キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

TRICERATOPSと奥田民生の事件に見る、アーティストがステージ上で酒を飲むことについて

こんばんは、キタガワです。

 

TRICERATOPSの和田唱のツイートを見た瞬間、これまで特段触れられてこなかったナイーブな部分に、遂にバッと火が燃え移ってしまった感覚があった。先日のとある春フェスで発生した不測の事態。後輩であるトラセラ和田が大御所である奥田に真っ向からNOを突き付ける衝撃のツイートは瞬く間に拡散され、そこからツイッター上にはほぼ半々の割合で『奥田民生』『和田唱』の2名に対する擁護の声と批判の声が入り乱れる、よもやの議論の場となってしまった。

奥田から直接の謝罪があったとして、現在和田は該当のツイートを全て削除している。故にその内容について詳しく記すことは敢えてしないけれど、抽象的に言えばトリのTRICERATOPSのステージに酩酊した奥田がゲストで出演、終演後和田が「泥酔してステージに立つのはいかがなものか」と苦言を呈した、という具合。ただ今回の一件は奥田と酒がどうこうとする話ではなく、一番の問題はやはり『ステージ上で酒を飲むことをどこまで許容して良いのか』の線引きによるところが大きいものと推察する。

まず今回の話の大前提として、我々一部の音楽好きが過剰に反応するのはナンセンスだ。その理由は単純に『TRICERATOPSのファン』と『奥田民生のファン』どちらに自分が属するかによって、最終的な自己意見が片方に寄るためである。それこそ和田がどれほどライブに神経を尖らせているかはファンなら分かるし、逆に奥田が酒を飲みながらフラっとライブをする姿も長年のファンは既知のこと。そのため人物的な話に関しては、あまりこの話題に持ち込むべきではないのかなと。あと、普段酒を飲んでいる人とそうでない人の考え方とか。

 

ZAZEN BOYS - 泥沼 @ ボロフェスタ2013 - YouTube

 

次に、ステージ上のアルコールの是非について。これについては個人的にはアリ。そもそも我々ファンもエンタメとしてライブに参加している以上、口を挟むのは野暮というもの。例えばZAZEN BOYSの向井秀徳、a flood of circleの佐々木、トリプルファイヤーの吉田らは実際にアルコールがライブの必需品として固定されている訳で、それによる突発的なパフォーマンスにまた我々も興奮したり……といった循環も起こるので、全く問題ないと思う。夏フェスやライブハウスで普通にアルコールが振る舞われていることもあるし、我々だけはOKで演者はダメとの道理もない。別の切り口として「じゃあお前は会社で上司が酒を飲んでても良いのか!」とする意見もツイッターで見たが、これも『音楽アーティスト』として仕事をしている以上、あまりツンケンし過ぎるのも良くない。

しかしながら、TRICERATOPSが思いを滾らせたステージで、最大限まで酔い潰れた奥田がステージに立ったことには些か問題があるのでは。今回奥田は言わば特別ゲストとして『招かれた側』の立場だ。そこでメインアーティストが不快な思いをしてしまったことは、やはり謝罪を行って然るべき……なのだが、奥田が『謝罪』を後に直接和田に対して行った時点で、この話題は終わりにすべきでもある。総じて元々難しい問題ではあれど、ツイッターという媒体を介してしまったことで更に火が燃え上がったひとつの事件が、今回の件だった。

日本は何かと問題が起きれば再発防止に厳しく動く。ことライブシーンに関しても、これまで何度もメディアに悪い意味ですっぱ抜かれたライブが多くの非難に晒された結果、ガチガチのルールを設けざるを得なくなったりもしている。僕が危惧しているのは、この一件をきっかけにステージで酒を飲むアーティストが少なくなること。繰り返すが節度を守って飲む分にはアルコールは良い効果をもたらすので、一概に禁止するのはおかしいと思う。ただこの話題が拡散されてしまったことで、ステージでの飲酒による風当たりは明らかに悪くなったのだ。誰が悪いとも言えない事件が本当に招いたのは、もしかすると我々のネットリテラシーそのものなのかもしれない。感情に任せていろいろ綴ってはしまったが、とにかくこの件で今後悲しい思いをするアーティストがひとりでも減るよう、願うばかりである。

大成功に終わった『コーチェラ・フェスティバル 2022』について

こんばんは、キタガワです。

 

世界最大規模の音楽の祭典こと『コーチェラ・フェスティバル 2022』が先日終幕した。懸念されていた混乱も特になく、ビリー・アイリッシュがデーモン・アルバーンと共にゴリラズ曲をやったり、宇多田ヒカルが代表曲を披露したり、ザ・ウィークエンドがダークなステージで魅せたり、今年もどこを切ってもハッピーな雰囲気。チャットの動きも読めないほどYouTube上でも盛り上がっていて、大成功と言わざるを得ない3夜だったのではなかろうか。

さて。今回の配信を見て、ここ日本と異なるポジティブポイントが点在していたことは誰の目にも明らかだった。まず1つ目がコーチェラではマスク着用、ソーシャルディスタンス、発声制限といった規制がほぼ撤廃されていたこと。以下の公式動画に詳しいが、特に配信勢的には観客の喜ぶ顔がグワッと見えてとても嬉しい気持ちになった反面、もう2年以上もこうした『相手の表情』が分からないまま日本ではライブが繰り返されていることを思うと、やるせない気持ちになったり……。「日本はいつまで鎖国しているんだと言われることがあります」とはクリエイティブマン代表・清水直樹氏の弁だが、確かに日本が思うコロナとの共存と、海外の見方は大きく違うのだなと。

 

Harry Styles - As It Was - Live at Coachella 2022 - YouTube

第二に、ライブ配信の強みを見せてくれたのも大きな発見だった。その立役者こそが終始展開されていた何台ものカメラで、結果超激レア映像が無料で楽しめてしまう大盤振る舞いが実現した訳だが、それが回り回って広告収益として運営側に還元されていたのも嬉しい。具体的な金額については不明にしろ、あの加速度的なコメントの嵐から察するに、きっと金額の大部分をペイ出来るレベルには稼げているのだろう。まさしくWin-Winである。……特に昨年辺りはフジロック然りイベント然り、いろいろと生配信を導入する動きが広がっていた中で、結局今年は昨年程の盛り上がりは実はなかったりする。それは予算的な問題が浮き彫りになったのが原因のひとつ、という結論が出ているけれど『コーチェラクラスの大規模フェスだとほぼ無問題』というのは、かなりの好例なのでは。

 

Billie Eilish - OverHeated - Live at Coachella 2022 - YouTube

最後に、ここまでの幸福感・多数同接の希望を見せてくれたのは、やはりアーティストラインナップの強みに左右されたところも大きいと思う。初日のハリー・スタイルズ、2日目のビリー・アイリッシュ、3日目のザ・ウィークエンドらがおそらくはバズの筆頭だろうが、他のアーティストもグラミー賞を取っていたり、YouTube再生数1億超えが多数でどこを切っても元が取れる作りになっていたのは素晴らしい。しかもそれがフル&無料観られるというのだから最高だ。例えば先述の話で行くと、フジロック配信ではMAN WITH A MISSIONが出演した瞬間に同接が11万を超えたことがニュースになったし、何だかんだフェスは出演者の豪華さがマストなのだと実感。

実際のYouTube配信を観た人なら誰しもが共感することとして、今年のコーチェラが過去最高のフェスとなったのは間違いない。ただその理由を紐解いてみると、純粋なエンタメ的楽しさ以上に、様々な要素が複合的に絡み合った末の計画的成功であることが分かる。そしておそらくこうした前向きな思考は、今後の世界中のフェス運営全体を見てもこの上なくプラスのはず。完全にコロナ前の公演基準に舵を切ったフェス。日本も是非ともこの動きに続けられるよう、切に思うばかりだ。

【ライブレポート】秋山黄色『一鬼一遊TOUR Lv.3』@広島クラブクアトロ

こんばんは、キタガワです。

 

秋山黄色による恒例の全国ツアー『一鬼一遊TOUR Lv.3』。今回はニューアルバム『ONE MORE SHABON』のリリースを記念して行われるもので、当然ながら披露された楽曲の大半は『ONE MORE SHABON』収録曲。ほぼアルバム再現と言っても過言ではないライブとなった。ただ文字通りレベルアップした秋山黄色のパフォーマンスは我々の想像を遥かに上回っており、明らかに彼の目指す地点が変わったことをも意味していたのである。


16時の開場と共にフロアに入ると、そこにあったのは至って簡素なバンドセットだった。ギターとベースとドラムがあり、中心にはマイクとサンプラーが鎮座するのみのこのシンプルなステージが、今回の主戦場だ。暫くの待機時間を経て定刻になり緩やかに暗転すると、暗がりからサポートメンバーたる井手上誠(G)、神崎峻(B)、片山タカズミ(Dr)が現れ、中央の空間のみを残し固唾を飲んで彼の姿を待つ幸福な時間が訪れれば、上手からひとりの陰がステージに足を踏み入れ、持っていたスマホをアンプに置いてギターを構えた。そう。彼こそが今回のライブの主人公・秋山黄色である。


