キタガワのブログ

島根県在住のフリーライター。ロッキン、Real Sound、KAI-YOU.net、uzurea.netなどに寄稿。ご依頼はプロフィール欄『このブログについて』よりお願い致します。

個人的CDアルバムランキング2020[15位~11位]

こんばんは、キタガワです。


さて、新進気鋭のアーティストが席巻した前回に引き続き、今回は15位から11位までのアルバムの発表となる。今宵も当ブログではもはやお馴染みとなったあの文学的バンドや今年も紅白歌合戦に内定を果たしたアーティストの他、結成6年目にして初めて素顔を公開した音楽グループなど、多種多様なラインナップでお届け。総じて今記事が読者貴君にとって、未だ見ぬ音楽と出合うひとつの契機となれば幸いである。……それでは以下より、個人的CDアルバムランキングの気になる発表と講評をば。


(20位~16位はこちら

 

15位
ボイコット/amazarashi
2020年3月11日発売

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[反抗とネクストステージ]

フルアルバム、ミニアルバム含めコンスタントに毎年アルバムリリースを重ねてきたamazarashiであるが、メジャーデビュー以降では最も長い約2年半のスパンを経て届けられたのが、此度の自身5枚目となるフルアルバム『ボイコット』である。


フルアルバムとしてかつてない程シンプルな『ボイコット』との意思表明を冠された今作は、その名の通り多種多様な事柄への反抗をメインテーマに据えた全14曲が収められている。けれども秋田ひろむ(Vo.G)個人の実生活に基づいた希死念慮と世間への憤怒が全体を覆い尽くしていた初期作品と比べると、基本的に楽曲内で綴られるメッセージが外部に向いていることも今作の特徴であり、絶望からの逃走を促す“とどめを刺して”、夢の実現如何に関わらず故郷への帰還を促す“帰ってこいよ”、去る日本武道館公演にて物語の主人公・実多の唯一の救済として鳴らされた“独白”と、言わば絶望の当事者としての立ち位置から他者に手を差し伸べる立場に変化していることが見て取れる。こうした精神的変化はとどのつまり、彼自身が自信を勝ち得た……言葉を選ばずに言えばかねてより抱いていた日常的な自殺願望をある程度克服したことの証明であって、それが楽曲に色濃く映し出されている、ということなのだろうと思う。


ただ、amazarashiのフロントマンたる秋田の『自分が今一番感じていることを歌にする』という制作過程は活動当初から一切不変である。その理由はもちろん、彼自身が直情型の歌詞を綴る以外は不得手であるという意味合いもあるが、やはり愚直な精神性をつまびらかにすることこそが何よりリスナーの心を震わせるという事実を熟知しているからに他ならず、今作は言わば他人の意見や同調圧力に疲弊し続けてきた秋田にしか記せない、ハッピーサッド的メッセージアルバムであるとも定義できる代物なのではなかろうか。

 


amazarashi『月曜日』“Monday” Music Video|マンガ「月曜日の友達」主題歌


amazarashi 『未来になれなかったあの夜に』Music Video

 

 

14位
おいしいパスタがあると聞いて/あいみょん
2020年9月9日発売

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[3つ星レストラン・AIMYON]

あいみょんによる待望のメジャー3枚目のフルアルバム。ちなみにこの印象深いタイトルは、アルバム名に迷いながら自身のメモ帳を何となしに開いたあいみょんが瞬間的に閃いたために付けられたもので、特に大きな意味はないとのこと。


全12曲中8曲が公式MV付き、うち5曲がシングルカットという「もはやベスト版なのでは?」と疑問を抱いてしまう程のリード曲だらけとなった今作。おそらくは日本の音楽シーン全体を見てもここまでMV、及びシングル曲を敷き詰めたアルバムは今までに例がなく、今年様々な音楽番組に出演した際は決まって今作の特異性について語られていたように記憶している。何故ここまでの網羅性を得ているのか、その理由は言うまでもなく、昨今の彼女が『日々楽曲が頭の中で産み出され続けている』という明らかなワーカホリックモードに突入しているためで、今月に行われたツアーでも更なる新曲を披露。若干25歳の超新星の勢いは一向に止まる気配さえ見せない。


前述の通り、確かに今作が代表曲を多数収録した豪華な出来映えになっていることは誰の目にも明らかで、事実オリコンチャートではトップ3を独占する快挙を果たした。ただ全体を見てみると新たに収録されたアルバム曲は軒並みシングルの反動とも言うべき独創性の高い楽曲が揃っていて、サビがタイトルの繰り返しオンリーで形成される“黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を”や異様な音色のギターサウンドが鼓膜を揺さぶる“チカ”、気だるげなフラガール的音像の“そんな風に生きている”など、間違いなく現時点で一般大衆のポップアイコンとして君臨するあいみょんがその実、多彩な引き出しを持ち合わせていることにも気付かされる一幕も。……本当に料理の美味い店は全ての飯が最高峰であると良く言われるけれど、正に今作はどこを取っても外れがない、美味いもの尽くしの極上フルコースアルバムだ。

 


あいみょん - 裸の心【OFFICIAL MUSIC VIDEO】


あいみょん – ハルノヒ【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 

 

13位
SINGALONG/緑黄色社会
2020年9月30日発売

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[人生肯定のポジティブメッセージ]

新進気鋭のロックバンド・リョクシャカによる、記念すべきデビューアルバム。今作『SINGALONG』には、決まって悲観的な事象を冒頭に記し、サビ部分で一気に心を奮い立たせる楽曲がずらりと並んでいる。けれどもそうした発言も「生きろ」や「頑張れ」といった強い口調ではなく《一度や二度の過ちがなんだ》(“sabotage”)、《抱えないで信じて頼ってほしいんだ》(“Mela!”)など、あくまで優しく背中を叩くアクションに終始。結果「生きていればそれで無問題」たるポジティブなメッセージが全体を包む、リョクシャカ史上最もハートフルな作品とも称すべき代物となった。


楽曲に命を吹き込むキーパーソンたる役割を果たしているのは、ボーカルの長屋春子(G・Vo)その人。元々彼女の卓越した歌唱スキルは広く評判を呼んでいたが、今作では更にメリハリを付けた高低差のある歌声で楽曲全体のサウンドとメッセージの強い結び付けを担うことに加え、一切の不純物のない清らかなロングトーンで瞬時に楽曲の主人公に変貌する印象度を誇っている。ただ歌声を一聴すれば分かる通り、仮に長屋がソロや他のバンド活動を行った場合に活かされるかと言えばそれはおそらく違って、彼女の歌声を大々的に印象付けるには緑黄色社会のポップサウンドが最も適切であるとも思うのだ。


特に今年は多種多様なタイアップを獲得し、Mステを筆頭とした音楽番組にも数多く出演を果たしたリョクシャカ。鬱屈とした悪しき1年となったコロナ禍を経て、少なくとも上昇気流に乗ることがほぼ確定事項となっている2021年。そこで求められるのは底抜けに明るい音楽でもコロナを憂う音楽でもなく、酸いも甘いも引っくるめた中立なポップソングであるはず。故にリョクシャカが大きなブレイクを記録する日は近いのではないか、との感情が本気で心を燻らせる、今日この頃である。

 


緑黄色社会 『sabotage』Music Video(TBS系火曜ドラマ『G線上のあなたと私』主題歌)


緑黄色社会 『Shout Baby』Music Video(TVアニメ『僕のヒーローアカデミア』4期「文化祭編」EDテーマ / MY HERO ACADEMIA ENDING)

 

 

12位
宮本、独歩。/宮本浩次
2020年3月4日発売

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[エレファントカシマシとは違う探求]

今までと変わらずロックバンド・エレファントカシマシとしての活動を行いつつも、今年は取り分けソロ活動主体の活動に精を出してきたミヤジ。エレカシではほぼ行わなかった地上波の番組にもソロとして連日出演、今月には何とカバーアルバムの発売と絶好調な彼が送るソロ名義初のフルアルバムが『宮本、独歩。』である。


印象的なタイトルにも表れている通り、今までにない経験の一貫としてソロ活動を試みた宮本。それでは果たしてソロを行った結果彼がどうなったのかと言えば、エレカシでは絶対に実現不可能な歌謡曲やラップといった新境地にトライすることが叶った一方で、何故か最終的にエレカシサウンドに回帰する一幕さえありなんとする楽曲も点在するというある意味では予想外、ある意味ではどこを切っても宮本節のアルバムに仕上がった。実際宮本自身も結果的にほぼほぼエレカシの延長線上となるに至った今作の流れに関しては良く分かっていない節もあるけれども、とどのつまりそれは何よりも彼のボーカルセンスと文学性がエレカシ・ソロ問わず大きく楽曲に寄与していることの証明であり、30年以上前から作詞作曲を絶えず担っていた彼の行動としては当然の流れであるとも考えることが出来る。


そんな中宮本の作品としては今までと大きく変わった箇所も間違いなく存在しており、そのひとつがアルバム全体を通してテレビドラマやCM曲、報道番組テーマソングなどタイアップ楽曲が多数を占めたことで、彼自身のソングライティングがそれら楽曲提供先の要望にある程度委ねられた点である。けれどもそうした要望にも柔軟に対応し、自身のポリシーと制作会社との折衷案を絶妙に図り全てがストレスフリーに結実した結果が記念すべき『宮本、独歩。』であるため、非常に良い流れを引き寄せたように思う。54歳を迎えた宮本による、自立のその先をしっかりと明示した一人旅はまだまだ続いていく。

 


宮本浩次-ハレルヤ


宮本浩次-冬の花

 

 

11位
瞬く世界にiを揺らせ/CHiCO with HoneyWorks

2020年9月16日発売

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[進化するチコハニ流ラブ・ポップ!]

