かってAdoを観る予定だった。ただツイッターでエゴサーチをしたり、会場にいたファンのTシャツ着用率などをいろいろ調べた結果、「どうやら入場規制になりそうだぞ」と思って予定を変更した次第である。でもよくよく考えるとEARTH STAGEのキャパは2万5000人(参考として、日本武道館のキャパは1万5000人・横浜アリーナのキャパは1万7000人です)だし、公式では『この日の動員数は例年よりキャパを減らした』とあるので、おそらく参加者は3万5000人くらいなのでその大部分がこのステージに集まることは考えにくい。「でも観れなかったら困るしなあ」と思いながら、僕はこのステージに留まったのである。

が、しかし。結論から言えば、EARTH STAGEは入場規制になった。しかもアジカンのライブが終わった直後に。つまりもし他のアーティストを観ていた人たちは、圧倒的大多数が振るい落とされる状況になってしまったのだ。もちろん長いCDJの歴史上このステージに規制がかけられた話など聞いたことがなく、開いた口が塞がらない。……これ、マジですか?

というわけで、我々はもう前にも後ろにも進めない状態に。ステージを見ようとしても前の人の頭で全く見えないし……。先程までゆったりアジカンを観ていた時間はまぼろしだったのだろうか。ただ、ピョンピョン飛び跳ねて何とか見えたステージはこの時点では真っ暗で、前面には紗幕(amazarashiで使われるものより更に分厚く、全くステージが見えない)。更には近くのスタッフさんは「続いてのAdoさんのライブは写真撮影・録音は禁止です!双眼鏡を使っての鑑賞も禁止となります!」というアナウンスを何度も何度も行っていて、背後でも同様のアナウンス&入場規制措置を大声で示している。一体これは、なんだ。

で、当事者の我々はと言えば「何かとんでもないことが起こりそう」という雰囲気に、完全にのまれていた。隣にいた友人と話をしたくても、雰囲気が壊れてしまいそうで今するべきではないような変な感覚。なもんで、ひたすらツイッターで『Ado CDJ』と調べて時間を潰していたのだが「Ado雰囲気マジヤバい」「マジか……Ado入場規制で入れない。ヤバすぎる」といった本心からのツイートが物凄い勢いで更新されていて、再びアワワワ……といった感覚になってステージをまた観て、の繰り返し。

【Ado】逆光(ウタ from ONE PIECE FILM RED) - YouTube

そして定刻になり暗転、運命の時間は訪れた。オープナーに選ばれたのは“逆光”で、印象深いギターリフが流れるとこれまで闇に包まれていた紗幕が落ち、その後ろにあった本当のステージが明らかになる。ギター・ベース・ドラムといったバンドメンバーがいる点は他のバンドと変わらずだが、印象的なのはステージ中央に作られた四角形の檻。中で歌っているのはAdoその人なのだが、どうやら特殊な加工が施されているようで、姿は完全にシルエットになっていて顔は見えない。また背後のVJには巨大なスピーカー(?)を模した映像が音に合わせてズンズン動いている。そして本来であれば後ろで観るファンにとってアーティストの顔を観るのに欠かせない左右のモニターは、盗撮対策だからか真っ暗。つまり背が低い僕のような人たちにはこの日、基本的には『音と声のみのライブ』と化したのがAdoだった。

言葉を選ばずに言えば、この時間EARTH STAGEに集まった人は大きく分けて2種類存在したと思う。まずひとつは、純粋にAdoのファンである人。そしてもうひとつは“うっせぇわ”や『ONE PIECE FILM RED』主題歌の“新時代”のバズから入った、いわゆるミーハー客だ。そんな全ての人々を一瞬で黙らせたのはやはり、あの特徴的な歌声だった。『異端』『衝撃』『非現実』……。この声を一言で言い表すとしたら、多分こうしたベクトルの話になるんじゃないか。それほどの稀有な声爆弾が、全員の頭を真っ白にさせた。本当に人の声かこれ……?

そこからサビに突入すると、印象度は最高潮に。Adoの歌声は千変万化だとは思っていたけれど、その中でもがなり声というか、ガラガラが混じった声がぶつけられた瞬間に「うっわこれヤベえやつだ……」と心底思った。しかもその声というのも、CD音源と比較しても例えば《あんたらわかっちゃないだろ》の部分では「◎△$♪×¥●&%#?!」と喉がぶっ潰れるレベルのギャンギャンのデスボイスを繰り出したりしていて、まるで目の前でめちゃくちゃに怒鳴られているような感覚にもなる。変な言い方だけど、人とカラオケに行ったりすると髪をブンブン振ったりする憑依系、ないしは喉が潰れそうな絶唱系の人に当たることがあって、そのときに『雰囲気にのまれる』感覚を味わったりしたものだけど、その最上位の姿のような。圧倒的な『歌への慣れ』がそうさせるのだろうなあ。

【Ado】うっせぇわ - YouTube

圧巻だったのは続く“うっせぇわ”。この楽曲ではAdoの怒りモードが完全に我々を飲み込んだ瞬間でもあり、《でも遊び足りない 何か足りない》《マジやばない?止まりやしない》の部分では、まるで叫び声のような限界突破のデスボイスがビリビリビリビリ鼓膜を震わせる。しかも全然疲れた感じもなく、歌声は安定しているのも凄い。Adoは体を前後左右に振り乱しながら絶唱を続け、ブリッジしたり前傾姿勢になったりと、楽曲と自分自身を一体化させていく。一瞬頭をよぎったのは中森明菜なのだけど、後で調べたところ彼女のルーツもそこにあるらしく妙に納得。背後のVJには歌詞が羅列され、気付けば左右のモニターには赤や青、黒といった色の絵の具をぶちまけたようなVJが映し出されている。カオスだ……。

今回のライブは1曲終われば真っ暗になり、無音の時間が続く、という流れの繰り返し。なので基本的には全員が固唾をのんで見守る形だったが、ときたま「Adoちゃーん!」「Adoさーん!」といった歓声も飛ぶ。中には「Ado様ー!」と叫ぶ女性も……。ただ大多数のファンはシーンと静まり返っていて、その対比も面白い。というか、当の本人であるAdoどころか楽器のチューニングの音さえ全く聞こえない環境はなかなか稀有かなと。