オープナーは『ONE MORE SHABON』から、秋山と井手上の速弾きが印象的なミドルチューン“白夜”。《幸福で死にたくないっていうのは/この地球上で一番の不幸だね》……。彼は決してポジティブな人間ではないし、楽曲も誰かの憂いに沿ったものが多い。けれども彼は『自分で自分の命を断つ行為』に関してはこれまでメディアで否定的な意見を述べている訳で、この楽曲は言わば、悩める人々に送る彼なりの人生肯定なのだろう。荒々しく爆音、本来であれば誰もが腕を上げて叱るべしな“白夜”を誰もが厳かに聴いていたのも、そのどこかフワリと漂う儚さゆえだろう。


冒頭でも記したけれど、この日のセットリストの中心を担っていたのは『ONE  MORE  SHABON』。具体的には本編で披露された全15曲のうち9曲が新曲という完全なるニューモードで、秋山黄色の『今』をぶつける強気な姿勢が現れていたように思う。更には1年前に行われた全国ツアーで「次回はライブで実験的なことをやってみたい」と語られていた通り、そのセットについても後々キーボードとサンプラー演奏が組み込まれる、これまでにない試みも満載。正直ニューアルバムを聴いた際には前作以上に「ジャンルの振り幅凄いなあ」と漠然と感じていたものだが、それに伴ってライブもアップデートしているということなのだろう。

 

秋山黄色『アイデンティティ』 - YouTube

前半部の注目曲はやはり昨今のキラーチューンとして定番化している“アイデンティティ”。ここまで“白夜”、“アク”、“Caffeine”と徐々に盛り上がりを見せていた流れを経て爆発することを見越しての投下だ。秋山は時折マイクに齧り付くように歌うのみならず、ギターも上下に振り下ろしながらのパフォーマンスを試みており、ヒヤヒヤしてしまうほど破壊的。「ライブの次の日は体中が筋肉痛になって1ミリも動けなくなる」とはMCでの秋山の弁だが、確かにその末路も頷ける渾身の演奏に、気付けば目が釘付けになっている観客たち。陳腐な表現で例えれば『ロックバンド以上にロックバンドしてるソロアーティスト』とでも言おうか……。とにかくこの熱量に当てられて、良い意味でポカンと観るしか出来ない状況がそこにはあった。

 

MCでは、この広島クラブクアトロの会場にちなんでのトークに移行。どうやら秋山にはクアトロに苦い思い出があるらしく、次第にその思いの行き先は2020年8月27日に渋谷クラブクアトロで行われたオンラインライブに。新型コロナウイルスの感染拡大により急遽オンラインで開催されたこの日、彼は本来観客がいるはずの環境に誰もおらずカメラに向かってライブをしている状況がとても悔しかったとし、ひとつの答え合わせとして今日の昼頃にツイッターの個人アカウントで公開された写真が、ストレスのあまり泥酔した秋山が冷蔵庫から氷結を取り出す様子であることが明らかに。「あの会場で1曲目に“chills?”やったんだよ。頭おかしいよな」と自嘲気味に笑う秋山は、「だから今日クアトロでやれるっていうのは凄く有り難いです。声は出せないけど……手拍子とか良いらしいですよ。あと、俺に逆らうな」とたどたどしくも『らしい』言葉で締め括った。


ここからは『ONE MORE SHABON』楽曲を連続してドロップする新境地に。哀愁漂う秋山黄色流叙情歌“燦々と降り積もる夜は”、サンプラーを用いてサウンドにハリを持たせた“あのこと?”、ハンドマイク&サンプラーで身軽なステージングに挑んだ“Night park”、大切なものの喪失を誰もが知る商品名で暗喩した“うつつ”……。ロックもポップスもごった煮された多種多様な楽曲群で彼が示すのは漠然とした不安感と、現状を変えようともがく思考。それらが敢えて抽象的な表現に留まっているのは何とも彼らしいが、その抽象的さが逆に、我々個人個人のネガティブな感情に寄り添ってくれる感覚もある。

 

秋山黄色『ホットバニラ・ホットケーキ』Live ver. - YouTube

そして「1年前にも広島でライブやったんですけど、来れなかった人もいると思います」と語れば、当時のセットリストの中心を担っていた前作『FIZZY POP SYNDROME』から“ホットバニラ・ホットケーキ”と“宮の橋アンダーセッション”を。取り分けハイライトだったのは異様なスピードで駆け抜ける“宮の橋アンダーセッション”の一幕で、秋山が歌詞を歌い終えたと思われる瞬間にサポートメンバーが突然沈黙。具体的には井手上は壁に寄りかかり、神崎は髪をダランと垂らし地面に突っ伏していて、片山はドラムセットから離れた位置で待機している。思わず笑ってしまう異常空間の中、唯一『動ける人』状態の秋山はマイペースに水を飲んだりウロウロしたりと自由奔放で、挙げ句の果てにはスマホの動画機能を使ってメンバーを映し続けて爆笑。ひと通り撮影が終わった後「これファンクラブ動画だな」と語る秋山に、ファンからは歓声が起こる。ただそれだけでは終わらず、何と秋山が「今日はドラム空いてんなあ」と突発的なドラムソロを繰り出す点も含めてサービス精神旺盛。

 

秋山黄色『ナイトダンサー』 - YouTube

その後は昨日のライブで一部を間違えたリベンジとして初期曲“Drown in Twinkle”が弾き語りスタートで鳴らされると、ニューアルバムのうち“PUPA”と“ナイトダンサー”が爆音で披露され、今や秋山黄色の恒例的ライブアンセムとなった“やさぐれカイドー”へ。これまでも体がどうにかなってしまいそうな過激なパフォーマンスを繰り返してきた彼は、ここでメーターの振り切った覚醒を見せる。「明日からライブの予定のない人間がぶっ壊れるところ、良く見といてください。くれぐれも皆さんは怪我しないように」との意味深な一言から雪崩込んだ“やさぐれカイドー”は、まさしく秋山黄色がぶっ壊れる様を直視した瞬間だった。開幕と共に「オイ!」と絶叫した彼は、そこから首を沿って前に90度以上倒す翌日の筋肉痛必至な動きを連発してギターを弾き倒し、ラストはつんのめるようにギターをぶん回しながら前後左右に動き回った彼の姿は、天性のソロ・ロックスター。この楽曲のメインテーマは思うように生きられなかった当時の彼の生き写し。けれどもあれから何年も経った今、それこそライブを観ていた我々もそうだが当時の辛い思いに心を合わせることはほぼ不可能である。そんな中彼がこの楽曲で行ったのは、例えるなら飲み屋で辛い話をするときにジョッキを一気飲みするような自傷的な熱量の上げ方で、無理矢理感情を高めるそうした部分にも彼の優しい人間性をも感じることが出来た。

 

秋山黄色 『シャッターチャンス』 - YouTube

息を切らしたまま「次が最後の曲です」との宣言から鳴らされたラストソングは“シャッターチャンス”。ハンドマイクで身軽になった秋山はもちろん、まるで野球のピッチャーの如く振り被って投げる一幕や、サビの随所に盛り上がりポイントを含めていて一時もダレることはないし、秋山の動きと連動するようにゆらゆら動く観客のアクションも美しい。そしてクライマックスサンプラーを乱打してサウンドに彩りを加えた秋山、最後は自身のスマートフォンを客席に向け、シャッターを押す音と共にフェードアウトという印象的な幕引きとなった。


本編はこれにて終了、興奮おさまらないファンによる手拍子によってすぐさま再度呼び込まれた秋山黄色とメンバーたちである。しかし秋山は現れるなり我々の興奮をよそにヘアスタイルをクシで直し続け、「……ここの部分が大事なんだよ」と独自のヘアセット理論を展開。彼いわく前日の福岡公演では初めてのワックスを使ったため終盤に髪がパックリ割れ、マネージャーがライブ撮影の撮影に苦労していたとのことで、その二の舞いを避けるよう今日は丁寧にセットしているのだという。そこからは『一鬼一遊TOUR』と題したツアータイトルを友人に伝える際に恥ずかしかった話や、ツアーの開催が収入に直結している話などを赤裸々に吐露していて、秋山の正直過ぎる人間性を垣間見ることが出来た。


続いては恒例のメンバー紹介。まず初めに振られた井手上は紹介されるなり、前回のツアーで一番最初に鳴らされた楽曲“LIE on”のギターリフを即興演奏。もちろんこの行動は言わば何となくのものだったはずだが、秋山が「(長らく練習してないから)今絶対出来ないわ」と呟いたことをきっかけに以降の神崎、片山も“LIE on”のフレーズを弾いていき、最終的には秋山も加わって本格的な“LIE on”に。こうした阿吽の呼吸と試みが出来るのも、これまでライブに帯同してきたサポートメンバーならではだ。