昨今多数のタイアップやアニメ主題歌を手掛けるのみならず、つい先日リリースしたスマホ版音楽ゲーム『HoneyWorks Premium Live(ハニプレ)』も大好評のチコハニ。『世界はiに満ちている』、『私を染めるiの歌』を経てリリースされた自身3枚目となるフルアルバム、それこそが今回ランクインを果たした『瞬く世界にiを揺らせ』だ。


活動当初から一貫してラブソングを届けてきたチコハニらしく、無論今作もその全てが恋愛讃歌ではあるのだが、王子様への一目惚れを契機として自身の芋っぽさを変えようともがく“ヒロイン育成計画”あり、妹の誕生から現在までの成長過程を柔らかに見守る“ワタシノテンシ”あり、二次元ゲームの推しに貢ぎまくる“ぐる恋”ありと、あくまで三次元の恋人との恋愛を描き続けてきた過去作と比べて、今作はより広い視野で愛を綴る作りとなっている。こうした新たな作風変化となった背景には今作に収録されている多数の楽曲が『ハイキュー!!』や『銀魂』、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』といったテレビアニメの主題歌に抜擢され、その物語に合わせて歌詞を構築していったためであろうと推察する。けれどもそうした新たな試みはむしろチコハニの明確なアップデートにも繋がっていて、結果更なる飛躍を遂げる運命的な1作となった。


2020年は初めてCHiCO、並びにバンドメンバー全員の素顔を公開したことでも大きな話題となった(“ぐる恋”MV・THE FIRST TAKEの“幸せ”。”より)。これは約6年あまりに渡ってメディア露出は音声のみというスタイルを維持し続けてきたチコハニにとっては大きな転換点とも言える出来事であり、先程のソングライティングの変化を鑑みても、やはり今年はCHiCOとハニワにとって某かの意識改革があったと見てほぼ間違いないだろう。故に今作は音楽的にも露出度的にも今後のチコハニの歴史を語る上で最重要のアルバムになる気がしてならないのである。

 


CHiCO with HoneyWorks『ぐる恋』


CHiCO with HoneyWorks『幸せ。』

 

 

……次回はいよいよトップ10の発表。言葉のナイフで牙を剥く新人シンガーソングライターや人気グループと平行して単独の道を選んだ少女、メジャーデビューを徹底的に拒み続けるスタンドアローン、そして何故か収録された全楽曲がバラバラな曲調に振り分けられてしまったよもやのバンドなど、次回も幅広い振り幅でお届けする。乞うご期待。

個人的CDアルバムランキング2020[20位~16位]

こんばんは、キタガワです。


2020年も早いもので、残すところあと僅か。……勘の良い読者の方々はもうお分かりだろう。そう。今年もこの時期がやってきた。総文字数とは裏腹にアクセス数にはほぼ影響しない当ブログの名物企画『個人的CDアルバムランキング』の開催である。


もはや言うまでもないが、今年は新型コロナウイルスの影響により音源制作とライブを筆頭とした、アーティストをアーティストたらしめる様々な行動に強制的なブレーキをかけられた悪夢のような1年となった。そしてその影響はアーティストの精神性にも及んでいて、具体的には今年上半期にリリースされた楽曲は基本的に通常通りの曲感であるのに対し、下半期は取り分けコロナ禍の世情を憂う鬱屈した楽曲や、明るい未来を希求する強いメッセージ性を帯びた楽曲が多く制作された結果、感染者数が日々増え続ける中で個々人に寄り添う重要な媒体として機能していた。


もうひとつ重要な事柄として挙げられるのが『おうち時間』が増えたことに伴って急激に発達した、サブスクリプションとYouTubeの台頭である。これにより今まではある種無名のアーティストが爆発的に売れること自体が極めて難しかったところが、今年は所謂『バズ』の敷居が下がったためにメジャーとインディーズの垣根がほぼなくなるに加え、1曲単位でどんどん聴き比べが出来る環境下になったことで、故に好きな音楽は好き、苦手な音楽は苦手という個人の嗜好音楽が瞬時に明確化。今までにない音楽飽和状態が形成された1年でもあったように思う。今年一躍時の人となった瑛人、NiziU、YOASOBIらがCDらしいCDを1枚もリリースせず火が点いたことからもそれは明白で、個人的には来年以降アルバムという形態そのものが廃れていくような感覚もあったりするのだが、それはそれとして……。


今回のアルバムランキングも例に漏れず、カバーアルバムやベスト版、EPといった形態は選考対象外とし、あくまで曲単位でなくアルバム全体の完成度を評価した上で20位から1位までのランキング形式で紹介していく。結論から先に記すが、過去数年間に渡って続いてきた『個人的CDアルバムランキング』の中でも今年度は特に選考が難航。今企画初登場アーティストのアルバムが約15枚、女性ボーカリストのアルバムが同じく約15枚、ミニアルバムに関しては1枚も存在しないよもやの結果となった。


それでは以下より、20位~16位までを発表。なお今回よりアルバムを端的に体現した簡単なキャッチコピーも記しているので、それらも合わせてどうぞ。

 

アルバムランキング2019はこちら→(~16位)・(~11位)・(~6位)・(~1位

アルバムランキング2018はこちら→(~16位)・(~11位)・(~6位)・(~1位

アルバムランキング2017はこちら→(~16位)・(~11位)・(~6位)・(~1位

 

20位
1限目モダン/レトロな少女
2020年9月9日発売

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[摩訶不思議ポップ授業、開講]

2019年結成の謎の男女ユニット、レトロな少女によるファーストフルアルバム。様々な媒体で語られている通り、彼らはポップバンド・相対性理論……もとい、元々相対性理論の作曲全般を担っていた中心人物、真部脩一の音楽センスに多大な影響を受けている。故に彼らの楽曲の随所には『真部マジック』とも称すべき謎に満ちたフレーズやキャッチーなメロがてんこ盛り。


実際、某音楽雑誌編集者のひとりが発した「世のポップロックは相対性理論前と相対性理論後に分けられる」との名言が今でも語り継がれているように、彼の作風に影響を受けたバンドは数多く存在する。けれどもパクリではなくあくまでリスペクトとして、極めて高い水準で彼の作風を取り入れた例はなく、そうした意味でも無尽蔵の成長の見込みのある新人バンドとして期待を込めてのランクインとなった。


中でも圧倒的キャッチーさで耳に残るのは、リード曲としても垂直に立つ“さんすうのこたえ”。楽曲内ではその『答え』はおろか、実態すら一切明かされない。果ては十二進数や哲学者・ニーチェの一幕など「これは果たして算数なのか?」という疑問すら浮かぶ有り様だが、結果全てオールオッケーとする強固なメロのパンチラインが、楽曲の揺るぎない根幹部分を形成している。意図的なものなのかサウンド面は若干の荒さが目立つけれども、それすらも『レトロ(古い)な少女』とのユニット名を思い出した瞬間にハッとする。細部まで計算し尽くされた令和ならではのユニット、レトロな少女。彼らの物語はまだ始まったばかりである。何故ならこのポップ授業は、まだ1限目なのだから……。

 


レトロな少女 MV 「さんすうのこたえ」


レトロな少女 - 恋の及第点(Official Music Video)

 

 

19位
Be Up A Hello/Squarepusher
2020月1月31日発売

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[なんだコイツ……]

以下のMVを観て瞬間的な拒否反応を起こしたあなた。大丈夫、正常です。前後不覚の目眩を起こす危険性を危惧し、数秒の再生で画面を閉じたあなた。大丈夫、もっと正常です。期待のサウンドメイカーとして引っ張りだこだった時期は遥か昔で、現在44歳となったスクエアプッシャー。しかしながらあまりに凶悪な彼のサウンドはその実、数年前から一切変わっていない。何故なら海外でスクエアプッシャーと言えばクレイジー的打ち込み音楽の創始者としても知られていて、ファンは感謝と称賛の気持ちを込めて「ヤバい人」と語るほどなので。


ただ今回のアルバムが制作された背景にあるのが『古くからの友人との死別』であることは、ゆめゆめ忘れてはならない。何故なら今作『Be Up A Hello』で鳴らされる極悪サウンドは、友人と共にかつて使用していたハードシンセやハードミキサーといった機材を大量投入した結果形成されたものであるからだ。間違いなくスクエアプッシャー史上最も暴走的な音が鳴り続けている今作は、実は明確に作り込まれた作品なのだ。


スクエアプッシャー曰く「僅か1週間で完成した」というこのアルバムは、一切悩むことなく即断即決で彼の直感に委ねられたために、歪な音色や不協和音でさえほぼ手付かずのまま残されている。それらの歯に挟まったピーナッツの如き不快な響きを探して味わうのもまた一興。……なお“Terminal Slam”のMVで描かれているように、親日家を公言しているスクエアプッシャー。来年始めには今年延期となった来日ツアーの振替公演が控えており、いろいろな意味で『Be Up A Hello』の勢いは未だ収まりそうにないといったところ。

 


Squarepusher - Terminal Slam (Official Video)


Squarepusher - Nervelevers (Official Audio)

 

 

18位
オリオンブルー/Uru
2020年3月18日発売

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[新世代の歌姫による求心力]

カバー動画が起爆剤となり、2016年に彗星の如くデビューを果たしたUruは2020年現在本名、生年月日、出身地など詳しいプロフィールは謎に包まれており、巷では『謎だらけのシンガー』として語られている。そんな彼女の自身2枚目となるフルアルバムこそ、今回ランクインを果たした『オリオンブルー』だ。2年前にリリースするも大きなブレイクには至らなかった前作『モノクローム』から、明らかな注目度の変化を経ての今作。iTunesやビルボードでは1位を獲得し、他オリオンチャートでも軒並みトップ5に食い込む健闘ぶりは、彼女自身がこの2年間明確なビジョンを持って駆け抜けた事実を雄弁に示すものでもあった。