【Ado】世界のつづき(ウタ from ONE PIECE FILM RED) - YouTube

この日のセットリストの中心を担っていたのはファーストアルバム『狂言』と、ONE PIECEの映画主題歌集『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』の2枚。特に“ウタカタララバイ”→“Tot Musica”→“世界のつづき”と連続してドロップされた『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』ゾーンは圧巻で、映画上でウタウタの実の能力者として思いを歌で表していたウタにAdoが感情移入する一幕が光る。それぞれ歌声変化曲→ロック→バラードと曲調も内容もバラバラな楽曲群なので、ここまで歌い分けるのは彼女の力量によるものだろうなと。ウタは自分の歌声が他者の感情を動かす力を持つ人物だったけど、現実のAdoももしかすると『ウタウタの実』の能力者なのでは。

誰もが予想もしなかったボカロカバー“千本桜”(なおカラオケではなく曲調もオリジナルのバンド系)、千変万化の歌声と打ち込みサウンドで「EDMのライブ?」と錯覚してしまう盛り上がりを記録した“踊”を終えると、ここで初のMCへ。「みなさんはじめまして。Adoです」と一言放たれた瞬間、うおお!となる会場である。ただ彼女が話し始めると誰もがシンと静まり返って、その一言一言を聞き逃すまいと耳を集中させている。以下、覚えている範囲でのMC抜粋。

【LIVE映像】踊 さいたまスーパーアリーナ 2022.8.11【Ado】 - YouTube

「2022年はAdoとしても、Adoという存在を抜きにしてもいろいろなことがあった年でした。今集まっている皆さんも、おそらくいろいろなことがあったと思います。辛かったり、また楽しかったり……。でも2023年のことは、まだ誰にも分かりません」

「私はAdoとして、来年はもっと日本の音楽を世界に広げていきたいと思っています。私は日本の歌が大好きで、そんな素晴らしい音楽をもっと世界に知ってもらいたい。……ここにいる皆さんも音楽が大好きだと思います。2023年はもっと、日本の音楽を、日本を良くしていきましょう」

僕はこのMCで「Adoって日本の音楽における救世主かもなあ」と漠然と考えてしまった。以前何かのインタビューで、Adoは「他の人が幸せになってくれるのなら、私の幸せは一番最後でいい」というようなことを語っていたのを読んだことがある。このときは達観した女の子の印象が強かったけれど、ここ2年間の活動を見たとき、ツイッターの呟き然りテレビ出演然り、Adoの視線は常に我々に向いていたことに気付かされたのだ。そして、多分彼女は2022年に世界一位の再生数と売上を記録した時点で、今の自分が出来て他のアーティストには出来ないことを改めて自覚したのだろう。……それこそが今回のMCにおける『日本の音楽を世界に広げる』ということ。自分自身がそこまでの影響力を持ったからこそ言える、あまりにも責任の重い言葉を、彼女はここではっきりと告げたのだ。

【Ado】新時代 (ウタ from ONE PIECE FILM RED) - YouTube

「最後の曲、この曲を2023年に捧げます。新時代」との口上から鳴らされる最後の楽曲はウタの“新時代”。『辛いことばかりの人生から逃げる場所を作る』というのがウタの理想。ではこの日鳴らされた“新時代”はどうかと言うと、まさしく今しがたのAdoのMCともリンクする、深い意味を持った楽曲になった。モニターには公式MVと同じ映像(上記参照)が流される中、その中心で歌うAdoは思いを込めてメッセージを届け、我々は何も考えずに体を動かす。素晴らしい双方向的な関係性である。ライブが終わるとアンコールを求める手拍子が一面に広がったが、アンコールはなし。そのまま会場が明点した瞬間にハッと察して、そのまま帰宅の途につく観客たちの姿も、まるで夢から覚めて現実に戻るようで感動的だった。間違いなく、今年一番衝撃を受けたライブだった。

【Ado @CDJ セットリスト】
逆光
うっせぇわ
私は最強
リベリオン
ウタカタララバイ
Tot Musica
世界のつづき
行方知れず
千本桜(ボカロカバー)

新時代

 

かくして、昼から始まった最高の1日は幕を閉じた。アーティストそれぞれ三者三様……今回で言えば八者八様の良さがあり、改めてフェスという場所の音楽幸福度の高さを感じた次第だ。そしてこの楽しみはCDJだからもたらされたものだというのもまた、しっかりと噛み締める1日になった。……一昨年のCDJはステージをひとつに。大して今年のCDJは3ステージになり、動員数も増加した。となれば2023年のCDJは、ほぼほぼ元通りの盛り上がりを記録するに違いない。1年の締めくくりの祝祭として、またこの場所で素晴らしい音楽と出会えますようにと願いを込めて、Adoの言うところの「何が起こるか分からない2023年」を生き抜いていきたい。

【ライブレポート】桑田佳祐『LIVE TOUR 2022「年末も、お互い元気で頑張りましょう!!」』@横浜アリーナ

こんばんは、キタガワです。

 

https://southernallstars.jp/

まさか毎年島根県の片田舎でコタツに嵌って紅白歌合戦を観ていた自分が、桑田佳祐のライブで年を越すとは思っても見なかっただろう。……自身最大規模となる桑田佳祐の全国ツアー・『LIVE TOUR 2022「年末も、お互い元気で頑張りましょう!!」』。元々は12月のある時期まで行われる予定だったこのツアー。もちろんこの時点では『毎年恒例の桑田佳祐のライブ』としての意味合いが強かったように思えるが、12月31日の追加公演が発表されたことで、ファンは大いに色めきだった。

結果として、当然ながらこのチケットの倍率はとてつもなく高いものになった。会場に行く道すがらにも「チケット1枚譲ってください」と書かれたプラカードを掲げた人を何人も見たけれど、その数もこれまでのライブより、どこか多かったような気もするし。ただライブ当日は厳重な本人確認が実施されていたことからも、正規のルート以外での参加はほぼ不可能。総じてこの日集まった1万7000人のファンは、奇跡的な幸運に恵まれたと断言して良いと思われる。

開演は当日に事前報告があった通り、21:30→22:00に変更。一瞬「このライブが紅白で生中継されるかも!?」と頭を過ったがそんなことはなかったので、おそらく諸々の時間調整も込みの措置だろう。到着すると、まずは電子チケットと身分証明書の二段構えで本人確認。それから中に入っていくと、腕に着ける『リストバンド型5倍ライト(BUMP OF CHICKENで言うところのPIXMOB)』が渡されたり、協賛するUNIQLOのご厚意でマスクが配られたり……。それらに満面の笑みを浮かべるファンたちの姿に、それだけで感動してしまう。