 

秋山黄色 『見て呉れ』 - YouTube

そしてニューアルバムをまたリリースした際はここ広島クアトロでライブをやりたいという有り難いMCが終わると、実質的なアンコール1曲目“見て呉れ”へ。ファルセットを駆使した幕開けから一転して秋山的なサウンドに移行する形は確かに稀有。そんな中でもファーストアルバムと比較して圧倒的に幅が広がった曲調が誰もの心にスッと馴染む感覚があるのは、彼がこれまで『From DROPOUT』『FIZZY POP SYNDROME』『ONE MORE SHABON』と少しずつサウンドを変化させていった歩みをしっかりと理解しているためなのだろう。加えて曲調の他にも今回のライブ自体もそれこそキーボード+サンプラースタイル然り、これまでのライブとは一線を画す試みが多数存在していた訳で……。これは昨年コロナ禍でチケットを購入したにも関わらず泣く泣く参加を断念したいちファンの意見として、本当に「毎回ライブに行くべきアーティストだな」と強く感じた次第だ。


ここでライブ終了かと思いきや、まだまだライブは終わらない。秋山による「今日の気分は……クソクラペチーノ!!」とするよもやの予定調和一切なしのサプライズとして披露された最後の楽曲は“クソフラペチーノ”!この楽曲ではこれまで見たことも聞いたこともない、個人的には約10年のライブ人生でも初めて視認した大ハプニングが発生。それはそれは、おそらく同様の体験はもう一生来ないだろうと思える程の……。

 

秋山黄色『クソフラペチーノ』 - YouTube

この楽曲は原曲で約1分半、BPMにして180超えという秋山黄色の数ある楽曲の中でも随一のファスト・パンクチューンとしても知られる。故にそのパフォーマンスについては激しいものになることはおよそ覚悟していたつもりだったのだが、この数分間で我々が目の当たりにした一幕は想像を遥かに超えるものだった。楽曲が鳴らされた瞬間から秋山は声が枯れんばかりに絶唱を続け、ギターの井手上はヘッドバンギングを繰り出しながらステージを右往左往しながら演奏するカオス状態に。そして体感的には一瞬で駆け抜けたこの楽曲のアウトロ、秋山がギターを振り抜き続ける前後不覚のアクションの果て、事件は発生。何とバランスを崩した秋山が客席フロアに頭から転落したのだ。ギターが地面に叩き付けられる不協和音が叫びのように鳴り響く中ステージ袖からはスタッフが顔面蒼白で駆け付け、メンバーも我々も固唾を飲んで見守る異常事態。ただすぐさまステージに転がり戻った秋山は元気そうで、思わずホッとする(どうやら後日の以下のツイートの通り、怪我はなかったそうである)。そして全ての狂騒が終わった後、この時点では安否すら気になる我々をよそに、足元のエフェクターのツマミを全開にして会場を超轟音のノイズまみれにして秋山は帰っていった。おそらくは今回の全国ツアーの中でも圧倒的に印象深い出来事は、間違いなく全ての参加者の心に刻まれたことだろう。

 

“猿上がりシティーポップ”も“モノローグ”も、“とうこうのはて”も……。かつてライブの中心だった楽曲が撤廃された代わりに、最新アルバムの楽曲を敷き詰めた攻めのセットリストで臨んだ今回のライブ。もちろんニューアルバムがリリースされる以上ライブツアーがその楽曲を中心にしたものとなるのは誰もが理解していたはずだが、それでもここまで振り切った代物になることは予想していなかった、というのが正直なところ。実際のライブで再現される『ONE MORE SHABON』の楽曲はCDで聴くより遥かに生身で、格好良かった。


と同時に、今回のライブは秋山黄色の精神性を深く知ることにも一役買っていた印象がある。というのも、それこそ“とうこうのはて”での《借金まみれの顔 鏡でまた洗っている》にしろ“猿上がりシティーポップ”の《辛うじて息を吸って吐いている》にしろ、特に処女作では彼のネガティブな一面を曝け出すような楽曲が多い印象を抱いていて、逆に活動が長くなり陽の目が当たるようになった今ではもっと別の視点で楽曲を紡いでいる感も多少なりあったから。……翻って今回のライブを観てハッとしたのは、彼は全く変わっていなくて、むしろネガティブな思いを更に吐き出そうとしていた。彼は最後のMCで「アーティストが使う歌詞は優しくないといけないと思ってて。でも俺はひ弱だからこそ、強い言葉で書いたとしても許されるんです」というようなことを語っていたが、等身大の自分をストレートに表した結果が今の彼なのだろうと思ったり。


最後に期せずしてステージから転落した一幕も、言わばその一部。例えば酒に酔った状態じゃないと話せない人や、キャラクターを演じないと社会に迎合出来ない人と同じように、元来引きこもり気質で思いを吐き出せないアーティストによる感情の爆発がそれだったのだと、今になって理解する。この日のライブがいろいろな意味で大きな爪痕を残したのは言うまでもないけれど、今後の秋山黄色を予測する上でも、とても大切なライブだったのではないか。


【秋山黄色@広島クラブクアトロ セットリスト】
白夜
アク
Caffeine
アイデンティティ
燦々と降り積もる夜は
あのこと?
Night park
うつつ
ホットバニラ・ホットケーキ
宮の橋アンダーセッション
Drown in Twinkle
PUPA
ナイトダンサー
やさぐれカイドー
シャッターチャンス

[アンコール]
LIE on(序盤のみ)
見て呉れ
クソフラペチーノ

【ライブレポート】あいみょん『AIMYON TOUR 2022 “ま・あ・る”』@広島グリーンアリーナ

こんばんは、キタガワです。

 

1階も2階も特別席も、とにかくありとあらゆる場所が人で埋め尽くされたあいみょん史上最大規模となる全国ツアー。老若男女問わず、カップルも子供連れも。果てはプラカードを掲げた熱心なファンも全身全霊で抱き締めたこの日のライブはズバリ、あいみょんが愛され続ける理由をあまりにも直接的に伝えていた。すっかり国民誰しもが知るアーティストとして君臨した彼女が魅せた2時間半の軌跡は、紛れもない彼女のシンデレラストーリーの裏付けだった。


ステージに足を踏み入れると、そこはコロナ禍と言えどこれまでのライブ風景と何ら変わらない光景があった。X,Y、Zなどに割り振られたフロアにはパイプ椅子が敷き詰められていて、後にあいみょんが「こんなパンパンな会場でライブするの久し振りやなあ」と語っていたようにキャパシティは100%に近い。ステージは未だ薄暗くその全貌を窺い知ることは出来ないが、特徴的なのは左右にふたつ聳える大型モニター。そこには『AIMYON TOUR 2022』や『まある』といった文字がその名の通りゆっくり回り続けていて、今回のライブにちなんだ形になっていたのも面白い。


ライブの幕が切って落とされたのは、定刻を3分ほど過ぎた頃。まずはqurosawa(G)、八橋義幸(G)、井嶋啓介(B)、山本健太(Key)、伊吹文裕(Dr)、朝倉真司(Per)らサポートメンバーの面々が暗がりの中から姿を表し、観客の興奮をゆっくりと高めていく。この時点で空いているスペースは中心にあるあいみょんの立ち位置だけで、皆固唾を飲んで中心人物が来るのを待っている。そしておそらくあいみょんであろう真っ黒なシルエットの人物がその地点に立った後、その立ち位置の周りを真っ青な照明が囲んでいき、突然明点。そこにいたのはオレンジのTシャツに茶色のツナギを着たあいみょんその人で、真っ白の照明が激しく点った瞬間、1曲目となる“マシマロ”に雪崩れ込む。

 

あいみょん - マシマロ【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

ロックバンド然とした爆音の中、まるで漫画の主人公の如き存在感でステージを練り歩くあいみょん。その姿にある種の現実感のなさを抱いてしまうのは、これまで彼女の姿をテレビやMV越しにしか観測していなかったためだろうか。けれども時折手拍子を要求して笑顔を振り撒くその姿を目に焼き付けているうち「これまでテレビで観ていたあいみょんが目の前にいる」という遅効性な感動となって襲い掛かってきて、サビに突入する頃にはこの光景を『現実』として理解した誰もが大盛り上がり。1曲目にして圧倒的な興奮を生み出していた。


この日のライブはあいみょんにしては珍しく、アルバムをリリースしていない状況下で行われるもの。故にそのセットリストに関しては多くの期待が寄せられていた筈だが、結果としては既存の大ヒット曲をほぼ網羅、更には活動が長くなるにつれて現在ではライブで披露されることが少なくなった“○○ちゃん”や“ジェニファー”などレア曲をも随所に配置した、ひとつのベストアルバムのようなセットだった。というより、彼女が作る楽曲すべてが通常あり得ないレベルの名曲だから全曲で盛り上がった……。その証左を、はっきりと見せ付けられた感覚すらある。