アルバム内で歌われる内容の大半は、今や記憶の遠い彼方へ消え去ってしまった恋愛哀歌である。けれども同時に、その歌詞の全ては一括りに恋愛と結び付ける以外にも日々の憂鬱や後悔といった、多面的に解釈可能なある種の雑然さも織り込まれている。それらが結果としてドラマ『中学聖日記』や『テセウスの船』、果てはアニメ映画『夏目友人帳~うつせみに結ぶ~』などタイアップ作品におけるシナリオとも深くリンクし、多くの共感を生んだことには感服するばかりであるし、ひとりのアーティストとしてもこれ以上ない最高のシンデレラストーリーのようにも思う。


冒頭にも記したように、今年はコロナ禍の状況下であるためかTikTokやYouTubeといったネット媒体が頭角を表した関係上、所謂『バズる曲』も流行に大きく左右される傾向にあった。そんな中彼女の楽曲には言わば『Uru以外の誰が歌ってもUruを超えられない』という絶対的な歌本来の力が宿っていて、彼女の透き通る歌声に魅了された人々が次々リピーターとなる逆転現象が発生。YouTube上での総再生数は“プロローグ”が約2200万回、“あなたがいることで”は約4400万回。ここまで歌の力を武器とするアーティストが令和の新時代に広まったことに、ぜひとも感謝の意を表したい。

 


【Official】Uru 『プロローグ』YouTube ver. TBS系 火曜ドラマ「中学聖日記」主題歌


【Official】Uru 『あなたがいることで』TBS系 日曜劇場「テセウスの船」主題歌

 

 

17位
×××/輝夜月
2020年1月15日発売

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[VTuber界からこんちわぁぁぁ!]

今やYouTubeにおける一大勢力として挙げられるのが、生身の人間が3Dモデルのキャラクターを媒介して配信を行うYouTuberこと『VTuber』。その中でもキズナアイやミライアカリらと合わせ『バーチャルVTuber四天王』に名を連ねているのが輝夜月(カグヤルナ)その人だ。今作『×××』は公開した動画が軒並みバズり続けている輝夜月にとっての、記念すべきファーストアルバムとなる。


キズナアイがポップミュージックを基準としていたのに対し、輝夜月は徹底したロックサウンドに振り切っているのが大きな特徴。実際動画内でも多くの著名なアニメキャラクターの物真似を披露していることからも声色変化には自信があるようで、今回のアルバムでは低音と高音を自在にスイッチする千変万化な歌声で魅了。加えて動画ではお馴染みのハイテンションな輝夜月らしさも顕在で、耳に響く高音ボイスが随所で炸裂するカオスさもありで、なおかついきものがかり“じょいふる”のカバー、日清焼そばU.F.O.のCMソングなど大胆不敵。


断っておくと、僕はVTuberと呼ばれる類いの動画をほぼ観ない。むしろ昨今の高額スパチャや事務所内でのいざこざのニュースから、苦手意識さえあるほどだ。そんな中今回輝夜月のアルバムをランキング入りした理由はたったひとつで、それは『純粋に歌と声が良い』との音楽的好評価に尽きるためである。元々チャンネル登録者数が約100万人存在するというニュージェネ的なバックグラウンドを差し引いても、やはり輝夜月印の異様な高音と若干ダウナーな低音を駆使したボーカルは音楽業界全体で見ても稀有で、逆に言えばキャラクター性が確立していなければ実現不可能な活動であったとも言える。そこに著名な作曲家の音楽が乗っかるとこうなるぞ、という化学反応的なアルバム『×××』は、まさに令和的1枚とも称すべき代物である。

 


輝夜 月『Dance With Cinderella !』-LIVE CLIP


輝夜 月『NEW ERA』-LIVE CLIP

 

 

16位
盗作/ヨルシカ
2020年7月29日発売

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[全てを無くした男の、悲しき犯行自供]

昨年、音楽に挫折したエイミー主体の『だから僕は音楽を辞めた』と、エイミーの音楽から影響を受けた新たな夢追い人エルマによる『エルマ』から成る言わば小説における二部完結的作品をリリースしたヨルシカだが、興奮も未だ冷めやらぬ中今年も新たなアルバムが届けられた。今回描かれる物語はズバリ、『音楽の盗作を試みる男の過去と現在』である。


今作はn-bunaによる「やっていることは情報だけで見たら盗作にあたるんだろうなと。なのに、“ここはこの作品のこの部分から持ってきた”と公言した瞬間、“盗作”は“オマージュ”に変わる。作品自体の内容はまったく変わらないのに」との疑問が発端となっており、思考の行き着いた先が「盗作をテーマにアルバムを作ったらどうなるか」との思いであったとのこと。そのため今作はベートーヴェン、グリーグら世界各国の作曲家をはじめ、小説家ジョージ・オーウェル、俳人尾崎放哉など様々な人物のエッセンスが分かりやすい形で楽曲に落とし込まれ、必然楽曲自体も所謂『ヨルシカらしい』曲調から大きく逸脱した実験的作品が並ぶものに。


今作は前半部はロック色強め、対して後半部は緩やかな楽曲が占める対極的な構成になっているが、それさえも「最終的には男の中の本当に書きたかったものだけが残る構成にしたかった」とのn-bunaの思いに寄るところが大きい。サブスクリプションの比重が高まっている現在において、アルバム全体を通してひとつのストーリーを形作る手法で毎年驚きをもたらしてくれるヨルシカ。早くも来年には『CD内部にCDを内臓しないCD』というヨルシカの新たなリリースアクションも顔を見せていて、タイトルはこれまた挑戦的な『創作』。今後もn-bunaの音楽的実験はまだまだ続く。

 


ヨルシカ - 盗作(OFFICIAL VIDEO)


ヨルシカ - 花に亡霊(OFFICIAL VIDEO)

 

 

……さて、今回はここまで。次回は新進気鋭のバンドから紅白歌合戦出場アーティスト、長年の沈黙を破り素顔を公開したあのグループまで、幅広いラインナップでお届けする第15位~第11位までを発表する予定である。乞うご期待。

【ライブレポート】milet『ONLINE LIVE “eyes” 2020』

こんばんは、キタガワです。

 

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思えばコロナ禍以後多くのオンラインライブを目にする機会こそあれど、これほど本人の口から感謝の言葉が放たれたオンラインライブは少なくとも自分は見たことがない。全国ツアーの度重なる中止の果てに行われた、自身約11ヶ月ぶりとなったミレイ初のオンラインライブ。それは未曾有のコロナ禍にありながらも実直に活動を続け、今や年末に放送される音楽の祭典・紅白歌合戦初出場の切符を手にするに至ったミレイの、ファンからの有り余る愛に彩られた極上の祝祭だった。


開演時刻になると、アーティスト写真を大写しにした待機画面が暗転し、ライブ会場の映像へとシフト。高音楽器の音色が幾重にも連なる壮大なクラシックSEをバックに、無数のライトがステージを彩る幻想的な照明に招かれるようにゆっくりとステージ中央へと歩み出たのは、ライブの主人公たるミレイその人である。ミレイはサポートメンバーの面々に視線を合わせた後に暫し呼吸を整えると、瞬間、清らかな歌声がSEを切り裂いて響き渡る。記念すべきオープナーは、先日リリースされたニューEP『Who I Am』から“One Touch”である。

 


milet「One Touch」MUSIC VIDEO (花王「フレア フレグランス」CMソング・6th EP『Who I Am』now on sale!)


“One Touch”は現在放映中の花王の新商品『フレア フレグランス』CMソングとしても知られるポップナンバー。そのアッパーなサウンドに呼応するように、目が覚めるような真っ赤なドレスに身を包んだミレイはサビ部分では全身を使っての高らかな歌唱、また全体の音数がぐっと減るメロ部分では軸を固定しての細部まで注力した歌唱で魅了。ラストの《時を止めて》の一幕では掌を前に突き出して静止のアクションを試みるなど、シンガーとしての存在感も十分だ。その表情は常時笑顔に包まれていて、愛するファンへ楽曲を届けることが出来ている喜びを爆発させるようにも見えた。


タイトルにも表れている通り、今回のライブはファーストフルアルバム『eyes』の楽曲を軸に組み上げられていて、結果新型コロナウイルスの影響により中止に追い込まれたふたつの全国ツアーのある種のリベンジマッチとして、また現時点でのミレイにおける、言わば集大成的な『eyes』の魅力をライブという最大の形で見せ付ける一夜となった。サポートメンバーとしてミレイの脇を固めるのは野村陽一郎(Gt)、Kota Hashimoto(B)、TomoLow(Key)、Lauren Kaori(Cho)、河村吉宏(Dr)ら総勢5名のメンバーで、重厚なアンサンブルでサウンド面を構築。そして驚くべきはやはりミレイの歌声で、多種多様な音像にも埋もれないどころか、歌声がその都度一切の遮蔽物なしにダイレクトに聴き手に届く、ボーカリストとしての地力を遺憾無く発揮。


その後は厳かな音像に満ちた“Waterfall”、ファルセットを駆使し爽やかな彩りを見せた“STAY”、ミステリアスな雰囲気を帯びた“Who I Am”といった『eyes』収録の楽曲を立て続けに投下し、千変万化な魅力を実直に届けていく。曲と曲との間には少しばかりの沈黙が落とされる場面も存在したけれども、そうしたしんとした状況をも追い風とする不可視のエネルギーが今回のライブには宿っていて、内なる興奮は一瞬も途切れることはない。

 


milet「inside you」MUSIC VIDEO(先行配信中!竹内結子主演・フジテレビ系ドラマ『スキャンダル専門弁護士 QUEEN』OPテーマ)


中でも熱量が一段階引き上げられる契機となったのは、ミレイの名をお茶の間に広く知らしめたキラーチューン“inside you”。TomoLowのキーボードとPCの打ち込みが織り成すサウンドからしっとりと幕を開けた“‘inside you”は、楽器隊がひとり、またひとりと加わるにつれて徐々に熱を帯びていく。そしてTomoLow操るキーボードとミレイの二人三脚でのアプローチからミレイをピンスポが照らした直後、目映い光がステージ全体を支配したラスサビは極めて高い臨場感でもって鼓膜を掌握。思わず手元の再生媒体の音量を一段階増してしまう程の圧倒的な迫力で、早くもライブのハイライト的瞬間として網膜に焼き付いた。