「えーアリーナ席ってどこー?」などと独りごちながら自分の席に着く。僕の席はアリーナのかなり上の方だったこともあり客席が見渡せる環境だったのだが、めちゃくちゃ人がいてビックリ。更には老若男女問わずといった様子で、本当に愛されているんだなあと実感した次第だ。山下達郎“クリスマス・イブ”や小田和正“たしかなこと”といった楽曲が流れる中、定刻の22時になると前説の女性が登場。改めて写真撮影禁止を含めたアナウンスを発していく。一応今回は過度な大声は控えるようお達しがあったが、それについて触れる際に「皆様歌いたい気持ちは分かりますが、その思いは年明けのカラオケで発散しましょう!」と笑いに昇華していたのは素晴らしいなと。そして会場中の手拍子がどんどん大きくなった頃、ついに会場が暗転。最高の時間が始まったのだった。

緩やかなジャズミュージックと共にステージの一部が照らされると、そこに鎮座していたのは『若い広Bar』と名付けられたバーカウンター。マスターと若い女性がグラスを磨き、サラリーマン風の男がワインを傾けているクールな場面。なおその中心には照明を落とした状態で見えづらいが、巨大な扉が設置されている。物語が進むと『サラリーマンがお代わりをオーダー→女性店員が転んで服にお酒をぶっかける→慌ててそれを拭く』という昭和チック(?)な展開にシフト。もはや収集がつかなくなった頃、中心の扉にバチッと照明がハマった。扉から「やってる?」と入ってきたのは、もちろん我らが桑田佳祐である。

桑田佳祐 - 若い広場(Full ver. + AL『がらくた』トレーラー) - YouTube

オープナーは2007年にリリースされた“こんな僕で良かったら”。これまで桑田に関してはずっとCD音源として、または本人を観るとすればテレビという状況だったのだけれど、観てきた歌う桑田の姿とあの歌声がグワッと迫ってくるたびに「本当に桑田さんが目の前にいる……」という、想像を越えた衝撃が襲ってくる感覚があった。これ現実?みたいな、夢のような時間というか。ただ本人的にはさすが余裕綽々で《女ならその胸を押し当ててパパイヤ》では淫靡な動きをしたり、頭を押さえながら「飲み過ぎちゃった」とフラついてみたりと、一挙手一投足が面白い。ラストはジャーンと終わった瞬間に手元のウイスキーグラスを指さし「これ牛乳に変えてもらえる?」と一言。かくして桑田は1曲目にして、完全にアリーナを支配したのだ。

この日のセットリストは、桑田の35年間の歩みを35曲に凝縮した2枚組のベストアルバム『いつも何処かで』を中心に構成。つまりヒット曲満載の記念的代物になることは予め確約されていた訳だが、それでも。これまで聴き続けた大好きな楽曲たちが次から次へと展開されていく3時間を、至福と言わずに何と言おうか。また全ての楽曲は左右のモニターに歌詞が表示され、背後の大型には桑田の他にステンドグラス、雪、夕日といったVJを使用した映像が常に流れていたのも特筆すべき点。サポートのバンドメンバーは管楽器も含めて総勢11名で、ダンスチームは20名超えの大所帯なのも大型ライブらしく、その圧巻なステージングは見どころのひとつでもある。

桑田佳祐 – 炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)](Full ver.) - YouTube

前半部分のハイライトは“炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)]”。一気に熱を帯びた演奏が始まった瞬間、ファンが着けていたリングが光りだしたことで直感的にひとり、またひとりと立ち上がるフロアである。一面の光の海に感動していると、放たれる歌詞にハッとする。

《開演お待ちどうさん ご来場大変ご足労さん/毎日お疲れさん ようこそここへ》

そこで思い返さざるを得ないのは、今年の生活のこと。自粛を続けて、毎日行きたくもない仕事に行って。無理に笑って。辛いこともたくさんあったけれど、2022年の締め括りとしてこの日を桑田が作ってくれた……。そのことに改めて感動した。そしてそんな我々の思いに呼応するように、ラスサビでは早くもクラッカーの特攻装置を発射!眼前では桑田の歌声。頭上には金銀のテープがヒラヒラ。しかもテープを取れなかった後ろの人には、ファン同士が優しく自分の分も渡してあげたりもしている。こんなに素晴らしい日があっていいのだろうか。

楽曲が終わると、ここでMCタイム。桑田はまずこの日集まってくれたファンと年末をこのライブで終えることができることを感謝し、大きな拍手を浴びる。「桑田さーん!」といった声もあちこちから聞かれ、とても良い雰囲気である。かと思えば赤ちゃん言葉を使いつつ「私今年で66歳なんですけども……」と自虐したり「申し遅れました。私、原由子の夫でございます」と言ったり。果ては「波乗りの歌(“波乗りジョニー”)とか今日はやりませんから。私のライブは盛り上がらないことで有名ってなもんで」などとおちょくったりとやりたい放題。この朗らかなキャラクター性も、やはりテレビでこれまで観てきた桑田そのもので嬉しい。

ここからも同じく『いつも何処かで』から、収録曲を連発。雪の降りしきる映像が投影された“MERRY X'MAS IN SUMMER”、サビの《ダンディー》の部分で腕が振られた“真夜中のダンディー”とそのままの盛り上がりで進行。もちろんファンそれぞれ『自分が好きな曲』というのは異なるはずだけれど、個人的に嬉しかったのは“明日晴れるかな”だった。

桑田佳祐 – 明日晴れるかな(Full ver.) - YouTube

少し話は逸れるけれど、僕が桑田佳祐の音楽と出会ったきっかけは母がカラオケで歌っていた、サザンオールスターズの“TSUNAMI”。そこから「あれって誰の曲?」となってサザンの大ファンに。そして僕が中学の時、ガッチガチに緊張しながら人前で初めてキーボードで演奏したのが“明日晴れるかな”だったのだ。ちなみに母は近頃癌になったりといろいろなことが重なったので、チケット放棄の形で今回のライブ参戦は叶わなかったのだけど……。とにかくそうした思い出がブワッと押し寄せてきたのが、“明日晴れるかな”が鳴らされた瞬間だった。気付けば涙で前が見えなくなっていて、もう何というか、「生きててよかったなあ」と思った。そしてこの日の僕がそうだったように、多分集まった人それぞれに、1曲1曲にいろんな思い出があるはずなのだ。それこそこの日集まっている僕より若い子たちは、間違いなく親さんの影響があるだろうし。そうしたことも考えて、またウルッときたりした。

桑田佳祐 – ダーリン(Full ver.) - YouTube

以降はポップテイスト全開な“ダーリン”、アダルティーなギターサウンドがクセになる“NUMBER WONDA GIRL 〜恋するワンダ〜”と続いていく。桑田が「悲しい物語です」と語った直後に寸劇で爆笑を生み出した“赤い靴”→“SMILE〜晴れ渡る空のように〜”の流れも秀逸だ。盛り上がりを意図的に一旦ブレイクさせたアンプラグドシーンでは、桑田がアコースティックギターに持ち替えて“鏡”、“BAN BAN BAN”、“Blue〜こんな夜には踊れない”をプレイ。また一味異なる魅力を放っていたのは、ファン垂涎ものだったろう。