 

あいみょん - マリーゴールド【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

さて、リリースする楽曲が都度大ブレイクを果たすあいみょんならではの乙な楽しみ方として、代表曲が一体どのタイミングで鳴らされるのか、というワクワク感もある。実際人気曲たる“マシマロ”が早い段階で披露された時点で「おお!」となったものだが、ここからはまさかの“桜が降る夜は”、“マリーゴールド”、“今夜このまま”といった代表曲を連続ドロップ!特に感動的に映ったのはやはり“マリーゴールド”で、実際のマリーゴールドの花を体現した黄色の照明で彩られる中、アコースティックギターで軽やかな歌声を響かせるあいみょんにじっくり浸る幸福な時間だ。これまで何度も何度も聴いた楽曲が大舞台で鳴らされるとここまで涙腺が緩むものかと改めて気付いた他にも、ふと周囲のファンを観るとマスク越しに歌っていたり、子どもがピョンピョン飛び跳ねながら楽しんでいたりして、とても嬉しい気持ちにもなる。
 

あいみょん – 今夜このまま 【AIMYON TOUR 2019 -SIXTH SENSE STORY- IN YOKOHAMA ARENA】 - YouTube

“今夜このまま”が終わると、この日初めてのMCへ。あいみょんのMCは彼女がボケとツッコミを繰り返す形で結果長尺になることでも知られており、この日も彼女は自分の服装やマツダスタジアム、今日来たファンのジャンル(カップル・母と子・男友達同士など)についてキレ良くツッコミながら、感覚でトークを継続。その後は今回意味深な『ま・わ・る』と題されたツアーを敢行したことについて、全国各地を『回る』意味合いと、なかなかライブに赴くことが出来ないファンに『自分から会いに行く』という意味合いが込められていると語り、改めてこの場に集まってくれたファンに感謝を伝えてくれた。そして特筆すべきは今回のMCのために導入された特殊アイテム・双眼鏡を使用するコーナーで、異常な倍率までアップに出来るというこの双眼鏡を使いながら、集まったファンの顔をドアップでモニターに映し出すあいみょん。ステージの端にいる男友達をアップにして「ありがとー!」と喜び、2階席のカップルには「大丈夫?休みの日にライブ来て。もっといろいろ行きたいとこあるんちゃうん?」、カープの帽子を被る人には「カープや!やっぱええなあ!後ろでタイガースの服来てる人に関しては何やねん」などなど……。他にも『ネイル見せて』とプラカードを掲げる人にネイルを見せたり(グリーンアリーナにちなんで緑色)、『LINE教えて』に「誰が教えるかあ!」下を向いた中年男性に「今ちょっと油断しとったやろ!」と物凄い勢いでズバズバ切っていくあいみょんが面白い。あいみょんは「これ私ずっとやっちゃうねんなー」と語っていたけれど、本当にMCの時間の大半をこのコーナーに割いていた。まさしく抱腹絶倒の名コーナー。今後のツアーの参加者は是非楽しみにしてもらいたいところだ。

 

あいみょん – 初恋が泣いている 【very short movie】 - YouTube

以降もライブは猛然と続いていく。ラストのタイミングを間違えるハプニングに拍手が巻き起こった“プレゼント”、特徴的なシンセサウンドが体を揺らした“テレパしい”、可能性を模索する日々で未だ見ぬ愛を希求する“愛を知るまでは”、更には現状ショートバージョンのみ公開されている新曲“初恋が泣いている”のフル……。佳曲も新曲もシングル曲もがごった煮された挑戦的なセット全体を見ても、彼女は特段珍しいことはしていない。ギターを弾いて渾身の歌を届ける、無骨に振り切ったパフォーマンスである。そしてその1曲1曲が圧倒的な興奮を携えていたのは言うなれば歌の力の凄まじさを意味していて、『あいみょんがあいみょんの歌を歌う』というただそれだけのシンプルさにも、どれ程彼女の歌が高水準で愛されているのかを雄弁に伝えていた。


ここまで実物として存在するあいみょんと、左右のモニターに映し出される姿を観ながら楽しんでいたライブ。その流れが少しばかり変化したのは、背後に出現した4面のスクリーンが抜群の映像効果をもたらした“鯉”から。アッパーな曲調に合わせるように、VJには赤と青、若しくは白と黒を貴重とした映像が流れ続けるホールならではの演出が楽しい。広島における代表的球団・広島カープが通称『鯉』と呼ばれているのは地元民にとってのあるあるだけれど、そんな広島で“鯉”が鳴らされているのもまた印象的だ。続く“スーパーガール”と“愛を伝えたいだとか”でも同じくスクリーンを用いた演出が視覚的に楽しませてくれ、ともすればダレることも少なくない中盤を上手く完結させる。

 

あいみょん - 裸の心【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

「新しい曲を作るたびに昔の曲を聴き返すことがあるんやけど、今の自分じゃ書けへんと思う曲もたくさんあって」との一言から鳴らされた“○○ちゃん”からは、ゆったり聴かせるバラード・ミドルチューンを連発する一幕へ。ここでも“生きていたんだよな”はドラムとあいみょんのコンビで進行したり、“裸の心”は必要最小限のミニマルな構成だったりと、原曲とはまた一味違うアレンジが光る。周りを見るとこれまで長らく立ちんぼだったファンが座りながら鑑賞する姿も見えたが、自分の好きな形でピンスポに当てられたあいみょんを観ながらしっとりと没入出来る……この最高の環境は、やはり生ライブの特権だなと思ったりも。

 

あいみょん - 夢追いベンガル【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

purosawaが歳が近いにも関わらずタメ口を使わない問題、伊吹のドラムセットにあいみょんがあげたキャラクターが乗っている問題などメンバー紹介のオモシロMCを挟み、以降はクライマックスへと導くアッパーナンバーの連続!ひとりひとりにとって大好きな曲は異なるのは当然として、特筆すべきは背中に“AIMYON”と書かれた特注カープTシャツを着たあいみょんが動き回って歌唱した“夢追いベンガル”のパフォーマンス。半月状に作られた花道を無邪気に疾走しながら歌声を届けていくあいみょんの笑顔がモニターにすっぱ抜かれるたびに強い感動が迫ってきたが、中でもウルッときたのはファンの表情で、おばあちゃんも子どもも関係なく会場の誰もが全身全霊で楽しんでいる光景は、本当に愛おしい。あいみょんはそんなファンの期待に答えるべく、ステージを右から左へと縦横無尽に駆け抜け、果ては右端と左端の一部が変形して上昇→2階席に至近距離で手を振っていき、バッター・あいみょんがエア野球でかっとばす最高のラストでキメ。コロコロと表情を変えながら歌い終わったあいみょんの笑顔は、名状し難い喜びに満ち満ちていた。

 

あいみょん「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」LINEで作ったリリックムービー - YouTube

そしてライブは“貴方解剖純愛歌〜死ね〜”から“君はロックを聴かない”の最強コンボで、終盤イチの盛り上がりに。ひとつはインディーズ時代のあいみょんが世に出たきっかけとも言える楽曲であり、対してもうひとつはNHK紅白歌合戦でも披露された運命的な代物。故にこれらの楽曲からあいみょんを聴き始めた人もきっと多いはずだ。必然盛り上がりは最高潮に達しておりどことなく安心感さえ覚えるほど。と同時に思ったのは、あいみょんは一足飛びにスターダムを駆け上がったのではなく、愚直に音楽活動に邁進してきた結果この立場があるということ。総じて彼女の真摯さにも触れることが出来た重要な2曲だったように思う。


この時点で多くのファンが察していた通りもうじきライブは終わってしまう。のだが、ここで改めて長尺のMCにトライする我らがあいみょんである。あいみょんは再び双眼鏡を手にすると先程以上にゆっくり会場を見渡し、ステージの一番後方にいるファンにも柔らかく接していく。ただそれだけでは終わらないのがあいみょんらしさで、後ろにある『生もみじ にしき堂』の甲板を上手く使って「それミート&ミートのタオルやん!えっと……生もみじの生のとこの女の子!」や「にしき堂の堂のとこのカップル」など分かりやすい表現を多様。そのたびカメラに抜かれたファンが皆一様に大喜びするのも感動的だ。最後まで双眼鏡を活用したあいみょんいわく、この双眼鏡を使ったアーティストは現状自分ひとりだとして「これからライブで双眼鏡使った歌手がおったら、私のパクリやと思ってください」とドヤ顔。

 