“Who I Am”が美しくその音を緩めると、メンバーから少し遅れてステージを降り、場所を移したミレイ。後のMCでは来年の1月下旬に行われる新たな単独公演『milet special acoustic live 2021』の開催が発表されたが、次なる試みはそのプレイベントとも言えるアコースティック編成。メンバー全員がぐるりと円になってのしっとり聴かせる形で、全6曲をゆるりと響かせていく。


アコースティック編成のライブというと、一般的にはギター+ボーカル、ないしはキーボード+ボーカルの楽曲展開が多く、ともすれば若干の地味な印象を抱いてしまう可能性も否定できないが、今回のアコースティックでは野村がエレキギターをアコギに代えた以外は先程のバンドモードと然程変わりがなく、あくまで音圧をある程度維持しつつ音の変化を楽しむアレンジで進行。それでいて“The Love We've Made”から“Fine Line”、“Imaginary Love”から“Again and Again”、“Tell me”から“Prover”など比較的BPMの遅い楽曲を経てミドルテンポ楽曲へとシームレスに繋げるという何かしらのミックススタイルを取る姿勢でもって、決して冗長にならない音楽空間を形成。


アコースティック演奏が終わると、その後はMCへと移行。ミレイは一頻り今回のライブの感想とファンへの感謝の思いを述べると、次第にトークテーマは先日リリースされたニューEP『Who I Am』へと。そこではEPから“Who I Am”と“The Hardest”の2曲が木曜ドラマ『七人の秘書』のダブル主題歌に抜擢されたこと、自身もドラマを毎週楽しみながら鑑賞しているとの近況報告が告げられると、更なる嬉しい報告として来年に行われる有観客ライブ『milet special acoustic live 2021』の情報を解禁。来たるファンへの久方ぶりの再開に胸踊るミレイであるが、直後には「……っていうと何か終わりな感じがするけど、全然終わりません!まだまだ歌いますので一緒に楽しんでくださいね!」とにこやかに語ると、アコースティックの会場から再びバンド編成のステージへと戻っていく。

 


milet「Grab the air」(花王「フレア フレグランス」CMソング) Produced by Kamikaze Boy (MAN WITH A MISSION)


もはや言うまでもなく、今回のライブは基本的にミレイのボーカルを際立たせる作りになっていることから、美麗なVJや映像表現はほとんど行われない、ある意味ではスタンダードな展開だった。けれどもその中で唯一、視覚的効果と共に演奏を行った楽曲があった。それこそが“Grab the air”……。ミレイによる前向きな決意を込めた1曲である。イントロと共に都市部のビル群が夜景をバックに投影され、その夜景を僅かに透き通る形で現在のライブ映像が流れた“Grab the air”。冒頭こそ直立で歌唱を試みていたミレイだが、サビ部分ではマイクスタンドに固定されていたマイクを取り、ステージ前方へと躍り出てのパワフルな歌唱で揺るぎない信頼感情を言霊として届けていく。その姿はMVを彷彿とさせる大空を飛翔する様を表現しているようでもあり、おそらく令和の新時代において注目を浴びた女性シンガーのひとりであるところのミレイの、更なる飛躍を確信する瞬間でもあった。ラストは画面の向こうのファンに向け《With you(あなたと一緒に)》と手を差し伸べる形で終えると、間髪入れずに全英詞のスローナンバー“Dome”、少ない音数で魅せる“The Hardest”と続いていく。


長いようで短く思えたライブも、いよいよクライマックス。“The Hardest”後に行われたこの日最も長尺となったMCの終盤、画面越しのファンへ「長い時間待っていてくださった皆さん、たくさんいらっしゃると思いますけれども、改めてこうして配信ライブという形で皆さんとお会いできて本当に嬉しいです」と思いの丈を語ったミレイ。その言葉の端々はわずかに震えており、今にも溢れ出てしまいかねない涙を必死に堪えていることは、誰の目を見ても明らかだった。

 


milet「You & I」MUSIC VIDEO(花王「フレア フレグランス &SPORTS」CMソング)


そして「それでは最後まで盛り上がっていくよみんな!画面だろうが関係ないからね。歌って踊ってください。“You & I”!」と叫んで鳴らされた最後の楽曲は“You & I”。“You & I”は直訳すると『私とあなた』。この楽曲における《最後の一瞬はあなたと二人で》、《ただ あなたといたいから》と楽曲内で繰り返し歌われる『あなた』の正体は最後まで不明のまま、楽曲は幕を閉じる。しかしながらこの瞬間に歌われた“You & I”における対象としてほぼ十中八九、ミレイの視線の先には画面越しに自身を見詰める愛するファンの姿が思い浮かんでいたのだろう。楽曲が2番に差し掛かった辺りでは再び万感の思いが込み上げたのか、幾度も歌声が震え、声が出なくなる場面も。それでも気丈に前方を見据え、身を翻し、つとめて明るく振る舞い続けたミレイ。最後はステージ中央でくるくると回るミレイが全体の統率を執っての全員のジャンプで、大団円を迎えた。


ライブ終了後、ミレイは自身のツイッターアカウントにて「観てくれて、いや来てくれて本当にありがとう!ちゃんと、しっかりみんなが見えました」と自身の思いを寄せた。タイアップソングを含めたEPを数多く制作し、音楽番組への度重なる出演したこの1年間は特にリリース的にもメディア露出的にもミレイが大きな飛躍を遂げた運命的な年となったが、やはり何よりミレイ自身がファンの力があってこその今を重々理解しているからこそ、ここまで純度100%の感謝の念を届けることが出来たのではと信じて疑わないし、だからこそ嬉しさを湛えた涙が瞳を濡らしたようにも思う。


フルアルバムのリリースも多数のEPも紅白歌合戦も、ひとつの通過点に過ぎない。ミレイを愛するファン、そしてファンを愛するミレイとの親愛が続く限り、きっと天井知らずの躍進へと導いてくれるはずだ。そう。此度の様々な思いが交錯した万感たる『ONLINE LIVE “eyes” 2020』は、ミレイによるあまりに幸福かつ双方向的な第二章への布石だったのだ。


【milet『ONLINE LIVE “eyes” 2020』 セットリスト】
One Touch
Waterfall
inside you
STAY
Who I Am
The Love We’ve Made(Acoustic)
Fine Line(Acoustic)
Imaginary Love(Acoustic)
Again and Again(Acoustic)
Tell me(Acoustic)
Prover
us
Grab the air
Dome
The Hardest
You & I

【ライブレポート】Starcrawler『Come As You Aren't』@THE ROXY THEATRE

こんばんは、キタガワです。

 

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スタークローラー初のオンラインライブ『Come As You Aren't』が、アメリカはカリフォルニア州のライブハウス・ロクシーシアターから世界に配信された。MCも、過度な演出もなし。曲間のインターバルさえほとんど挟まず遮二無二に駆け抜けた時間にして約1時間、演奏された曲数にして19曲という今回のライブは、あまりに奇々怪々な音楽的ホラーショーとも言うべき代物だった。


定刻になると、視聴案内が記された全文英語の待機画面から遷移。そこにはジャック・オー・ランタンを右手に持ち魔女帽子を被った少女が街中を闊歩する様子が映し出されており、にこやかな笑顔を浮かべる少女が行き着いた先はとある一軒家。すかさず「トリックオアトリート!」と叫びながら幾度もドアをノックするが返事はなく、最終的に意気消沈した少女は外にある鉄骨階段にへたりこんでしまう。ふと少女が視線を上げると、そこには今回のライブの収録場所であるロクシーシアター。少女が眼前のカメラに向けてスタークローラーの名前を呟くとまたも画面が遷移し、ロクシーシアター内のライブ映像へとシフト。


1曲目に披露されたのは、ラモーンズのカバー曲“Pet Sematary”。今までのライブではほぼ例外なく中盤以降に組み込まれてきたこの楽曲がオープナーに選ばれたことも予想外ではあったが、更なる驚きとして映ったのはやはりバンドの狂気的フロントウーマンことアロウ・デ・ワイルド(Vo)その人であろう。極めて露出の多い真っ白な装束を身に纏い、188cmの長身から繰り出されるアクションは悉くエロティックかつ破滅的だ。腰をくねらせて艶かしい歌声を響かせたかと思えば、目をカッと見開いて恐怖におののく表情を見せたり、コマ送りのように痙攣したりと、言わば『怖い物見たさ』的魅力がふんだんに詰め込まれていて目が離せない。原曲をリスペクトしつつ、良い意味でスタークローラーらしいロックサウンドに昇華した“Pet Sematary”は開幕の勢いそのままに突き抜けたが、演奏の終了と共にアロウは音を立てて地面に倒れてしまう。その表情は全てに絶望するが如くの明確な憂いを湛えていて、この後に待ち受ける壮絶な展開を暗示するようでもあった。

 


Starcrawler - I Love LA


早くも衝撃に彩られた彼らのライブパフォーマンスであるが、彼らの真骨頂はまだまだこれから。続いてはスタークローラーのライブにおけるハイライト的楽曲として知られる“I Love LA”が完全に視聴者の虚を衝く2曲目の出順で披露されると、その後は自身の首にマイクコードを何重にも巻き付けたアロウがアウトロでそれを力一杯締め付け、白目を剥いてくずおれた“Love's Gone Again”、ヘンリー・キャッシュ(Gt)のギターサウンドがグルーヴを牽引したパンクナンバー“Home Alone”へとシームレスに雪崩れ込み、興奮の坩堝へと誘っていく。実際彼らのライブでは休憩なしで突き進むステージングというのは特段珍しい光景ではないけれども、今回は水分補給やチューニングといったライブに欠かせない行動さえ演奏の途中途中に行う徹底ぶりである。