 

この時点でライブから1時間近く経過していて、思えばライブの真裏で放送している紅白歌合戦の終わりももうすぐ。桑田はこの日VTR出演として紅白に出ることが確定していたのだけれど、もしかしたらその情報はフェイクで「ここで生中継があるのでは?」などと考えたりもしていた人も多かったはず。ちなみに桑田もそれについては考えたそうだが、生放送&ライブ音との擦り合わせの都合上実現が難しかったらしく、今回はナシ。ただ割と本気で紅白生中継があると予想していた人は一定数おり、会場はザワザワ。すぐさまその光景を観て「えっ?やると思った?やると思った?」とイジる桑田、ドSである。

桑田佳祐 – Soulコブラツイスト~魂の悶絶(Full ver.) - YouTube

そして先日、悲しい訃報が流れたアントニオ猪木の大ファンである桑田による“Soulコブラツイスト〜魂の悶絶”でパイロの炎に包まれた後、桑田は「年が明けるぞー!」と大声で叫んだ。そこから雪崩れ込んだのは遂に来たキラーチューン“悲しい気持ち(Just a man in love)”!ここで伝えておきたいことは2点。まずひとつは、この時点で誰もが楽しみすぎるあまり、時間感覚が消失していたこと。そしてもうひとつはこちらも楽しみすぎて、スマホを見ない(現時刻を把握できない)状況に陥っていたことだ。だからこそ我々は桑田の「年が明けるぞー!」発言をあろうことか、あまり深く考えなかったのだ。

桑田佳祐 – 悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE) (Full ver.) - YouTube

そんな状態で始まった“悲しい気持ち(Just a man in love)”。歌詞で言えば《夢であえたら あの日に帰ろう》あたりの時間、しばらくは純粋に楽しんでいた我々の目に、予想外の文字がモニターに飛び込んでくる。そこには『年越しまであと3分』と書かれており、なんとこの時点で時刻が23時57分になっていたことに気付く。その瞬間から「もう年が終わる!」という興奮と、ハッピーな楽曲の雰囲気が混在し、全員のテンションがおかしくなってくる。そこからカウントダウンは続き『年越しまであと1分』と表示されたあたりで、楽曲は終了。曲は終わったが、ワクワク感は抜けない会場だ。

興奮冷めやらぬ中、モニターには56、55、54……と秒単位でのカウントダウンが映し出され、桑田は急いでバンドメンバーと準備。どうやらカウントダウンに合わせてドラムとリズムを取る形だったようで、そこからはファン全員で秒数をカウントしていく。そしてカウントがゼロになった瞬間、大量のクラッカーと、頭上からはめちゃくちゃな数の風船が降ってくる!それらを嬉々として手に入れるファンたちの構図が美しい。モニターには『HAPPY NEW YEAR 2023!』と映し出され、「本当に年が明けたんだなあ」と実感する。「2023年!この年を迎えることが出来たのも皆様のおかげでございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます」と喜びを表した桑田、嬉しそう。

桑田佳祐 – ヨシ子さん(Full ver.) - YouTube

興奮そのままに婬靡なサイケ曲“ヨシ子さん”を終えると、一旦のブレイク。先程からどうも様子がおかしい桑田は急にオネエ言葉になりつつ「アンタたち、私が誰だか知ってる?美空ひばりよ」と語る。どうやら昭和の歌姫・美空ひばりが憑依した状態(というテイ)らしい。そんな美空ひばり(桑田)は「私はマンネリが大嫌いなの。水着のお姉ちゃん呼じゃったりとか、波乗りの歌を歌う人っているじゃない? ああいうの大嫌いなの」と、桑田にディスを飛ばしつつ“真赤な太陽”を歌唱。もうここまでくるとモノマネというか、数年前までやっていた『ひとり紅白歌合戦』を彷彿とさせる流れなのだがおかまいなしである。

桑田佳祐 – 波乗りジョニー(Full ver.) - YouTube

楽曲を歌い終えると「それじゃ私帰るわね……」と袖に引っ込もうとする美空ひばり嬢。が、そこに大勢の水着美女が到来して彼女に群がり始める。大挙してステージに押し寄せた“水着のお姉ちゃん”が桑田のシャツに貼り付いていた「美空ひばり」というネームタグを引きはがすと、ラストソングは正気に戻った桑田による”波乗りジョニー“!誰もが待っていた大名曲だ。限界突破のキーで熱唱する桑田はもちろん、片手に風船・片手は手拍子という独特に盛り上がる我々の熱唱もマスクの中で反響。この表現が適しているかは分からないが、本人実在バージョンのカラオケ状態というか……。ここまで浸透している名曲、日本全国を探してもほとんどないのでは。歌唱中も次々に抱きつきに来る水着美女を無理矢理引き剥がしながら歌う桑田も可愛く、サビでのファンの『パン・パパン・フゥー!』の手拍子もバッチリ決まっている。涙と笑顔が渾然一体となった時間を共有した桑田はパパっとステージ袖にハケていったが、「またすぐ戻ってきます!」とアンコールを示唆。これにて本編は終了となった。

桑田佳祐 – ROCK AND ROLL HERO(Full ver.) - YouTube

まだまだ興奮冷めやらぬといった様子のファンたちの手拍子で再度呼び込まれた桑田、1曲目はメッセージ性の強い政治曲”ROCK AND ROLL HERO“。エレキギターの調べに自然に体が動く、まさしく最強のロックンロールナンバーだ。ただ家で聴いていただけでは政治批判のようにも思えるこの楽曲の向いている場所は、実際のところそこではない。「どんな状況でも頑張って生きなきゃ!」という個々人の思考の重要性を説いているのだと、この楽しそうな演奏を観て気付く。

桑田佳祐 – 100万年の幸せ!!(Full ver.) - YouTube

ここまででかなりの楽曲を披露してくれた桑田だが、その歌声は全くの衰え知らず。リングの発光によって本物の『銀河』を彷彿とさせた”銀河の星屑“、待ってました!な珠玉のバラード”白い恋人達“を続けてドロップすると、正真正銘の最終曲「100万年の幸せ!!」が鳴らされる。この楽曲はテレビアニメ『ちびまる子ちゃん』のOPとして長らく使われお茶の間に浸透した代物だが、大人の我々から見ても《今を生きてる大切な命守ろう》、100万年の長い年月を《たった100万年》や《せめて100万年》という歌詞にしていたりと、歌詞の重要性にも改めて気付かされたこの日である。