あいみょん - 双葉【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 - YouTube

あいみょんのライブではアンコールは基本的に行われない。正真正銘最後に披露された楽曲は、先日放送されたNHK番組『18祭』でも感動を巻き起こした“双葉”だ。この楽曲は現在18歳で今後大人になっていく若者に向けて綴った楽曲で、またコロナ禍で満足な学生生活が送れなかった若者に対してのエールでもある。かつて“19歳になりたくない”という楽曲をリリースした程に『大人』になることへの不安を抱えていたあいみょんが、大人になることへの希望を歌う……。そのことにはきっとあいみょんにしか知り得ない、大きな意味があるのだろうし、会場内に響き渡る《悲しみなんかは 気づけば雨になる/心耕し 花が咲くまで/可愛く揺れなよ 双葉》のフレーズ。あいみょんが歌うからこそ価値のある強いメッセージは、最後に温かく会場を満たしていった。


かくして時間にして約2時間半、最高のライブは幕を閉じた。が、特注のお好み焼きのヘラを持ちつつ「どうも生あいみょんですー」「(子どもを観ながら)大きくなっても来てなー」など、あいみょんは“双葉”を歌い終わった後も終わってしまうのを寂しがるように双眼鏡を使って客席を見渡していた。「初めて来る人は知らんかもしれへんけど、私終わってからが長いねん」と彼女は語っていたが、それも応援してくれるファンへの感謝を具現化したものなのだろう。


確かにこれまであいみょんの活動をテレビなどで観ていて「愛されてるなあ」と感じてはいた。しかしながらこの日実際に彼女のライブに参加して気付いたのは、我々があいみょんを愛するように、あいみょんも我々ファンを愛する双方向的な関係性が築かれているということだった。これほどの信頼感を見せ付けられては、もう断言するしかない。今のあいみょんは無敵であると。……余談だがライブ終了後、宿泊先のホテルに戻るとそこは今回のライブに参加したファンで一杯で、中には全通しようと試みるフィリピンの人やカップル、友人同士など千差万別。本当に多くの人に愛されているあいみょんの次の歩みを楽しみにしながら、僕はあいみょん談義に参加した。素晴らしいライブをありがとう。


【あいみょん@広島グリーンアリーナ セットリスト】
マシマロ
桜が降る夜は
マリーゴールド
今夜このまま
プレゼント
テレパしい
愛を知るまでは
初恋が泣いている(新曲)
ユラユラ

スーパーガール
愛を伝えたいだとか
○○ちゃん
君がいない夜を越えられやしない
生きていたんだよな
ひかりもの
裸の心
ジェニファー
ふたりの世界
夢追いベンガル
貴方解剖純愛歌〜死ね〜
君はロックを聴かない
ハート
双葉

泣かないでロストボーイ

前略、この話(友人をふたり亡くした話)の続き。

ライブが終わったその足で、僕はリョウと会った。大学を卒業してからリョウは東京にそのまま残り、対して僕は地元島根県にUターンしたのでもう長いこと会ってはいない。けれども風の噂でリョウが数日ほど地元に帰省すると耳にした僕が飲みに誘って……という、まあ特段どうこう言うこともない流れで実現に至った次第である。……リョウとの飲みの場は、基本的に家の近くにある大衆居酒屋と決まっている。これは単に互いの家が店から徒歩圏内とする利便性の高さもあるが、純粋に様々な居酒屋やバーをふたりで行き尽くしてしまったことが大きい。なもんで「結局はせんべろでもふたりで飲めりゃ良いよね」精神で行き着いたのが、この安居酒屋だった。

店に入って適当なテーブルに着くと、取り敢えず同じく適当な感覚で生ビールをふたつ頼んで暫し談笑。と言ってももう15年程の付き合いになるので話すこともなく。バイトはどうだとかゲームは変わらずしてるかとか、つまらない話を延々とする。彼は僕とは対照的に酒をほとんど飲まない。以前東京の彼の家に居候していたとき、毎日ビールを5本飲む僕を本気で心配していたレベルで彼は飲まない。そんな思い出を引き合いに出しながら、更に酒は進む。店員さんが持ってきてくれた唐揚げの味も分からなくなるくらい、それはそれは猛烈に。

ビール、ハイボール、ビール、ハイボール……と行ったり来たりしているうち、話はどんどんと紡がれていく。彼は基本的に人の話をしっかり聞いて意に沿った言葉を返す、という出来た人間性をしているので、トークも無駄がない。完全に泥酔状態になった僕はうわ言のように何やら喋り続ける対比もまた、授業中にアジカンの話をしまくって授業が終わったりした十数年前の頃と同じである。久方振りの邂逅のムードもへったくれもないけれど、それでもまたこうして会えることが嬉しかった。

いつの間にか話は変遷し、いつもの音楽の話になる。僕には泥酔すると自分が主導権を握ることの出来る話を捲し立てる悪癖があって、それはさも相手の話を聞くようでいてその実自分のターンになると倍喋る質の悪いものだが、こと飲みの場においてそれは決まって音楽だった。彼はボカロマニアなので最近オススメとする音楽を聞いてほうほうと頷きつつ、今日のライブの個人的感想と、これまで東京で一緒に行ったずとまよや集団行動らの話で盛り上がる。しまいには「僕らがあん時観ちょったバンド全員売れちょーなあ」などと、音楽評論家気取りの言葉を吐いたりもして。

そして最後に、かつてふたりで観に行ったamazarashi武道館の話。当時の僕らは互いにどん底で、僕は夢を追い続けてはいるものの芽が出ない日陰者、リョウは日々の時間を憂鬱な自問自答に費やしていた。実際前日に観に行った他のライブもフワフワとした感覚で終わってしまっていて、「せっかく誘ってくれたけど楽しめんかったらごめん」と予め前置きされていた程だ。でもふたりともがライブを観て大粒の涙を流したあの日をきっかけに、人生の動きが変わった気がする。僕は夢を諦める決断をして正社員になり、リョウは鬱を脱して前向きになった。それが良いか悪いかはわからないが、全部僕らには必要なことだったのだと今なら思う。

数時間後、したたかに酔った僕らは帰り支度をする。まだ残っているビールを一気に飲みながら、金額を確認して適当に割る。居酒屋では僕が少し多めに出し、またどこかの店で代わりにリョウが奢ってくれてトントン、というのもいつも通り。この日は僕が多く飲んだものの数ヶ月前の焼肉のこともあって、ほぼ同額でお開きになった。「じゃあ出るかー」と千鳥足で帰ろうとした僕らに、店員さんが声をかける。「すいません!ウーロン茶の注文忘れてて、今お持ちしました!」……。僕らはヘラヘラ笑いながら、やっぱりもう少しだけ居座ることにした。

amazarashi 『ロストボーイズ』Official Video - YouTube

【ライブレポート】Official髭男dism『ONE-MAN TOUR 2021-2022 -Editorial-』@松江市総合体育館

こんばんは、キタガワです。

 

https://higedan.com/

半年以上にも及ぶ全国ツアー、その千秋楽を彼らの地元である島根県松江市で行うと知ったとき、漠然と「感動的なライブになるだろうな」とイメージしたことを改めて思い出す。これは延期の果てのツアーであることはもちろん、2019年に行われた島根公演でも藤原聡(Vo.Piano)は大粒の涙を流していたし、かねてよりここ島根県松江市を大切な場所として認知してくれていたために抱いた想像だったが、結果としては感動と同程度に絶大な喜びも感じることが出来た、実に彼ららしいポジティブに振り切った運命的ライブだった。


開場時間から数十分後、COCOAの表示と電子チケット操作、検温消毒を経て会場に足を踏み入れると、そこでは日本全国から集まった大勢のファンが思い思いに過ごしていた。物販のタオルを掲げて写真を撮ってもらっている人、座席の配置を忘れないように記憶している人、僅かに流れるヒゲダンのBGMに体を委ねる人……。年齢層も老若男女問わずで本当に様々な人が来場していたけれど、会場内にいるということはつまり、この場にいる全員は当然『ヒゲダンのファン』。それが約4200人も集まっていることに、地元民として深い感動を覚えたりも。……開きっぱなしになっている扉のひとつを開いて更に奥深くへと進むと、そこには先程のロビーの光景とは一線を画すレベルの見渡す限り人、人、人。僕は2階のスタンド席だったので偶然にも会場を一望出来たのだけれど、正直この圧倒的人数はこれまで観たことがなく、内なる興奮の高まりを感じた。なお気になるステージに関してはこの時点で巨大なLEDパネル2枚がステージを覆い隠す形でピッタリ隙間なく張られており、その全貌を伺い知ることはほぼ不可能。故に一体どんなライブになるのか分からない緊張感が会場を支配しているのも、肌感覚として理解出来た。


定刻の17時を少し過ぎ、場内に流れるMy Chemical Romanceの“Welcome To The Black Parade”が鳴り終わったタイミングで会場は暗転。すると眼前のLEDモニターに、ベッドに寝転ぶとあるひとりの男性の行動が一人称視点で映し出された。男性はベッドからゆっくり体を起こすと窓際に移動し、“Pretender”のCDジャケットにおけるダイバージェンスメーター風の装飾品を一瞥しつつ、そのまま冷蔵庫へと移動。ちなみに冷蔵庫には過去のMVのワンシーン(中華街の看板や景色)が写真として現像されたものが複数貼り付けられており、その過程でグッとファンの心を掴んでいく。そして麦茶を注いで一口飲んだ男性がふと窓の外を見ると、そこには警官とおぼしきパトロール隊が数名、まるで誰かを探すように通りを練り歩いていた。詳しい内容は最後まで分からないままだったが、この時点でおそらく大半のファンは、この男性が何らかの行動を起こして捜索される身となっていることを知ったはずだ。