胸元に光る骸骨と花の数々をあしらった風貌でテクニックを度外視した乱暴なギターを鳴らし続けるヘンリーの他、オースティン・スミスの脱退に伴い新メンバーの座に着いたセス・カロライナ(Dr)、縁の下の力持ちことティム・フランコ(B)、そしてその眼鏡も相まってジーニアスなイメージを思わせる、眼鏡を掛けた若々しいサポートギタリストが同行(なおセスとサポートギタリストは今回がスタークローラーの初ライブとなる)。結果コロナ禍以前のスタークローラーのライブとはまた違った印象を抱かせる一夜でもあった。

 


Starcrawler - Hollywood Ending


“Home Alone”後はカメラが数秒間に渡って虚空を映し出し、直ぐ様演奏再開。B級映画的なアロウの絶叫が鼓膜を震わせた“Lizzy”、仰向けに地を這うアロウを目下にヘンリーがギターを弾き倒す一幕があった“Let Her Be”など印象的な楽曲は多々あったが、中でも圧巻だったのはノイジーなミドルチューン“Hollywood Ending”。スタークローラーが過激度の高いパフォーマンスで注目を集めていることについてはもはや言うまでもないが、照明効果がもたらす青々とした光に包まれながらロングトーンを多用し堅実な歌唱に徹するアロウの姿には、ピンボーカリストとしての確かな実力を証明する一幕でもあった。……かと思えばラストは喉に自身の指を突っ込みセスの打ち鳴らすドラムと共に奥へ奥へと突き入れ嘔吐を催す場面もあり、一筋縄ではいかないのは流石スタークローラーというところか。


“Toy Teenager”後はややメロウな楽曲群でクールダウンを図り、ライブは早くも折り返し地点に。ここからは全楽曲が3分以内に鳴り終わる、極上のカオス・タイムに突入だ。まずはアロウがマイクを頬張り嬌声を上げた“She Gets Around”で口火を切ると、恐るべき展開の早さで楽曲から楽曲へと続いていく。気付けば楽曲が始まり、気付けば楽曲が終わっている異様な性急さも去ることながら、その短い間にも楽曲全体がロック然とした体を成している点も興味深い。これまで地に足着けた演奏に徹していた印象のヘンリーも繰り返される絶頂に理性のリミッターが外れたのか、カメラに向かって頻りに変顔を見せながら縦横無尽に動き回っている。あまりのハードな動きにミスタッチも目立つが、それすらもおかまいなしといった様子で弾き倒すヘンリー、楽しそうでなによりである。

 


Starcrawler - Bet My Brains


そしてライブはいつしかクライマックスに。一般的なライブバンドのアクションとしては最後を告げる一言や感謝の思いを述べる一幕もあっても良さそうなものだが、そうした発言も一切なし。正真正銘のラストナンバーに選ばれたのは、最新アルバム『Devour You』のリード曲として位置していた“Bet My Brains”。楽曲は徐々に大きくなるドラムとどしゃめしゃなギターから、猛然とその幕を上げた。《Never coming(誰も来ない)》と絶叫した後になだれ込んだこの楽曲の肝とも言えるサビ部分では、印象的なフレーズを繰り出しての限界突破のパフォーマンスに徹するアロウ。平衡感覚が失われるレベルのヘッドバンギングを連発し、獲物を捕捉する肉食動物を想起させる鋭い眼光でステージを睨み付けるその姿はあまりに狂気的であり、画面越しにもゾクゾクさせられる。


衝撃的に映ったのは、楽曲のサスサビが終わり、ラストに差し掛かろうという頃。会場中に響き渡る爆音に衝動を突き動かされたアロウは突然ステージを飛び降りると、呆気にとられるライブクルーやスタッフを横目に会場中を駆け回っていく。行動の一部始終がおそらくはアロウのアドリブであることはもはや言うまでもないが、そんなアロウの暴走に1台のカメラが反応した頃には時すでに遅しで、遥か遠くで縦横無尽に動き回る彼女を追随する形でカメラが凄まじい手ブレと共に動かされる弊害により、画面はもはや何が起こっているのかすら判別不可能な有り様だ。そして一頻り暴れたアロウが会場袖にポツリと置かれた脚立と一時のダンスを繰り広げると、ロクシーシアターの重い扉を開き、外に停車したバンの後部座席に倒れ込む形で演奏は終了。しばらくして“Bet My Brains”の全ての音が鳴り止むと(おそらくはステージからそのまま扉に向かっているのだろう)無音空間にメンバーの足音が無機質に響き渡り、そのまま全員が車に乗り込む。誰もが呆気にとられる中、とびきりの笑顔を浮かべたヘンリーの運転でバンはロクシーシアターを去っていき、そのまま車が去った何もない空間に『the end』の文字が映し出される形でカオスな宴はその幕を降ろした。


どしゃめしゃな演奏、絶叫に次ぐ絶叫、奇怪なパフォーマンス……。スタークローラー初となるオンラインライブは、結果未曾有のコロナ禍によって衝動の行き場が失われた彼らの溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させた、運命的代物だった。


ただライブパフォーマンスひとつ取ってみても、酷く破滅的なアロウの行動然り、突然加わったサポートメンバー然り、決まってライブの最終曲に位置していた“Chicken Woman”がセットリストから外されたこと然り、コロナ前とは明らかにライブの性質が異なっていたことも事実。では彼らは此度のライブで何を思い、何を伝えたかったのか……。楽曲の演奏以外には頑として口を開かなかった彼らの深意を知ろうとライブ終了後には公式のツイッターやインスタグラムに張りついてみたが、ライブから1日が経ち、1週間が経ち、1ヶ月以上の時が経過した現在まで、今回のライブに対するコメントはひとつも投下されていない。けれどもそうした言葉少ななスタイルさえ『スタークローラーらしさ』すら感じてしまうのはやはり、彼らが持つ類い稀なるスター性によるものなのだろう。


とりわけライブバンドにとって、最悪な年となり果てた2020年。未だコロナウイルスが世界的に収まる気配を見せないことから、おそらく彼らは今後も多大な制限がかけられる中での活動を余儀なくされることだろう。彼らの次なる存在証明がいつになるかは不明だが、きっとその時はクレイジーな“何か”を存分に見せてくれるはずだ。


【Starcrawler『Come As You Aren't』セットリスト】
Pet Sematary(ラモーンズカバー)
I Love LA
Love's Gone Again
Home Alone
Hollywood Ending
Used To Know
Lizzy
Let Her Be
Full Of Pride
Tank Top
Toy Teenager
Rich Taste
Born Asleep
She Gets Around
Pussy Tower
Train
Different Angles
You Dig Yours
Bet My Brains

 


Trailer: “Come As You Aren’t” Starcrawler live at the Roxy Oct 30, 2020

映画『罪の声』レビュー(ネタバレなし)

こんばんは、キタガワです。


日本には、古くから無思考な言動を戒める数々の諺が存在する。その中で広く知られているのは『口は災いの元』と『目は口ほどに物を言う』とのふたつの似て非なる諺だろう。前者は不用意な発言は自分自身に災いを招く結果になる。故に言葉は十分に慎むべきとの意味を持ち、後者は言葉で偽っていても目を見れば本心がわかるというもので、つまるところ現代に生きる我々は意識的な言葉の取捨選択を駆使し続けることで良好な人間関係を維持でき、更に広いレンジで語るならば『生きていく』ことが出来るのだ。

 

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冒頭から突拍子もない文章を綴ってしまったが、これには当然理由がある。そう。現在公開中の映画『罪の声』は言わば、上記のふたつの諺を明確に体現するミステリー映画であると称すべき代物であるためだ。


映画は複数の菓子に塩酸を混入するとある未解決事件がニュースに取り上げられるシーンから幕を明ける。京都でテーラーを営む主人公(星野源)はそのニュースを横目で見ながら、ふと古びた箪笥上段に置かれた箱を見付け、おもむろに手を伸ばすとそこにあったのは小さな録音テープ。録音されていたのは幼少期の自分の肉声で語られた、かの未解決事件の犯行声明だった……。以上がこの映画の大まかなあらすじであり、以後の物語は偶然発見した『罪の声』の真実へ迫る、悲しきラストへと突き進んでいく。エンドロールにて「この映画の一連の流れはフィクションである」との一言が大写しにされるけれども、この事件は完全なるフィクションではなく1984年と1985年に実際に起こり、そして2000年に時効を迎えた『グリコ森永事件』をモチーフにしており、犯行の手口も脅迫文も、およそwikipedia等で観ることが出来る事件概要と非常に似通っている。


けれども現実でも映画内でも、グリコ森永事件(映画内では劇場型犯罪と呼ばれる)は未解決事件として捜査が既に頓挫しており、そうした中で自身が事件関係者であると知られた場合、幸福な生活さえ失われてしまうのは明白。万が一真実が判明したとして、最後に待っているのは残酷な真実とマスコミに追われる生活のみであり、むしろ一生の枷として背負い続けるマイナスの部分の方が圧倒的に多いだろう。けれど主人公はそれでも真実を知ることを選び、奔走する。


無論、上記の事実をひた隠しにしながらも妻子や仕事関係者に内密に、単独で真実究明に乗り出す主人公のアクションは、関係者からの猜疑心を生むこととなる。冒頭に長々とふたつの諺を記したが、ズバリ『目』と『口』の無意識的な動きこそがこの映画を語る上で最も重要で、また人間という生物の一種欠陥的な隠しきれない本心を、何よりも饒舌に物語っている。無関係な素振りを見せても『目』は忙しなく宙を舞う。1時間も話をすれば、ふいに『口』からポロっと溢れる真実。その光景にはっと思い直り、しきりに『目』で訴え続ける。それでも頑なに真実を語らない人間には嗚咽混じりに『口』で情に訴え、秘密の鍵を抉じ開ける……。こうした『隠す目』と『語る口』という奇妙な部位の存在が、最終的にこの映画を解決へと導いていくのだ。