ラストの楽曲と言うこともあり、ステージにはこれまでのダンサーやバンドメンバーが大集結。ステージ上に30人以上が集結した様は目にも楽しい。桑田は幾分気楽な感覚で、ファンを楽しませるよう右へ左へと動いての歌唱が嬉しい。そして楽曲後半ではダンサーたちが自身のお尻を見せる形で「お互い元気に頑張ろう!!」「2023年もよろしくね!」と書かれたパネルを掲げ、桑田による「お互い元気に頑張りましょう!本年が皆様にとって、素晴らしい年でありますようにー!」の一言でライブは大団円。かくして予定時刻を大幅に超え、約3時間もの長尺となった最高の年越しライブは、その幕を降ろしたのだった。

桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎 - 時代遅れのRock’n’Roll Band(Full ver.) - YouTube

ライブ終了後「今日来てくれた人へのサプライズ」として用意された、紅白歌合戦で披露された“時代遅れのRock'n'Roll Band”の特別映像を観ながら余韻に浸る。1年のあれこれを洗い流すのが年末の役割だとするならば、この日のライブはまさしく『年末に行われるべき最高の代物』だった。全てをハッピーで飲み込んで、それを2倍3倍の陽の力で返すもの……。それこそが桑田佳祐のライブの素晴らしさなのだと、僕はようやく知ることが出来た。そして、我々が桑田の音楽を愛する理由も。

個人個人の出来事はどうあれ、ことニュースのみに目を向けるとコロナや物価高、戦争や政治問題など、2022年は例年以上にネガティブな出来事が多くあった年のように思う。ただそんな中でも誰もが光を求めて生きていて、それが今日この日に繋がったのだとするならば、それでオールオッケーなような気もする。……桑田の言うように、2023年が素晴らしい年になることを祈って。何かあればこの日のライブを思い出しつつ、頑張っていこうと思った一夜だった。

【桑田佳祐@横浜アリーナ セットリスト】
こんな僕で良かったら
若い広場
炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)]
MERRY X'MAS IN SUMMER
可愛いミーナ
真夜中のダンディー
明日晴れるかな
いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)
ダーリン
NUMBER WONDA GIRL〜恋するワンダ〜
赤い靴(日本童謡カバー)
SMILE〜晴れ渡る空のように〜
鏡(Unplugged ver.)
BAN BAN BAN(Unplugged ver.)
Blue〜こんな夜には踊れない(Unplugged ver.)
なぎさホテル
平和の街
現代東京奇譚
ほととぎす [杜鵑草]
Soulコブラツイスト〜魂の悶絶
悲しい気持ち(Just a man in love)
ヨシ子さん
真っ赤な太陽(美空ひばりカバー)
波乗りジョニー

[アンコール]
ROCK AND ROLL HERO
銀河の星屑
白い恋人達
100万年の幸せ!!
時代遅れのRock'n'Roll Band(NHK紅白歌合戦特別映像)

個人的ベストCDアルバムランキング2022 [15位〜11位]

こんばんは、キタガワです。

当ブログの年末恒例企画『個人的ベストCDアルバムランキング2022』。ニューカマーやポップアーティストが台頭した前回に引き続き、今回は15位〜11位の紹介だ。新進気鋭のアーティストから、無自覚にバズってしまった二人組、世界第一位のチャート入りを果たしたあのアーティストまで、よりどりみどりの5組です。簡単な論評を含めたテキストは以下より。

→20位〜16位はこちら

 

15位
酸欠少女/さユり
(2022年8月10日発売)

【『酸欠少女さユり』からの脱却】

弾き語りアルバム『め』を除けば、前作から約5年のスパンを置いた自身2枚目のフル。無論その間にも多くのシングル曲をリリースしてきたさユり。長い熟成期間を取った今作は、必然この5年間の総括の意味合いが込められた代物に。

その全貌を紐解いていくと、息苦しい中でも生き抜くオープナーの“酸欠少女”から、彼女自身の葛藤と「それでも前を向かなければ」とする鼓舞を感じられる。若き頃の後悔を『航海』と変換し、海原を進まんとする“航海の唄”、ネジを回すように無理矢理足を動かす“世界の秘密”、弦が切れそうな強いピッキングで聴かせる“ねじこ”……。思いを増幅させるさユりの歌唱も相まって、まるで近くで叫んでいるかのような実感にも陥る。なおちょっと反則技ではあるが、アルバム通して音量が大きく設定されているのも◯。

活動当初の名義であった『酸欠少女さユり』から『さユり』に改名し、かつての自分が名乗っていた名前をタイトルに冠した今作。彼女が自身を『酸欠少女さユり』としていたのは社会での生きづらさ(酸欠状態)を表していたためだが、そこから抜け出した今の彼女は、そのままのネガティブさで前向きに生きようとする力に満ちている。歌声とサウンドで心に訴え掛ける名盤。

酸欠少女さユり『世界の秘密』MV(short ver.)日本テレビ系TVアニメ「EDENS ZERO」エンディングテーマ - YouTube

酸欠少女さユり『酸欠少女』MV (フルver) - YouTube


14位
狂言/Ado
(2022年1月26日発売)

【他者のため歌う、令和最大の超新星】

“うっせぇわ”の大バズによって、瞬時に音楽シーンのトップを走ることとなったAdo。特に昨年あたりは完全にセールス的にも彼女の年だったように思うのだが、驚くべきはその勢いは今年も止まらず、むしろ爆発力を増していたこと。今作のみならず、ONE PIECE映画主題歌集『ウタの歌』はなんとオリコンランキングでの再生数世界一(!)の異常事態すら引き起こし、もはや破竹の勢いと化している現状である。

今タイトルにもなっている『狂言』とは、演目を演ずる場合に主人公をシテ、それ以外をアドとして進行する喜劇のこと。デビュー当時のインタビューで、彼女は「周りの人が幸せになってくれれば私はそれでいい」というようなことを話していたのが印象的だったのだが、合点がいった。何故なら今作の楽曲の大半は、弱者の代弁なのだから。けれどもその代弁方法というのは、曲ごとに異なっている。確かに“うっせぇわ”は大人に対しての猛烈なディス曲だったけれども、そんな『大人』に変わりたくない青春時代を歌った“花火”、深夜の憂鬱を綴る“夜のピエロ”と、その目線は今年20歳を迎えたAdoらしく、一貫して俯瞰した若者視点。あの特徴的な歌声も相まって、強いパワーで生きづらさをぶつける代物になったのだ。