その光景を観た主人公は動揺したのか、傍らにあるピアノの譜面を手に取り部屋の中心に鎮座するピアノの前へと進んでポロポロと音を奏でていき、突如その打鍵が叩き付けるような強烈な打鍵音に変わったところで、LEDモニターが上部に移動。かくしてその背後にいたヒゲダンのメンバーたちが姿を現し、オープナーである“Universe”が鳴らされた。トランペットやサックス、キーボードなど多種多様なサポートメンバーが脇を固めて厚みのある音を奏でる中、モニターに映し出される小笹大輔(G.Cho)、楢崎誠(Ba.Sax.Cho)、松浦匡希(Dr.Cho)らメンバーの表情は一様に穏やか。連続3公演目ということで若干懸念していた藤原の喉の調子についても全くの杞憂で、会場を包み込むが如き臨場感のある歌声を響かせていく。

 

Official髭男dism - Universe[Official Live Video] - YouTube

この日のセットリストはタイトルにもある通り、昨年に発売されたフルアルバム『Editorial』を軸にしていて、結論としては“パラボラ”を除くアルバム収録曲がセットリストにそのまま反映されるリリースライブの様相を呈していた。ただ単純なリリースツアーではなく、その中に絶妙なバランスで『エスカパレード』『Traveler』といった過去作の代表曲も詰め込んだ、現時点でのヒゲダンのベストセットを構築。結果最初から最後までファンの興奮が一瞬たりとも途切れなかったのは、そんな彼らの楽曲の素晴らしさが集まった誰しもの心を満たし続けていた証明だろうと思う。

 

Official髭男dism - 宿命[Official Video] - YouTube 

会場のボルテージが更に1段階引き上がったのは3曲目、代表曲“宿命”が鳴らされた頃。管楽器の織り成すアンサンブルによって聴覚的に圧倒されたのはもちろんの、藤原の歌声もどんどん深く強いものとなって鼓膜に訴え掛けていたが、3曲目というある意味ではライブ空間に慣れ始めたこのタイミングで個人的に感動したのは、その歌詞である。彼らの楽曲は世間的に広く知られる“Pretender”にしろ“ノーダウト”にしろ基本的にはポジティブなイメージを携えていて、おそらくそれは正しいだろう。けれども生で“宿命”を聴いてハッとしたのは、彼らはネガティブな思いを少なくとも音楽を通して、前向きに変換しようと試みている点。《「大丈夫」や「頑張れ」って歌詞に苛立ってしまった そんな夜もあった》《夢じゃない 夢じゃない 涙の足跡/嘘じゃない 嘘じゃない 泥だらけの笑顔》……。ネガティブな思いを他人に吐露するとき、決まって「生きてれば何とかなる」「明るく行こう」と人は言う。でもヒゲダンは我々の気持ちを理解しながら、それでも頑張ろうと背中を押してくれる。彼らがここまでの人気を博しているのはきっと、そんな思いがリスナーに届いているからだろう。

 

Official髭男dism - Laughter[Official Video] - YouTube

前半部をBPMを落とした弾き語りアレンジに変えて披露された“115万キロのフィルム”を終えると、ここからは比較的緩やかなアルバム楽曲を連続投下するゾーンに移行。まずは藤原がピアノをアコースティックギターに持ち替えてカントリー風な曲調で聴かせた“Shower”、続いて樽先がシャッターが降りてしまった近所の立ち飲み屋に思いを馳せて作ったという“みどりの雨避け”、憂鬱な世界にうんざりしつつもベッドの上に静寂を見付ける“Bedroom Talk”、生まれ育った町を出て空高く飛び立つ鳥の名前を冠した“Laughter”、笑みを絶やさず険しい道を進んでいく決意を秘めた“フィラメント”……。アッパーなだけではないヒゲダンの一面を聴かせるこの時間はファンの多くが着席で鑑賞するリラックスした代物となり、歌詞の一言一言を、またサウンドのひとつひとつをじっくり味わえる珠玉の空間だった。

 

Official髭男dism - Anarchy[Official Video] - YouTube

そしてライブは藤原の絶叫にも似た煽りから、再び熱を帯びる。その幕開けを飾ったのは数ヶ月前にリリースされた“Anarchy”で、歌詞の一部がまばゆい光の点滅と共にLEDモニターに投影される中、ロックバンド然としたサウンドで畳み掛けていく。そこから雪崩れ込んだ“Stand By You”は今回のライブのいくつかあるハイライトのひとつを担っていて、モニターに映し出された満員御礼のファンの笑顔とリンクするように、藤原は幾度も「松江!」と叫んでファンの「ウォーオオオー」の歌声(もちろん発声制限があるので心で)と共鳴。思わず涙腺が緩む感動的空間が形成された。

 

Official髭男dism - ブラザーズ[Official Live Video] - YouTube

Official髭男dism - ノーダウト[Official Video] - YouTube

本編もうひとつのハイライトは、後半の“ブラザーズ”から“ノーダウト”の流れ。“ブラザーズ”では突如ヒゲダンとサポートメンバーたちがヒーローと悪役に分類された映像がモニターに映し出されると、以降は1対1の直接対決として各自のソロ演奏が行われる驚きの仕掛けでもって、視覚的に楽しませる試みがたっぷり。更には腕をヒラヒラと動かす振り付けもバッチリで、体を使っても楽しめるアレンジもニクい。そして映像でラスボスである藤原と敵対していたメンバーが握手をした瞬間、スロットが回転。人型の絵柄が3つ揃ったところでジャックポットとなりジャラジャラとコインが溢れ出て、そこに書かれていたのは『ノーダウト』の文字。そこからは予想通り“ノーダウト”へと流れていくのだが、今回のノーダウトはBPM早め、サウンドはロック色強めという変わったアレンジになっていて、しかも藤原が「ストップ!」と楽曲を静止して小笹と楢崎と共に転がって歌う(かなり説明しづらいので申し訳ない)爆笑必至の展開もあり、これまで観てきた“ノーダウト”とは全く違った形になっていて最高。

 

Official髭男dism - Cry Baby[Official Video] - YouTube

ここからライブはラストスパートに突入。《残ったのはどっちだ?》との歌詞からか、浮世絵風の力士の映像(はっけよいのこったのオマージュ)と共に炎が吹き上がった“FIRE GROUND”、とてつもなく高難度の歌唱を難なくこなす藤原の力量にハッとさせられた“Cry Baby”、深いボーカルエフェクトを用いての藤原のソロ楽曲“Editorial”、終わりに近付いていく年齢の経過に愛する人への感謝を思う“アポトーシス”……。間髪入れずに紡がれる音楽の濁流は我々の心を満たし温めていくことには、改めて感動を覚えた。けれどもひとつここで疑問に思ったことがあるとすれば、もうこの時点でかなりの曲数を披露していてライブのクライマックスも近いにも関わらず、終わりに近付くにつれて選曲がダウナーなものになっている点。言わずもがな、ライブは後半に畳み掛けてラストでドカンと弾けて終わるのが通例な訳で、このタイミングでこの選曲、というのは何か大きな意味が込められているような気がしてならなかった。そしてその気になる理由は、藤原によるMCでもって最後の最後に判明したのだった。


これまでほとんどMCを行ってこなかった藤原による最後の言葉はとても長く、思いのこもったものだった。全てを記憶していた訳ではないのでニュアンス的な部分も踏まえて記述するが、藤原は第一に延期の末に無事開催に至った今回のツアーについて語ってくれ、その中で多くの時間を割いたのは中止となった青森公演に関してだった。元々新型コロナウイルスの影響で公演中止の可能性も大いにあった今回のツアーは51公演だったけれど、結果この日の島根公演を含めて行われたライブは48公演。つまりはうち3公演は感染拡大の影響で止む無く中止となっている計算になる。そのうちのひとつが青森公演であり、藤原は担当者から「ライブには来ないでほしい」と泣く泣くキャンセルせざるを得ない状況を聞いたとき、期待してチケットを購入してくれたファンに対して、とても申し訳ない気持ちになったという。こうして生で音楽を届けることが当たり前ではないことを再認識し、よりライブの1本1本を大切にするようになった、とも。 

 

加えて「この数年間誰もがポジティブにずっといられた訳ではないと思います」と前置きしつつ、新型コロナウイルスの蔓延やライブの在り方について「本当はみんなで声を出したかったけど、最後までこのツアーで声を出すことは出来ませんでした」とし、それぞれの学校や職場でも心を痛めたであろうこと、現在ロシアとウクライナで起こる争いにも言及しながらMCの締め括りとして「正直今のこの世界は冷たくて、悲しいです」と飾らない思いを吐露し「この日を迎えることが出来たのも長い間待っていてくださった皆さんのお陰です」と深々と頭を下げた藤原。