この映画は自身の声が犯罪に使われていたことが発覚する衝撃の開幕から、ラストにかけて徐々に熱を帯びていくタイプの作りになっている。故に人によっては冗長に感じる部分も否めず、対して重要な登場人物だけを考えても10人以上出演することや過去・現在を頻りにスイッチする目まぐるしい展開も、やはりミステリーとしては少々複雑。しかしながら、自分自身が犯人の片棒を無意識に担いでいたという『絶対的にバッドエンドになるラスト』を完璧な着地で締め括ったのは、素直に感動した部分である。端的に言えば「無理がないラスト」としてしっかりオチを付け、それでいてある種ダラつくようにも思える展開が全て伏線であったかの如き壮大さで回顧させていて、素直に「良い映画を観た」との感想を抱かせる代物としてスッキリ終える。邦洋問わず様々な映画で考えても、なかなか出来ない芸当。


多少気になる部分はあれど、140分という映画としては長尺となった本編は映画特有の読後感もある。尚且つノンフィクション作品のフィクション化としても成功した印象で、総合評価は以下の通り。未解決事件に個人で挑む主人公の戦いは、是非とも劇場で刮目すべし。


ストーリー★★★★☆
コメディー★★★☆☆
配役★★★☆☆
感動★★★★☆
エンターテインメント★★★★☆

総合評価★★★★☆

 


映画『罪の声』予告【10月30日(金)公開】

紅白歌合戦2020、初出場組全9組徹底解説

こんばんは、キタガワです。

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先日、第71回NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表された。初出場となるアーティストは白組が3組、対して紅組は6組。更にはアイドルグループがそのうちの5組を占め、年齢的にも需要的にもフレッシュな顔触れとなった。


今年の紅白歌合戦の選考基準は、例年と同様『今年の活躍』『世論の支持』『番組の企画・演出』の3項目。既知の通り、今年は新型コロナウイルスの影響によりライブ公演や音源制作、プロモーションといったアーティストをアーティストたらしめる活動に様々な制限が課せられたよもやの1年となった。無論これらの悪魔の制限は紅白の選出にも及んでいて、具体的には『会いにいけるアイドル』として精力的な握手会とライブに励むことで人気を獲得してきたAKB48が13年目にしてまさかの落選。その他、取り分けライブ活動に主軸を置いていたアーティストからすると『一般大衆に認知されること』自体が圧倒的に厳しいものとなり、昨年以前に出場したアーティストで言えばももいろクローバーZやWANIMAといった、パフォーマンスの高さから注目に繋がった類いのアーティストの起用は、今年はほぼ見られなくなった。


対して『おうち時間』との言葉がある種の流行語に至ったことからも、今年は自宅でゆるりと触れる音楽……所謂ネット発のアーティストが台頭した年でもあった。音楽を伝えるその最たる媒体こそがYouTube、TikTok、Twitterから成る三銃士であり、TikTok上でのバズからブレイクに至った瑛人然り、YouTubeでみるみる急上昇したYOASOBI然り、公式がTwitterにアップ可能な時間ギリギリまで動画を連日流し続けたNovelbright然り、元々一昨年辺りから積極的に使われ始めているこの3つの媒体をどう有効利用するか、という徹底したビジネス的思考を行動に移した者が成功を手にした感さえあり、音楽シーンの転換点とも称すべき運命的な年であったと言えよう。


それでは以下より、念願の初出場の切符を入手した9組について紐解いていこう。

 

 

櫻坂46

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改名を発表した欅坂46が、装いを新たに櫻坂46に。紅白歌合戦出場者発表日は11月16日。対してファーストシングルの発売日は12月19日……つまりは未だ1曲たりともリリースに至っていない、あまりに稀有なケースでの出演となる。言うまでもないが、CDをリリースしない状態での起用は71年間続く紅白歌合戦において初。これ程の猛プッシュが意味するところは、やはり今まで幾度も“ガラスを割れ!”や“不協和音”といった楽曲群で驚異的な瞬間視聴率を叩き出した前身グループ・欅坂46の貢献度が極めて高かったことの裏返しだろう。


……欅坂46は絶対的センターである平手友梨奈の絶大な存在感を皮切りに、ダークな注目を集めてきたアイドルグループだった。ただ上記の『平手友梨奈の絶大な存在感』がプラスにもマイナスにも大きく作用した結果、平手脱退後の欅坂46は混迷の時期に突入。後のコロナ禍におけるオンラインライブ配信にて欅坂46に幕を閉じることが表明されるに至ったが、真っ白なイメージカラーであることからも分かる通り、櫻坂46は何物にも染まっていない桜……とどのつまり『全員が主役である』との方向性で制作に当たっている。此度披露される楽曲は記念すべきファーストシングル“Nobody's Fault”と見てまず間違いないだろうが、これは大半のファンにとっても初見のパフォーマンスとなる。欅坂46の殻を破ったその先にあるものを、如実に体現する数分間になることは完全に保証されている。

 


櫻坂46 『Nobody's fault』

 

JUJU

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満を持しての出場となった歌姫・JUJU。彼女が出場に至る契機となったのはシングルでもアルバムでもなく、何とベストアルバム。そう。此度のJUJUの登用は『ベストアルバムが人気を博したため』という、紅白の長い歴史で見ても非常に異質な形なのだ。


思えば今回の初出演アーティストの中で、JUJUほど認知が激しく乱高下したシンガーは存在しないのではなかろうか。一聴した瞬間に誰もの脳裏に甦るかの名曲“やさしさで溢れるように”、“明日がくるなら”が絶えず街中で流れていたのは、10年以上も前。実際、当時この2曲をきっかけにJUJUを知った人間は一定層いた印象で、当時はカラオケランキングやオリコンチャートでも長らく上位を独占する人気ぶりに加え、バラエティー・音楽問わず様々な番組にも積極的に出演。名実共に女性シンガーを代表する存在であった。


ただ、その後のJUJUは緩やかな下降線を辿る。言わば『ブレイクに恵まれない』時期が長く続いた後の、今回の紅白出演は予想外と言うより「JUJU=紅白初出演」とのイメージ自体が皆無であったために驚いたファンも多かったであろうと推察する。今年は彼女自身、ライブが実質不可能の状況に置かれたことに加え、エンディングテーマである“Voice”を提供したドラマ出演者の三浦春馬が死去。あまりに壮絶な1年間であったと共に、今年の締め括りとして待ち望んだ紅白が内定。彼女自身どのような思いでこの日に臨むのか期待が高まるが、きっとデビュー以降の10年を総括する、目一杯のパフォーマンスを披露してくれるはずだ。

 


JUJU 『やさしさで溢れるように』

 

東京事変

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椎名林檎名義では通算7回。けれども東京事変としては初の紅白である。今も鮮明に回顧出来る2020年の1月1日。紅白が終わり、年が明けたその瞬間に発表されたのが東京事変の再結成だった。当時の瞬間最大風速は凄まじく、瞬く間にTwitterのトレンドトップに上位に彼らの名前が躍った。今思えば発表の仕方自体も衝撃の極みで、「何も年が明けた瞬間に発表しなくても……」と大いに困惑した記憶があるのだが、それはそれとして。今年の年明けに再結成を発表したバンドが今年の締めくくりを担う……。この事実だけで、心底ときめいてしまう。様々なネガティブな事象が頻発した今年だが、東京事変で始まり東京事変で終わる2020年と考えると、悪くない。

 

注目すべきは彼らのパフォーマンス。先日のオンラインライブでは圧巻のVJと生ならではのギミックを多用した非現実的な試みで楽しませたが、今回はどうなるか。加えてメンバーである浮雲は星野源のバンドサポートの後に事変の曲を披露することからも、その衣装や演奏スタイルの変化にも是非注目したいところだ。演奏曲はかねてよりのキラーチューンである“群青日和”、若しくは再結成と同日にリリースされた“選ばれざる国民”だろうか。コロナ禍で翻弄される中での“選ばれざる国民”のドロップはさぞ痛快だろうと思うのだが、如何に。

 


東京事変 - 群青日和

 

BABYMETAL

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日本で唯一のメタルアイドルの異名で知られるベビメタが、遂に紅白歌合戦に降臨。毎年発表の数ヵ月前にもなると出場者予想合戦が新聞各紙、及びウェブメディアで白熱する傾向にあって、実際それらの予想は基本的には的中するものだが、BABYMETALの出場を予想していたメディアは僕が記憶する限りひとつもなかった印象で、言わば今年最大のダークホース的存在としてのよもやの起用となった。


ベビメタは今年、結成10周年のメモリアルイヤー。活動拠点を海外にベットし、レッチリ、マーティ・フリードマン、KISSら著名なロックアーティストと幾度も共演を果たし、圧倒的な場数を踏んできた彼女たち。デスボありヘドバンあり、マイナーコード多様のメタルサウンド+キュートな歌唱という良い意味での異物感ある楽曲が紅白の場でどう響くのか、見物である。


ベビメタが人気を獲得した最たる理由は、その熱狂的なライブパフォーマンスにある。かつてもSuchmosや椎名林檎+宮本浩次等、一見厳かな紅白のイメージとはミスマッチにも思えるアーティストが紅白のパフォーマンスを起爆剤として認知されるケースもあった。故に此度のベビメタ、凄まじい風を吹かせる気がしてならないのだ。

 


BABYMETAL - PA PA YA!! (feat. F.HERO)  (OFFICIAL)

 

milet

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次世代の歌姫、milet(ミレイ)。MステやCDTVといった様々な音楽番組に出演し、徐々に認知を高めてきたmiletが、早くも紅白出演内定。正直ここまで早く紅白出演が決まるとは思っていなかったが、ドラマ主題歌としてヒットした“inside you”の勢いと昨今の活動を鑑みるに、ある意味納得の起用だ。