言うまでもなくこのアルバムは今年世界一・日本一売れた。ただそれ以上に重要なのは、まだこの作品が長く続くAdoの活動の、ほんの序章に過ぎないということ。ニューシングルを多数リリースしていることから察するに、来年はまた新たなアルバムが出るだろうけれど、そこで改めて我々は、今回の『狂言』の完成度の高さを知ることになりそうだ。

【Ado】踊 - YouTube

【Ado】阿修羅ちゃん - YouTube


13位
Bering Funny In A Foreign Language(外国語での言葉遊び)/The 1975
(2022年10月14日発売)

【ポップかつ、原点回帰の新章】

今夏の『SUMMER SONIC 2022』で、約2年半ぶりの活動再開を示したThe 1975。当日のライブの様子についてはこちらの記事に詳しいが、最も驚いたのはこれまでキラキラとしたVJで魅せていたのとは逆に、彼らのみを映すモノクロ映像に統一されていた点だった(これは初期のコンセプトと同じ)。そしてそのVJの通り、今回リリースされた『外国語での言葉遊び』はまさしく原点回帰とも言うべき、ふわりとしたサウンドに包まれるポップ・アルバムとなった。

おそらくはコロナ禍も作用して、その歌詞も深みを帯びていた前作。それと比較しても今作は全12曲において、マシュー・ヒーリー(Vo)の主張が前向きになっているのも特徴だろう。その理由は主にふたつあって、ひとつは彼が『物事に湾曲した考えを付加しないようにした』こと。例えば子供をテーマにした前作の”PEOPLE“では『子供→大人→国の政治→こんな世の中はクソだ』に繋げていき、結果アルバムとしても全22曲の膨大なボリュームになったのだけど、それを辞めようとした。

もうひとつは『前向きなものを意図的に作ろうとしている』ということ。これは純粋に「未来の話を歌うならネガティブな要素は排除しよう」とする考えによるものだ。原点回帰を目指しつつ、新たな芸術作品に挑んだThe 1975。来年には待望の来日公演も控えているので、こちらも要注目だ。

The 1975 - Happiness (Official Video) - YouTube

The 1975 - I'm In Love With You (Official Video) - YouTube


12位
As you know?/櫻坂46

(2022年8月3日発売)

【けやきからさくらへ。その新たな一歩】

不動のセンター・平手友梨奈の脱退が事実上の引き金となり、グループ解散を余儀なくされた欅坂46。そしてラストライブで彼女たちは櫻坂46への活動変更を発表、今作はその記念すべきファーストフルアルバムとなる。

このアルバムを語る上で、まず大多数が考えるのは『欅坂46と櫻坂46の違い』についてだろう。これに関して欅坂46は個々人の社会不適合を自認させるグループ、対して櫻坂46は社会に対して疑問をぶつけるグループと言える。要するに「僕は暗いです。……けどそれの何が悪いんすか!?」と発散する力が、このアルバムには強く秘められているのだ。また楽曲自体が明るい雰囲気に転じているのも特徴で、坂道グループとしては歌詞は暗い中でも、同じくらいサウンドはポップ!な魅力もある。

取り分け印象深い楽曲はアイドルグループとしては稀有な『炎上』を題材にした“流れ弾”と、我々一般人の生活に寄り添った“BAN”。これらはロックテイスト強めにしろ、欅坂46とはまた違った視点が面白かったりもする。……課題点があるとすれば、棘のあった歌詞がマイルドになったことで他の坂道、ないし48グループとの差別化が図りづらくなったこと。もちろんこの部分は2023年以降の作品で変化していくだろうと推察するが、よく考えれば彼女たちはまだ1年目。今後の動きが待ち望まれるし、今作は言わば櫻坂46の運命を占う試金石的な存在なのではとも思う。

櫻坂46『流れ弾』 - YouTube

櫻坂46 『BAN』 - YouTube


11位
Wet Leg/Wet Leg
(2022年4月8日発売)

【無自覚に刺すガールズ】

バンド名は『濡れた足』だし、バズった曲は“Chaise Longue(長椅子)“やら”Wet Dream(濡れた夢)“と、どこかフワフワとしたワードセンスが特徴的な二人組、ウェット・レッグ。今年最も飛躍した新人バンドでありながら、その実『最も無自覚に曲を作った結果認知された』のも、きっと彼女たちだったろう。なにせバンド結成の経緯自体は、希望するライブの無料チケットを貰うためだったのだから。

リアン・ティーズデール(Vo.G)とヘスター・チャンバース(Vo.G)はワイト島という田舎で生まれた。彼女たちの曲作りのスタンスは「私たちが踊りたくなる曲を作る」。そこで作られたのが先述の”Chaise Longue“だったのだが、この難しい言葉も使わずに淡々と紡がれる楽曲は、予想外の形の反響があり今に至る。

そして結果として『Wet Leg』は、彼女たちの今の持ち曲をほぼ全て入れ込んだ運命作に。80年代的なサウンドが印象深い”Angelica“やノイジーな”Oh No“、他にもカントリー調の楽曲など、代表曲以外にもバラエティーに富んだ作りなのは流石だし、歌詞も我々日本人が分かる簡単な単語ばかりが使われており、親しみやすさも抜群。まだまだ成長途中の若手バンドではあるけれど、ここから更に躍進する未来を考えると魅力は底しれない。

Wet Leg - Chaise Longue (Official Video) - YouTube

Wet Leg - Wet Dream (Official Video) - YouTube

 

 


……さて、いかがだっただろうか。次回は10位〜6位のアルバムの発表!ボカロクリエイターの新星、コロナ禍に寄り添った感動作品を生んだあのSSW、紅白歌合戦連続出場を更新するグループなどなどを紹介していく。なお次回の更新は年明け以降となります!