 

Lost In My Room - YouTube

そして「最後に歌う曲はポジティブな曲ではありません。ツアー前とツアー中に感じた思いを表した曲です」と前置きし、本編を締め括ったのは“Lost In My Room”。歌われるのは精神的に疲弊した末、ネガティブな自問自答を繰り返す当時の藤原の心情だ。傑作をこれから生み出せるのかも分からない。状況が良くなるかも不透明。そもそも決まっているライブがいつ中止になるかも予測不能な状況に悩む“Lost In My Room”はこの日演奏されたどの楽曲よりも暗く、悲しみを帯びていた。ピアノを演奏しながら歌う藤原は時折ファルセットを多用してまさしく絞り出すように言葉を紡いでいったけれど、その声はCD音源で聴くよりも遥かに高いもので、まるで何かを絞り出すように歌うその姿は、棘だらけの心を無理矢理説き伏せるようでもあった。


メンバーが手をヒラヒラと動かしながらステージからハケ、これにて本編は終了。けれどももちろんこれで終わりではない。興奮冷めやらぬファンたちによる壮大な手拍子によって再びメンバーが呼び込まれる……と思いきや、視界は思いもよらぬ方向に。数分後突如LEDモニターに映し出されたのは何と先程まで披露されていた“Lost In My Room”の映像で、そこからキュルキュルという音と共にこれまでのライブの光景が超高速の逆再生で巻き戻されていく。MCがあって、“FIRE GROUND”があって、“宿命”があって、“ノーダウト”のワンシーンももちろんある。「あーそうだこの場面良かったなあ」などとフワーっと考えていると、気付けば映像は最初の最初、主人公がベッドから起き上がる一幕まで巻き戻る。ここからは当記事の冒頭で記したワンシーンが再び流れることになるのだが、男性が“Pretender”のCDジャケットにもあったダイバージェンスメーター風の装飾品に視線を向けた瞬間、画面がズームアップ。するとあの印象的な音が鳴り響き、モニターが左右に分裂。その背後に控えていたヒゲダンによるアンコール1曲目はもちろん“Pretender”だ。

 

Official髭男dism - Pretender[Official Video] - YouTube

《グッバイ 君の運命の人は僕じゃない》。思えばこの印象的な歌詞を僕らはこれまで何度聴いてきただろう。街中で。カラオケで。テレビで。最寄りのスーパーで……。本当にこの数年間、我々の生活に無意識的に関わってきたのは“Pretender”だった。個人的にはこれまでOfficial髭男dismもそうだし、もっと言えば藤原がかつて所属していたバンド・ぼすとん茶の湯会についてもライブを観たり曲を聴くたびに「いいなあ」と思ったりしていたのだが、明らかに地元民として避けては通れない存在になったなと感じたのは、この楽曲が跳ねたことが大きい。そしてその大バズは何より彼らが自分たちを信じ続けてきたからで、そんな彼らの代名詞的楽曲がここ島根県松江市で披露されている感動たるや。


……この会場に至るまで遠征組も地元民も、この島根県松江市がどれほどヒゲダンを愛しているかはきっと分かってくれていると思う。電車到着を知らせる松江駅の電光掲示板に記された感謝の言葉。松江テルサにファンが書いたホワイトボード。他にもラジオやテレビで、この地域では毎日このライブのことが報じられていた。でもこの光景はその実、これまで絶対にあり得ないものだったのだ。それがヒゲダンが凱旋するこの日に実現した……。故に“Pretender”を子どもも大人も、おじいちゃんやおばあちゃんまでが喜んで体を揺らす光景を観て、県外からわざわざ訪れてくれたファンに、そしてオーラスの会場に島根県松江市を選んでくれたヒゲダンに、心底「ありがとう」の思いを伝えたくなった次第だ。

 

Official髭男dism - ミックスナッツ [Official Video] - YouTube

鷹の爪団の吉田くんをステージに置いたり「ツアーもう終わっちゃうのかあ」という感慨深いコメントを経て、ライブは気付けばいよいよクライマックスへ。ツアー最終日であることもあり何らかのサプライズの可能性は考えていたけれど、ここでまさかの発表が。実は今回のツアーでは今の状況を鑑みてサポートメンバーが万が一コロナ陽性になった場合に備えて、サブのサポートメンバーをそれぞれ準備していたらしく、結果誰も陽性にならずに済んだものの練習を重ねてきたメンバーもいると語る藤原。その瞬間の我々的には「めっちゃ練られたツアーだったんだなあ」という驚きが勝ったことだろうが、何とそのサブ・サポートメンバーもこの会場に来てくれているとのこと!藤原が大声で呼び込むとステージ裏からブワーッとサポートメンバーのサポートメンバー(伝われ)が勢揃いし、そのままの流れでもって総勢18名による“異端なスター”と新曲“ミックスナッツ”の超豪華パフォーマンス!!会場に18名が存在する異常事態……。もちろんステージ上はもはや何が何だか分からないカオス状態で、その全てに目をやることは難しい。けれどもモニターにすっぱ抜かれたサポートメンバーの姿は本当に楽しそうで、シンバルを無造作に叩く人、カメラに向かってポージングを決める人、楢崎に至ってはベース演奏を放棄してダンスを試みるというこれまで絶対になかった光景が映し出され、名状し難い感動が会場を覆い尽くしていた。

 

Official髭男dism - I LOVE...[Official Video] - YouTube

そして今回のライブスタッフを呼び込んで総勢100名に近い人々が集まる驚愕のワンシーンを経て「この街で産まれ育ったヒゲダンはこんなに素晴らしいメンバーに囲まれましたー!」という藤崎の一言からサポサポメンがステージを降り、そのまま披露された正真正銘最後の楽曲は『Editorial』リード曲たる“I LOVE…”。関わってくれた全ての人の『愛』があるから、僕らは立っていられる。そんな彼らの真摯な気持ちを体現した“I LOVE…”の多幸感は瞬く間に会場に広がっていき、この場に集まる誰しもの心を温かく満たしていった。ふいに「今の生活があるのは決して当たり前じゃない」と語った、先程の藤原の言葉が頭をよぎる。この数年、我々はまさしく当たり前の生活の大切さを強く感じたはずだけど、ヒゲダンの音楽があればきっと大丈夫。そんなファンにとってある意味では『当たり前』のことを改めて感じて、思わず笑ってしまった。「最後に会いに来てくれたのがあなたたちで良かった!次は声が出せたら一緒に、もし声が出せなかったら心で、今日を更新していきましょう!光を、希望をどうもありがとう。また絶対帰ってきます。良い夜を!」と叫んだ藤原の表情は、実に穏やかだった。


時間にして2時間40分。彼らの地元・島根県松江市で行われたオーラスは、かくして幕を閉じた。本当に多くの人にヒゲダンが愛されているという信頼関係が相互的に補完し合った最高の一夜。ライブ終わり、余韻に浸りながらいろいろとエゴサーチをすると、遠方から訪れたと思われるファンの喜びの声や、更にはこの島根県松江市に対する感謝の声も目にした。つまりはそれ程多くの人々が彼らの音楽に救われてきた証明な訳で、何というか、正直島根県松江市で暮らす我々的にも「俺らの地元でヒゲダンが生まれたんだぜ!」という誇らしい感じ以上に、力強く活動するヒゲダンの存在と、彼らを大好きでいてくれるファンを地元民としてこれまで以上に包み込んでいきたいなと思った。素晴らしいライブを本当にありがとう。あなたたちの居場所はずっと、これからもあなたたちを愛するファンの我々が作り続けます。


【Official髭男dism@松江市総合体育館 セットリスト】
Universe
HELLO
宿命
115万キロのフィルム
Shower
みどりの雨避け
Bedroom Talk
Laughter
フィラメント
Anarchy
Stand By You
ペンディング・マシーン
ブラザーズ
ノーダウト
FIRE GROUND
Cry Baby
Editorial
アポトーシス
Lost In My Room

[アンコール]
Pretender
異端なスター
ミックスナッツ(新曲)
I LOVE…

サカナクションのかつてない最高の名盤『アダプト』が凄すぎたので全曲解説した

こんばんは、キタガワです。


『最高傑作』『大名盤』『渾身の一作』……。サカナクションが新作をリリースするたびに、そうした考え得る限り最大級の褒め言葉は使われてきた。もちろん彼らが生み出す楽曲が心を震わせないはずがないというものだが、とにかく期待値が常に高まっているために新作の報が出ればその度ハードルも上がるのは必然。ただそのハードルを越え続けた今「次はどんな素晴らしい作品が産まれるのか」と誰もが異様なほどに心待ちにしてしまっている状態が、今のサカナクションであるとも言える。