彼女はデビュー当初より、こと日本のアーティストとは趣を異にする活動を行ってきた。彼女の活動方針、それは『音源をコンスタントにリリースする』という至ってシンプルな試みである。けれどもその手法が現在のストリーミングを主体とする音楽消費市場に絶妙にマッチし、一定の注目を毎月キープ。2019年に発売したEPはなんと4枚。今年2020年は2枚のEP+フルアルバムを発売し、その全てがオリコンチャート入り、かつタイアップ付きの快挙も達成。今回の起用に直結した大きな要因であることは間違いないだろう。


彼女自身、今年は2つの全国ツアーが全公演中止となる悲痛な年となったが、そんな中でもネガティブな思いをポジティブな方向に次々と変換し、未曾有のコロナ禍の中でもほぼ変わらないペースで楽曲をリリースし続けてきたmilet。歌われるのは“inside you”でほぼ確定と見られるが、誰もが心中に淀みを抱える今『貴方と私』の物語は必ずや、観るものの心を打つことだろう。

 


milet「inside you」MUSIC VIDEO(先行配信中!竹内結子主演・フジテレビ系ドラマ『スキャンダル専門弁護士 QUEEN』OPテーマ)

 

NiziU

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日韓合同オーディションプロジェクト『Nizi Project』にて選出された、日本人9名のアイドルグループ。当グループの総合プロデューサー・J.Y.Park氏が「最終メンバーが何人になるか分からない」と語っていた通りオーディションは熾烈を極め、同時にデビューを目指して奔走する彼女たちの個々にスポットを当てることで努力や感動を閲覧者と共有する仕組みが組み上げられていたように思う。


鳴らされるのはキャッチーな音楽性は元より、キラキラサウンドに目を向けるとTWICEらしくもあり、ラップ部分はBLACKPINKさもありなんという、正にK-POPの良的部分をふんだんに取り入れたポップス。そこに紆余曲折を経てグループ入りした9名のメンバーが入り乱れてのパフォーマンス。凄まじい視聴率を記録する予感しかない。


最終的なデビューCDリリースは12月2日……。つまり現在、NiziUは櫻坂48や瑛人と同様、あまりに稀有な状態での紅白出演となる。是非とも代表曲“Make you happy”で、お茶の間を存分に盛り上げてもらいたいところ。

 


NiziU 『Make you happy』 M/V

 

SixTONES・Snow Man

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今年初旬にデビューした新星ジャニーズユニットSixTONES、同じくSnow Man。今年はこの2組が主にテレビ業界を席巻していた感が強かった。ドッキリ番組然りYouTuberとしての活動然り各社CM然り、バラエティも音楽番組も何でもござれなフットワークの軽さで幅広く存在を可視化したことが、知名度の爆発的上昇に一役買ったとして差し支えないだろう。


彼らの今の勢いはまさに『猛然』と称して然るべき代物で、Twitter上ではSnow Man、若しくはSixTONESと文章内に入れ込まれた記事が軒並み高いリツイート・いいね率を叩き出していた事実からも、今やこの2組は楽曲の認知という事象以上に、その存在自体が一種のブランド化する、重要な局面を迎えつつある。


それでいてこの2組には明確な差別化が成されているのも興味深い。どちらかと言えば生楽器主体のSixTONES、打ち込みを多用するSnow Manとの対比や、おそらくは令和アーティストならではの視覚的効果でも楽しませてくれることだろう。バラエティーで見せる個々の姿と一変するパフォーマンス。期待せずにはいられないところ。

 


SixTONES - NAVIGATOR (Music Video) [YouTube Ver.]


Snow Man「D.D.」MV (YouTube ver.)

 

瑛人

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後にチョコレートプラネット他、多種多様な芸人・Youtuber楽曲彼のMVを模倣し、更なるバズとなり、現在では公式MVの総再生数が1.2億回を越えた“香水”。一躍時の人となったシンデレラボーイだ。


今や“香水”は街中で流れ、テレビで流れ、サブスク上の2020年音楽ランキングでは堂々の第1位を飾る等、まさしく流行歌と呼ぶに相応しい、2020年を代表する楽曲となった。しかしながらその背景を紐解いてみると、“香水”の突然のブレイクの裏にはまずTikTokがあり、その後にMVをオマージュしたYoutuberの動きがあった。更にはこの“香水”がCDとしてリリースされていない楽曲であること等、そこかしこに令和的な売れ方が垣間見える仕組みとなっている。それでいてギター+歌オンリーという直接的なサウンドで奏でられているのも、時代と上手い形で逆行するようで○。


紅白では元来、企業名の入った歌詞は規定に触れるとして、演奏NGが暗黙の了解となっている。そのため“香水”のサビ部分で用いられる某香水会社の商品であるところの『ドルチェ&ガッバーナ問題』についてはどのような形で折衷案を取るのか不明だが、令和の音楽シーンを飄々と切り抜けてきた彼のことだ。おそらくは最良の選択で乗り切ってくれることだろう。

 


香水 / 瑛人 (Official Music Video)

 

個人的には、現在の紅白歌合戦は今までの音楽の祭典のベクトルからある程度距離を置き、世間的なニーズを最重要視している印象を強く受けた。


例年インターネット上で議論が交わされてきたアイドル問題について今年は過去最多となり、46グループ3組、ジャニーズ7組という大所帯。対して演歌歌手は7組。更にはヒップホップとロックアーティストは軒並み該当者なしとなり、言葉を選ばずに言えば現在の音楽シーンが如何にアイドル需要に寄り添っているのか、その事実を痛烈に体現するものでもあったように思う。


そして此度のアイドル需要に拍車をかけた存在がテレビ番組、ないしはインターネットであるとするならば、今年は戦略的・偶然問わず結果的に巨大なバズを成し得たアーティストが一気に認知されることも、特段証明された1年となった。今までの紅白記事でも何度か綴っているが、これは僕個人としては非常に良い変化であると感じていて、今までは某かの後ろ楯ありきで有名になるアーティストが多かったイメージだが、事務所に所属せずとも戦える土壌が整ったことは大方プラスに作用するだろう。


例年出場のアーティストに加え、期待のニューカマーが首を揃えた今年の紅白。年末は是非とも腰を据えて、じっくりと音楽漬けの数時間を過ごそうではないか。

【ライブレポート】ナナヲアカリ『Remote DamAngel(リモートダメンジェル)』

こんばんは、キタガワです。

 

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異なる作詞作曲者。移ろい行くVJ。時には感情すら変化させ、それぞれの楽曲にベストな雰囲気を帯びた歌唱法……。楽曲が投下されるごとにイメージが千変万化した、此度のナナヲアカリ初となるオンラインライブ『Remote DamAngel(リモートダメンジェル)』は紛れもなく、YouTube上の再生回数や楽曲自体の認知度等のベクトルでは決して図れない、生身の彼女の本領を発揮した素晴らしき一夜だった。


開演まで残すところ15分となった頃、画面はナナヲの名前を直接的に表現した『770』の数字から徐々にカウントダウン。実際には束の間、けれどもそれでいて永遠にも思える時を経て数字がゼロになると画面が遷移。ダークな照明の中で佇むナナヲの上半身を映し出すカメラワークへと切り替わる。瞬間気だるげなギターリフから開幕を飾ったのは、よもやの“ヒステリーショッパー”。


マイナーコードを多用した重厚なギターサウンドが鼓膜を刺激する“ヒステリーショッパー”は、取り分けダークネスな感情をつまびらかにしたミドルナンバー。当初は黒い衣装に身を包んだナナヲひとりがステージに立ち、然程口を開かずに歌声を響かせるその独特な歌唱で一身に注目を集めていたが、ラスサビに至る直前にはカトリーヌ(Gt)、かのーつよし(B)、タイヘイ(Dr)、野良いぬ(VJ)らエンジェルズ(サポートメンバーの意)がひとり、またひとりとステージに出現。この日のために作成されたVJでは多数の腕が伸ばされる様や眼前に迫るモンスターの牙、赤色を基調とした歌詞の数々が重々しくも美麗な映像表現で映し出され、徐々に内面的な興奮へと誘っていく。


もはや言うまでもなく、今年はコロナウイルスの影響により、ほぼ全てのアーティストの通年通りの様々なアクションに強制的なブレーキをかけられた。それは今回初のオンラインライブを敢行したナナヲも同様であり、今年は去る4月8日にリリースされたミニアルバム『マンガみたいな恋人がほしい』を携えて全国11箇所を回る予定となっていた『週刊天使!アカリちゃんツアー』が已む無く全公演中止となり、アルバムリリース→ツアーという音楽的ルーティーンワークの杜絶を余儀無くされるに至った。故に今回のライブは言わばその雪辱戦とも言えるセットリストで組み上げられており、具体的にはファーストアルバム『フライングベスト~知らないの?巷で噂のダメ天使~』から数曲ドロップされた他、12月9日にリリースされる自身2枚目となるフルアルバム『七転七起』に収録される新曲を数曲、そして『マンガみたいな恋人がほしい』からは“note:”を除く全楽曲が披露される大盤振る舞いの1時間となった。更に背後には2面の大型スクリーンが展開され、そこにはYouTube上のMVが所謂『バズ』の主体となったナナヲらしく、MVが存在する楽曲は全曲MVがフル尺で流され、それ以外の楽曲でもこの日に向けて制作された映像が投影される視覚的効果でもって興奮を底上げ。カメラに収められるどの描写を切り取っても美麗なVJが入り込む、オンラインライブならではの幻想的空間を演出。

 