個人的ベストCDアルバムランキング2022 [20位〜16位]

こんばんは、キタガワです。

いろいろあった1年も早いもので、残すところあと数日。毎年「1年が過ぎ去るのは早いなあ」と思ってはいたが、今年は特に早く感じた気もする。……ただ写真などを見返せば確かに季節は巡っており、そしてそんな中でも日常を変わらず彩ってくれた存在が、今年も音楽だったことを実感する。

さて、その年に応じてシーンの流れが少し変わるのが音楽の常。一例を挙げれば、2年前はコロナの鬱屈した雰囲気を壊すタイプの楽曲が支持されたし、昨年は楽曲制作自体がコロナ禍にスタート→年明けからリリースというタイムラグが発生したために、リリースされるアルバムの多くはコロナの影響を受けたものとなった。では今年はどうだったのかと言えば、完全に『コロナ後への希望』を歌うものが増えた。なのでシーン全体の流れとしては、かなり健全なものに回帰したと考えて良いだろう。

そうした背景も踏まえて、今年の『CDアルバムランキング2022』である。今回もカバーアルバムやベスト版、EPといった形態のCDは選考対象外として、曲単位でなくあくまでアルバム全体の完成度を評価した上で、20位から1位までのランキング形式で選考→その全てを論評付きで紹介していく。今年は何と20組中14組が初ランキング入り、同じく14組がソロアーティストの環境に。メジャーインディー問わず、音楽を誰しもが発表できる状況が如実に反映された形だ。以下、今回は簡単な論評と共に20位〜16位を発表。今年もYouTubeの動画を貼り付けたりもしているので、気になった方はぜひとも。

→2021年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2020年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2019年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2018年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位
→2017年度版(20位〜16位)(15位〜11位)(10位〜6位)(5位〜1位

 

20位
People In Motion/Dayglow
(2022年1月13日発売)

【とりあえず踊っときます?】

“Can I Call You Tonight?”がZ世代を中心にバズり、一躍『期待の新人』としてシーンを駆け抜けたデイグロウ。ただその話は3年近く前のこと。あれから時が経った今では、彼の活動はようやく『バズった曲を作った人』ではなく『いちシンガーソングライター』として冷静に観測されるようになった。

今作はコンセプトや作曲、演奏、プロデュース全てを彼自身が担当するのみならず、制作にあたって都会から引っ越し、SNSを遮断。同級生との結婚も契機となってか、多くの時間を自分と向き合って作られた。その結果彼が至ったのはネガティブな要素を極力廃した音楽作りで、リード曲“Then It All Goes Away”を筆頭に、今作はどこか前向きな雰囲気で覆い尽くされている。

身も蓋もない話をしてしまえば、我々日本人は洋楽の歌詞までは詳しく分からない。なのでどうしても聴く際は感覚重視になってしまいがちなのだが、彼はそうした事柄さえも「いいよー」と肯定してくれる。……何故ならこのアルバムにはポジティブがたくさん溢れていて、敷居は存在しないから。ふとした時に再生してしまう、ちょっと曲がったポップ。

Dayglow - Then It All Goes Away (Official Video) - YouTube

Dayglow - Deep End (Official Video) - YouTube

 

19位
Hellfire/black midi
(2022年7月15日発売)

【圧倒的なオトジゴクへようこそ】

20歳そこそこの若手ロックバンド・ブラックミディのセカンド。今でこそ様々な音楽が受け入れられるようにはなったが、彼らほど「一体何をしてるんですか?」と問いたくなる音楽はない。そんな彼らのニューアルバムは当然多くの期待と共に注目された訳だが、結果とてつもなく意味不明。『音の暴力』とも言うべきカオスが延々続く、大問題作が生まれてしまった。

その音楽情報量は、まるで在りし日のキング・クリムゾンの大暴走。レフェリーのアナウンスから管楽器が入り、ジャズからパンク、ロックがバラードになった末に転調もバリバリ……。もはや何を目指したいのかも分からないけれど、ひとつ確かなことがあるとすれば、それはブラックミディなりの『新世代の音楽』ということ。

ただハチャメチャなサウンドは崩壊寸前とまでは行っておらず、よく聴けば芸術作品としての体を成しているのは驚くべき点だ。ちなみに海外ではこのカオスなサウンドを指して「今の時代を象徴している!」などという声も少なくなく、壮大な音楽実験もここまで来れば人の心を動かすのだな、と感じた1枚でもある。このアルバムを聴いて「すげー!」と感じる人も正常。「マジで意味わからん」とする人も正常。彼らの音楽は、今年も時代の遥か先を行ったのだ。

black midi - Sugar/Tzu - YouTube

black midi - Welcome To Hell - YouTube

 

18位
our hope/羊文学
(2022年4月20日発売)

【どこまでも浮遊する音楽】

メジャーデビューを機に、更なる精力的な活動に舵を切ったスリーピース・羊文学のセカンド。前作『POWERS』ではポップロックを中心とした曲作りをしていたのが印象深かったが、今作では彼女たちの魅力はそのままに、拡大系エフェクターを使いシューゲイザー色を強く広げた代物に。

そんな中で音数は絞られ、“光るとき”や“くだらない”といった楽曲を中心に『踊る』よりも『聴かせる』ことに特化した作品になっているのも素晴らしい。かと思えば“OOPARTS”ではシンセサイザーを新たに追加(くるりの岸田繁のアドバイスとのこと)して、サウンド的にも楽しいアルバム。塩塚モエカ(Vo.G)は今作について「『平和な世界があったらいいな』っていう気持ちを込めている」とし、加えて東京生活を通して感じた『都市感』を落としんでいるそう。どこか牧歌的な雰囲気が感じられるのも、そのためなのかもしれない。

今年から羊文学の歩みは、目に見えて早くなった。それはタイアップやライブが増えたこともあるが、総じて彼女たちの音楽が一般層に広がった証左だと思う。……どんな情景にもはまる、フワフワと浮かぶ羊文学の音楽。『our hope』はそのひとつの到達点として、今後も代表作として語り継がれていきそうだ。

羊文学「光るとき」Official Music Video (テレビアニメ「平家物語」OPテーマ) - YouTube

羊文学「くだらない」Official Music Video - YouTube

 

17位
物語のように/坂本慎太郎
(2022年6月3日発売)

【変わらぬ目線、柔軟に】

ロックバンド・ゆらゆら帝国の解散後、ソロ活動を続ける坂本慎太郎。55歳になった今年リリースされたアルバムは『物語のように』と名付けられ、「明るい感じにしたい」とする坂本の思考が反映されたことで既存シングルは一切入っていない。

それでは彼の言う「明るい感じ」はどのようなものを指すのか、実はそこは曖昧だったりする。なぜなら過去のアルバムと同様、歌詞に意味はないし、サウンドがアッパーになった感もないのだから。けれども映画や絵画が検閲される“それは違法でした”をはじめ、女性のコーラスが心地良い“物語のように”、簡素な言葉で日常を描く“ある日のこと”……。どうにも推し量ることが難しい情報の中で我々が感じるのは、ネガティブの中に潜むなんとなーくの明るさ。「雰囲気的に明るいっぽいような感じ」とする感想を、このアルバムを聴けば抱くはずだ。

3枚目にしてまだまだ成長を遂げる坂本。今年は国外のみならず日本公演も本格化しており、よりライブを意識した曲作りになりつつあるという。となれば来年のアルバムは、より自由なものになるはず。今作をじっくり聴き込みつつ、更なる躍進に備えたいところ。