 

f:id:psychedelicrock0825:20220416051315j:plainそんな折リリースされたのが、コンセプト・ニューアルバム『アダプト』だ。今作には先行サブスク曲を含む9曲が収録されていて、その大半が先日大反響で幕を閉じた全国ツアーでも披露されたファン期待の楽曲が散りばめられている。なおこれ程の大盤振る舞いにも関わらず価格は何と2000円と少し!このサブスク時代にアルバムを購入するという一手間を敷居の低いものにするため、山口なりに考えた結果なのだろう。そして何より、アルバムの出来が素晴らし過ぎる。個人的にはこれまでのサカナクションのアルバムの中でもベスト。それどころか、少なくとも今年一年の間にリリースされた全てのアルバムの中でも群を抜いているのではないか。

 

開幕はミステリアスなインスト曲“塔”。これまでの彼らのアルバムでも“Intro”や“RL”といった異なるタイトルで綴られることも多かった1曲目インストの位置に配置されているこの楽曲は、まるで風が緩やかに吹く塔の頂上で黄昏れているようにも感じる不思議な雰囲気。昨今のライブを見るにおそらくは今後のライブでもしばらくはSEとしての役割を果たすものと推察されるが、徐々に興奮が高まっていく感覚もまた、サカナクションらしく最高だ。


『アダプト』の本領発揮はまだまだここから。アルバムはミドルテンポな“キャラバン”でもって、ゆっくりと内なる興奮を温めていく時間へ到来する。キャラバンは日本語で砂漠を意味しており、その通りこの楽曲では砂漠を題材として進行。サビへと辿り着くのは2分半が経過した頃、という流れも実にサカナクションらしいが、特筆すべきはその一見荒唐無稽にも思える歌詞だ。サビでは《砂漠のラクダ使い》との印象的な歌詞が出現するけれど、ふと考えればラクダは厳しい環境でも長期間生き延びることが出来る……つまりはこのコロナ禍で疲弊しつつも何とか生き長らえている我々の心情ともリンクしている気もして、ハッとする感覚も。

 

サカナクション / 月の椀 -Music Live Video- - YouTube

続く“月の椀”(読み:つきのわん)では、アッパーな中盤に突き進む更なる重要な役割を果たしている。《気になりだす》との中毒性抜群のフレーズがぐるぐる回る一幕といい、キラキラのシンセサウンドが追ってくるサウンドといい、聞くたびに新たな一面に気付く重厚さが楽しい。夜に浮かぶ月と自分の心情が偶然重なった時、まるで月と一体化しているように錯覚する“月の椀”。それがポジティブなものなのかどうかは明言されていないまでも、どんな状況でも見守ってくれる存在は絶対にいると告げる、優しい1曲。

 

サカナクション / プラトー -Music Live Video- - YouTube

今作収録曲の中では最も早く音源解禁が成された“プラトー”も、アルバムの全体的な完成度に一役買っている。再生した瞬間に驚く未知のサウンドから雪崩れ込むこの楽曲に関しては、よりコロナによる精神的疲弊にフォーカスを当てた作品という印象だ。軽やかなサウンドに山口のボーカルが胸に迫る流れは圧巻だし、もちろんアッパー色も強い中で、取り分け印象的な点として挙げられるのはサビでの爆発だろう。この楽曲が我々の憂鬱の代弁の役割を果たしていることは先に述べた通りだが、『プラトー』の言葉が作業・学習の進歩が一時的に停滞して伸び悩むことを指しているように、辛い中でも最終的にはポジティブに持っていこうとする山口の精神性が強く表されている。

 

サカナクション / ショック! -Music Live Video- - YouTube

そして特筆すべきは、今後フェスを含むライブでほぼ必ずセットリスト入りを果たすであろう今作のリード曲『ショック!』だろう。まるで何かを振り切るレベルの前向きさで突き進むこの楽曲は公開当初は大きな反響を呼んだけれど、その理由は純粋に、これまでのサカナクションの楽曲イメージとはある意味で大きく異なる名曲として位置していたためである。上記のMVでは山口が豪華俳優陣と共にショックダンスを踊るカオスな場面が収められているが、ライブの盛り上がり方もこれが基本。となれば、CD音源に際しての“ショック!”との向き合い方もこれがベター。更にはメッセージ性を敢えて省き、頭をからっぽにして盛り上がることを大前提とした楽曲“ショック!”は今やサブスクやMV等様々な媒体で聴くことが出来る中で、実はCDでの音質が抜群に良い、という事実も是非とも触れておきたいところ。


続いては“エウリュノメー”。こちらはオープナーの“塔”に次いでの全編インスト曲となっていて、木琴や打ち込みなど広がりを見せる音の数々も楽しい。ここまではどちらかと言うと生楽器の臨場感を押し出す楽曲が多かったけれど、“エウリュノメー”はおそらく今後のライブツアーでは、全員が横並びになって演奏するプログラミングゾーンで披露されることになりそうな代物だ。ここからアルバムはゆっくりとスピードを緩めての『聴かせる』エリアに到達するが、“エウリュノメー”のフワフワとした雰囲気はそれを見越してのものなのかもしれないなとも思う。

 

Documentary of SAKANAQUARIUM アダプト TOUR at NIPPON BUDOKAN trailer - YouTube

そのままの勢いで突入する“シャンディガフ”もまた、とても実験的な佳曲だ。椅子にギシッと座る音から氷をグラスに落とす音まで様々なサウンド的工夫が見られているのも特徴的だし、どこかモノクロの世界で演じられているようなアナログっぽさも新機軸。シャンディガフと言えばビールとジンジャエールを5:5で割るポピュラーなカクテルだけれど、酒好きとしてもほぼ選ばないジンジャエールに高額なストーンズジンジャー(価格は一般的なビールの約6倍)を選んでしまうところも、山口らしいと笑ってしまった。ともあれ、意図的に意識をトリップさせるサカナクションなりの現実逃避曲“シャンディガフ”、個人的にはこのアルバムで一番のお気に入り。


CD購入者にとってはまだもう1曲存在するけれど、実質的な最終曲として配置されているのは“フレンドリー”と名付けられた楽曲。この楽曲はこれまでのオンライン・有観客による『アダプト』ライブで決まってラストに披露されていたことからも分かる通り、この楽曲で歌われる内容こそが『アダプト』の真意と見て良いだろう。《正しい 正しくないと 決めなくないな/そう考える夜》は特段「これはOKでこれはNG」と言われることなく個人の判断に任される自己責任論、《すでに飲んで消化した本音を ゴミに出して笑う人》といった歌詞では「コロナだから仕方ないよね」と自分のやりたいことを捨てざるを得なくなった現実と、もっと言えば自粛警察的な周囲の意見に流され続けて自己を殺してしまう抑圧をも暗に示す“フレンドリー”。……山口はこのコロナ禍を最終的には『こんな世の中でも隣にいる人を大切にしたい』とする思いに帰結させている。貴方はこの楽曲を聴いて何を思い、どんな行動を起こすのだろう。コロナ禍で疲弊する今も、そして今後収束したとしても雄弁に当時のリアルを思い起こさせる名曲だ。


そしてCD購入者にとって正真正銘の最後に待ち構えている幸福こそ“DocumentaRy of ADAPT”。この楽曲は2011年にリリースされ、サカナクションにとって重要な1作とも目される『DocumentaLy』内の“DocumentaRy”という楽曲をアダプトライブバージョンで再構築した1曲で、長さにして8分22秒。緩やかな助走から終盤の大爆発へと向かっていく、素晴らしいアレンジで構成されたこの楽曲はかつてのアルバムにおける“DocumentaRy”とはもはや完全に別物。詳しい内容はネタバレになるので伏せるとして、正直この楽曲を繰り返し聴くためにもアルバムを購入する、という判断を選んでも良いレベルで素晴らしいので是非とも一聴を。大興奮で聞くうちにいつの間にか終わっている、EDM的にも高水準のインストゥルメンタルだ。

 

サカナクションの世間的イメージは幅広い。言わずと知れた大ヒット曲“新宝島”から彼らを認知した人も多いだろうし、他にもライブパフォーマンスが凄い、歌詞やサウンドに徹底的に拘るなど……。中には昨今の山口の活動を受け、山口がコラボしたYouTuberや商品から入った人だっているかもしれない。そんな中生み落とされた今作『アダプト』はやはり間違いなく過去最高。これまでサカナクションにあまり触れたことのない人たちをも残さず沼に引き摺り込む、完璧な作品と化した。CDが売れないこの時代に出来ることは模索され続けているけれど、根底には必ず音楽的な重要性がある。今作『アダプト』はそんな原点に立ち返りながら新規層も取り込む力を秘めた大名盤と言える。「気になった人は是非!」と勧めたいところ、僕は敢えて声を大にして言いたい。この作品は何を差し置いても購入すべきであると。夏にはこのアルバムを携えた大規模な全国ツアーも企画されているし、タイミング的にも触れるのは今しかない。