チューリングラブ feat.Sou / ナナヲアカリ


“ヒステリーショッパー”後は「ハロー、リモートダメンジェルへようこそー。今日は楽しんでいってねー」とのナナヲの一言から雪崩れ込んだ大バズ曲“チューリングラブ feat.Sou”でMVとシンクロする振り付けでもって一気呵成に盛り上げると、続けて熱狂的な合いの手がプラスアルファの起爆剤となった“なんとかなるくない?”で畳み掛け。ライブ開始からここまででまだ10分少々しか経過していないが、ライブは早くも針を振り切ったライブモードで進撃に次ぐ進撃である。


息つく暇もなく楽曲を連発したナナヲとメンバーたち。その後は画面に映る全員がチューニングと水分補給で一息つくと、この日初となるMCへ。


そして「はい、ナナヲ、実にほぼ約1年ぶりのライブみたいですわー。今年。久々ー。集まったエンジェルズとのこのセッション、楽しんでるかな。でも今年『マンガみたいな恋人がほしい』っていうミニアルバムの『週刊天使アカリちゃんツアー』めちゃくちゃ意気揚々と回ろうとしてたのに回れなかったので、今回その鬱憤を晴らしてやりたいと思いますので、よろしくお願いします」と語ると、以降は『マンガみたいな恋人がほしい』から“もしも信者”と“MISFIT”、『フライングベスト~知らないの?巷で噂のダメ天使~』収録の“一生奇跡に縋ってろ”、“事象と空想”から成るダークサイド・アンセムの連続だ。

 


事象と空想 / ナナヲアカリ


中でもナナヲ自身の赤裸々な精神性を痛烈に表していたのが“事象と空想”で、イラストレーター・アボガド6制作の孤独的な映像に寄り添うように、ナナヲは溜め息をひとつ落とした開幕から体を斜め30度に向けての無表情な歌唱に終始。加えて“事象と空想”でのナナヲは心なしか全体の歌声のトーンすらもやや下がっている感すらあり、そのある種虚無的な様は先程までの縦横無尽にステージを動き回る姿とも、笑顔で振り付けを行う姿とも大きく趣を異にするものであり、楽曲に合わせて変幻自在にイメージを構築するカメレオン的なナナヲの地力をこれ以上ない臨場感でもって見せ付けていた。

 


逆走少女 / ナナヲアカリ


楽曲の終了後、MC内の一幕として満を持しての2年ぶりのフルアルバム『七転七起(読み:ななころびななおき)』のリリースの報をファンに届けたナナヲは「やっぱりライブっていうのは新曲をいち早く聴けてしまうっていうのが醍醐味でもあるなあって思ってるので」との一言から本邦初公開となるロックバラードな新曲“メキシコサラマンダー”、ネガティブな内容のMVとアッパーなサウンドの対比で大いに翻弄した“ハッピーになりたい”、からめる作画の大勢の猫による告白コールの果てに行われる《云えるか~!!》との絶叫を「……好きです。言えた!」と変えて披露した“逆走少女”、楽曲中に突如開催された『どこのおうちが一番盛り上がってるか選手権』の結果、両手に収まり切らない程のいいね!を獲得した“インスタントヘヴン feat.Eve”の順に次々と楽曲を披露。天井知らずな盛り上がりでナナヲ自身も徐々にヒートアップしたようで、“インスタントヘヴン feat.Eve”の後半部では野良いぬが意図的に行った不適当な振り付けに、ナナヲが「もっとやる気出せー!」と詰め寄って絶叫する等ファニーな場面も多々。


その後は長尺のMCへと突入。自身の現状と来たる未来に思いを寄せたナナヲの言葉は、これ以上ない真摯さを携えて画面越しにライブを刮目するファンの脳内を蹂躙した。


「さっきも言ったんだけど、ナナヲアカリは本当に約1年ぶりの……まあ今回はリモートっていう形だけど、1年ぶりのライブで。もう凄い楽しみにしてて。どんな感じになるのかなーと思ってたんだけど、やっぱりまあ、見えてると信じて。届いてると信じてお話をさせてもらうと、凄いツアーを楽しみにしてた訳ね。『週刊天使アカリちゃんツアー』。凄い良いミニアルバム出来たぞー!全国のみんなに届けに行くぞー!って。でも全部なくなっちゃって。でも、あー(アカリの略)だけが凄くショックを受けていても仕方がないというか、きっとなかなか東京に来られなかったりとか、アカリに会えない人たちのためにツアー行ってるし、そういう人たちのショックってきっと計り知れなかったと思うから、くよくよしてられないなと思って。4月5月くらいから徐々にメンタルを回復させていって、たくさん制作をして。でもライブがしたくて。いろいろ考えてこういう形であれ、みんなに届けることが出来てるのが凄く嬉しいです。ありがとう!」


「ナナヲとしてはこの1年、みんな辛いこととか嫌なものをたくさん目にする期間になったなって思ってて。自分もずっと家に籠ってて、ネットで嫌なものをたくさん見て、自分が嫌な人を糾弾したりとか、大勢で1人の人を責め立てたりとか、そういう構図が当たり前のようなネットの世界になってて。ナナヲが好きだったネットの世界ってこういう感じだったのかなと凄い疑問に思ったりとか。そういうことも思いながら制作をしてたから、この“Higher's High”って曲はライブが出来なくても作り続けることは出来るし、発信することは出来るし、自分が止まらなければ直接会える日が必ず来るって思ったし、凄く覚悟と決意を持った曲になって。ナナヲアカリがあなたをもっと凄い景色に連れていくよっていう強いメッセージを持った曲なので。あなたに向けて歌ってると思って聴いてください」と語って鳴らされたのは、テレビアニメ『戦翼のシグルドリーヴァ』オープニングテーマにも抜擢された“Higher's High”。

 


Higher's High / ナナヲアカリ


思えば今回のライブで彼女がMC内で何度も語っていたのは、新型コロナウイルスにより全公演の中止を余儀無くされた『週刊天使!アカリちゃんツアー』の、未だ拭い去れない苦い心情だった。彼女自身“Higher's High”前に行われたMCの一幕でも「なかなか東京に来られなかったり、アカリに会えない人たちのためにツアー行ってる」とツアーへの思いをつまびらかにしていたが、彼女をメジャーシーンへ押し上げた契機がファンであるとするならば、アーティスト・ナナヲアカリとしてワーカホリック的とも言えるコンスタントな活動が毎年行うことが出来るのも、近年で言えば“チューリングラブ feat.Sou”が過去最大風速のバズを記録したことも、やはりファンの存在があってこそ。


継続的な運動により引き起こされる一時的な多幸感を指す言葉である『ランナーズハイ』との言葉を飛翔に置き換えたタイトルからも分かる通り、“Higher's High”で歌われるのは、辛い渦中にあろうとも決して挫けない覚悟と決意、そして何よりのナナヲのエネルギー源たるファンへの全幅の信頼である。際限なく吹き荒ぶ砂嵐風のVJをバックに、ナナヲはギターを携えての熱の入った歌唱に終始。自身のストロークに合わせて上下に頭を振り乱す一幕に加え、サビ部分では真剣に眼前を見据えるパワフルなパフォーマンスで魅了した。


そして“Higher's High”における最後のキメと共に「最後の曲です。ありがとうございました。ナナヲアカリでした!また必ずライブハウスで会いましょう。バイバイ!」とシームレスに叫んで鳴らされたラストナンバーは、理屈抜きで盛り上がるキラキラなロックチューン“完全放棄宣言”だ。

 


完全放棄宣言 / ナナヲアカリ


VJとしてあらゆる事象に白旗を上げ、堕落を極める少女の姿が映し出される中、ナナヲは全身を大きく使っての歌唱や振り付けを完コピで踊るダイナミックなステージングで最後に相応しい完全燃焼を図り、楽器隊の演奏についても彼女の思いに呼応するように熱を帯び、“完全放棄宣言”の公式MV制作にも多大な寄与を成したVJ担当の野良いぬは映像とシンクロした完璧な振り付けで視覚的に楽しませた。ラストは幾度も「ハイ!ハイ!」の合いの手をカメラ越しのファンに委ねた後に成された《めんどくさい!》との渾身の絶唱でもって、有観客・無観客含めて自身約1年ぶりとなるライブは大盛り上がりで幕を閉じたのだった。


その楽曲イメージを端的に表す代名詞として、彼女がメディアやファンから愛着を込めて『ダメ天使』と呼ばれて久しいけれども、正に此度のライブはネガティブな思いを内包した良い意味での『ダメ天使ぶり』以上に、コロナ禍を経て進化を遂げた前向きな様をありありと見せ付ける代物だった。


広く知られるナナヲアカリ然としたハッピーかつアップテンポな楽曲群のみならず、『もうひとつのナナヲ』とも言うべきダークな精神性を帯びた楽曲、更には来たるセカンドフルアルバムに収録される新曲とレンジを広げた展開で魅せた初のオンラインライブ。歌詞についても幸福を切望する“ハッピーになりたい”からの逆張り続きのプライドの塊と化す“逆走少女”あり、いいね!を拒絶した“逆走少女”後に大量のいいね!を得る“インスタントヘヴン feat.Eve”あり、高みに挑む“Higher's High”から全てを放棄する“完全放棄宣言”あり……。それは一見まとまりのないようでいて、その実ナナヲのシンガー然とした力量を多面的に示した何よりの場であったように思う。


未だ予断を許さない状況ではあるが、有観客ライブという最も彼女が待ち望む景色は必ずや訪れることだろう。そのとき、集まったファンは強く感じるはずだ。此度の『Remote DamAngel(リモートダメンジェル)』なるナナヲアカリ史上初の無観客ライブは、ネクストステージの前触れのひとつに過ぎなかったのだということを。


【ナナヲアカリ『Remote DamAngel』セットリスト】
ヒステリーショッパー
チューリングラブ feat.Sou
なんとかなるくない?
もしも信者
MISFIT
一生奇跡に縋ってろ
事象と空想
メキシコサラマンダー(新曲)
ハッピーになりたい
逆走少女
インスタントヘヴン feat.Eve
Higher's High
完全放棄宣言