Like A Fable / Shintaro Sakamoto (Official Music Video) - YouTube

One Day / Shintaro Sakamoto (Official Music Video) - YouTube

 

16位
Versus the night/yama
(2022年8月31日発売)

【“春を告げる”を越えて、夜を越えて、自分を越えて】

友人間で「yamaってどんなアーティスト?」と問われたとき、何度も返されたであろう「“春を告げる”の人でしょ」とする一言。そのイメージにyama自身が相当な悩みを抱えていたのは後になって分かることだが、とにかく。あれから少し時間が経った今作のリリースにあたってyamaが目指したのは『夜(ネガティブな気持ち)と戦う』思いだった。

曲はアッパーながら内容は暗い今作に、yamaの伝えたいことは全て詰め込まれた。《気持ちのない言葉はいらない》と自傷的に吐き出す“桃源郷”や孤独感に耐える“Oz.”など、様々な『夜』の要素が含まれる中で、特筆すべきは最後に収録されている“それでも僕は”。この楽曲は初めてyama自身が作詞作曲を務めており、歌を歌うこと、アーティストとして活動することへの決意を体現した楽曲に。覚悟を決めたyamaの視界は、過去最大に開けている。

そしてその姿は、同じように日々と戦いながら生きる人々にとっての間接的な応援でもあると思う。“春を告げる”からまた新たなステージに踏み込んだyama。CDジャケットに描かれている周囲に馴染めない羊のように、どこにも染まらず活動を続けていくための、重要な1枚。

yama『Oz.』MV - YouTube

yama『それでも僕は』MV - YouTube


……さて。次回はその持ち前のキャッチーさで、見事ランクインを果たした15位〜11位の作品をご紹介。今年の紅白歌合戦出場アーティストに加え、サマソニのヘッドライナーを務めたあのバンドや、本人たちも無自覚のうちにバズってしまった謎のガールズなどなど。近日公開です。

映画『ラーゲリより愛を込めて』レビュー

こんばんは、キタガワです。

 

戦争を題材にした映画は数あれど、こと涙を誘う展開に関してなら『ラーゲリより愛を込めて』に勝るものはないのではないか。鑑賞後、涙に濡れた顔で僕はそんなことを思ってしまった。矢継ぎ早に襲い来る感動の波。衝撃の展開。友情……。あいにく貧弱なボキャブラリーでしか魅力を語ることは出来ないのがもどかしいが、この映画には圧倒的なまでのうねりがあった。しかもストーリーはノンフィクション。実際にあった話だと言うのだから、更に驚きだ。

公開後に口コミで広まり、2022年一番泣ける映画として語られるまでになった『ラーゲリより愛を込めて』。言葉を選ばずに言えば「それなら観てやろうじゃねえか!」というミーハー心が勝っての鑑賞だったのだけれど、なかなかどうして……。結論から言えば僕は片手で収まらない回数泣き、終盤では堪えることに苦心して肩を震わせまくるほどの完全敗北であった。そもそも『泣く』行為自体がある程度の年齢になれば『人前で見せてはいけない姿』なので、日常生活でそんな状況に陥ることはまずない。そんな中でも周りを観ても嗚咽とすすり泣きが響いていて、改めて今作の力を痛感する形だった。

今作の舞台は、第2次世界大戦後の1945年。戦争が終わった後に多くの兵士が帰投する中で、主人公(二宮和也)らを含めた数十名はシベリア(ラーゲリ)の強制収容所に、日本人捕虜として収容。超過酷な労働環境、いつ帰国できるかも分からない絶望の中で、筆舌に尽くし難い労働と体罰が繰り返され、死亡者も多発。ただ主人公だけは希望を捨てておらず、やがて彼の発する前向きな精神は大きな希望となっていく……。簡単ではあるが、これが物語の簡単なあらすじだ。なおここからは重大なネタバレが多発するため、読み進める際には自己責任でお願いしたい。

この作品で注目すべきポイントは、労働施設における4人との人間関係。というのも、この映画では前半部分こそ主人公が周りを引っ張っていくストーリーなのだが、後半では主人公が癌により死去。主人公不在で戦争後の物語が展開するという、全く別物の流れになっており、その残された4人が後日譚として重大な役割を果たすためである。

大前提として、『ラーゲリより愛を込めて』では、主人公は自分を犠牲にして他者を引っ張っていく(助ける)人間であり、それが閉鎖的な絶望状況で確かな光になっていることを記さねばならない。先述の通り彼は最終的に死んでしまうのだけれど、彼に助けられた捕虜すべてに、その主人公への感謝は残り続けているのだ。そして物語において重要な4人全員(ここでは重要人物を①〜④とする)は、それぞれに大切な役割が秘められているのだ。

例えば①。彼は極めて保守的で、自分から動こうとしない。だからこそ様々な体罰を避けてきたのだが、そんな自分を変えたいと思っている。
→主人公が他者を助ける姿を何度も見た。後に主人公を助けるため、大規模なストライキの発起人となる。

例えば②。彼は主人公を捕虜にした(敵国に売った)戦犯であり、もはや日本に戻る可能性はないのだと、生きる希望をなくしていた。
→主人公は自分を赦すことに加え、かねてよりの夢に近付けてくれた。

例えば③。彼は戦争に参加していない一般人、言葉が書けず、文字を教えてほしいと主人公に頼む。
→文字を勉強し、故郷の両親に自分の字で安否確認の手紙を送った。

例えば④。全捕虜の上官で、主人公に体罰を行ってきた側の人間。彼は家族と離れてしまい、再開できることを願って生きてきた。しかし手紙により家族が他界したことを知り、自殺を決意する。
→主人公が静止、命の大切さを説いた後病に倒れる。

ざっくりと書いてしまったが、要は登場人物全員が『主人公に強い恩がある』。その伏線があるからこそ、主人公死亡後の後半部分を爆発させる力にもなっているのだ。そこからの物語は4人が残された主人公の家族の元に、彼の遺書4枚をひとりずつ届ける流れにシフト。ひとりひとりが涙をこらえながら遺書を読み上げるシーンは涙なしでは鑑賞不可能な状況で、映画館という逃げられない環境で泣き続ける拷問タイムに突入。しかもそれが4回繰り返されるという……。総じて突飛な展開もないので、全体的なストーリーとしても非常に良く出来た作品だった。これは今年のアカデミー賞いけるかも。

ストーリー★★★★★
コメディー☆☆☆☆☆
配役★★★★★
感動★★★★★
エンタメ★★★★☆

総合評価★★★★☆(4.5)

映画『ラーゲリより愛を込めて』予告【12月9日(金)公開】 - YouTube